第3話 ロボット潰しちゃったのは私です!

 絶叫の後の沈黙。目の前からダンボール箱が消えて、イケメンに肩を掴まれたまま視界が広がっていく。前方には『ムンクの叫び』みたいに両頬を押さえた太っちょな男の子が目をまん丸に開いていた。


「あああああああああ! ボクのアズールドラゴン2号たんがぁ〜!!」


 え? 足元? 下を見ると、私が落としたダンボール箱に何かが下敷きになっていた。ミニチュアの自動車みたいなそれは、コミックス四〇冊の重みを全身に受けて、グシャリと潰れてしまっている。

 あれ? これ? まずいやつでは?


「……えーとぉ。あのぅ〜」


 恐る恐る肩を掴んでいる男の子の方向を振り返る。そこには頬をヒクヒクと震わせた、青龍中学のイケメンがっ!


「えっと、私……やっちゃった感じ……かな?」

「――おい、女」


 そのイケメン――神崎正機くんは肩から手を離し、自分の額に指を二本押し当てた。


「……へ? わたし?」

「他に誰がいる? おまえのことだ、女」


 いや、他に誰もいないのは分かっているけれど、中学二年生で男子に「おい、女」なんて呼ばれたことないからね! そんなの大人びた漫画かドラマだけのことじゃん。わたしって「女」って言われるほど女性らしくもないし。――っていうか、今はそういうこと考えている状況じゃないから! そう! ここは先手必勝。先に謝ればきっと許してもらえるハズ!


「ごめんなさい! 急な引っ越しで荷物を持っていて前が見えていなくて! 許して!」

「許さん!」


 ダメだったぁ~!!

 足元では駆けつけた太っちょの男の子がダンボール箱の端を持ち上げて、その下からロボットを救出していた。たしか名前は――倉持くらもち大夢ひろむくん。


「ア……アズールドラゴン2号たん〜〜~~」


 倉持くんが男泣きに泣いている。うううう。こみ上げてくる罪悪感。


「見ろ、クラヌンティウスが泣いているではないか」

「クラヌンティウス?」

「俺の相棒であるこの男の名前だ。令和のハードウェア職人マイスター――クラヌンティウス」

「――えっと、倉持くんだよね?」

「――そうとも言う」


 真剣な表情で、一切の躊躇ためらいなく返してくる神崎くん。なに? なんなのこのノリ。よくわからないけれど、ロボットの上にダンボール箱を落として破壊してしまったらしい状況だと強く出ることもできない。


「まずは、被害状況の確認からだな」


 そう言うと神崎くんは、倉持くんの横にしゃがんでそのロボットの機体に乗ったパーツの一つ一つを手にとって確認を始めた。わたしはただ立って状況を見守るしかない。


 冬休みに体育館で見たウィンターカップのことを思い出す。この二人はあの時に優勝していた青龍中学AI研究会の二人なのだ。じゃあ、もしかして、あの時に優勝したロボットを私がいまここで壊してしまったってこと? どうしよう! もしそうならいくらごめんなさいを言っても足りないかもしれない。あ! それに弁償費用! AIロボットなんてきっと高価なものに違いない。弁償を求められたらどうしよう! 一万円とか? いや、もっとかな? うわああああ、来月出るの楽しみにしていた小説を買えなくなるじゃん! 

 考え出すと冷や汗ばかりが出てきた。


「――クラヌンティウス、ボディの方はどうだ?」

「うーん。シャーシは曲がっちゃっているねー。車輪の方はパット見たところ大丈夫そうかなぁ。まぁ、再利用してみて、もし曲がっているようならちょっと気をつけないといけないと思うけど〜」

「となると後はサーボとラズパイか。ラズパイはちゃんとクリアケースに入れて二重にガードしておいたのが功を奏したな」

「やー、不幸中の幸いだねぇ。もっとも、サーボもラズパイも起動させて確認してみないとわからないけどね〜」

「まぁ、そうだな、至急やってみよう」


 そう言ってスクッと立ち上がる神崎くん。ラズパイ? 二人が話している内容は全然わからなかったけれど、どうやら思っていたほどの被害はないらしい。ほっ、よかった。


「おい、女。なかなかなことをやってくれたな」

「――女、女って……。わたしは二年A組の姫宮ひめみや飛鳥あすか

「――姫宮――飛鳥か。――部活は……ミステリー研究会か?」


 部活? それが今の状況となんの関係があるんだろう? それにわたしがミステリー研究会に所属しているの知っているんだ。


「ミステリー研究会だよ。でも、さっき、廃部になっちゃったんだけどねー」

「廃部?」

「うん。ずっと部員が五人以下でね。去年が最後の猶予期間だったらしいんだけれど、結局去年も四人で、先輩が卒業しちゃって残りはわたしたち二人だけ。だからさっき顧問の先生に廃部を告げられちゃったの」

