第17話 わたくしは藤堂友加里と申しますの!

 青龍中学二年生になったわたくしは、鉄道研究会の部長になりましたの。


 伝統ある鉄道研究会の部長に二年生がなるなんて恐れ多いことですから、一度は断りましたのよ。それでも同級生の男子たちや顧問の先生が「どうしても」っておっしゃる仰るじゃないですか? 「どうせ、三年生がいないから、仕方なくでしょ?」と申しましたの。やっぱり消去法で仕方なく――みたいな任命ですと嫌でしょう? それでも皆が口を揃えて言うのですわ。

「もし三年生がいたとしても、僕たちは藤堂さんに部長になってもらいたいと思っていたんだ」

 って。――まぁ、私だって鬼ではございませんわ。そこまで言われては無下に断ることもできません。ですから「部長にならないこともなくってよ?」とお答えしましたの。そうしたら顧問の先生も涙を流すものですから「仕方ないですわね」とお受けした次第です。

 ――え? 「涙は流してなかっただろう」ですって? 嫌だわ、その辺りはもののたとえみたいなものではありませんか。文脈を読んでくださいまし。

 そうそう、ご挨拶が遅れましたわね。

 わたくし青龍中学鉄道研究会部長――藤堂友加里と申しますの。

 以後、お見知りおきの程を。


 「どうして女の子が鉄道研究会なのか?」ですって? あら、あなたは、未だに人の興味が男女の性差に基づくなんて世迷い言をお信じになっているのですね。人が好きなものに性差なんてございませんわ。男の子でも女の子でも、それぞれが好きなことを好きになればいいんですの。でも確かに鉄道好きに男性が多いのは事実ですわ。わが栄えある青龍中学鉄道研究会もわたくし以外の部員は全員男の子ですの。

 そうそう「女の子がいなくて寂しくないのか?」ってあなたみたいな質問をされる方は初めてではございませんわ? でもいやですわ。わたくし、そんなやわな女じゃありませんのよ。皆真面目な男の子たちで、本当に鉄道のことを愛している。そんな仲間たちのことをむしろわたくしは性別を超えて信頼しておりますし、大切に思っておりますの。当然でしょう? わたくしは鉄道研究会の部長なのですから!


 週三日、月曜日から水曜日まで、わたくしたちの活動は理科準備室で行われます。主には各地の時刻表を見ながらのルート研究や、地図と風土に関する資料を見ながらの地理に関する研究と報告、そして各社の車体に関する調査や資料作り。また、主力であるNゲージによる大規模鉄道模型の制作ですわ。

 なんですって? 「鉄道研究会のやることはよくわからない」ですって? 失礼ですわね――あなた。まぁ、しかしそれも仕方ないのかもしれません。特にわたくしたちの青龍中学鉄道研究会は長い伝統を持つだけではなく、活動の幅も非常に広いんですの。特に大規模な鉄道模型。私たちほどのものをきちんと作って大会に挑める中学は京都市内でも非常に限られておりますのよ。それを可能にしているのは、ありがたいことに、先輩方がたゆまぬ努力で手に入れて来られた鉄道模型資産の数々ですわね。これにばかりはさすがのわたくしも、頭があがりませんでしてよ。いかに鉄道に興味を持たれないあなたでも、さすがにその重要さは理解されるのだとは思いますけれど。


 ただ、部員たちにとって唯一の不満は部室についてですわ。もちろん鉄道研究会だって吹奏楽部やサッカー部といった大手の部活に比べましたら少人数ですし、専用の部室をいただけないのは仕方のないことと認識しておりますわ。文武両道、部活動が盛んな青龍中学では部屋の数に比べて部の数が多いのですから、いたしかたないことです。ですからAI研究会と一つの理科準備室を共有していても仕方ありません。専用の部屋をいただけないことは大規模な鉄道模型を作るという点から言えばかなり不利ですわ。だって、つくりかけの模型を机の上にそのまま置いておくことができないんですもの。


 それでも他の男性部員たちに比べますと、わたくしはAI研究会との共存をそこまで悪いことと思っておりませんのよ。むしろ、そのような状況はお互いにとってプラスになることも多いと思いますもの。正直なところ、わたくしは鉄道研究会のみの活動となる月曜日と火曜日よりも、AI研究会との共同使用となる水曜日の方が楽しみなくらいですわ。だって、水曜日には週に一度、わたくしの王子様――神崎正機くんにお会いすることが出来るんですもの!

 去年まではAI研究会にはもうひとり如月ジョシュアくんという美男子がおりましたの。同年代の女生徒たちはむしろ如月ジョシュアくんの方にキャーキャー言っておりましたわね。遠目に見るとそういうふうに思ってしまうんでしょうね。皆さんの視力はちょっとお悪いのかもしれません。――でも、わたくしの王子様は神崎正機くんただ一人!


