青龍中学AI研究会へようこそ!

第2話 ミステリー研究会は廃部です!

 桜が咲いて四月になり、わたし――姫宮飛鳥は中学二年生になりました。


「ミステリー研究会が廃部ですって!」


 のっけからの衝撃ニュースである。思わず立ち上がり拳を握りしめる。そんなわたしを見上げてポカンとした顔をする顧問の三谷洋子先生。三〇過ぎのサバサバした女の先生だ。


「えっと、姫宮さん。去年一年間、ずーーーーっと言ってきたじゃない? 一年間で部員が五人以上に増えなければ廃部だって」


 そう苦笑いを浮かべる三谷先生。隣ではリコが視線を斜め上に泳がせて頬を指先で掻いていた。……そういえばそんな話を聞いていた気もする。うん、おぼろげな記憶。


「リコ、――知ってた?」

「さすがにね~」


 明々白々めいめいはくはくのことであったらしい。しかし、私はミステリー研究会を愛しているのである。探偵モノや刑事モノ、学園謎解きの部活モノまで、ミステリーは私の憧れ。『薬物で若返った小学生探偵』みたいに「犯人はお前だ!」ってやりたいじゃない。そう――わたしは名探偵ヒメミヤアスカ。ふふふ……ふふ。


「……先生。……ここは一つ、一年間の猶予を私たちに下さい! あと一年、あと一年いただければミステリー研究会を部員五名以上にしてみせます!」

「いや、だからね、姫宮さん。まったくそれと同じ話をされて引き伸ばしたのが、去年一年だったのよ? 残念だけれど今年は延長なしってことで。運良くというかなんというか、ふたりとも図書委員も兼ねているから、図書委員会へのミステリー研究会の吸収合併ということで」


 なんですか? その吸収合併は?


「先生。質問。図書委員会は委員会なので部活じゃないと思うんですが。じゃあ、私たち図書委員会に入っていれば、他の部活に入る必要はないということ?」


 そうなのだ。文武両道を重んじる青龍中学は受験生である中学三年生の二学期以降を除いて部活への参加を義務付けられているのだ。ミステリー研究会が廃部になるのであれば、私たちは別の部活に参加しないといけない。


「いいえ。図書委員会は委員会で、部活ではないので、姫宮さんは別の部活を探してくださいね」


 じゃあ、吸収合併、意味ないじゃん! ていうかそもそも部活が委員会に吸収合併とかありえないし、先生がノリで言っているだけですよね?


「――まぁ、さすがに猶予はあるから。夏休みくらいまで?」


 ああ、意外と長い猶予期間をもらえるんだ。そこはちょっとだけホッとした。


「リコ〜。どうしよう〜。どこに入る〜?」

「あ、いや、あたしは新聞部を兼部しているから、無理にもう一つ入る必要ないんだけど」


 視線を逸して頬をぽりぽりと掻くリコ。

 そういえばそうでした! 情報屋イチノセの裏の顔は新聞部の敏腕記者だったのでした。


「じゃあ、悪いけれど、部室の掃除は今日明日中にやっといてね。間違っても私物とか置いていないと思うけれど、もし置いていても今日明日中に持って帰ってよね。明日までに持って帰れば校則違反にも目を瞑ってあげるから」

「そんな殺生なぁ〜〜〜〜!」


 校則は知っているし、部室に私物を置いてはいけないことも知っているのだけれど、だからといってそれを守っているかどうかは話が別なのである。

 事実、わたしは『薬物で若返った小学生探偵』のコミックスを七〇巻ほど部室のロッカーに置いてしまっているのである。あれを二日で持って帰れというのか!? 重い、重い、重いぞぉ〜!!


「じゃあ、二人はもう行っていいわよ〜」


 三谷先生はそう言ってスカートから出た長い足を組んで、細い縁の眼鏡を掛け直すとパソコンの液晶画面へと向かった。


「しぇ……しぇんしぇー!」


 これまで幾度となく助けてくれた顧問の三谷先生。御慈悲を求めて手を伸ばしてみたけれど、本日ばかりは最後通告だったっぽい。希望に満ちたさくらの季節に、わたしたちのミステリー研究会はお亡くなりになりました。――ちーん。



「大丈夫? あーちゃん?」


 あと二日の命となった部室へと移動して、早速わたしたちは大掃除を開始した。四人が座れるテーブルが真ん中にあって、その回りを本棚やロッカーが囲む。逆に言えばそれが精一杯の小さな部屋。埃っぽい部室だけれど、中学一年生の間の思い出が詰まっていた。


「う〜ん。正直あんまり大丈夫じゃないけれど、決まったことだもんね。仕方ないよね〜。リコは強いね。見習わなくっちゃ!」

「……あ、いや、そりゃあ去年一年間あれだけ言われてたらね〜。三月に先輩方が卒業されていった段階でもう確定だったと思うよ? あーちゃん何も言っていなかったし、心の中で自分なりに納得しているのかな~、大人だな~って思っていたんだけど?」

「先生に言われていたのはなんとなく覚えているんだけどね。でも、なんとなくどうにかなるんじゃないかな~、って甘えちゃっていたのかも」


 リコは「そっかー」とロッカーの中を整理しながら振り向かずに応えた。わたし、全然、大人じゃありませんでした。残念!


