第24話 如月ジョシュアの存在意義!

「映画、面白かったね。テレビシリーズを見ていなくても楽しめたんじゃない?」

「はい! めちゃくちゃ燃えました! わたしこういう作品あんまり見ていなかったんですけど、謎解きみたいなのもちょっと入っていて面白いんですね! 家に帰ったらテレビシリーズも見ます!」


 思わず両拳を握るわたし。ジョシュアくんは「あはは。おすすめだよ」って爽やかに笑った。

 日曜日の午後、わたしとジョシュアくんはなぜか一緒に映画を見終えたところだ。テレビシリーズがあったアニメ作品の劇場版。

 誘われた時には「え? わたしテレビシリーズ見ていないんですけれど?」って引いてみたけれど、「あはは。大丈夫だよ。テレビシリーズ見ていなくても楽しめるみたいだし、チケットは僕が払うからさ。損はしないよ」と笑顔で詰められた。そもそも、相談に乗ってもらおうと無理にこちらからお願いした手前、無下にも断れなかったのだ。そして本日に至る。

 まだ残っているキャラメル味のポップコーンを抱えながら、映画館のフロアからエスカレータで降りていくわたしたち。一段差に乗って、楽しそうに笑いながら。


 ――って、これ完全にデートじゃん! どうしてこうなった!?


 金曜日、部活に結局、神崎くんは現れなかった。体調不良というのが本当だったかどうかは分からない。だからあの日は倉持くんと二人でオープンカップ京都大会のことをちょっと振り返ったのだ。特にわたし自身が成長しなくちゃっていう視点から。

 気になっていたのはジョシュアくんの「僕だったら違う判断をしたかな」って言葉。最後の一週間半に、わたしが決めたハードウェアとソフトウェアの開発順序と二人の諍いを止めるための調整について。それがずっと心に引っかかっていたのだ。倉持くんとその意味についてあーでもないこーでもないって話し合ったのだけれど、結局は「ジョシュア本人に聞くのが早いんじゃないかな?」って倉持くんが言って、わたしも「やっぱり、そうだよね」ってことで完全合意した。それからLINEでジョシュアくんにわたしから連絡をとって、日曜日の約束を取り付けて――現在に至る。


「今日は制服じゃないんだね。私服もかわいいね。よく似合っているよ」


 言われたこともない気障な言葉を、さわやかに口にする金髪帰国子女のジョシュアくん。思わず頬が熱くなる。もう! これだからイケメン王子様は!


「あ――ありがとう。中学生になってから平日は制服だし、土日で出かけるときくらいしか私服を着ないから変な感じです」

「あはは。そうだね。それはあるかもね」


 しかも男の子と二人で出かけることなんて皆無である。中学二年生にもなれば男の子と二人で遊びに出かけることの意味は小学生のときと全然かわってしまう。だから余計に、ちょっと、緊張するのだ。

 とりあえず白のブラウスに草色のスカートのコーデが変じゃなくてよかった。別にわたしは服に無頓着な方じゃないのだけれど、それでもあまりに自分の服をコーディネートしない平日が続くと、だんだん不安になってきたりもするのだ。


「えっと、相談事があるんだよね? じゃあ喫茶店にでも入る?」

「あ、――はい!」


 ジョシュアくんの自然なエスコートで、わたしたちは駅前の喫茶店へと向かった。それにしてもやっぱりこれは外から見ればどう見てもデートだ。学校からそんなに遠くないこんな場所で、休日に二人でいるところを、誰かに見られたら、言い訳はかなり大変そうだ。そんなことを考えながらも、今日の目的を胸にわたしはジョシュアくんの後を追った。


「それで相談事って何かな? ジュニアAI選手権のことだよね?」


 喫茶店に入ってコーヒーを注文したジョシュアくんはそう言って切り出す。わたしはアイスコーヒー。冷たい飲み物が欲しかったし、映画を見て興奮した頭をちょっと落ち着けたかった。


