第4話 私にAIなんて明らか無理です!

「無理無理、無理無理、無理ィ〜!」

「そこまで言わなくても大丈夫だよ〜」


 神崎くんにAI研究会への入部を勧められた――いや、脅迫された夜、わたしはベッドの上でリコとLINEで話していた。一応、相談だったけれど、わたしの中ではほとんど答えは出ていた。わたしにAI 研究会なんて、無理寄りの無理なのだ。

 ミステリー研究会の廃部に加えて、AI研究会のロボットを壊してしまうなんて、今日は本当に厄日だ。そして学園きってのイケメン神崎正機くんに詰め寄られたのだ。AI研究会に入るべしと。


「でも、リコが神崎くんのことを『残念イケメン』って言っていたのが分かった気がするよ。なんだかあの子……変だよね?」

「あ、わかった? わかるよね~。鈍感力に定評のあるあーちゃんでもわかるよね〜」


 ちょっと待って。鈍感力って何? ……まぁ、心当たりあるからいいんだけど。

 ベッドに寝転がっての電話で今日学校の廊下であったことを一通り話すと、リコは「うんうん」とうなずきながら聞いてくれた。


「まー、あーちゃんは数学も理科も苦手だし、プログラミングなんてやったことないでしょ?」

「うん、ない」


 断言である。プログラミング、なにそれ、美味しいの? である。ていうか、そもそも、中学生でAIとかおかしいでしょ? 普通にプログラミングが出来るっていうだけでも、十分に凄いとおもうのだけれど。AIだよ、AI。


「即答か~。まぁ、即答だよねー」

「だって自慢じゃないけれど、私、去年の二学期の期末試験も、三学期の期末試験も数学と理科は赤点だったんだよ!」

「うん、それは確かに『自慢じゃない』ね」


 うん、知っている。でもそれはさておいて、数学も理科もダメなのだ。国語はかろうじて三学期の期末試験で平均点くらいとったけれど、わたしはこと学校のお勉強に関しては基本的にダメっ子なのである。


「あーちゃんが得意なのって、本当に英語だけだもんね〜」

「まぁ、英語はね〜。英語は得意なんだけれど、それって頭の良さと関係ないもんね〜」

「え? そう? 英語できるのもすごいと思うけど? あーちゃんのこと英語に関してだけは凄いなーって思っているのに」


 リコに他意は無いと思うけれど、何度も繰り返される「だけ」という言葉が地味に刺さる。いや、ほんと、英語だけなんですけどね。学校の成績で良いのは。


「でも英語ってアメリカに行ったら、小学生でもみんな出来るわけじゃん? 数学とか理科とか社会とかはアメリカに行っても勉強しないと出来ないし。だから英語が出来たって、小学生と変わらないんだよ〜。わたしは小学生以下なんだよ〜」

「なにその謎の論理展開? あーちゃん、そんなことないって~。あーちゃんは出来る子、元気な子!」

「そう思う? リコ」

「そう思うよ〜。あーちゃんの英語力はきっと、あーちゃんを助けるから!」


 リコってば本当に優しい! わたしは思わずスマートフォンに頬をすりすりした。


「でも、助けられるなら、今、助けられたいなぁ〜」

「うーん、まぁ、それはあるよね。うーん」


 電話の向こうでリコも頭を捻ってくれているみたいだ。

 神崎正機くんに突きつけられたのは、一万千五百円を弁償するか、AI研究会に入部するかの二択だった。泣きそうな顔で助けを求めてみたけれど、倉持くんには視線を逸らされてしまった。そもそもわたしが潰した『アズールドラゴン2号』ってほとんど倉持くんが作ったものだから、その心中を察すると申し訳なさしかないのだけれど。


「それで、あーちゃん、どうするの? 入部するの? 弁償するの?」

「うん。……弁償しようと思うんだ」

「でも、一万千五百円だよ? 大金じゃん。そんなお金、手元にあるの? 毎月じゃんじゃん本買っちゃているし、そんなに貯金もしていないでしょ?」

「うん、そうなんだけど~。ちょっと、お父さんにお願いしてお小遣いの前借りをしようかなーって……思っているの」

「それでいいの? あーちゃんは?」

「……うん」


 仕方ないのだ。神崎くんがどういうつもりで誘ってくれたのかは分からないけれど、数学も理科も赤点で、何の取り柄もないわたしがAI研究会に入っても足を引っ張るだけだと思うのだ。そうやって誰かに迷惑をかけるくらいなら、最初から参加なんてしないほうが良い。自分の能力なんて、自分が一番よく知っているのだ。去年みたいにミステリー研でまったりと読書をしたりお茶を飲んだり、そういう部活動が自分には似合っているのだから。


