第26話 姫宮飛鳥の生きる道!

「ジョシュアくんの京都未来国際中学も夏のジュニアAI選手権には参加するんだよね?」

「うん。まぁ、もちろん出るよ。でも今年は全国に進出するのは難しいんじゃないかな……。チームメンバーには秘密だけど、ここだけの話」


 伏し目がちになるジョシュアくん。少し残念そうに。


「え? どうして? オープンカップ二位だったし、ワンチャンあるんじゃないの?」

「ありがとう、姫宮さん。オープンカップは四チームの練習試合だったし、まぁ、運良く二位になれたけれど、ジュニアAI選手権はそうもいかないさ。今回、上位に入ることにこだわった理由は一年生のメンバーにロボットを動かす喜び、勝利する喜びを味わって欲しかったからなんだ。うちのメンバーはまだAIソフトウェアの作り方もロボットハードウェアの作り方もろくに知らない。チャレンジさえ出来ていないんだよ。僕の照準は冬のウィンターカップ、そして来年のジュニアAI選手権さ。その意味ではオープンカップは二位に入れたけれど、実際にはジュニアAI選手権への挑戦という意味でなら僕たちはずっと後ろにいるんだ。姫宮さんたちの青龍中学アズールドラゴンよりもずっと後ろにね」

「でも、わたしたち、最下位だったし……」

「姫宮さん。君はもっと本質に目を向けるべきだよ。当日は動かなかったんだろうけれど、神崎くんのソフトウェアと倉持くんのハードウェアのポテンシャルは十分にある。それを引き出せるかどうかはプロジェクトマネジメント次第さ。歯車が噛み合えば――君たちはもっと先へ行ける」


 ジョシュアくんの目はその場しのぎのお世辞を言っているものではなかった。それは本気の言葉だった。


「わ――わたし、責任重大じゃん?」

「そうだよ。姫宮さん。君次第かもよ?」

「あー、ジョシュアくん、あなたはなんてものを、置いていったんですか!」

「ははは。本当は僕だって譲りたくなかったよ。そんなに面白いポジションをさ。でも、仕方なかったんだ。子供は親の都合には勝てないからね!」


 そう言ってから「腹立つよね!」と付け加えたジョシュアくんは本当に残念そうだった。その顔を見て、ジョシュアくんは神崎くんと倉持くんのことが本当に好きなんだなって思った。神崎くんとはいまだにギクシャクしているみたいだけれど、仲直り出来るといいな。


「だから、僕と姫宮さんはライバルってことだ」

「えええ。恐れ多いです! ジョシュアくんとライバルだなんて!」

「あははは。でも姫宮さんがどう思っていても、僕は勝手にライバル視するからね。よろしく。アズールドラゴンのお姫様!」


 そう言ってジョシュアくんは右目でウィンクした。圧倒的王子様感である。こういうのは神崎くんには絶対に無い成分だ。


「あ、そうだパイソンの勉強はやっている?」

「はい! 教えてもらってありがとうございます。おかげさまで基本書は一通り読み終わって関数とかは一通り分かったと思います。いやー、プログラミング言語って異世界の言葉だと思っていましたけれど、意外と分かるもんですね~。結構、英語だったので、意外とスルッといきました」


 ゴールデンウィークに会った後、何を勉強するべきか迷っていた私に、ジョシュアくんが一番に推薦してくれたのがプログラミング言語のパイソンだった。


「姫宮さん、英語得意だもんね。発音も僕と変わらないくらいだし」

「英語だけが取り柄なので~」

「でも英語に強いとプログラミング言語は読みやすいからね。特にパイソンは記法が素直だし、正機のプログラミングを手伝えるようになるのも意外と近いかもよ」

「そーだといいんですけどね~」

「なるよ。……あ、そうだ。もう知っているとは思うけれど、正機の弱点って知っている?」

「もしかして、英語……ですか?」


 ジョシュアくんは頷いた。オープンカップのとき、神崎くんはプログラムの実行時に表示されるWarningワーニング(警告)文をすべて読まずにスルーしていたのだ。そして本番トラブルが生じた。あのWarningワーニングと最後のトラブルがどう関係していたのかはまだ分からないけれど、それが何の問題もなかったとはやはり思えない。


「うん。そこは見てあげた方がいいよ。本人はあまりそれによって生じる問題を自覚していないから厄介なんだけどね。去年は僕がいたから要所要所で英語に関してはサポートしていたんだよ。なんだかんだでプログラミングやAI技術の理解や活用に英語は不可欠だからね」

「はい。英語なら、どんとこいなので! がんばります!」


 なんだかジョシュアくんのお陰で、自分の生きる道が随分と分かってきた気がする。

 いける、いける気がするぞー。プログラミングに、英語に、プロジェクトマネジメント――お?


「ジョシュアくん……プログラミングと英語は置いておいたとして――プロジェクトマネジメントってどこで勉強すれば良いんですか? その教科書とか……出来たら先生とか……」


 ジョシュアくんが先生になってくれたら良いのだけれど、さすがにそこまで甘えるわけにもいかない。そもそも、わたし自身がそのプロジェクトマネジメント的なものにはまったく自信が無いのである。何の努力も無しに、ちゃんと出来るとは思えないのだ! 「教えてほしいな~」って上目遣いにジョシュアくんを見上げると、コーヒーカップを片手に王子様はきょとんとした表情を浮かべた。何言っているの? と、でも言わんばかりに。

 あれ? わたし何かおかしな事を言いましたでしょうか? 

 ジョシュアくんは一つ首を傾げてから口を開いた。


「顧問の荻野原先生に教わったらいいじゃない? あの人、プロジェクトマネジメントのプロだよ? 僕もほとんど荻野原先生から教わったし?」


 ――え? 荻野原先生?


 オープンカップ京都大会で車を運転してくれた荻野原先生の顔が脳裏に浮かぶ。三谷先生と楽しそうにお弁当を食べていた荻野原背の顔が脳裏に浮かぶ。「入部届確認したよ」と柔和に笑っていた、草食系男性っぽい荻野原先生の顔が脳裏に浮かぶ。


「……そうだったんですかあああああああああ!!」


 青い鳥はすぐそばにいたのである。

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