新しい家
父さまが亡くなってひとりぼっちになったわたしは、親戚の家を転転と回った。下女のように働かされたり、腫れ物に触れるような扱いをされることも多かったりで、わたしは肩身が狭いというか、居心地の悪い気持ちだった。金を稼げもしない子どもを長く置いてくれるわけも無く、1週間置いてもらえればまだいいほうというくらいだった。貧しい農村では仕方のないことなのこもしれない。わたしは初めて人間の冷たさというものに触れたような気持ちだった。杜宇吉とももうしばらく会っていない。
今度はどんな人だろう、どんな家なのだろう……と、考えてみるものの、その空っぽの想像にもう期待なんてものは無い。鉄道の車窓から見える夕焼けに色移りしたような木々と、ただ限りなく青い空がわたしの心を癒してくれる。
駅のプラットホオムでわたしを待っていたのは、白が所々混じった黒い髭を生やした男性だった。着物の色は渋く、その立ち姿はどこか凛としていて品があり、紳士という言葉が似つかわしい。
「わたしは
「うむ……そうか、此方も名乗らねばなるまいな。
「はい、お爺さま」
お爺さまのうちは駅の近くの山の奥地にある、昔ながらの木造の家だった。わたしに与えられた部屋はこじんまりした綺麗な畳敷きの部屋で、ちゃぶ台がひとつとぎっしりと本が詰まった本棚がひとつあり、壁には竹の描かれた掛け軸がひとつ掛かっていた。庭がすぐそばにあり、大きくて青い松が見える。ちゃぶ台には
お爺さまはあまり話さない人だが、わたしを歓迎してくれているようだ。卓上の薄紅にそれを感じて、わたしは嬉しかった。
座布団に坐っていると、雛乃さま、入っても宜しいでしょうかと声がして、わたしが応えると障子がすっと開いた。そこには、優しい顔の、齢六十ほどの女性がいた。
「初めまして雛乃さま、わたくしは女中の
「ありがとうございます、香枝さん。ひとつ伺いたいのだけれど、ここの本は読んでも良いのかしら」
「ええ、お好きにお読みになってどうぞ」
わたしは本を読むことが大好きだったが、どうやらお爺さまも同じらしかった。お爺さまの書斎にはわたしの部屋のよりももっと大きな本棚にたくさんの本があり、
香枝さんもわたしをとても可愛がってくれたが、それと同じくらいにお爺さまのことを大事に思っているように汲み取れた。長い付き合いなのだろうと思った。
「雛乃さまがお淑やかで賢くて慎ましい子で良かったわ。旦那様とは気が合いそうですもの」
お爺さまの話をしているときの香枝さんは楽しそうだった。
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