「でも、あーちゃん。もしAI研究会の誘いを断るなら、ミステリー研が無くなっちゃったから他に部活に入らないといけないんでしょ? どこか当てとかあるの?」


 そうなのだ。そんなミステリー研が無くなってしまうのだ。だから、わたしは次の居場所を見つけないといけないのだけれど――


「無いよ〜。今日だよ、今日! 今日、廃部が決まったんだよ。そんな急に別の部活なんて思いつかないよ〜」

「うーん。今日決まったっていうか、もうずっと前に決まっていたんだけどね。あーちゃん、本当に何も考えてなかったんだね……」


 うん。なんとかなるって思っていたからなぁ。ミステリー研じゃないとなると、似たようなことが許されそうな部活――


「文芸部」

「それはあたしたちが入学した時に廃部になったんだよね~」

「だよね~」


 なんだこれ? これが新聞で言っている若者の活字離れってやつのあおりか?


「あーちゃん、運動系はないでしょ?」

「無い無い無い無い!」


 もともとわたしは運動音痴。それに加えて、運動系はみんな一年生から本気で練習しているから、二年生で入ったってボールにさえ触らせてもらえない可能性さえあるのだ。そんな青春まっぴらごめんである。


「じゃあ、文化系か〜。何があるだろう? ちょっと生徒手帳見るね?」

「うん、わたしも見ようかなぁ〜」


 カバンから生徒手帳を取り出してぱらぱらとめくり、部活一覧ページを見つける。


「物理部」

「理科赤点だよ? 無理〜」

「化学部」

「右に同じ〜」

「天文部」

「う〜ん、星空はロマンチックだけど、あんまり興味ないかなぁ」

「歴史研究会」

「無くはないけれど、最後の選択肢って感じかなぁ。五〇点」

「鉄道研究会」

「そもそも鉄道研究会って何研究するの? 電車作っちゃうの? JRに乗って旅行にでも行くの?」

「知らないわよ、私に聞かないでよ」


 まったくもって謎である。


「無いなあ。無いわねぇ〜」


 それから二人で全ての文化系の部活を確認したけれど、ぴんと来る部活はなかった。


「うーん。わたしもリコと同じ新聞部にしようかなぁ。離れ離れになるのも寂しいし」


 去年はリコと一緒だったから寂しくなかった。放課後にリコと一緒にいる時間が、わたしにとってかけがえのない時間だったのだ。


「あーちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいし、あたしもあーちゃんと完全に別の部活になるのは寂しいんだけどね」

「ん? 新聞部……だめなの?」

「あーちゃんが本当にジャーナリズムに興味があるのならいいんだけれど、うちの新聞部って結構ガチなの。活動日数は多くないんだけどねー。部室の雰囲気はとてもミステリー研究会のときみたいにのほほんとお茶会出来るムードじゃないよ?」

「え? そうなんだ……」

「うん、特に今年の部長がガチで、『俺は池上彰を超えるんだ!』が口癖なの」

「中学生がどこ目指しているのよ〜」

「ほんとね〜。まぁ悪い人じゃないし、言っていることは結構正しいから、あたしも情報屋イチノセとして張り合いはあるんだけどね!」


 うーん。池上彰超え先輩に、令和の天才AIサイエンティストに、令和のハードウェア職人マイスター、そして裏の情報屋イチノセ。青龍中学って実はヤバい学校だったのかもしれない。あ、できれば名探偵ヒメミヤアスカも末席に加わりたいところではあるのですが。へへっ。


「――まぁ、そういうことで、あーちゃんがジャーナリズムに目覚めない限り、オススメはしないかなぁ」

「そっか〜。じゃあ、思ったよりも、わたし、行き先に悩むわけだ〜。どーしーよー」


 自分の顔をスマートフォンごと枕のなかにぽすりと落とす。フガフガ、フガフガ。


「だから意外とAI研究会に誘われたのって、良いご縁なのかもしれないよ?」

「そうかなぁ?」

「そうだよ〜。それにAI研究会に入ったら神崎くんともお近づきになれるかもよ?」

「は? え? それどういう意味? リコ?」

「ん? そのままの意味だけれど? あーちゃん神崎くんのこと気になっているんでしょ?」


 一瞬沈黙――からの――


「はあああああああああああああーーーーーーっ!?」


 スマートフォン越しに絶叫した。

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