よみがえれ新生アズールドラゴン!
第23話 失望のなかで!
オープンカップ京都大会が終わった次の週、京都は例年より少し早い梅雨入りとなった。駅前のパン屋さんの喫茶コーナー。ガラス張りの壁の向こう側には駅前の公園が見える。四月に神崎くんと二人で話してAI研究会に入ることを決めた公園。
今は梅雨の雲が空を覆い、昼下がりの街をどんよりと暗くしている。しとしとと降る雨。
「はぁ〜。わたしはどうすればよかったんだろう。リコ〜」
「いつまで落ち込んでいるのよ、あーちゃんらしくないわよ」
お皿に乗ったチョココルネを脇に置いて、リコがアイスティーの中の氷をツンツンと突く。
先週の土曜日、青龍中学アズールドラゴンは酷い敗北を喫した。強豪洛央中学に勝てなかったのは仕方なかったとしても、転校したばかりのジョシュアくんが作った一年生チームにも勝てなかった。帰り道、神崎くんと倉持くんも言葉少なになっていた。二人共、落ち込んでいたに違いない。――そしてわたしも、なんだか
「あーちゃんは、悪くないんじゃない? 全然知らないところから入部して一ヶ月。仕方ないよ。完全に素人がひょひょいのひょいで勝利に貢献しようなんて、それはそれで甘すぎ〜」
「それはそーなんだけどさ。でも、去年のアズールドラゴンと、今年の新生アズールドラゴンってメンバーチェンジしているの、わたしだけなわけじゃん? ジョシュアくんからわたしに交代。それでボロ負けだったんだから、『これってわたしのせい?』って思っちゃうんだよねー。どうしても」
「うーん、もしくはジョシュアくんのせい? ジョシュアくんが実は思っていた以上に実メチャメチャすごい子で、実はウィンターカップの優勝もジョシュアくんさまさまでしたーって感じ?」
「それねー。それはそれで逆に辛いんだよ〜」
そうなのだ。わたしが駄目だったとしてもそれはアズールドラゴンのレベルを上げないだけ。転校したジョシュアくんのチームメイトだって一年生で素人同然だったのだ。それなのにジョシュアくんのチームはわたしたちよりもずっといい成績を取った。それはつまり神崎くんや倉持くんを足し算した力よりも、ジョシュアくんの方が優秀だったって意味にも解釈できるのだ。――それがまたきっと神崎くんのプライドを傷つける。
「あ〜あ。神崎くん大丈夫かなぁ〜」
「なに? あーちゃん、やっぱり神崎くんのことが気になるんだ?」
「え〜? リコ、何度も言うけれどそういうんじゃないからね! ……ただ、単純に心配なだけ」
「心配だよね。土曜日も試合の後、本当に元気なかったもんね~。
「うん、木曜日までは休みの予定。金曜日はあるよ。一応反省会的なことをやる予定。ちょっとオープンカップ京都大会まではゴールデンウィークもぶち抜きだったから、大会の後に一週間の休みをとるのは予定通り。でもその間に、二人が何を考えているのか……気になっちゃうよ」
「へー、なんだかもう、あーちゃんもいっぱしのAI研究会の部員なんだね〜」
「茶化さないでよ、リコ〜。真剣なんだから〜」
そう言ってわたしが膨れると、リコはアイスティーを一口啜ってから「茶化してないよ」と優しく囁いた。
「四月にミステリー研究会が廃部になってさ。あーちゃんに新しい居場所が出来なかったらどうしようってちょっと心配していたんだよ? だから、それは、ちょっと嬉しいっていうか、ホッとしているんだ~。あたしは、あたしで」
なんだかその言葉はやわらかくて胸に染みた。
「リコ〜、優しい……」
「当たり前でしょ? あたしを誰だと思っているの?」
「一ノ瀬莉子」
「そっ、あーちゃんの大親友リコさまよ。あーちゃんがホームズなら、あたしがワトソンってね」
「情報屋イチノセと名探偵ヒメミヤアスカね」
そう言ってわたしたちは二人で笑った。
「でもね。だから、あーちゃんは運良く見つけた自分の居場所を、ちゃんと守らなきゃだめだと思うんだ」
「――居場所?」
「うん。あーちゃんはもうAI研究会にとってお客さんでもなんでもないんだよ。神崎くんと倉持くんだけがAI研究会なんじゃない。あーちゃんはAI研究会の主人公なんだから」
「わたしが――主人公?」
「そう。名探偵ヒメミヤアスカ、AI研究会に降臨す! だね。神崎くんや倉持くんが
リコの言うことはもっともだ。わたしはなにを遠慮していたのだろう。そうなのだ、そうやって、自分らしく動いていく。それがわたし――姫宮飛鳥なのだ!
「四月のあの日、神崎くんが新しいメンバーの条件として話していたこと、覚えている? あーちゃん」
「うん。一つ目が未来のAIに関して確かな想いを抱いていること」
「そうね。そして二つ目が――」
「前向きであること!」
そうなのだ。その二つを買われてわたしはAI研究会に入った。だから神崎くんはわたしに前向きであることを期待していることが前提。
もしわたしが前向きさゆえにちょっとウザくなったとしても、それは神崎くんのせいなのだ! だって神崎くんが前向きなわたしのことを求めたのだから!
