第14話 部屋には生活感があり、絨毯は豪華だ

 妙子は了解したというように、コクっと頷いた。大丈夫、マッピングは心配いらないようだ。

「よし、進もう」

 再びネズミ君を先頭にして行軍開始である。同じような石の壁に左右を挟まれて、通路は真っ直ぐに伸びていた。

 予定通り10ブロック進んだところで突き当たった。南東の角のブロックまで障害物なしで来てしまったぞ。

「さて、と」

 ネズミ君の指差した方(北側)の壁には、扉が付いていた。先程と同じように木製だが、今度はスライド式ではなく、ドアノブと蝶番があった。

「この先が部屋になっていると考えて良さそうだな」

 ネズミ君がドアに耳を付けて中の様子を探る。何かが分かったのか分からないのか、神妙な顔付きでパーティのメンバーを順に見た。

「さてと、腹括れよ。こういうダンジョンの部屋のことを玄室と言ってな、扉を開けた途端、モンスターと出くわして戦闘が始まるってのがお決まりのパターンだ」

 ということは、いよいよ実戦ということか。全身に緊張感が走る。手の平にかいた汗を制服のズボンで拭う。

 妙子はマッピングノートを鞄にしまい、ゲンちゃんを抱き上げた。

「ウフフ。さあモンスターちゃん、どっからでもかかってきなさい!」

 鉄子の顔が、楽しくってしょうがないというように輝いている。頼もしいと言おうか恐ろしいと言おうか。

「勇者と鉄子とでこうやって足をかけるんだ。イチ、ニの、サン、で、ドアを蹴開けて中に踊り込むんだぜ。ちゃんと武器を構えてな」

「う、うん」

 刃が付いてないくせして鞘に納めてベルトに吊るしてあった、ナマケモノの剣を引き抜く。う。お、重い。ただでさえ重いのに、午前中の授業の疲労が肩に来ていた。

 あれ、そういや玉音の奴、さっき違う剣を差していたな。ちんぶり商店でいい剣でも買ったのかな?

 ネズミ君に教えられたように、鉄子と並んで北向きのドアに足をかけた。左手でドアノブを握り、剣は肩に構える。鉄子も竹竿を構えている。さささっと、ネズミ君は僕たちの後ろに回った。

