第9話 団子は甘く、盗賊は信用力がない

 できるだけ早急にパーティを組むようにということだったので、その日の夕食は学食で食べることにした。

 学園には、ノブさんの酒場という名称の学生食堂がある。酒場といっても名前だけで、酒は売っていない。ノブさんというナイスミドルなおじさんが腕を振るう、低価格高ボリュームな、育ち盛りの学生には嬉しい食堂だ。

 このノブさんは武闘家科のOBで、一説によると学園最強と言われている。ドラゴンと飲み比べをして勝ったことがあるという伝説の持ち主なのだが、本当だろうか。

 真偽の程は定かではないが、仲間を探している生徒は皆、ここに集まるようになっている。

 適当にダベっている間によろしくやってくれということなのだが、僕にうまくやれるだろうか。中学生のときは同級生とは一言も口を聞かなかった。どうやって喋ったらいいんだろう。

 既に食堂は生徒でいっぱいで、ワイワイガヤガヤと賑わっていた。

 ひとまず空腹を満たす必要がある。メニューの並んでいるショウウインドウの中を覗いた。

 200円台、300円台の安いメニューが多い。少々値の張る定食物でも、大抵はワンコインに収まる。

 一番高いステーキ定食でも550円か。チキンカツ定食だったら400円で食べられる。カレーやラーメンも300円以内、素うどんだったら200円だ。

 うどんにするか、と思ったが、もっと安いのを見つけた。

 小麦粉団子100円。

 迷わず即決である。

 水はセルフサービスで、飲み放題なのがありがたい。さすがは富士のバナジウム水道水。多摩川の水とは比べ物にならない。

 プラスチックのトレイに小麦粉団子のお皿を乗っけて、適当に空いていた席に着く。

 モグ、モグ。うん。うまいな、これ。ボリュームもあるし。

 味は付いていないかと思ったけど、ちゃんと砂糖が効いている。

 小麦粉団子をムシャムシャやっていると、僕に声をかけてきた者がいた。

「よう、よう」

 ようよう?挨拶に同じ単語を繋げるとは、日本語覚えたてのフィンランド人か?

 顔を上げると、ヒョロッとした感じの、目付きの陰険な男がいた。身長175センチぐらいか。フィンランド人にしては背が低い。

 やや吊り気味の目に出っ歯。顎先が尖っていて、耳がでかい。ネズミに似てるな、というのが第一印象だった。髪はサラサラの茶髪。一見、坊ちゃん刈りに見えるが、少しツーブロックが入っていたりして、毛先に清潔感がある。色も綺麗に入っているから、美容院でカットしているのだろう。彼の顔に似合っているとは言い難いが。

「よう。オタク、勇者科の一年だら?」

 なんだろう。もしかして遊民科の上級生が因縁付けてきたとか。

「俺は一年の盗見栄一郎ぬすみえいいちろうってんだ」

「はあ。ネズミ君ですか」

「盗見だよ、盗見。よく勘違いされるんだ。オタク一人だろ。まだパーティ組んでないんだったら、俺と組まねえか」

 なんだ、この人も一年生か。でもな。

「君、遊民科でしょ?遊民とパーティを組むと、脛を齧られるって、先生言ってたよ」

 僕は彼の出っ歯を凝視した。いかにも脛を齧りそうな出っ歯である。

「おっと。遊民と一緒にしてもらっちゃ困るべ。俺はこう見えて盗賊科だよ」

 と、胸のバッジを指差した。確かに、遊民科の夏目漱石の顔ではなく、盗賊科の手袋のバッジだ。

「盗賊がいると色々と便利だぜ。戦闘能力じゃ戦士や武闘家に劣るし、魔法は使えないけど、罠を解除したり、宝箱の鍵を開けたりすることに関しちゃあ、盗賊の右に出る者はいないからな。魔法も戦闘もこなせる勇者が唯一苦手とするのが盗賊の技能さ。オタクと俺が組めば、いいコンビになると思うぜ」

