第27話 再び立ち上がれ神崎正機!
「――神崎くん、来ないね」
「うーん、今日は学校にも来ていたから、部活には来ると思うんだけどなぁ」
ジョシュアくんと映画に行った日曜日から休みが明けての水曜日。AI研究会に神崎くんの姿はなかった。胸の奥にあった嫌な予感がじわじわと広がる。
「オープンカップの惨敗で凹んじゃって来られないとかじゃないよねぇ? 金曜日だって、あの鈍感な神崎くんが風邪を引くなんてイメージに合わないし」
「いや、神崎氏、鈍感に見えて実のところ敏感でひ弱だったりするお? まぁ、精神的にダメージを受けていたとはいえ、部活に来られなくなるほどではないと思うんだけどなぁ」
倉持くんは首を傾げた。六時間目が終わって随分経つ。部活の開始時間をすでに十五分以上過ぎている。水曜は部室の共同利用日。鉄道研究会はすでにメンバーが集まってNゲージ鉄道模型の組み立てに入っている。その中心で、藤堂さんの視線は、鉄道模型へと情熱的に注がれているのだ。
同じ男の子だらけの部活で一人っきりの女の子。藤堂さんは堂々とクラブの中心にいて、わたしは未だにお客さんなのだろうか。ううん、違う。これからは違うのだ。
日曜日にジョシュアくんと話したことを思い出す。ジョシュアくんは教えてくれたのだ、わたしがこのAI研究会で果たすべき役割を。前向きな気持ち。
神崎くんが挫けそうなら駆けつけて、勇気づけて、そしてチームを盛り上げていく。――それが、これからの姫宮飛鳥のあり方なのだ。もう遠くから、受け身で眺める役目は卒業するのだ。それなら――
「――倉持くん! わたし行ってくる」
「おわっ! なんだお! あすかりん」
突然立ち上がったわたしに、倉持くんが驚いて顔を上げる。
「よくわかんないけれど、神崎くんが来ないなら、わたしから探しに行くの! 迎えに行くの! だって、今日は新生アズールドラゴンが最スタートする大切な日なのだから!」
「あ……あすかりん?」
目を点にした倉持くんを後ろに置き去りにして、わたしは理科準備室を飛び出した。
「姫宮さん!」
部室を飛び出したわたしを後ろから呼び止める声がして、振り返った。そこには腕を組んだ藤堂さんが立っていた。わたしの同級生。鉄道研究会部長の美少女。そして神崎くんを王子様と崇める女の子。
「――藤堂……友加里さん?」
なんだろう。以前一度、ゴールデンウィーク明けに呼び止められて絡まれたことを思い出す。あの時は、わたしがAI研究会に入るのが許せないって言っていたっけ?
「……どこにいくのかしら? 部活の時間は始まっているのに」
「えっと、神崎くんを探しに? 部活の時間は鉄道研究会の藤堂さんには関係ないと思うけれど……?」
「ふっ、関係なくはありませんわ。以前申し上げましたように、鉄道研究会とAI研究会とは同じ部室を分け合う仲。いわばパートナーなのですから」
相変わらず無理のある主張だと思うのだけれど、ブレない彼女が今はなんだか頼もしい。
「……その理屈はよくわからないんだけれど、……もしかして心配してくれている?」
「な……何を言っているのかしら。わたくしがあなたの心配なんてするはずが無いじゃないですか? わたくしが心配しているのは神崎くんだけですのよ!」
うん、そうだよね。やっぱりブレない。
「そういえば藤堂さん、先々週のオープンカップ京都大会、見に来てくれていたのよね。……なんだかごめんね。かっこ悪いところ見せちゃって」
「そうですわよ、姫宮さん。神崎くんがああやって苦しむ姿なんてわたくしは――見たくありませんでしたわ」
「――藤堂さん」
「ですから言ったでしょう? 神崎くんの足をひっぱるであろう、あなたのことを見過ごすことなんて出来ないって。アズールドラゴンの三人目はわたくしこそが相応しいのだと」
その言葉は一ヶ月前に言われたときよりも、今は胸に刺さった。
そうだ。まざまざと思い知らされたのだ。わたしは結局見ているだけだった。そして本来果たすべきだった役割も、それと気づかぬままに失敗してしまっていたのだ。
でもわたしは知った。だから今はもう、あの時以上に、譲れないのだ。この立場を。新生アズールドラゴンの三人目としてのこの立場を。神崎くんや倉持くんと一緒に全国大会優勝を目指すこの位置を。
「ふふふ……。ふふふ……」
わたしが何も言い返せずに、それでも悔しさを胸に秘めながら、藤堂さんの目を見つめ返していると、彼女は口元に手を当てて笑い声を漏らした。え? ……何?
「えっと……藤堂さん?」
「いいですわ、姫宮さん。いい目です。……言ったはずですよ。一ヶ月前に。あなたをアズールドラゴンの三人目として認めてあげなくもないって。たった一ヶ月しか経っていないのに、いい目をするようになりましたわね。姫宮さん」
彼女はそう言って、組んだ腕を解いた。
「神崎くんのことを探しに行くのよね?」
「……そうだけれど」
「じゃあ行ってらして――! 今はわたくしよりも、あなたの方がきっと彼のことを奮い立たせることができる。オープンカップ京都大会はたしかに残念な敗北でしたわ。でもそんなことで挫けるのは、わたくしの王子様――神崎正機ではありませんでしてよ! 姫宮飛鳥さん、頼みましてよ。わたくしの神崎正機の目を覚ましてきてくださいまし!」
「う……うん! 行ってくる! ありがとう!」
そう言ってわたしは廊下を駆け出した。なんだかよくわからないけれど、わたしはあのヘンテコなお姫様――藤堂友加里からもエールを貰ってしまったらしい。
だからきっと神崎くんを部活に連れてこなくちゃいけない。そして、新しいスタートを切らないといけないのだ!
