第20話 体育祭の準備④

 炎天下の中、草むしりが始まって一時間が経過した。

 暑い日差しが容赦無く俺の背後を照りつける中で、体内の水分が汗となってどんどんと奪われていく。

 体操服はもうすでに上下びしょびしょ。下着までもが濡れ、まるでバケツ一杯分の水を頭から被ったかのようになっている。

 露出している肌は紫外線に焼かれているのか、若干ひりひりするし……。

 俺はキリがいいところで一旦水分補給をしようとその場から立ち上がったところであることに気付く。

 ――あれ? みんなは?

 周りを見渡すと、クラスメイトたちがいなくなっていた。

 辺りにはたしかに微量ではあるが、抜かれた雑草がちらほらと点在している。

 もしかして……この暑さでみんな日陰か屋内に避難しやがったか?

 別に無理知恵をさせるつもりは毛頭ないけど、それでもせめて日陰の部分でもいいから雑草抜こうよ。

 俺はため息をつきつつ、水道がある方向に歩いていくと、その付近で雑草を抜いている雪を発見した。

 雪も全身びしょびしょで汗を大量にかいているらしく、頬や鼻先に泥をつけている。可愛い。

「よっ。雪はまだ頑張――うっ?!」

「……? どうしましたか兄さん?」

 声をかけた瞬間、雪がこちらに振り向いてきたのだが……いかんいかん! みちゃダメだ!

 汗のせいで体操服が透け、中のブラが見えてしまっている。非常にエロい……エロすぎるッ!

 それにしてもクマ柄のブラとは……ちょっとギャップがあるなぁ。

 とにもかくにも俺は一旦視線を斜め上方向に逸らす。

「な、なんでもないよ……あはは」

 ここでブラが透けて見えてるよなんて妹であったとしても言えないっ! いや、奈々相手なら言えるけど、雪に対しては言いづらいというか、言ったら絶対零度並みの目線を向けられそうで怖い!

 雪はきょとんとした表情をしながら顔を傾ける。

「と、とりあえず汗たくさんかいたろ? 少し休憩しないか? あとみんなは無理かもしれないけど、できるだけ人を呼び戻そう、な?」

「はい……」

 というわけで俺たちは休憩をとるべく、日陰のある場所へと移動した。

 体育館と校舎を繋ぐ外廊下のちょっとした階段に俺たちは腰を落ち着かせる。

 近くにはちょうど給水機が設備され、そこで喉を潤した後、一息つく。

 雪は首にかけていたタオルで汗を拭き取ると、ふと俺の方にそのタオルを差し出してきた。

「ちょっと汗臭いかもですけど……使いますか?」

「え?! い、いや俺はいいよ」

 この子天然なのだろうか? 普通自分が使ったタオルを人に使わせようとするか? しかも女子だぜ?

 美少女の汗が染み込んだタオルを使えるとは、考えただけでも興奮ものだし、くんかくんかできるチャンスではあるが……いやいや何考えてんだよ俺! 俺はそんな変態じゃないッ!

 暑さのせいで頭の方がちょっとやられてるっぽい。もうしばらく休憩が必要みたいだ。

 そんなくだらないことを考えていると、いきなり腹の肉を思いっきりつねられた。

「痛い痛い! 急に何すんだよ!?」

「……なんとなく嫌な予感がしたのでつい」

「予感だけで人を傷つけてはいけませんっ!」

 まぁその予感的中してたんだけど。

「兄さん」

「……ん?」

 やはり雪から「兄さん」と呼ばれることにまだ違和感を抱きつつも、俺は反応する。

 雪はどこか神妙な顔をしながら小さく口を開く。

「私のこと……どうしたら妹として見てくれますか?」

「え?」

 一瞬どういう意味なのかまったく理解できなかった。

 俺の反応を察したのか雪は付け加えるように続けて口を開く。

「兄さんは私のことを妹として接していないように見えます。これまでと同じく“冬井さん”です。いきなりのことでまだ動揺とか思うところがあるのかもしれませんが、兄さんの様子を見ていると、これからもずっと“冬井さん”のような気がするんです……」

 雪が目線を伏せてしまう。

 きっと不安なんだろう。何が不安なのかは正直、俺にもまだわからないが、それでもその感情だけはなんとなく読み取ることはできた。

 雪は俺から妹として扱ってほしいと願っている。俺もできるだけそういう風に接しようと心得ているつもりだ。でも、知らずうちに“冬井さん”というどこか壁があるような接し方をしていたのかもしれない。雪が本当に願うのは奈々みたいに気軽に接することができる関係……。

「……雪の気持ちはわかったけど、たぶん今は難しいし、もうちょっと時間が必要になってくるかもしれない。実際に突然実の妹ですって言われた時もあまり実感というものが湧かなかった。雪のことを本当の妹として見るには奈々のようにそれ相応の時間や信頼関係も必要となってくる。だから……」

 俺は言葉を詰まらせてしまった。

 兄妹ってなんだろうか? 哲学じみた考えではあるけど、それさえわかれば雪ともそういった関係になれると思う。

「わかりました……。いきなりこんな話をしてしまいすみませんでした」

 雪は軽く頭を下げる。

「い、いやいいんだよ。雪にも悩みというものはあるし……兄としてこれからもいろいろと相談してくれ。できる限り力になるからさ」

「はい」

 家族ってなんだろうか……。

 複雑な過程環境に育ってきた俺にはわからないし、奈々自身も今は家族と呼べるのかもわからない。

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