第18話 オープンカップ京都大会への追い込み!
「お待ちあそばせ!」
ちょっと頭を冷やして考えようと部室を出たわたしを背後から女子の声が呼び止めた。廊下で立ち止まって振り返るとそれは鉄道研究会の紅一点――
「藤堂さん?」
長髪の美少女――藤堂友加里。お家がお金持ちらしくて市立中学には似つかわしくない上流階級な雰囲気を放ち、学年全体でも少し浮いている女の子だ。
あまり話したことはないけれど、当然知っている。わたしみたいな月並みな女の子とは違って、いろいろなことが特別な女の子。鉄道研究会の部長をしているのは知っているのだけれど、そんな彼女がわたしに何の用なのだろう? 水曜日は鉄道研究会とAI研究会の部室共同利用日だけど、特に共同利用上のルール違反はしていないはずだけれど。
「――姫宮飛鳥さん……よね?」
「そうですけれど。――藤堂友加里さん?」
わたしが応じると、彼女は立ち止まって腕を組んで背筋を伸ばした。
「そうよ。わたくしは青龍中学鉄道研究会部長――藤堂友加里。姫宮さん、突然申し訳ないのだけれど、うかがっても構わないかしら」
そう言って彼女は黒く長い髪をファサッと払う。
「ど……どうぞ」
わたしが促すと、藤堂さんはスッと息を吸って、吐き出した。
「あなた、どうしてAI研究会にいるの? あなたAI技術のことなんて何も出来ないでしょ? 理科も数学も赤点で、AIのことなんて何も知らないくせに」
え? 何? わたし突然ディスられている?
「どうして……! なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないの?」
「あら。図星だった?」
ぐぬぬぬぬぬ。赤点は事実だし、AIのこともまだ全然知らないんだけれど。なんなのこの子?
「……もしそうだとしても、藤堂さんには関係ないじゃない!?」
「あら、関係ありますわ。私は栄光ある青龍中学鉄道研究会の部長ですから! 鉄道研究会とAI研究会とは同じ部室を分け合う仲。いわばパートナー。そしてその部長である私と神崎くんも、パートナーと言って過言ではありませんわ!」
いやそれは過言でしょ。
「――ですから、神崎くんの足をひっぱるであろう、あなたのことを見過ごすことなんてできませんわ」
え? この子、何を言っているんだろう?
「アズールドラゴンの三人目には、わたくしこそが相応しいんですの!」
そう言って藤堂さんは開いた右手を自らの胸に押し当てた。
うーん、あれは一体何だったんだろうなぁ。
わたしはトイレを済ませて部室へと戻る。
「おう、遅かったではないか、アスカリーナ。 もしかして大規模な方だったか?」
魔王みたいにニヤリと笑う神崎くんの顔面にとりあえず握り拳を突き刺す。
「違うから」
あーあ、一体、こんな男子のどこが王子様なんだろうなぁ。
さっきの藤堂さんの話を要約(意訳)すると以下のような感じだ。彼女は神崎くんに片思いしていて、わたしがAI研究会に入部してアズールドラゴンのメンバーになったのが不満らしかった。まぁ、私としてはは脅迫されて入部したのであって、神崎くん目当てだなんて言い掛かりも甚だしいから、その点はちゃんと誤解を解くように説明した。
最初はずっと疑わしそうにわたしを見ていた藤堂さんだったけれど、最後には「わたしも藤堂さんと神崎くんは凄くお似合いのカップルだと思う!」と言うと、藤堂さんは「そ……そうよね? そう思う? 姫宮さんて実は良い子だったのね! アズールドラゴンの三人目って認めてあげなくもなくってよ」って手のひら返しをいただきました。――いや、本当になんだったんだろう?
「それであすかりんはどう思うお? 決まった?」
中央の机には「とりあえず完成した」と倉持くんが言うところのアズールドラゴン2号。電線だとかモータは剥き出しでその背後にはこのロボットの頭脳である小型コンピュータのラズパイがクリアケースの中に座っていた。
私立
二人が言い合いみたいになった挙げ句、わたしの意見が求められた。わたしは素人だけれど、それでも三人のチームだから二人の意見が割れた時には三人目の意見が重要になるのだ。三人目を味方に引き込んだら、自分の意見を通せるって感じ?
「やっぱりこの時点でハードウェア開発は停止してAI側のソフトウェア開発に集中すべきだろう。ソフトウェアがだめで当日動かないでは話にならない。そう思わないか? アスカリーナ?」
「ハードウェアの調整が悪いままでソフトウェア開発しても結局動かなくなっちゃうお! まだ一週間以上あるんだからもう少しハードウェアの調整を優先するべきだお! そうだよね? あすかりん!」
とまあ、目の前で起きている意見の衝突がずっとわたしがトイレに中座する前から続いていたのだ。いつもは神崎くんをリーダーとして立てる傾向のある倉持くんが引くのだけれど今回は引かない。ということはやっぱりハードウェアの視点からも重要なことなのだろう。二人の間で睨み合いは続き、火花が散っている。
仕方ない。ここは仲裁をば。
「じゃあ。こうしようよ。とりあえず倉持くんが今週いっぱいハードウェアの改善をやる。それで来週以降はソフトウェアに集中。これでどう?」
わたしはなんとか間をとって、二人の顔を覗き込んだ。
「いや、それで間に合うのか?」
神崎くんは眉を寄せてわたしの顔を伺う。
「ボクはそれでも大丈夫だお! 週末まで貰えたらなんとかするお!」
倉持くんが同意して、渋々神崎くんも納得。
二人が口論をやめてそれぞれの作業に戻っていくのを見ながらわたしはどこか、ひと仕事終えたような、三人目のチームメンバーとして自分が役にたったような、そんな微かな充実感に包まれていた。
こうしてわたしたちはオープンカップ京都大会に向けて最終準備に向かうことになった。
この時、わたしの中にあったのは二人が喧嘩をしないように二人の妥協点を探るということだけだった。正直な話、オープンカップ京都大会で勝つためにはどうであるべきだとか、そういうことは全く考えていなかったのだ。
だから、ここで決まったことはただ玉虫色の妥協にすぎず、口論を収めるということを除いては何の問題解決にもならないものだった。この時のわたしはそれに気づきさえしていなかった。
未熟だったわたしの行ったこの失敗の代償は、チームとして遠からず支払わされることになるのだ。
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