第13話 盗賊は憤慨し、乙女達は美少年に夢を見る

「おっと。そう簡単には通らせてくれないか。そりゃそうだよな。学園側としちゃあ、裏技使われてチャチャっとクリアされたらたまらんぜ」

 ネズミ君はリュックサックの中から、ジャラジャラと合鍵がいっぱい付いた束を取り出した。

「さあてと、勇者。パーティに盗賊がいることを感謝しろよ」

 代わりにランプを受け取り、手元を照らす。

 ここはひとつ、ネズミ君のお手並み拝見といこうか。

 一本一本、鍵穴に差し込んでは試していく。

 が、なかなか合う鍵は見つからない。

「ちょっとぉ、まだぁ?」

 短気な鉄子でなくとも焦れてくる。

「うるさいな。気が散るから黙ってろよ」

「穴に入れるだけじゃないのよぉ」

 ネズミ君は、こいつも違う、これも駄目かぁ、などとブツブツ言いながら一本ずつ試していくが、鍵は一向に開く気配がない。

 とうとう、もうそれで終わりなんじゃないか、という最後の一本を入れてみたが、カチャリとも言わなかった。

 う〜ん、と腕組みをして唸ってしまう盗賊。

「どうしたの?」

 鉄子に喋らせると面倒なので、僕が聞く。

「いや、分かったぞ。やっぱりな、このダンジョンはそう簡単にはクリアさせてくれないんだよ。俺が考えるに、ここは重要なポイントだろ?そんなところを入ったばかりの新入生に攻略されたら、学園の面子にも関わる。おそらくこの扉は専用の鍵がないと開かないようになってるんだ。それはきっとダンジョンのどこかにあるんだろうな」

