第22話 勝者と敗者!

 本戦ではそれぞれのチームが二回ずつチャレンジし、その合計点がチームの得点となる。迷路の形状は毎回二箇所ずつ壁が差し替えられて、宝箱と罠の位置も二箇所づつ動かされる。それによって事前にロボットの動きを決めてしまうことでAIを使わずにクリアしてしまうことが出来ないようにしているのだ。毎回状況がちょっとずつ変わるから、ロボットはその状況を認識して動かないといけない。

 青龍中学アズールドラゴンの出番は三番手だった。一番手は桂坂西中学。西の方の市立中学だ。眼鏡を掛けた男の子が二人と、おとなしそうな女の子が一人のチームだった。ロボットはアズールドラゴンよりは少し小振りだけれど、明らかに自分たちで製作したことが分かるロボットだった。桂坂西中学は二回のチャレンジで一度もゴールすることは出来なかった。それでも迷路の中で宝箱に近づくときちんとそれを認識して宝箱を手に入れることはできていた。


「お、やるじゃん。桂坂西かつらざかにし。おしかったなァ」

「ロボットも悪くないお」

 なぜか上から目線のわたしのチームメイト二人。なんでこの二人はこんなに自分たちに自信があるのだろうと、しばしば不思議になる。


 次がジョシュアくんの京都未来国際中学。神崎くんと倉持くんを見ると何やら両手を祈りのポーズにして黙祷している。


「何しているの?」

「え? ――事故れって」

「え? ――空転しろって」


 ちっちゃい! ちっちゃい! うちのチームメイト、器が小さいよ! いろいろあったのはわかるけどさ、ライバルのことは応援しようよ! それがスポーツマンシップってもんでしょう! って、これスポーツではないんだっけ? 知らんけど。

 そんな二人の悪の祈りもどこへやら。ジョシュアくんのマイクロマウスは一回目のチャレンジでは危なげなくゴールまで辿りついた。途中で罠を三つ踏んでしまったから、減点はあるもののゴールポイントを得られたのは大きい。ただ、二回目のチャレンジでは途中の曲がり角に引っかかってリタイアしていた。


「あれ? なんで? プラクティスと一回目は上手くいったのに」

「ああ、あれは位置推定を積んでいないからだお。ロボットは前に進んだり曲がったつもりでも、実際には車輪が空転したり、モータの制御にずれがあったりいろいろして、ロボットが思っている位置と、本当にいる位置はずれてくるんだお。そんな誤差をセンサ情報とかで修正するのが位置推定。ジョシュア氏のチームは明らかにそれを積んでないみたいだから仕方ないお」

「なるほど。それでもこれまでは上手く行っていたんだ?」

「うん。ロボットの移動量にどういう誤差が乗るかっていうのはその時その時で違うからね。まぁ、致命的に誤差が蓄積されるまでにゴールしてしまえば問題ないんだお」

「つまり、むしろこれまでが――偶然上手く行っていたってこと?」

「そういうことだ、アスカリーナ。やつはAIを愚弄しながら、そんな賭けに出ていたんだよ。抜け目のないやつだよ。あいかわらずな」


 そう言ったのは神崎くんの言葉にはどこかジョシュアくんのことを評価しているようなニュアンスも感じられた。たしかにジョシュアくんのチームはこの四月からスタートしたばかりの新生チームなのだ。新生アズールドラゴンも新しいチームだけれど、その中心は神崎くんと倉持くんで、実質的には二年目のチーム。ジョシュアくんとしても今回の作戦は追い込まれて編み出した苦肉の策だったのかもしれない。それが功を奏して一度のゴールポイントを手に入れた京都未来国際中学は桂坂西中学よりもかろうじて上位につけた。


