第25話 プロジェクトをマネジメント!

 ――プロジェクトマネジメント


 聞いたことあるような、聞いたことないような言葉に私は生唾を飲み込んだ。

 それがきっと今日の相談の答えなのだろう。だとしたら――


「ジョシュアくん。一つ聞いてもいいかな?」

「どうぞ」


 紳士的に質問を促すジョシュアくん。


「オープンカップ京都大会のプラクティスでね、アズールドラゴンが動かなかった時にジョシュアくんは言ったよね? 『僕だったら違う判断をしたかな』――って」

「ああ、うん言ったね。覚えているよ」


 ラスト一週間半をどういう風に使うかで神崎くんと倉持くんが揉めた時、わたしは二人が喧嘩しないように週末まではハードウェアに、最終週はソフトウェアに集中するように言って、二人にとって良いように妥協点を作ったのだ。でもジョシュアくんは、そうではない判断をすると言う。それが引っかかっていた。


「――教えてほしいの。わたしのやりかたの何がまずかったのか、それと、ジョシュアくんならどうしたのかを。――それがきっとジョシュアくんの言う『プロジェクトマネジメント』と関係しているんだよね?」


 わたしがお願いすると、ジョシュアくんは満足げに頷いた。


「さすが姫宮さん。良い嗅覚をしているね。その推理は正しいと思うよ」


 推理という言葉で褒めて貰えるのは嬉しい。元ミステリー研究会の名探偵ヒメミヤアスカとしては。


「あ……ありがとうございます」

「じゃあ、まず、僕ならどうしたかを言うね。そっちの方が早い気がするから。僕ならハードウェアの開発もソフトウェアの開発も週明けには打ち止めただろうね」


 ジョシュアくんはそう言い放った。

 え? どういうこと? だって大会までまだ一週間あるし、二人はもっとアズールドラゴンを良くしたいって言っていたんだよ?


「ふふふ。意味がわからないって顔をしているね。まぁ、まだ、姫宮さんはジュニアAI選手権のことも、あの二人のことも十分には知らなかっただろうから、仕方ないかもしれない。でも状況を聞く限り、一週間前の時点で、多分、ジュニアAI選手権で走らせる上での最低限の機能はあったんじゃないかな。――いや、最低でも一週間前で無いといけないんだよ。選手権に挑戦するためにはね」

「それは……理想的にはそうなのかもしれないですけれど。じゃあ、最後の一週間は何をするんですか?」

「テストだよ。本番と出来るだけ近い環境で走らせるんだ。そしてできるだけ様々な状況できちんとゴールまで行けるかを確認する。何度もやっていると、思わぬトラブルとか、簡単なバグなんかが出てきたりする。それを潰していったり、もしもの時のバックアッププラン――代替案を準備したりするんだ。――ラスト一週間は徹底してテストと最終調整に使う。これはジュニアAI選手権の鉄則だよ」


 ジョシュアくんはコーヒーをかき混ぜる。その大人びた表情は、神崎くんや倉持くんの情熱に満ちた少年みたいな表情とは違って、とても落ち着いて静かな表情だった。二人とは違うタイプの人間なのだ。――そう思った。


「でも、神崎くんや倉持くんは、そういうことは何も言っていませんでしたよ。二人は最後まで開発をしたそうでしたし」

「うん。それがあの二人なんだよ。根っからの研究者と根っからの職人。あの二人は好きにさせておくと試合全体がどうなるかよりも、当日にどんなに凄いAIを持っていくか、ロボットを持っていくかってことばかりに頭が行く。だけど、それは必ずしもチームの勝利につながるわけじゃないんだ」


 二人が一生懸命に開発する姿を思い出す。それは決して責められたものではないし、素敵な姿だと思う。でもそれと同時に、オープンカップ京都大会の本番でアズールドラゴン2号がまともに動かず、四位に沈んだのもまた事実。二人の一生懸命は勝利に繋がらなかったのだ。それがとても悔しくて、何も出来なかった自分が情けなかった。


「姫宮さんは二人の妥協ラインを作るときに何を基準にした? それは『二人が仲良くできるように』ってことだったんじゃないかな?」

「あ、はい。……正直そのとおりです」

「うん、そうだろうね。クラスで仲良く友達関係を作っていく上でのことならそれでもいいよ。でも、ジュニアAI選手権で戦うなら、チームの意思決定はそれだけじゃだめなんだ。常にそのプロジェクトの目的が達成されるということを第一に――つまりジュニアAI選手権で勝利するためにはどうすべきかで判断されるべきなんだ。それがプロジェクトマネジメントなのさ」

「――プロジェクトマネジメント」


 繰り返すとジョシュアくんは、コクリと頷いた。


「姫宮さん。その点から言えば、君のやったことはチームメンバーの利害調整に過ぎないんだよ。その瞬間の二人が満足することと、選手権で勝利できることは全く違う目標なんだ。チームの目標をはっきりさせて、そこに向けて計画的にチームを導いていく。それが一番大切なことなんだ」


 目から鱗が落ちる思いだった。

 自分が良かれと思ってやっていたことは、そうではなかったかもしれないのだ。


「――それがジョシュアくんが青龍中学アズールドラゴンでやっていたことなの?」

「そうだよ。もちろん僕はプログラミングもやっていたし、その他、情報収集とか正機と一緒にAI技術の勉強とかもしていたけれどね。二人がどう思っているのかはわからないけれど、アズールドラゴンにおける僕の役目はプロジェクトマネジメントだったと、僕自身は思っているよ。二人の暴れ馬の力を最大限に活かすためのマネジメント。それが去年の僕の功績さ」


 ウィンターカップの優勝で喜んでいた三人の姿を思い出す。いつの間にかそれはわたしの憧れで、目標になっていた。惨めだったオープンカップ京都大会の敗北はもう繰り返したくない。きっとジョシュアくんの欠けた穴は確かにそこにあって、二人はジョシュアくんの握っていた手綱から解き放たれて、そして勝利へと迎えないままに、走ってしまったのだ。

 自分の役割が――少しずつ見えてきた気がした。


「ジョシュアくんは今の学校でも、プロジェクトマネジメントをやっているの?」

「ああ、まあね。今回はちょっと特殊だったけれどね。姫宮さんも見ていたと思うけれど、うちのチーム――酷かっただろ?」

「酷かった? うーん、神崎くんと倉持くんはなんだか怒っていましたけれど、……でも、二位に入っていたじゃないですか」

「ふふふ。姫宮さんは優しいな。二位には入ったけれどね。あれにはオリジナルのAIもなければロボットも無かった。そういう意味では仮初めの勝利さ。AIロボット部門なのにAIでもロボットでも戦っていないんだよ。僕らは、先週の大会で」

「じゃあ、何で戦って――」


 首をかしげて一思案、そしてやおら気付く。「あっ」と声を上げるとジョシュアくんは「そのとおり」と一つ頷いた。


「プロジェクトマネジメントさ。僕以外は素人の集団。そんな中でなんとか最下位を避けるために僕はプロジェクトマネジメントに徹した。とにかく省けるものは全部省いて、最後の一週間は徹底して高い確率でゴール出来ることだけに絞ってメンバーにはテストとデバッグに取り組んでもらった。そして当日の会場入りしてからの手続きやプラクティスでの確認手順なんかを徹底して詰めたよ。――そしてもぎ取ったのがあの順位さ」


 わたしは知った。ジョシュアくんが見つめていているものが、いかに自分の見つめていたものと違ったのかを。


 そして知ったのだ。AI技術でもロボット技術でもないものが、たしかに勝利に貢献するのだと。

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