二年B組の教室に辿りつく。授業が終わって随分と時間は過ぎて教室前の廊下はもう静かだった。神崎くんももう帰ってしまったかもしれない。
扉に手を掛けて開く。放課後に初夏の日差しが西から差す教室。開け放たれた窓からゆったりとした風が吹いて微かにカーテンを揺らしている。その窓際には物憂げに頬杖を突いた一人の少年がいた。黒い髪、座っていてもわかる高い背丈。わたしの中の時間が一瞬止まる。――そして動き出す。
「――神崎くんっ!」
「ん? ――アスカリーナ? ……どうして?」
わたしの声に弾かれたように、彼が頬杖を解き、顔を上げる。驚いたような表情。教室に足を踏み入れる。わたしは一歩ずつ彼に近づく。そしてわたしは彼に掛ける言葉を探した。
オープンカップ京都大会で自分を裏切った親友に惨敗した神崎くん。人生をかけたAIづくりなのに無残にも最下位に沈んだ神崎くん。そしてAI研究会でのこれからに自信を失っている神崎くん。彼を奮い立たせる言葉を!
「行こう神崎くん! 倉持くんも待っているよ!」
「……え、あ、うん行くけれど」
神崎くんが何か言っているけれど、わたしは遠慮せずに続ける。
「これからだよ、これから! オープンカップで惨敗して神崎くんがショックなのはわかるけれど、オープンカップは練習試合なんだし、そこでの負けで腐っていたらだめだよ。神崎くんは令和の天才AIサイエンティストなんでしょ!? 本番は夏のジュニアAI選手権じゃん! これからわたしも頑張るから! ジョシュアくんの完全な代わりは無理かもしれないけれど! プロジェクトマネジメントもプログラミングのお手伝いも頑張るから! だから、神崎くんも――あいたっ!」
わたしは思わず頭を押さえる。なんだか拳骨が降ってきた。痛い……。
目を開くと、至近距離に眉を顰めたイケメンの顔があった。
「……ぼ……暴力反対」
神崎くんが溜め息を一つ吐く。
「お前なぁ。何をどう勘違いしているのかしらないけれど、俺は別にオープンカップでの負けでそこまで凹んでいないし、今日の部活だって普通に行くつもりだったからな?」
え? ……そうなの?
「でも、こんな時間になっても……来なかったじゃん?」
「いや金曜日からちょっと休んでいたから、課題とか溜まっていて放課後にやってから部活行けって居残り勉強させられてたの。今ちょうど終わったから一息ついていたところ。まぁ、そういう意味じゃ、お前、ナイスタイミングだったんだけどな」
「……じゃあ金曜日に学校を休んだのは?」
「いや、だから、ただの風邪だって。クラヌンティウスにもそう連絡しただろ?」
「落ち込んで学校に来れないんだと思った……」
「お前なぁ。お前の中でどんだけ俺はデリケートなんだよ。あんなトラブルなんてAIロボットやっていたら幾らでもあるだろ? 練習試合のトラブルの度に落ち込んで人生に迷っていたら、人生いくつあっても足りねーよ」
「じゃあ、今日の部活には?」
「何の変わりもなく、いつもどおり行くよ。今すぐな。さてと行く準備するか」
そう言って神崎くんは机の上の教科書をまとめると、カバンの中にしまった。そして立ち上がる。私より高い背丈。そんな神崎くんの顔を間近に見ると、じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。
「な、な、な……なによそれ〜っ!? わたし、心配したんだからね! どうもしないならどうもしないで、そう先に言ってよー!」
「知らんがなっ! お前が勝手に心配して、勝手に喚き立ててたんだろうっ! まあいい、行くぞ、アスカリーナ!」
神崎くんはそう言うと教室の扉口へ向かって歩きだした。
「ちょっとまってよ〜! なんだかめっちゃ恥ずかしいんですけどっ! わたし!」
「んー、まぁ、教室に他のやつがいなくてよかったな。もし誰かに見られていたら記録的に恥ずかしいシーンだっただろうからな!」
「何よそれ! もう、知らない! 行くわよ、部活に!」
「おお……ってお前が言うのかよ。まぁ、いいや、一週間以上ぶりだから腕が鳴るぜ!」
「おう! 腕がなるぜっ!」
「って、お前は、何もしないだろうが」
「何もしなくないわよっ! これからの姫宮飛鳥さまには期待してもらっていいわよ! ちゃんとしたアズールドラゴンの三人目になるんだから」
「お? その言葉は吉兆だな、アスカリーナ。貴様の働き、楽しみにしているぞ。フフフフ」
廊下に出て片目を押さえる魔王の神崎くん。何かが疼いているようだ。中二病ですね。
「はいはい! じゃあま、AI研究会へレッツゴー!」
「新しい時代の幕開けだぜ……!」
カバンを背負うと、そんなアニメの台詞みたいなことを口走って神崎くんは歩き出した。
わたしはその後ろをスキップ気味についていく。
思っていたよりも、神崎くんはずっと元気だった。ちょっと肩透かしだったけれど、良かった。だって、なんだかんだで神崎くんは、わたしたちのAI研究会の中心――令和の天才AIサイエンティストなのだから。
彼の後ろを歩きながら、廊下の窓から見た空は梅雨時とは思えない青空だった。
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