「――そうだったのか」


 そうなのよ。それで凹んで、それでもなんとか頑張って部室の掃除をして、泣く泣く重いコミックスを一箱持ってお家に帰ろうとしていた時に、こんな事故を起こしてしまったんだよ~! 今日のわたしはなんてアンラッキーなの? 水瓶座O型の運勢って今日、そんなに悪かったっけ? うえーん、神様ぁ〜!


「それで、あの、ごめんなさい。そのロボットくんの方は大丈夫なの? 神崎くん? わたしのダンボール箱の下敷きになっちゃったみたいで……本当にごめんなさい」

「ああ……って、俺、自分の名前言ったか?」

「ううん。でも、AI研究会の三人はすごく有名だから。冬休みにね、偶然ウィンターカップで三人が優勝しているところを体育館で見た時に友達に教えてもらったの」

「おおう! ウィンターカップでのボクらの活躍、見てくれていたんだお〜?」


 突然、嬉々とした表情で顔を上げる太っちょくん。


「あ、う……うん。えっと、優勝してアナウンスされたところだけで、その……実際にロボットが活躍していたシーンは見ていないんだけど」


 ちょっと残念そうな顔を浮かべる太っちょの倉持くん。その視線は再び両手の上のぐしゃりと曲がってしまったロボットへと向かう。


「……ごめんね、倉持くん。このロボットって、あの時のロボットなのかな? えっと、『小豆あずきバー胡麻ごまポン』だっけ?」

「『アズールドラゴン』だ! なんだその甘さと香ばしさの暴力的なオーケストラは。水炊きに入れても、夏におやつで食べても地獄じゃないか!」

「そこまでツッコまなくても……」

「それにこれはウィンターカップに出した『アズールドラゴン1号』ではない。今年になってからジュニアAI選手権に向けて新しく作り始めた『アズールドラゴン2号』のプロトタイプだ」

「……『アズールドラゴン2号』?」

「そうだお〜。これは神崎氏と二人で作り始めたボクらの新型マシン、『アズールドラゴン2号』なんだお〜。本日、プロトタイプをロールアウトして、初期動作を確認しようと思っていたのに、それが……こんな姿になっちゃうなんて! オオ〜ン!」


 森の狼みたいに、泣き叫ぶ太っちょくん。


「ロールアウト?」

「試運転みたいなものだ。部室は少し狭いからな。顧問の荻野原おぎのはら先生にお願いして、放課後の廊下を占拠させてもらっていたのさ」

「え、廊下を占拠って。そんなこと出来るの?」

「ああ、生徒会の部活動規則に載っているぞ。まぁ、ミステリー研究会だと、それほどの活動をすることもなかったのかもな」


 むっ。なんだかちょっとミステリー研究会に対する嫌味を言われた気がするぞ。


「でも、そんな廊下を占拠だなんて! 張り紙も標識も何もなかったら気づかないじゃない。わたし、知らなかったんだもん!」


 そうだ、わたしはいつもどおり廊下を歩いていただけなのだ。わたしは悪くないはずだ。そう思って上目遣いに神崎くんのことを見上げると、わたしの歩いてきた方向を彼は目を細めたままスッと指差した。


「いや、『標識』も『張り紙』もあるんだけれどな」


 そこにはいくつも立てられた赤いポールに「立ち入り禁止」の標識が! そして、その隣、廊下の壁には「AI研究会の実験のために一時的に廊下を占用します。申し訳ありませんが迂回路をご利用ください」の張り紙が!

 ああ、わたしってばダンボール箱で前方不注意だったのね! そんな気はしていた!


「あ……いや、でも、いつもの通り道だし、急にこういう場所で部活動されちゃっても困るな〜みたいな? えっと、私も、前方不注意だったとは思うけれど、急な廃部で大切な備品を運んでいたから……仕方なかった……みたいな?」


 人差し指を立てて、とっておきのスマイルを浮かべる。許して……ちょうだいっ!

