ジュニアAI選手権へようこそ!

成井露丸

プロローグ

第1話 ウィンターカップと輝く三人組!

『お見事っ! 今年のウィンターカップ――AIロボット部門優勝は、青龍中学校せいりゅうちゅうがっこうAIえーあい研究会のアズールドラゴンに決まりました!』


 飛び込んだ体育館いっぱいにアナウンスが鳴り響く。すごい熱気。冬の体育館は全館暖房が効いていたけれどそれだけじゃない。

 二階のアリーナ席には中学生だけじゃなくて、生徒のお父さんやお母さんたちらしき人も居て、手を叩いている。他校の生徒も多いけれど、同じ学校の生徒もいる。向こう側では黒髪長髪の綺麗な女の子が一階の中央に熱い視線を送っている。


 ――え、なに、なに、なに!? 何をやっているの?


 柵まで思わず駆け寄って一階の競技スペースを見下ろす。

 アナウンスを受けて沸き起こった歓声の中心には、青龍中学の制服を着た三人の男の子たちがいた。わたしの学校の生徒だ。一人は背の高い男の子で、ペンギンみたいなロボットを掲げている。彼がきっとリーダーなのだろう。もうひとりはちょっと太り気味な男の子。ステッカーがいっぱい貼られたノートパソコンを両手で持ち上げて喜びを表すように左右に振っている。その二人のことは知らないけれど、もうひとりの男の子は知っていた。外国人みたいに金色の髪。たしか中学一年生の時にESS――英会話部の英語劇に一緒に助っ人として出演した男の子だ。


「どーしたの? あーちゃん?」


 気づけば隣には親友の一ノ瀬いちのせ莉子りこちゃんがやってきていた。肩まで伸びた髪が少しウェーブしていかわいい自慢の友達。ミステリー研究会に所属するたった一人の同級生。


「あ、リコ〜。あれ、補習は?」

「ん? なんだか自習だって。教室の窓から体育館に向かうあーちゃんの姿が見えたから、追いかけてきちゃった!」


 そう言ってぺろりと舌をだすリコ。私――姫野ひめの飛鳥あすかとリコは出身小学校は別なのだけれど、中学一年生からの大親友なのだ。


「わー。今日、こんな大会、学校で開催してたんだね~。知らなかった!」

「わたしも! 何の大会なんだろう?」


 きょろきょろと辺りを見回す。

 一階のフロアはいくつもの区画に区切られていて、何やら小さな迷路みたいなのだとか、家庭のリビングを模した部屋みたいなのだとか、小さなロボットが置かれた展示ブースみたいなのだとかがあった。ステージの方を見ると大きな看板がぶら下がっている。


 ――ジュニアAI選手権


「あー、あの子たち知ってる〜。AI研究会の男の子たちだよ?」

「AI研究会? ――『えーあい』って、あの漫画とかアニメに出てくる人工知能?」

「そう、その人工知能! って言っても、漫画に出てくる人工知能みたいなのはまだまだ作れないみたいなんだけれどね」


 人工知能! それってすごくない? ドラ◯もんに、鉄腕ア◯ム、タ◯コマ、長門◯希にユ◯でしょ? アニメや漫画に出てくるAIなら大好きだよ! そんなすごいことやっている部活があるなんて知らなかったなぁ。

 私たちは三学期の中間試験が赤点で補習。そんな冬休みの体育館で、こんなすごい大会をやっていたなんて。びっくりだよ!


「あーちゃんってば青龍中学に一年いてAI研究会を知らないなんてモグリだよ〜」


 わたしってばモグリだったんだ!


