第21話 体育祭当日①

 今日は朝から快晴に恵まれている。

 雲一つない青空がどこまでも続き、遮るものが何一つない日光はどんどんと地上の温度を上げていく。

 体育祭当日としては最高……とは言い難いものの雨よりかはまだマシだろう。理想としては気温が上がりにくい曇りの方が個人的には良かったんだけどな。

 弁当などをリュックサックに詰め、体操服に着替えた俺は、自宅を出る。

 あのヤ◯チン野郎はどうやら休日出勤らしく俺が起きた時にはもう姿が家中どこにもなかった。

 あの花火大会以降、親父とはろくに口も聞いていない。まぁ当たり前だよな。普通に考えて話す気にもなれない。

 そんなことを思いながら、玄関ドアの鍵を閉めていると、隣に住んでいる明日香がちょうど出てきた。


「はるくん、おはよう」

「ああ、おはよう」


 俺たちは挨拶を交わしながら鍵を閉めた。

 そしてそのまま二人並んでマンションを出る。

 高校に入学して初めての体育祭。どんなものなんだろうと今考えただけでもドキドキして緊張してくる。

 中学とはまた迫力が違う……高校の体育祭を見たことがあるクラスメイトがそう言っていたが、どんなものなんだろうか……そのようなわくわく感という楽しみさえもあった。


「……」

「……」


 家を出てから五分。

 俺たちの間には挨拶を交わした以外、会話は生まれていない。

 いつもなら何かと話しかけてくれる明日香も今日に限っては、表情を曇らせ、ずっと流れていくアスファルトを見つめているばかりだ。

 ――明日香も緊張しているのか?

 非常に珍しい。ずっと昔から明日香のことは知っていたし、親友と呼び合えるくらい仲がいい俺たちではあるけれど、こんな姿初めて見るかもしれない。明日香は本番に強いやつだし、何かと自信を常に持ち合わせている。だから緊張しているような様子は滅多に見ることがない。


「大丈夫だ。緊張しているのは明日香だけじゃないし、体育祭は団結力が大切だろ? 例え、失敗してしまったとしてもそれがなんだ? 気にすることはないよ」


 俺は明日香の緊張を和らげさせる一心でそう語りかけた。

 すると、明日香は足を止め、白くて長いまつげの奥にある透き通った青い瞳で俺を捉える。


「体育祭もそうだけど……ぼくが悩んでいるのは、その、つまり……とにかくそうじゃないんだ」


 明日香の頬が赤くなり、目を合わせたかと思いきや、すぐに斜め下に逸らされてしまう。


「じゃあ、何を悩んでいるんだ?」

「そ、それは……言いたく、ない……。けど、ぼくは最近思うんだ。はるくんの役に立てているのだろうか、って……」

「俺にはよくわからないが、そもそも役に立つとかそういう話はちょっと違うんじゃないか?」

「……え?」

「俺たちの関係はそもそも幼なじみの前に親友だろ? 親友というのは互いを思いやり、深い絆で結ばれた友人同士を指すと思うんだ。つまり、俺が言いたいことは……自分で言っておいてよくわからなくなったけど、とにかく役に立つとか道具みたいな言い方はやめろ。それと役に立つとかそういう話とは別だけど、俺は結構明日香に助けられてるぞ? 何かと」

「ぼくが助けてる……?」

「ああ、自分でも気づいていないと思うが、結構明日香の存在に支えられている。いろいろとありがとな」


 俺はそう告げると、明日香の頭を撫でてやった。

 ――って、無意識ではあったけど、女子の頭を撫でるとかちょっとヤバくないですかね?! 場合によっては殺されかねないぞ!

 咄嗟的に手を引こうかと思ったが、明日香の表情を見る限りでは嫌そうにしていないというか……むしろ嬉しそうな感じにも見える。


「ぼくこそいろいろとごめんね。おかげで悩みが全部消えたよ!」

「え? 他にも言えないようなことがあったんじゃないのか?」

「あったけど……はるくんの言葉を聞いてなくなったよ。これからもはるくんを支えていくからね!」

「あ、ああ……よろしくお願いします……」


 言えないようなことってなんだったんだろう?

 いつも……より元気になった明日香を見て、つい気になってしまった。

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