第16話 親友はライバルになりて!

「――正機は……怒っていたかい?」


 一瞬厳しそうな表情を浮かべたジョシュアくんだったけれど、すぐに元の表情に戻る。


「あ、転校してから連絡取り合ってないんですか?」


 二人は親友だから、LINEくらいでは繋がっているのかと思った。わたしとリコならきっと転校しても繋がっているだろう。でも、連絡を取り合っているなら神崎くんがいまだに裏切られたと言っていることもないのかもしれない。


「うん、ちょっとね。転校が急で、その時のことが微妙に残っていてね……連絡取りにくくてさ」

「そっか〜。そうなんだ」


 男の子の友情って、もっとサバサバしたイメージがあったけれど、いろいろあるみたいだ。でもやっぱり、何も言わずに引っ越すことがこれだけ尾を引くっていうことは、それだけ二人の絆が強かったってことなんだろうなぁ。顔だけイケメンとイケメン王子様の友情。学校の女の子たちがキャーキャー言いかねない二人だ。


「それで転校の理由は、なんだったんです?」

「まぁ、単純に引っ越しだよ。親の都合」

「そっか〜。でも京都市内なんですね」

「まぁね。引っ越す前はマンションだったんだけど、親の念願が叶って北大路きたおおじの方に一戸建ての家を買えたんだ。だから家族で引っ越し」

「北大路か〜。結構、北ですね。それじゃあ遠いか」


 青龍中学は丸太町通まるたまちどおりよりの南の御池通おいけどおりに近い。丸太町通まるたまちどおりより北に行けば大きな通りは今出川通いまでがわどおりで、その次に大きなのが北大路通きたおおじどおりだ。自転車で頑張って二〇分くらい。行けなくはないのだけれど、親にお遣いを頼まれたら「いーやーだー!」って抵抗したくなるくらいの距離。


「物理的には通えなくないかもしれないけれどね。京都の市立中学には校区ってあるから」

「あ、そっか」


 京都の市立中学は希望によって中学を選べるわけではなく、基本的に住所によって通える中学が決まる。だから引っ越せば自動的に転校しないといけない。


「じゃあ、仕方ないよね――」

「うん、まぁ、仕方なかった。――でも、まぁ、正機まさき大夢ひろむへの『言い方』っていうのはあったかもしれないなって……今なら思うけどね」


 多分、伝え方が不味かったと思っているのだろう。

 それもあったのかもしれない。でも、きっと神崎くんは、そういうのでもないと思うのだ。きっと、神崎くんはジョシュアくんと挑む予定だったこの夏のジュニアAI選手権に賭けていたのだ。きっと全国制覇の夢を見ていたのだ。そう考えると、神崎くんもちょっと可哀想なのかもなって思えてくる。


「でも、それなら、今からでも遅くはないんじゃないですか? LINEででも連絡をとって仲直りしてくださいよ。連絡先は知っているんでしょ?」

「ははは。そうだね。考えておくよ」


 そう言って、ジョシュアくんは優しく笑った。

 ――きっと、連絡はしないのだろう。もう少し時間が必要なのかもしれない。

 ゴールデンウィークのホームセンターは家族連れ客も多くて、何台もの車が駐車場に入ってきては、大きなビニール袋を下げた家族連れがまた車に荷物を積み込んで、通りへと出ていった。


「――あ、そうそう。AI研究会だけどさ。僕はやめてないから」

「……え?」

「青龍中学からは転校しちゃったけどさ。AIに関しては続けている。新しい学校にもAI研究会があって、そこで新しくチームを作ったんだ」

「――それって」


 わたしの漏らした言葉に、ジョシュアくんが頷く。


「うん。ジュニアAI選手権のAIロボット部門は、僕も出場するよ。京都未来国際中学のAI研究会からね」


 京都未来国際中学。聞いたことがある。私立のインターナショナルスクールだ。普通の市立中学や私立の進学校とは違って、個性豊かな学生たちが集まるという学校。


「それじゃあ、ジョシュアくんは――ライバル?」

「そうなるかな?」

「じゃあ、五月下旬のオープンカップ京都大会には――?」

「参加するよ。次に姫宮さんと会うのは、そこでかな?」


 そう言うと、ジョシュアくんは立ち上がった。

 いや、わたしと会うのは別にどうだっていいのだ。むしろ「裏切られた」とか言っている神崎くんだ。黙って去った親友――ジョシュアくんが突然ライバル校のメンバーとして現れるのである。 


「ジョシュアくん、そのことは、神崎くんに言って――」

「言ってくれていいよ、姫宮さん。僕が『対戦を楽しみにしている』って言っていたって。――正機に」


 その目は真剣だった。きっとそれがジョシュアくんなりの、けじめなのだろう。


「わかった。伝えておく」


 アクリルボードを買いに来ただけのお遣いだったのに、思わぬお土産を持たされてしまったものである。


「まぁ、僕のところも新生チームだからさ。どこまで出来るかは分からないけれど、全力を尽くすよ。僕だって去年のウィンターカップでの勝利が、正機と大夢だけの力だって思われたくないからね」

「あ! じゃあ、青龍中学も負けませんからね! ジョシュアくんがいなくても、神崎くんや倉持くんはきっと負けません!」

「――そこは、『わたしは負けません』で良いんだよ、姫宮さん」


 そう言ってジョシュアくんはクックックと笑いを噛み殺した。


「でも、新生アズールドラゴンのことは応援してもいるよ。僕が急に抜けたことで、迷惑もかけたしね。特に姫宮さんには問題児二人を押し付けてしまった格好だし。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

「――お! 敵に塩を送る構えですね。上杉謙信ですね」

「なんで歴史ネタ? うん、まぁ、そう受け取ってもらっても構わないけれど」

「じゃあ、とりあえず、LINEの連絡先でも交換してもらっていいですか? 正直なところ、ジョシュアくんの後釜として入っているから、わからないこととか聞きたいこと、いっぱいあるんです!」


 ちゃっかりお願いをするわたし。なりふり構っていられないわけでして。


「うん、いいよ。そういうことならお安いご用さ。あ、でも、そのことは正機に内緒ね。なんだか変に誤解させても嫌だし」

「あー、それはなんとなく分かります。じゃあ、とりあえず、二人の秘密ということで」


 そう言って、わたしたちは携帯を近づけてLINEの連絡先を交換した。

 自転車に乗ったわたしたちは手を振って「またね」「また〜」と北と南へとペダルを漕ぎ出す。

 五ミリ厚のアクリルボードを買うだけのお遣い。カバンの中のアクリルボードよりも、心の中の伝言の方が、ずっと大切な届け物に思えた。消えた親友はライバルになりて帰ってくる。


 五月下旬のオープンカップ京都大会まで、三週間を切っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る