第8話 ダンジョンは深く、自己は紹介される

 入学式も無事に終わった。午後からは講堂では引き続き上級生の始業式を行うのだが、新入生はそれぞれの教室でオリエンテーションである。全寮制の私立ファンタジア学園は、初日からスケジュールが詰まっている。

 ちなみに学園のカレンダーは、ザビエル暦というものを使う。これがどういうものかと言うと、現実のカレンダーがどうあれ、活動日五日+休養日二日で一週を構成し、四週間+調整日で一月と定めた普遍的な暦だ。

 月末の調整日というのは、太陽暦で29、30、31日のことで、学園は休日となる。毎月一日を太陽暦と一致させるために、このような日が設けられている。

 例えば今月を例に取ると、四月第一週、四月第二週、四月第三週、四月第四週の28日間+調整日二日で一月が終わる。

 また、ザビエル暦には曜日の観念はない。日付を数えるときは、ザビエル暦四月第一週一日目、のように、何月第何週何日目と数えるのである。

 今日は、ザビエル暦四月第一週一日目。またザビエル暦には、年はない。あくまでこれは学園の運営上の都合による便宜的なカレンダーだからだ。

「ブエナスタルデス、アミーゴス!ワタシが皆さんの担任の又徹またとおる先生ナノデス。学園では、不死身のマタドールと呼ばれております。アミーゴたちもワタシのことはマタドール先生と呼ぶでアリマス」

 テンションラテン系で教室に入ってきたのは、勇者科担任の又徹またとおる先生だ。一人でジャイアントドラゴンを倒したという伝説を持つレジェンド勇者である。どんな怖い人かと思ったら、ラテン系のノリの陽気なおじさんだった。

 この人は誰かに似てるな、と思っていたら、アレだ。髭を生やしたら、美術の教科書に出てきた顔芸の達人・ダリにそっくりだ。これはあくまで私見だが、顔芸だったらアインシュタインよりもダリだと思う。アインシュタインのはまだ洗練されていない。あれじゃあ、まだ座布団運びのレベルだ。

 言葉の端々にスペイン語が混ざるのだが、れっきとした日本人である。スペインに住んでいたことがあるのかと思いきや、大学の卒業旅行で一週間スペインにいた間に言葉が移ってしまっただけだという。

 関東出身の人でも、長年関西に住んでいると、徐々に関西弁が板に付いてくるものだが、いや、いくらなんでも影響されるの早すぎるだろ。蒟蒻だってこんなにすぐには味が染み込まない。環境に染まりやすいタイプの人なのか?

 学園生活についての細かな説明はマタドール先生からなされた。それによると。

 学園には勇者科の他にもいろんな科があって、主なものとしては、戦士科、武闘家科、レンジャー科、僧侶科、魔法使い科、盗賊科、羊飼い科、幻獣使い科などである。他にも遊民科、踊り子科、吟遊詩人科に旅芸人科なんてものまであるのだが、異世界を救うことに何か役立つのだろうか。

 二年生からは、これに侍科、忍者科、魔法剣士科、聖騎士科、賢者科、高等遊民科といった上級クラスが増えるのだが、進学できるのはそれぞれの科で一年次に優秀な成績を修めた者だけに限られる。

 勇者科はそれぞれの学年に一クラス20人ほど。男女比は半々といったところか。他の科に転科することは認められておらず、一度勇者科に入ってしまえば、卒業するまで勇者科である。学園の中でも特別な科という位置付けであり、他の科の生徒たちからも一目置かれているのだ。

 生徒たちは、これらの科の中からメンバーを集め、パーティを組んで課外活動をし、異世界を救うための腕を磨くのである。

 基本的には戦士、武闘家、僧侶、魔法使い等から選ぶのがいいらしい。遊民は最初は良さそうに見えるのだが、いつの間にか脛をかじられているという。高等遊民であっても同じだそうだ。

 授業は基本的に午前中だけで、座学と実技に分けられる。座学はパーティのリーダーとしてのリーダーシップの取り方であったり、パーティマネジメントの仕方、異世界の環境やモンスターの種類などを学ぶ。実技は剣術や魔術の訓練に、野営実習である。