「な、なんだよ、その目は。俺はランプ持ってんだから、後方から照らす役目だろうが」

 ま、盗賊に戦闘は期待出来ないか。

 行くよ、と、鉄子に目配せをする。さあ、いよいよだ。

「イチ、ニの、サン!」

「おおりゃあ!」

 吠えたのは鉄子だ。

 ガチャっとドアノブを回し、足に思い切り力を入れる。が、ドアはピクリとも動かなかった。

 あれ?おかしいな。鍵はかかってないようだけど。

「あ、これ手前に引くやつだ」

 だああっと、鉄子がズッコケる。

「開くわけないじゃないの!」

 凄い目でネズミ君を睨みつけた。

「お、俺は、セオリーを教えたまでだ!」

 セオリーって…。セオリー的に言うと、ドアは普通外に向かって開くよな。

 しょうがないから、そろそろとドアを手前に開ける。今の騒動で、中のモンスターに気付かれたかもしれない。

「お、お邪魔しまあす」

「よっしゃあ、かかってきんしゃーい!」

 慎重に行こうとした僕とは反対に、竹竿を上段に構えた鉄子が踊り込んでしまう。

 危ない、と思ったが、ちょっとホッとしている自分もいる。遅れないように僕も続いた。

 ランプの光が届く範囲には、動くものの影は見当たらない。そろそろと踏み込み、慎重に目を凝らす。部屋の隅の暗がりはどうか。

「ネズミ君、中に入ってきてくれる?」

「な、なんかいたのか!?」

「それを知りたいから呼んでるんだけど」

 照明係は、入り口で扉に身を隠したままじっとしていた。中まで入ってきてくれないと、部屋の全貌が見えない。

 おっかなびっくり、部屋の中央付近まで足を進めるネズミ君。

 その結果、中は四方を石壁に囲まれた、正方形の部屋であることが分かった。15m×15mの1ブロックの玄室か。

 でも、部屋の隅々まで隈なく視線を走らせたが、モンスターらしきものは見当たらなかった。

「フーッ。誰も、いない、ようだな」

 大きく息をつくネズミ君。

 危険がないと分かって、妙子とゲンちゃんも入ってきた。

「なあんだ、拍子抜けしちゃった」

 さも残念そうに鉄子が竹竿を下ろす。

 僕も、フウウと息を吐き出して、緊張を解いた。

 しかし、この部屋。

「なんか、やたらと生活感を感じるな」

 ネズミ君がボソッと言った。

 確かに。テーブルやソファー、それにベッドまで。壁を背にして戸棚や本棚が立っている。モンスターの部屋というより、人が住んでいる部屋のようだ。

 ネズミ君のランプが壁に掛けられた抽象画のようなものを映し出す。鳥が翼を広げたところをデザイン化したような絵だ。

 他にも水鳥やコンドルの写真(!)が飾ってある。ここの住人は鳥が好きなんだろうか。

 部屋の中央にあるテーブルセットは、椅子を四脚備えていた。その上にあるのは、陶器のティーポットに陶器のカップ。全部で四つあるティーカップは、三つが下向きに重ねられ、一つは上を向いていた。

「まだ温かいぜ。お茶も入ってるし」

 ネズミ君がポットを調べて言った。カップの底には、お茶の跡が付いていた。

 ということは、さっきまで誰かがここにいて、お茶でもしていたのだろうか?であるとするならば、今その人はどこに?

 壁際のソファーの前にはローテーブル。テーブルの上には、ゲームの途中で放り出したような、やりかけのチェス盤が。ソファーには、しおりを挟んだシャーロック・ホームズが転がっていた。

 戸棚も本棚も、中身がごちゃごちゃと詰まっている。それから桐のタンスのようなものまで。さらには観葉植物の鉢植えに、それと同じぐらいの大きさの、鳥の体に人面をくっつけた、奇怪な銅像まであった。

「こいつは闇の中でも花が咲くという異世界の植物だな。人を取って食うタイプではなさそうだが。それより、誰もいないんなら、お宝だけ頂戴して帰るか」

 おもむろにネズミ君がタンスの引き出しを開けて中を調べる。そ、そんなこと勝手にしてもいいのか?

「ちぇ、たいしたもんはないか」

 中から紅茶の缶のようなものを取り出して見せてくれた。ここの住人は紅茶が好きなのだろうか?

「ねえ、勇者さん。週刊プロレスダイジェストの最新号がある」

 本棚を調べていた鉄子が何か発見したらしい。

 そのときだった。

「ゆ、勇者さん!」

 妙子の緊迫した声に振り返る。何か異変を発見したのか?

「じゅ、絨毯がフッカフカですぅ!」

 緊張していて気付かなかったが、僕のくたびれたスニーカーの底は、分厚い絨毯を踏んづけていた。

 妙子の腕の中から降りたゲンちゃんが、ゴロンとひっくり返って背中を擦りつける。痒かったのか。さっきまであった緊張が、にわかに弛緩に変わったのだが。

「おい、勇者」

 が、ネズミ君の声のトーンは緊迫感を孕んでいた。

「これ、消したばっかだぜ」

 よく見ると、壁に蝋燭の燭台が備え付けられていた。ちょうど鳥の銅像の真上に。

「ネズミ君、危ない!」

 突然、銅像が動いて、ネズミ君に飛びかかった!

「うおわっ」

 間一髪、身軽な盗賊は体をゴムのようにしてその攻撃を避ける。

 危うくランプを落としそうになったが、うまくバランスを取ってギリギリで難を逃れた。

「おわわわわ!」

 決してかっこいいとは言えない格好で、彼は僕の背後に這って回ってくる。

 銅像だと思っていたそいつは、ヒラリと桐のタンスの上に飛び上がると、背筋を丸めて、僕らを陰険な目付きで眺めた。

 その顔はまるで醜悪なチンパンジーのようで、背中の羽は、鳥と言うより、コウモリのそれを大きくしたようだった。

「ガ、ガーゴイルだ!擬態してやがったんだ!」

「え、な、何?」

「ガーゴイルだよ。異世界生物学で習ったろ!?」

 そう言われても、まだ授業は一日分しか進んでいないのだが。

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