 でもそんな神崎くんを突然の不幸が襲いましたの。三月に親友の如月ジョシュアくんが転校してしまったのですわ。まぁ、わたくしとしては如月ジョシュアくんが転校してAI研究会に居なくなっても別に何の問題も無いのですけれど、神崎くんの心の内を考えると、涙が溢れてくるのです……。なんておかわいそうな神崎くん!

 やはりここはわたくしがお慰めせねば! わたくしめが王子様の心の傷をッ!


 思い出すのです。一年前の春のことを――。

 中学に入るときに引っ越してきた上流階級のわたくしのことを、地元出身の生徒たちは遠巻きに見ておりましたわ。その育ちゆえ、そしてこの美貌ゆえに、距離をとられることには慣れておりました。でも、慣れているとはいえ、そこに一片の寂しさもないかと言われたらそんなことはありませんわ。

 ――桜の花びらが舞い散る校庭で、わたくしは――寂しかったのです。

 そんなとき、神崎くんが声を書けてくれましたの。

 カバンに付けていたキーホルダーを見て。


『かわいいね、そのキハ189系。どこで買ったの?』


 ドキッとしましたわ! JR西日本のびわこエクスプレス――キハ189系をひと目見て言い当てるなんて! 銀色と赤色のフォルム。地味ですがわたくしのお気に入り車両――推し車両の一つでしたから。そして彼の方を見ましたら、その顔立ちは理知的で整っていて映画俳優のようでした。わたくしはその時に直感しましたの。――ああこの方はわたくしの運命の人なのだって!

 キハ189系を言い当てるような彼ですからきっと彼も鉄道研究会に入るに違いない。そう思いましたわ。でも、中学一年生で入った鉄道研究会に、わたくしの王子様はおられませんでした。少なからずショックを受けたわたくしでしたが、運命の神様はちゃんと繋がりを残してくださったのです。

 鉄道研究会と同じ部室を共有するAI研究会――彼はそこに現れたのです。一週間で一日だけの部室共有日。それは水曜日。わたくしが織り姫様で、彼が彦星様ならば、水曜日はわたくしたちにとって週に一度の七夕。この一年間、わたくしは水曜日を楽しみに生きてきたようなものでしたわ。

 それなのに、中学二年生になってわたくしの前に、あの女が現れたのです。わたくしと神崎くんの神聖な理科準備室に土足で踏み込んできた、あの女――


 ――姫宮飛鳥


 ことの経緯はよくわかりません。四月の第三週に風邪を引いて一日だけ水曜日の部活を休んでおりましたの、そして病み上がりで登校したゴールデンウィーク間近の第四週の水曜日。その日の部室には、何食わぬ顔でその女がおりましたの。鉄道研究会とAI研究会を通して理科準備室にいる女子生徒は一年間ずっとわたくし一人でした。ですから、急にその子が我が物顔でソファに座っているのを見た時は何が起こったのかがわかりませんでしたわ。

 ゴールデンウィークが明けて、その子は本当に神崎くんのAI研究会に入部したのだと理解しました。そして、あろうことか、あさましくも、如月ジョシュアくんの抜けた後――神崎くんたちのアズールドラゴンに三人目のメンバーとして加わるのだと!

 その話を聞いた時、わたくしは立ちくらみを覚えました。いえ、冗談ではありませんのよ? 実際に鉄道研究会の男子によって、わたくしは保健室に運ばれたのですから。

 情報収集を行いましたわ。そもそも姫宮飛鳥とかいう女、昨年はミステリー研究会に所属していた模様。そして、ミステリー研究会が廃部になるなり、AI研究会に入部したのだとか。――なんて尻軽な女! わたくしなら鉄道研究会が廃部になったからって、すぐに別の部活に入るなんていたしませんわ。わたくしが鉄道網の芸術に捧げる愛と情熱は――特別なのですから!

 しかも彼女、理数系の成績は赤点だらけ。とてもではないですがAI研究会のメンバーの役目、神崎くんのチームメンバーの役目がつとまるとは思えませんわ。一体どんな口車で心優しい神崎くんのことを騙したのかわからないけれど、きっと神崎くんはあの女にはめられているのに違いありません! 彼女がチームメンバーになれるなら、わたくしがチームメンバーになれない理由はどこにもないはず。――これは神様がくださった試練ですわ。わたくしがこの女を追い払って、神崎くんの目を覚ましてあげるのです! 待っていて、わたくしの王子様!


 ゴールデンウィークが終わって二週目の水曜日。どうやら何かの試合が近いようで、AI研究会のメンバー――神崎くんと倉持くん、そして問題の姫宮さんが、何やら口論をしておりました。そして、何やら姫宮さんが部室から飛び出して行きました。――これは仲違い!?

 ですから、わたくしはチャンスとばかりに、その後ろを追ったのでございます!


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