「懐かしいね。もうあれから半年経っちゃうのか〜」


 ロッカーの中からリコが冊子をひとつ取りだして広げた。


「あ、去年の文化祭で作った部誌?」

「そうそう。あーちゃんが書いていたSFミステリー良かったよ!」

「へへへ、ありがとう!」


 去年の文化祭では卒業していった三年生の先輩二人と一緒に部誌を作った。ミステリー小説や漫画の紹介記事。それから、みんなで挑戦したミステリー短編集。小説を書くのは初めてだったけれど、楽しかった。ついつい書いちゃった「犯人はお前だ!」って台詞。小説の中で主人公に言わせたのが快感だった。本当は現実世界でやってみたいのだけれどね。


「……お別れなんだね。この部室とも」

「うん。ほとんど毎日、この部室でリコとお喋りしてたもんね」

「勝手に持ち込んだティーセットで紅茶入れたりしてね」

「まー、ミステリー研ってそういう意味で、地味に校則違反の常習犯だったのかもね」

「いいんじゃない? 先輩たちもずっとやっていたし」

「ミステリー研の揺るぎない伝統と文化!」

「そしてそれを廃部にしちゃったあーちゃんとあたし」

「リコ〜、寂しいよぅ~」

「こら、くっつくな! 片付けが進まない!」


 今日と明日が、ミステリー研の部室を使える最後の日。わたしの安らぎの場所がなくなる。それなら明日からどうやって生きていけばいいんだろう。

 青春の居場所が突然、わたしの前から消えてしまった。



 ダンボール箱が重い。果てしなく重い。

 放課後、わたしは前が見えないくらいの大きさのダンボール箱を抱えて廊下を歩いていた。前がよく見えないけれど、毎日通っている廊下だからきっと大丈夫なはず。

 部室の掃除も一段落して、リコは新聞部の方に行ってしまった。それほど多くの私物を置いてなかったから、今日と明日、リコは少しずつ紙袋で持って帰るのだと言う。一方のわたしは例の『薬物で若返った小学生探偵』の漫画が約七〇巻。このコミックスを二日で家まで持って帰るというチャレンジの真っ只中にあった。持ってくる時は一冊一冊持ってきたんですけどね。七〇冊溜まると持って帰るのは大変ですね~。……持って帰る時のことを全く考えていなかった。

 なお部室に漫画を置くのは校則違反でもあるので、あまり大っぴらに持って帰るわけにもいかない。とりあえず今日はダンボール箱に四〇冊くらい入れて、持ち帰ることにした。

 そろり、そろりだ。ちなみにダンボール箱の上には部誌やその他のそれっぽい資料を乗せてカモフラージュしている。

 めちゃくちゃ重たいので、家までの自転車移動を考えても気が遠くなるのだけれど、こればかりは仕方ないのである。でも、自転車に載らなかったらいやだなぁ。


「おい! そこのお前! 止まれ! 立ち入り禁止だぞ!」


 その時は、突然、背中から男の子の声がした。

 ――えっ? どういうこと? 廊下歩いているだけなのに?

 振り向こうとするけれど、ダンボール箱のせいで首が回らない。カツカツと近寄ってくる音がして、後ろから肩が掴まれた。――えっ? 何?

 肩がグイッと引かれる。ダンボールを持つ両手のバランスが崩れた。振り向いた間近には、真剣な表情があった。どアップになる男の子の顔。――その顔には見覚えがあった。


「――神崎かんざき正機まさきくん?」


 突然の急接近に心臓が高鳴る。息も掛かりそうな距離に、あの冬の日に体育館で見たイケメン男子の顔があったのだから。


「――おまえは……」


 肩が引かれて崩れたバランスと、間近に彼を見た驚きで、両手の先から力が抜ける。そして、コミックス四〇冊が入ったダンボール箱が手のひらの上から滑り落ちた。

 ――ガッシャーン! メリメリ!

 それは本の入ったダンボール箱が廊下に落ちただけの音ではなくて、明らかに何か踏み潰されたような音だった。


「ノオォォォッッーーーー!!」


 そして前方から、お相撲さんの声みたいな絶叫が廊下いっぱいに響いた。

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