 全ての扉には専用の鍵があるのではないだろうか?それがなくても開けられるのが盗賊だと思っていたけど。

「要するに、開けられないっていうことね」

 諦めたように言い放った鉄子は、待っている間にゲンちゃんとの交流を深めていたようだ。

 この幻獣、戦闘の役には立ちそうもないが、人間関係の潤滑油にはなりそうである。

「無駄な時間食ってる暇はないべ。分かったらとっとと別の道を行くぞ!」

 鉄子を無視して、ネズミ君が元来た道を戻ろうとランプを掲げたとき、眩しい光に一瞬、目が眩んだ。

 うわ。

 ぼんやりとしたランプの光ではない。もっとこう、蛍光灯のようにはっきりとした光だ。

「用が済んだらとっととどいてくれたまえ」

 聞き覚えのある、耳障りな声。

 顔を見るまでもなく、誰だか分かった。

 玉ねぎ次郎、違った。玉音銀次郎たまねぎんじろうと、そのパーティだった。この蛍光灯のような明かりは、魔法で灯しているのだろう。

「へっ、通りたきゃ通りな。通れればだけどよ」

「それはそれは。先を失礼するよ。異世界の人たちが助けを求めているんでね」

 ネズミ君の挑発に、涼しい顔で応える玉ねぎ、いや玉音。

 パーティの一人である美しい女性がドアの持ち手に手をかざし、なにやらムニャムニャと呪文を唱えると、ドアはあっさりと横に開いた。

「行きましょう、銀次郎」

 その女の人に袖を引かれて、玉音はエレベーターに乗り込んだ。

 しかしこの女の人、ものすごい美人だな。

「それでは、せいぜい頑張りたまえ。出来損ないの諸君」

 パーティ一行がみんなエレベーターに乗ってしまうと、静かにドアは閉まった。

 さっきまであった蛍光灯のような光は一緒にエレベーターに吸い込まれ、再び頼りないランプの明かりだけになった。

「あ、待てよ」

 ネズミ君がドアを開けようとしたが、すぐにまた鍵は閉まってしまった。

「けっ、クソ!あ痛っ」

 ヤケになってエレベーターのドアを蹴っ飛ばしたが、爪先にダメージを負っただけだった。

 あれが玉音のパーティか。

 さっきの超美人はフクロウのバッジ。上級クラスの中でも狭き門と言われる賢者科だ。

 あとの二人も、馬のバッジの聖騎士科に、剣のバッジの魔法剣士科。玉音以外はみんな上級生だ。

 しかし賢者の人って…。

「ネズミ君、今の女の人」

「うるせえ!皆まで言うな!」

 だよね。

「なんなのよ、あの人」

 鉄子たちは初めてか。いいぞ、言ってやれ。嫌な感じの男だよな。

「すっごいイケメンじゃない」

「ですねえ」

 ぐぬぬぬぬ。パーティの中に敵がいたか。


 気を取り直して元来た道を戻る。

 入り口まで戻る間、僕とネズミ君はイライラして一言も口を聞かなかった。

 後方から女性陣の会話が聞こえてくるものだから、余計にムッとする。

「この学園にも、いい男がいるのねえ」

「モンスターと戦うような人って、みんな熊みたいな人かと思ってましたよ」

 なんて妙子のか細い声も、ちゃんと耳に入ってくる。僕らの他にダンジョン内で音を立てるものはいない。

 しかし、これは我がパーティの女性陣が正常な判断力を有しているということの証明でもある。

 悔しいが女性というのは、いつの世にも美しい男性が好きなものなのだ。

 男は顔じゃない、なんていうのは、真実ではない。思うに、これは人類史を貫くネガティヴキャンペーンなのだ。

 人類史上、最初に王様になった奴なんてのは、戦争が強い奴だ。当然それは紅顔の美少年なんかであろうはずはなく、体がデカくて腕っ節の強い奴だ。妙子の言うように熊みたいな大男である。

 その熊男が、ライバル達を全員蹴散らして王様になった後、次に考えるのは自分の子供に王位を継がせることだ。

 誰か自分の子を産んでくれる女の人が欲しい。できれば、なるべく美しい人と結婚したい。

 しかし、鉄子や妙子のように、女というのは本来美しい男に夢中である。鏡を見るまでもなく、自分が女にモテる顔でないことは分かっている。そこで、王となった熊男は考えた。

「男は顔じゃない」

 このプロパガンダを広めるワンフレーズポリティクスを展開したのである。

 その政策は熊男の子孫に受け継がれ、歴史の長きに渡って、体がデカくて腕っ節の強い男が頂点に立てるような、戦乱の世の中を維持してきたのだ。支配者は度重なり変わったが、そのことだけは変わらなかった。

 やがて銃器が発明され、戦争の方式が変わった。非力な者でも、強力な戦闘力を持てるようになった。腕っ節の強さは権力を握るための重要な要因ではなくなった。

 一方で政治の世界も様変わりをし、20世紀に入って、弁舌と学業に優れ、爽やかなイメージを併せ持つ、ケネディという大統領がアメリカに誕生した。

 ケネディは熊男支配の構造にメスを入れるために立ち上がると、当時第一等とされていた美女を手に入れた。

 だが、改革は長く続かなかった。ケネディは凶弾に倒れ、再び男は顔じゃないという思想が優勢になったのである。オズワルドという青年はマリリン・モンローのファンだったに違いない。

 初代人類の王、熊男の思想は根強く残り、現代でも、何で?という美女と野獣カップルの誕生が絶えない。

 だが、いつの世にも見目麗しき優男アイドル集団に夢中になる少女が絶えないように、熊男の亡霊がどれだけ洗脳活動を続けようと、女性たちは美しい男を好きであり続けるのである。

 従って我がパーティの女性陣は、ポピュリスト政治家の口車に乗せられない高等な知性と健全な判断力を有していることになる。Q.E.D.

 …。

 …どうして正しいことを考えると、いつも惨めな気持ちにさせられるのだろう。

「どうする?勇者」

「え?出来るだけ女の人には親切にするとか?」

「何言ってるんだ?」

 いつの間にか入り口のところまで来ていた。

「どっちに行くよ?東か北か」

「あ、ああ。道の話ね。って、僕が決めるの?」

「当ったり前だろ、勇者なんだから」

 さっきは自分で決めたくせに。

 うーんと、うーんと、じゃあ、東にするか。計算上、入り口から北方面にはあと20ブロック、東方面には10ブロック残っているはずだから、東に進んだ方が突き当たりが早い。

「東に進もう。妙子さん、いいかい?」


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