 勇者は攻撃魔法も回復魔法も両方使えるから、覚えることが沢山ある。加えて、剣を取っての戦闘でも中心的な役割を担うことが期待されるという。

 う〜む。羊飼い科とかの方が良かったかな。でも羊飼い科で名前が勇者ってのも変だしな。

 午後は基本的に課外活動の時間だ。パーティのメンバーを率いて、学園の裏庭に造られたダンジョンに潜る。

 このダンジョンは地下6階建ての巨大な構造物で、先生たちの魔術によって結界が張られており、異世界と同じ物理法則が働いている。スマホなどの文明の利器はダンジョン内では働かなくなるので、持ち込まないようにということだが、異世界と同じ物理法則が働くということは、つまりダンジョンの中では、先生の監督なしに魔法が使えるのである。

 ダンジョン内には、異世界から召喚された魔物がうじゃうじゃしており、生徒たちの行く手を阻む。おまけに縦横無尽に罠が張り巡らされており、解除しながらでないと進めない。

 生徒たちはダンジョンの攻略を通じて腕を磨き、異世界を救うための力を身に付けるのだ。

 そして、やっとのことで最下層まで辿り着いても、強い強いダンジョンのボスが待っている。そいつを倒さないことには、異世界には行けないのである。

 ううむ。学園に入りさえすれば自動的に異世界に行けるのかと思っていたんだが、甘かったか。これは真面目に学業を修める必要がありそうだな。

 全体的な説明の後は、例によって例のごとく、自己紹介である。この使い古されたワンパターン芸はどうにかならないものか。

 窓側の列の一番前の席の子から、順番に自己紹介をしていく。僕の席は廊下側の一番後ろだから、一番最後だ。

「兵庫から来た浅野匠あさのたくみです。長所は性格が真っ直ぐなところ、短所は頭に血が上りやすいところです」

 ふむふむ。穢れを知らないお坊ちゃんって感じだな。

「ワタシ、中国から来た留学生、王援歌おうえんかアル。公園より応援、演歌より応援歌、王援歌アル。自分で戦うのは苦手アルけど、みんなを応援するアルヨ」

 へえ、留学生もいるんだ。なかなか国際的な学校だな。キャッチフレーズがついているのはよくわからないけど、女性勇者か。それにしても小っちゃいなぁ、小学生みたいだ。

「愛知から来た吉良義央きらよしおです。戦闘よりも策略が得意です」

 老けてるな、この人。本当に15歳かな。直情的な雰囲気の浅野君とは対照的に根回しが得意そうなタイプだ。

 順番に自己紹介するクラスメイトたちを、僕は適当なことを考えながらぼんやりと眺めていた。正直、どこの誰がいようと興味はない。僕と話の合う人がいるとも思えないし、どうせ三年間、同じ空間で過ごし、いつの間にかどこかに去っていくだけだ。

 すると一番後ろの席で、背の高い男が立ち上がった。

 うわぁ。この人、190ぐらいあるぞ。精悍な顔立ちに、短く整えられた髪。ブレザーの上からでも分かる、筋骨隆々で均整のとれた体つき。こんな人、別に異世界に行かなくても、現実世界で十分活躍できるだろうに。

玉音銀次郎たまねぎんじろうです。附属中学の出身です」

 へええ。ここって附属中学があるんだ。なんだ、だったら、中学から進んでたのに。

「ほう。君が玉ねぎ次郎君デスカ。君のことは附属の先生方から、良く聞いてルエゴ。いわゆる一つの期待の若手だとか」

 と、初めて先生が反応した。

「はい。ですが先生、僕は玉ねぎ次郎ではなく、玉音銀次郎です。お間違いのないよう」

「わかっていますよ、玉ねぎ次郎君」

 なかなか強者の先生である。歴戦の勇者の触れ込みは伊達ではない。

「…は、はい。僕は異世界で必要なスキルは全て中学で身に付けてきました。目指すは学園長の記録の868という数字です。在学中にこの記録を抜きたいと思います」

 大きく出たな。最初は控えめにしといた方が無難だぜ。定期テストだって、一年生の初めはみんな張り切るけど、夏休み過ぎればどうせ勉強しなくなるんだから。

「僕こそ伝説の勇者になるために生まれてきた男だと言っても過言ではありません。僕は人生の全てを勇者になるために捧げてきました」

 大丈夫か?そんなんで勉強は疎かにならなかったか?