 そしてアズールドラゴン2号のデビュー戦が始まる。


「――優勝取りに行くぞ! クラヌンティウス! アスカリーナ!」

「もちろんだお!」

「うん」


 アズールドラゴン2号を抱えて、三人でコースのスタート地点に近づく。倉持くんがロボットをスタート地点に置く。神崎くんが状態監視用のノートパソコンを開く。


「――アスカリーナよ。スタートボタンを押してみるか?」


 神崎くんの声にわたしは驚いて振り返る。


「――え?」

「いや、なんだ。アスカリーナもチームメンバーだからな。出来ることは少なくても、やっぱりスタートボタンを押すくらいは良いんじゃないかと思ってな」

「そうだお! そうだお! あすかりん、レッツゴーだお!」


 そんなこと言ってもらえるなんて思っていなかったから、驚いた。

 スタートボタンを押すだけ。でも、それってチームメンバーになれたっぽいよね。ちょっとだけ胸が熱くなった。


「いいの?」


 尋ねると二人は無言で頷いた。


『では青龍中学アズールドラゴン! 一回目のチャレンジをお願いします!』


 アナウンスが聞こえる。わたしはしゃがんでアズールドラゴン2号の背中のボタンをゆっくりと押した。


 ――行け! アズールドラゴン2号! わたしのジュニアAI選手権デビュー戦!


 軽快な電子音が鳴り、アズールドラゴン2号のサーボモータが動き出す。

 プラクティスの時とは違う。確かなモータの音がアズールドラゴン2号の始動を告げる。立ち上がったわたしの隣でハードウェア担当の倉持くんがグッと小さくガッツポーズ。ある意味で第一関門突破だ。

 そしてアズールドラゴン2号は前進を始める。少しずつ前に進んで一つ目の角を右折。そしてその次に見えた右側にのみ曲がれるT字路。その中央で止まり、アズールドラゴン2号は――に向きを変えた。


「――なっ!」

「アズールドラゴンたん! そっちは壁だお!」


 振り返ると神崎くんが顔色を変えている。わたしは回り込んで神崎くんの肩越しからノートパソコンの画面を覗き込んだ。表示されていたのは迷路とだいたい同じ形状のコンピュータグラフィックス。その上に幾つもの矢印が描画されていた。その矢印がアズールドラゴンが存在するであろう迷路中の場所を表しているのだ。――粒子パーティクルフィルタという技術。その矢印が、実際にアズールドラゴンが居る場所とぜんぜん違う場所に散らばっていた。


「これって!? アズールドラゴンが今どこにいるのか、完全に見失っているってことなんじゃ?」

「くそっ! どういうことだ! これじゃあ宝箱どころか、ゴールだって出来ないじゃないか」

「神崎氏〜。まずいよまずいよまずいよ〜」


 それからアズールドラゴンは行き止まりに向かって前進し、そこで完全に停止した。寸前にチューニーングした画像認識の性能を見せつけることなく。一回目のチャレンジはあっけなく幕をおろした。

 二回目のチャレンジまでのインターバルは五分。これはあくまでも小さな故障の対応に用意されている時間であり、大きな修正が行えるような時間ではない。


「神崎くん。原因はわからないの?」

「――ログデータを解析しないことには……なんとも。五分では流石に……くそっ」

「じゃあ、ジョシュアのところみたいに位置推定を切ってしまうとか、そういうことは出来ないのかだお?」

「そんなバックアッププランは用意していない。そもそもそんなこと今回はチームで決めていないじゃないか! アズールドラゴン2号のシステムは全て地図上で情報管理するようになっているから、位置推定を切ったらアウトだ」

「でも、ウィンターカップの時は用意していたお!」

「それは、ジョシュアが用意しろ用意しろってうるさかったから――」


 そしてはたと止まる。そして二人はわたしの方をちらりと見た。


「――悪い。アスカリーナのせいじゃないからな。気にするな」

「そんなこと、全然思ってないから! 気にしないで! でも、時間ないよ!」


 祈るような気持ちは神様に届くことなく、無残にも五分の時間は経過した。

 再びスタートしたアズールドラゴン2号は、迷路の途中まで進んで偶然宝箱を一つ確保するも、自己位置を完全に見失ったロボットは、また行き止まりにぶつかって停止したのだった。


 終わってみるとあっけない。

 あれだけ上から目線で強がっていたのに、新しいアズールドラゴン2号、そしてわたしを含んだチーム――新生アズールドラゴンのデビュー戦は四位……最下位だった。

 一位は最後にチャレンジした強豪洛央中学。京都中の秀才があつまる進学校らしい強さで安定のゴールを二回決めて一位の座を得た。ジョシュアくんの京都未来国際中学はそれに次ぐ二位だった。


 ウィンターカップでの関西地区優勝から、一転してオープンカップ京都大会での最下位。違いはジョシュアくんからわたしにメンバーが変わったこと。


 ――わたしは神崎くんと倉持くんの顔を直視することができなかった。

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