「先週は惨敗でした。ジョシュアくん、さすがです。転校したばっかりの学校でいきなり二位に入賞するなんて」


 わたしがそう言って賞賛すると、ジョシュアくんは苦笑いを浮かべた。


「ありがとう。……でも正機、怒っていたでしょ?」

「――それは」


 言いよどむ。あの日、神崎くんは「AIを愚弄している」とまで言っていた。

 ジョシュアくんはゆっくりと首を左右に振る。


「いいんだ。逆に怒らないと正機じゃない」

「……どういう意味ですか?」

「正機はAIの技術力を高める場所、AIの高みを目指す場所としてジュニアAI選手権を見ているんだ。だから僕が京都未来国際中学のチームでやったことは邪道中の邪道なんだよ――正機にとっては」


 邪道中の邪道。心の中で反復する。

 京都未来国際中学がオープンカップ京都大会で投入してきたのは、この上なくシンプルなマイクロマウスだった。ゲームのルールに含まれる宝箱を取ることも罠を避けることも全部無視して、ただゴールを目指すだけのロボット。言ってしまえばそれだけ。AIのソフトウェアにもロボットのハードウェアにも何の工夫もなかった。神崎くんのこだわりも、倉持くんのこだわりも相手にせずに、その土俵に乗ることもなく、京都未来国際中学は青龍中学よりも高い順位につけたのだ。


「――ジョシュアくんは、自分たちの二位っていう結果を評価していないの?」

「いいや、それは評価しているよ。むしろ出来すぎだって思っている。チームメンバーの一年生二人もとても喜んでいてさ。夏のジュニアAI選手権ではもっとパワーアップさせて全国を目指すんだって意気込んでいるよ」


 そう言ってジョシュアくんは柔らかく微笑んだ。その微笑みは大人びていて、とても中学生のものとは思えなかった。


「でも、さっき邪道だって……」


 よくわからない。邪道というのは良いことなのだろうか。そうは思えない。「邪道」という言葉を口にしたときのジョシュアくんの表情は決して誇らしげではなかった。だとしたらジョシュアくんは、その光と陰の折り合いをどうつけているのだろう?


「姫宮さんは、僕のチームでの役割って何だと思う? 青龍中学のアズールドラゴンでも、今のチームでも僕がやっていることは本質的には変わっていないんだ。……何だと思う?」


 なんだろう? 考えたことがなかった。外から見ていると神崎くんとジョシュアくんがイケメンの二人で、そして賢そうで、AIの開発をバリバリやっているのだろうなぁ、くらいに思っていたのだ。そういえば今のメンバーでも神崎くんがAIのソフトウェア開発、倉持くんがロボットのハードウェア開発という役割分担がある。じゃあ、そこにジョシュアくんの役割分担もなにかあったはずだ。それは――なんだったんだろう?


「プログラミングですか? それとも……わからないです」

「じゃあ逆に、姫宮さんのチームでの役割は何だと思う?」


 そうか。ジョシュアくんが抜けた後に入ったのが私で、それなら自然とその役割を一部であれ引き継いでいるのかもしれない。えっと、私の役割ってなんだろう?


「……買い出しと賑やかし……ですかね」


 わたしがそう言うとジョシュアくんは手で口を覆って笑った。コーヒーを吹き出しそうになりながら。


「あ、ひどい。真面目に答えたのに~」

「ごめんごめん。いや、ちょっと、斜め上だったから。――そっか。姫宮さんは本当に自覚がないんだね。自然と自分がおさまっているだろう立ち位置にも」


 コーヒーカップをソーサーに下ろすと、ふきんで手を拭いて、あらためてジョシュアくんは真面目な表情を作った。


「僕が今のチームでやっていて、アズールドラゴンでもやっていたこと。そして今、知らないうちに姫宮さんにも求められている役割。それは――」

「――それは?」


 膝の上で手を組むと、十分な間をとって、やがてジョシュアくんは口を開いた。


「プロジェクトマネジメントだよ」

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