「僕は既にパーティのメンバーも集めています。みんな優秀な生徒ばかりです。今すぐにだって魔王を倒せます」

 玉音銀次郎の熱弁は延々と続く勢いだったが、マタドール先生にたしなめられて、渋々腰を下ろした。

 ま、いろんな奴がいるってことか。どっちみち僕には関係ないけど。

 その後も自己紹介は続いたけど、全部覚えていられるわけではない。印象に残ったのは数人か。

駿野伏男はやのふせおと申します。古都京都からやってきました。趣味はキャンプで、異世界でキャンプをするのが今から楽しみです。本当はレンジャー科に行きたかったんですけど、恥ずかしながらそちらは落ちてしまって。勇者をやることになりました」

 この人は瘦せぎすで、良く日に焼けた尖った顔をしていた。レンジャー科の方が難しいのか?勇者科が一番って聞いてたけど。

「広島出身の板東組代ばんどうくむよです!趣味はギターと歌うこと!」

 良く通る声の女の子だな。元気印という言葉がピッタリだ。

 そして彼の番が来た。

「青森から来た、独出進ひとりですすむです」

 バスの中で出会った人である。

 立ち上がると、背はそんなでもない。バスの中でも思ったが、骨太でがっしりとしている。四角い顔に意志の強そうな太い眉毛。今日もバッチリ角刈りだ。

 って、当たり前か。一度角刈りにしたら角刈りしかセットできないもんな。

 独出君はそれだけ言うと、黙って座ってしまった。社交的意志がゼロ。なかなか好感が持てる。

 自己紹介は淡々と進んで、残すは僕と、僕の前に座っている女性勇者だけとなった。この子、なんだか陰のある女の子だな。

「私、闇野やみのあかり。出身地は一応、神奈川ってことになってる。この学園に入ったのは、魔王に会いたくて」

 ……。

 教室の空気が固まった。

 大丈夫か?結構かわいい顔してるけど、方向性はそれでいいのか?なんだ、一応神奈川って。道路を挟んで東京か?

 それはそうと、とうとう僕の番になった。

「東京から来ました、む、無学、勇者です」

 こういう場合、大別すると二つのパターンである。

 無視されるか、反応があるか。

 反応があるにせよ、それはあまり気持ちのいいものではない。まるで見世物小屋を見るような反応だ。こいつは違う。俺たちとは違う。同じ制服を着て、似たような顔をしているが、こいつは違う。

 小学校でも中学校でも、名前を聞いた瞬間、僕は彼らとは別の瓶に入れられ、別のラベルを貼られ、別の戸棚に並べられる。

 先生はフォローしてくれるんだけど、一旦、異世界の住人として指定されてしまったら、それが覆ることはない。名前は本人が選べないとか、名前に関係なくお友達として受け入れてあげましょうとか、そんなこと、いくら言ったって、まだ10代の思慮の浅いガキどもには馬の耳に念仏だ。

 どうせ今回も同じだ。僕は何度聞いたかわからない、嘲りを含んだどよめきを期待した。ところがマタドール先生の口からは、信じられない言葉が出た。

「それはエクセレンテ、エクセレンテ!実にポルファボールな名前です!アミーゴはいわゆる一つの、勇者の理想形ナノデス。アミーゴはそのような名前を与えてくれた両親にグラシアスせねばなりません。まさにアミーゴは勇者になるために生まれタルデス」

 え?先生、もしかして僕のことアミーゴ?

 予想外の展開に戸惑う。両親に感謝?出来ないでしょうに。良かったら先生の名前と取り替えますが?

 意外なことだが先生の印象は良かったらしい。クラスの反応も、予想したようなどよめきとかはなかった。闇野あかりさんの次だったことが幸いしたのか?

 でも。

 玉音銀次郎が、すごい目つきで僕の方を睨んでいた。なんだこいつ。他の生徒が褒められるのが気に入らないのかな?

 その後、クラス委員を決めて、初日のオリエンテーションは終わった。

「しょうがないですねえ。こういう世話焼き係は誰もやりたがらないでしょうから、附属出身の僕がやりましょうか」

 と、わざとらしく勿体ぶって、玉音銀次郎が立候補した。絶対本心じゃやりたがってただろ。

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