「ありがとう、リコ。なんだかちょっとスッキリした!」
「だったら良かった〜。あーちゃんにとって『困ったときはリコ様』なんだからね。新しい居場所を見つけてもそこんところは忘れないでよね?」
冗談っぽく不貞腐れてみせるリコのことが愛しくて仕方なかった。やっぱり持つべきものは親友である。
大会から一週間後の金曜日、神崎くんは練習に来なかった。
「おいっす〜。倉持くんだけ?」
「あ、あすかりん。おいっす。うん、神崎氏は今日休みだってさ。午前中にLINEで連絡があったお」
部室につくとわたしより先に来ていた倉持くんが一人でアズールドラゴン2号の機体にドライバーを回していた。
「そっか。そうなんだ……。なんて?」
「うーん、体調不良だって。オープンカップの疲れが出ちゃったのかなぁ〜。春から頑張っていたからなぁ」
「それは倉持くんもだけどねー。ほんとうにお疲れ様」
「ありがとうだお、あすかりん! でも、僕は大丈夫だお。土曜日には十五時間以上睡眠とったし、日曜日には『お疲れ様』ってお母さんがレストランの食べ放題に連れていってくれたから、完全回復だお!」
清々しいほどの太っちょキャラである。切り替えができるのは素晴らしいことだ。
「神崎くんは――大丈夫なのかな?」
「うーん、昨日までは学校に来ていたけれど、ちょっと疲れていたかなぁ。なんか元気も無かったし」
やっぱりそうなのだろう。プライドの高い神崎くんのことだ。オープンカップでジョシュアくんに負けた上、最下位になって、傷つかないはずがない。きっと肉体的な疲れだけでなくて、精神的な疲れも出ているのだろう。わたしでさえ鬱屈としていたのだ。当事者の神崎くんが落ち込んでいないはずがない。――今日だってもしかしたら、それで――
「神崎くんが今日来れないのって、精神的なものってこと……ないよね?」
「精神的なもの? それって落ち込んで……ってこと?」
「うん」
「いやぁー、そういうのじゃなくて風邪とかそういうのだとはおもうけど……。うーん、どうなんだろうなあ。そう言えば月曜日から溜め息ばかりついていたし、神崎氏ってプライド高い反面、デリケートなところもあったりするからなぁ」
なんとなくそういう面倒くさいところはありそうな気がする。ていうか中二病な男の子って大体自意識が強いからカッコつける反面、心の中は妙に繊細だったりするのだ。わたしの勝手な偏見かもしれないけれど。
「オープンカップで負けたことで心が病んじゃっているとか?」
「まさか〜。でも、神崎氏、心が折れる時は突然だしなぁ」
「あ、やっぱりそうなの?」
「うん。中学一年生の夏に、買ったカードゲームのパックに十回連続でキラカードが一枚も入っていなくて、一週間心を閉ざしたことがあったなぁ」
ちっちゃい! それはちっちゃいよ! 神崎くん!
「いずれにしても、やっぱりわたしたちの再スタートって、神崎くんに立ち直ってもらうところからだと思うの。本当は倉持くんも落ち込んでいたらどうしよう、わたしだけで頑張れるのかなって思ったのだけれど……。倉持くんが元気そうで良かった!」
「うん。オープンカップで負けたのは悔しいけれどさ。いろいろ失敗もあったし、運も悪かった気もするし、仕方ないよって納得。まぁ、ボクは神崎氏ほどはジョシュア氏に怒ってもいなかったわけで〜。逆に負けたダメージも少なめ? オープンカップは練習試合なわけで、この失敗を夏のジュニアAI選手権に活かせればいいと思うんだお」
そう言って倉持くんはアズールドラゴン2号の機体を持ち上げて見せた。
四月にわたしがそのプロトタイプを見事に破壊してしまったロボット。なおその時ダンボール箱に入っていた『薬物で若返った小学生探偵』全七〇巻ほどは無事バレずに自宅に運ばれて今はわたしの部屋にある。
初めて見たときは、むき出しの回路やモータがなんだか未完成品みたいでかっこ悪く思えたそれも、今ではなんとも愛おしいわたしたちの愛機なのだ。
だから今度こそは勝ちたい。アズールドラゴン2号くんを勝たせてあげたい。
――そのためには、神崎くんが立ち直るだけじゃだめ。わたしが成長しなくちゃいけないんだ!
「それでね、倉持くん」
わたしは椅子を引いて、倉持くんの斜め前に座ると、真剣な表情を作った。
「なんだい、あすかりん? あらたまって」
「実はオープンカップの日のプラクティスの後、ジョシュアくんに気になることを言われたんだ」
「――気になること?」
あの日、倉持くんがアズールドラゴン2号のスイッチを押したのに、それが動かなかった時、事前準備に関してジョシュアくんと話した。それはラスト一週間半の時間の使い方について。ソフトウェアを優先したい神崎くんとハードウェアを優先したい倉持くん。二人が口論みたいになって、わたしに三人目の意見が求められたから、その二人の間を取るように週末まではハードウェアを優先、週明けからはソフトウェアに集中と切り分けたのだ。そこで二人の喧嘩はおさまったから、わたしはその仲裁は良かったのだと思っていた。
でも、あの日、ジョシュアくんは言ったのだ。
――『僕だったら違う判断をしたかな』と。
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