 神崎くんはジト目でそんな私を見ると、しゃがんで廊下に落ちたダンボール箱に手を伸ばした。そして私の「大切な備品」を一冊だけ取り出してかざして見せた。


「『大切な備品』……ねぇ? このミステリー漫画――『薬物で若返った小学生探偵』、部室に置いていたってわけだ? 校則違反の物的証拠ってことじゃないかな? 女よ」

「あああああああ!」


 それは、わたしが秘密裏に運んでいた『薬物で若返った小学生探偵』が主役のコミックスだった。ロボットを壊してしまったことに気をとられて油断していいた! すっかり忘れていた!


「えっと、それはね。それには深い事情がありましてですね。落ち着こう――神崎くん」

「――姫宮氏。ここで言い訳は苦しいですぞ」


 胡乱うろんな目でこっちを見上げる倉持くん。


「うっ!」


 うーん、何これ? わたし完全に追い詰められちゃっているじゃん! 助けて、リコ〜!

 でも次の瞬間、神崎くんはコミックスをポンとダンボール箱の中に戻した。


「まぁ、俺も『令和の天才AIサイエンティスト』と呼ばれた男だ。こんな小さいことを問題にしようなどとは思わない――」


 ちなみに自称らしいです。


「――なにせ俺たちAI研究会が重ねてきた校則違反は、漫画を持ち込むなんて生易しいものではないからな。フハハハハ」


 え? そこ自慢するところなの?


「じゃ、じゃあ、どうしようって言うのよ? その『アズールドラゴン2号』を潰しちゃったわたしに何をさせようっていうの?」


 わたしがそう言うと、令和の天才AIサイエンティスト――もとい神崎くんは腕を組んで「ふむ」と親指を顎につけた。


「――クラヌンティウス。今回の破損箇所を新品に交換するとして、被害総額は幾らになる?」

「ちょっと待つんだお」


 ポケットからスマートフォンを取り出して、画面の電卓アプリを叩く倉持くん。


「ボティのシャーシに、曲がったシャフト。それから多分やられちゃっているギアボックス回りのパーツにアレとコレとソレで――」


 わたしは祈るような気持ちで待つ。さっき、被害は大きくないって言っていたから、きっと大丈夫なはず……。お願い、三千円くらいなら、なんとかなると思うから!


「――出たお! 合計一万千五百円だお!」

「ウソ! そんなにっ!」


 目の前が真っ暗になる。一万千五百円なんてお小遣い何ヶ月分なのって感じだし、そんな金額が消えちゃったら、楽しみにしていたミステリー小説だって漫画だって買えなくなる! いやだ、いやだ、いやだ、いやだ! そんなの絶対にいやだぁ~! 本当に泣きそう。

 なんとか許してもらえないだろうか。そう思いながら、そっと神崎くんの表情を伺うと、彼は悪巧みでもするようにニヤリと口角を上げた。 ――あれ? これ、なんだか嫌な予感がするよ!


「……ふふふ。そういうことだ。どうする、姫宮飛鳥よ? その金額を弁償してみるか?」


 二本指を額につけてそう言う神崎くんはとても正義の味方には見えない。むしろ悪の手先のようだった。なんだか世にいう中二病って雰囲気。……あ、中二なんだけどね。


「う~ん、ごめんなさい、一万千五百円はちょっとしんどいです。他のことで出来ることがあるなら、なんだってやるから! どうにかならないかな? 神崎くん?」


 その瞬間、イケメン神崎くんの瞳がキラリと光った気がした。


「――何でもやるんだな?」

「え……あ、……うん。出来る範囲でだけれど……ね?」


 あれ、わたし、何だかまずいこと言っちゃった?


「フハハハハハハハ! いいだろう、女! では貴様にこの『令和の天才AIサイエンティスト』――神崎正機が栄誉ある使命を与えよう!」


 え? なに? このノリ?


「――ゴクリ」


 明確に「ゴクリ」という擬音を口にする倉持くん。

 何だか神崎くんを見上げる視線は魔王を見上げる四天王の一人みたいだ。知らんけど。


「……な……何よ?」


 刹那、廊下に春の風が吹き込む。窓の向こうでさくらの花びらが舞い上がり、わたしたちの世界を春色に染め上げた。


「――姫宮飛鳥よ! AI研究会に入部して、共にジュニアAI選手権全国大会優勝を目指すのだ!」


 一瞬の沈黙。

 三秒経って、わたしの脳がようやくその言葉の意味を理解した。


「ええええええええええええええええっ!」


 数学も理科も赤点で何の取り柄もないわたしが、AI研究会だなんて!

 そんなの無理に決まっているじゃーんっ!

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