「ふうん。詳しいね」

「俺、附属の出身なんだよ。だから他の連中が知らないことも色々と知ってるからさ。オタクは高校からだろ。ここだけの話、ズルする方法だってある。高校から盗賊を始めた奴と違ってスキルは身に付いているし、早く異世界に行きたいんだったら、俺と組んで損はないぜ」

 なんか軽い感じがしたから、どうしようかとも思ったけど、自分で他の人に声をかけるのも面倒臭い気がした。彼を仲間にしてしまえば、最低限のパーティは組んだことになる。

「うん、いいよ」

「本当か!?よっしゃ、俺、どうしても勇者と組みたかったんだよな。でも、勇者って人気があるだろ?片っ端から声かけていったけど、みんなもうパーティ組んじゃっててさ。良かったぁ、ポツンと一人で飯食ってんのお前だけだったからさ。こんな奴、勇者科じゃないと思ったけど、よく見たら盾のバッジじゃん?」

 ひどい言われようだ。誰でも良かったみたいだし。

 しかし、僕だけか。あの子ももうパーティ組んだのかな。独出進ひとりですすむ君も。

 ネズミ君は馴れ馴れしく僕の正面に向かい合って座った。

「ところでオタクなんてぇの?」

 きた。しょうがないなあ。

無学勇者むがくゆうしゃです」

「へ?本名?」

「うん」

「すげえなぁ。てことは、オタクは来るべくしてここに来たってことだぜ。異世界を救うために生まれたみたいな名前だな。ウチの両親もこの学園の出身なんだけど、流石に子供にそんな名前付けたりしないぜ。お前んとこは気合い入ってんな」

 え?感心されてるの?

 今までにない反応で、戸惑う。ここの学園は価値観が違うのかな。

「これは掘り出し物見つけたかもしれんな。よし、勇者。俺が残りのパーティのメンバーも見つけてやるよ。お前、そういうの苦手だろ。ここは俺に任せとけって。ちゃちゃっと僧侶と魔法使いを見つけてきてやるからよ」

 そう言うと席を立って、ピューっと生徒たちの多い人混みの中へと入っていった。

 うーむ。人と話すのが苦手って雰囲気が出てるのかなぁ。

 免疫ないんだから、しょうがないでしょうに。

 しばらくして、僕がお団子を食べ終わった頃に彼は帰ってきた。

「あー、ちくしょう。僧侶科や魔法使い科の奴に当たってみたけど、盗賊と一緒は嫌だとかぬかしやがる。勇者と一緒だっつっても、勇者が盗賊とパーティ組むはずないって、信用してくれないら。腹立ったから誰でもいいやと思って声かけたら、賢者科の上級生でさ。おっそろしい目で睨まれたぜ。危ねえ危ねえ。ダンジョンだったら魔法で消されてたわ」