「……有名なの?」

「仕方ないわね! 青龍中学きっての情報通――情報屋イチノセこと一ノ瀬莉子が教えてあげるわ!」


 リコは人差し指を眉間に当てると眼鏡をくいと持ち上げる格好をしてみせた。リコは学校の噂という噂に詳しい。現在は新聞部の記者としても大活躍中の彼女はミステリー研究会が誇る情報屋なのである。ただし、ミステリー研究会以外でリコのことを実際に情報屋と呼んでいる人を見たことはないのだけれど。


「――AI研究会は実力もさることながら青龍中学きっての残念イケメンを二人抱えていることで有名なのよ!」

「ざ……残念イケメン?」


 思わず一階のフロアに視線を戻す。きっとリーダーの男の子とあの金髪の少年のことだ。あの太っちょの男の子は――違うよね。うん。


「そうそう。えっとね、肩に手を回されている金髪の男の子がいるでしょ? 彼が如月きさらぎジョシュアくん。アメリカからの帰国子女。成績優秀、容姿端麗、性格は温厚で紳士的」

「え? なにそれ? 神じゃん?」

「あ、そうそう。ジョシュアくん、女の子たちからの人気すごいんだよ? 逆にあーちゃんが知らないことが驚きなんだけど? って、去年の文化祭でESSの英語劇に一緒に出てなかったっけ?」

「うん、出てた」


 とはいえ、お互いチョイ役で助っ人出演しただけ。あまり覚えてはいないのだけれど、なんだかいい人だった印象は残っているなあ。


「まぁいっか。去年一年でも十人以上の女の子に告白されて、全員を振っちゃったらしいわよ、ジョシュアくん。全然女の子に興味がないみたいで、みんな『イケメンの持ち腐れ』だって言ってる〜」


 なるほど。つまり、観賞用のイケメンってことね! 少しは喋ったことあるけれど、そういう人だったんだね。如月ジョシュアくんて。


「それから、隣のちょっと丸い男の子が倉持くらもち大夢ひろむくん。まー、見るからにオタクで、ロボットマニアらしいわよ。イケメンじゃないから説明省略」


 リコ、それはひどい! ――まぁ、いいけど。


「そして残念イケメンの代表と言われるのがあのリーダー格の男の子。真ん中でロボットを持っている男の子――神崎かんざき正機まさきくん。自称――『令和の天才AIサイエンティスト』!」

「『令和の天才AIサイエンティスト』!? ……自称なんだ? ……ゴクリ」

「そう……自称なのよ……ゴクリ」


 思わず一階の少年に視線を戻す。高く掲げていたペンギン型のロボットを下ろして、三人で何やら話している。すらっとした立ち姿。整った顔立ち。そして仲間と得た勝利に笑う無邪気な笑顔。イケメンだとリコが言うのもわかる気がした。――残念イケメンらしいのだけれど。


「すごいな〜。私たちが補習を受けている間に、ああやってAIの大会で優勝するなんて。私なんかとは住んでいる世界が違うって感じ?」

「うーん。あーちゃんも素敵女子なんだけれど、主要五教科中、四教科が赤点で補習っていうのはさすがにやばいよね〜」

「もう〜。言わないでよ〜! あ〜、私みたいな何の取り柄もない普通の女の子には無縁な世界なんだろうな〜」

「まったくですねー」


 うーん、ちょっとくらい否定してくれてもいいんだよ? リコ?

 なにはともあれ、補習の空き時間、教室を抜け出して迷い込んだジュニアAI選手権の会場で見た同級生三人の姿が、この時の私にはとても輝いて見えたのだ。

 三人の他にも一階のフロアには、リビングみたいな部屋のソファに座ってノートパソコンをカタカタと叩いている他校の生徒や、机の上に置かれたぬいぐるみみたいなロボットに話しかけている女の子たちなど沢山の中学生たちがいた。でもその全てが、わたしには雲の向こうのことのように思えた。


 二階席の手摺りに両肘をつく。その時、一階の少年――神崎かんざき正機まさきと目があった気がした。その視線は真っ直ぐとわたしの方を向いていて、少しだけ目が合った気がした。

 ――ドクン!

 彼と目があって少しの時間、世界が静かになった。


 でもこの時のわたしは、中学二年生になったわたしが、彼なしには語れない中学生活を送ることになるなんて思いもしなかったのだ。

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