 はあ。盗賊科であることが原因というより、彼自身の信用力というか。

「こうなりゃ、二人で冒険するしかないかぁ」

「でも、先生が最低四人いないと厳しいって言ってたよ。どうしても僧侶や魔法使いじゃなきゃだめなの?他の人でも良くない?」

「そうだなあ」

 頭を抱えるネズミ君。そんな僕らに近付いてくる者があった。

「よう、ドブネズミ」

 聞き覚えのある声。

 見ると、同じ勇者科の玉ねぎ次郎、じゃなかった、玉音銀次郎たまねぎんじろうだった。視線はネズミ君に向けられている。

 そういや、こいつも附属出身だったな。すると、二人は知り合いか。

「落ちこぼれの君が、まさか進学できるとは思わなかったな」

「相変わらず性格の捻じ曲がった奴だな」

 ネズミ君は陰険な目付きで睨み返した。

 爽やかイケメンの玉ねぎ、あいや、玉音と見た目だけ比べれば、圧倒的にネズミ君の方が悪者だ。

「高校に入ってまで、君の汚い顔を見なくてはいけないとはね」

 と、苦々しい顔で玉音銀次郎は吐き捨てた。

「へっ、俺はちゃんと進級試験を受けたからな。誰かさんみたいに親のコネで進学した奴と違ってな。それとも、コネよりカネって言った方が良かったかな」

 玉音銀次郎の端正なマスクがヒクついた。

「僕は元々成績優秀だったから、内部試験を受ける必要がなかったんだよ!」

「へえ、そうかい?今年から理事会にお前の親父の名前があるんだけどなぁ。理事の席って、いくらするのかな。そのお金はどこから出てんだっけ」

「僕の父上は、現役時代に300個以上の異世界を救ったんだ。その功績が認められて理事になったんだよ。遊んでばかりいた君の親父と違ってね」

「その通り。俺の親父と違って、お前んとこの親父さんは優秀な勇者とパーティを組めたおかげでな。何科だったっけか、お前の親父は?その科は今、学園にあるのかな?」

 憎々しげにネズミ君を睨みつける玉音銀次郎。この二人は親の代からのライバル関係といったところか。

「感謝したまえ。僕の父上のお陰で、この学園は立派に運営されているのだ」

「別に構わないぜ俺は。学費があったって」

「ふん。減らず口を。親が親なら子も子だな」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」

 ガタッと音を立ててネズミ君が立ち上がる。

 何事かと、騒ついていた周りの生徒たちも静まり返ってこちらを注目した。

 え?何、何?もしかして修羅場?ひょっとして、僕も当事者の一員にさせられてる?いや、この状況だと完全にそうか。二人が喧嘩してるってことは、僕はそれの仲裁しなきゃいけないわけ?

 やだなぁ。これだから人付き合いってのは。

「ま、まあ、まあまあ。仲良くやろうよ。入学したばかりなんだし。ね?君、勇者科の玉ねぎ次郎君でしょ。同じクラスだよね?」

 宥めたつもりが、逆効果だった。

「玉ねぎ次郎じゃない。玉音銀次郎だ!」

 額に青筋を立てて怒られた。もう、厄介な名前してるな〜。

「ごめん。あ、僕たちパーティ組んだんだ。えっと、君はもうパーティいるんだよね?」

「ほう。こいつと君がパーティねえ」

 玉音銀次郎は僕たちを交互に見た。強い者が弱い者を嘲る目で、力ある者が力ない者を踏みにじる視線で。

「そいつはお似合いだね。落ちこぼれの盗賊に、補欠合格の勇者とは」

 え?こいつ、何でそんなこと知ってるんだ?

「クラスは五十音順に並んでいるのに、なんで君が一番最後なのか、疑問に思わなかったのかね。それは追加で合格した君の席を、あとからくっつけたからに決まっておろう」

 そ、そうだったのか。クラスメイトに対する興味が薄いものだから、そんなことまで思いが及ばなかった。

「フン、相変わらずねじくれた性格だな。補欠合格でも、試験を受けなかった奴よりはよっぽど優秀だぜ」

「君のような盗賊に言われたくはない。落ちこぼれの人間同士、せいぜい出来損ないのパーティでも組んでくれたまえ。優秀な僕のパーティの邪魔だけはしてくれるなよ」

 嫌味な捨てゼリフを残して、玉音銀次郎は帰っていった。

 なんだよ、あれ。クラスメイトと仲良くやる気ゼロかよ。

「やな感じだね」

「勇者科だから知ってるか。あの玉ねぎ野郎とは附属から一緒でな。なにかっていうと俺を目の敵にしてくるんだが、要するに点取り虫だよ。狭い世界で威張ることしかできない、つまらない奴さ」

 ふうん。もっと深い因縁がありそうな気もするけど。ま、ネズミ君が言わないのなら聞くこともない。

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