第19話 二学期が始まる③

 放課後になり、教室内の生徒はどんどんと廊下の方に流れていく。

 奈々もすぐに帰りの支度を済ませると、俺に手を振りながら友だちと教室を出て行ってしまった。

 俺もこの後は特に何か用事があるというわけでもない。さっさとカバンの中に教科書類を詰め込んで家に帰宅しようとしていた時、不意打ちのようにいきなり後ろから声をかけられる。

「春樹、夏休みどうだった……って、そこまで肩を跳ね上がらせなくてもいいだろ……」

 俺は後ろを振り返る。

「いや、いきなり声をかけられれば驚くだろ。てか、誰だよ!?」

「誰って酷くないか?! 俺だよ! 高宮豊だよ!」

「豊?」

 俺はまじまじと見つめる。

 肌は一学期の時と比べて、やけに黒くこんがりと焼け、髪は伸びてきたのか、若干整えている。

 そして何より豊と言われれば、たしかに顔のパーツとかそれなりに似ているようにも思えなくはない。豊を見かけないなぁと思ってはいたけど……。

 俺の視線に豊は恥ずかしそうに顔を赤く染め、もじもじとしだす。普通に気持ち悪いよ?

「あ、豊か。久しぶりだな。てか、いつの間に学校へ登校してきたんだ?」

「ずっと朝からいたけど?!」

 リアルにまったく気が付かなかった。

「……で、なんの話なんだ? バンド辞めたのか?」

「バンドは辞めたいけど辞めれてない。それより話すことといえばあるだろ! 夏休みのことだよ!」

「あ、夏休みねー……」

 思い返したくもない。

 もちろん楽しかった思い出もあるよ? 明日香と奈々の三人で一泊二日の海に行ったりとかさ。それはもう楽しかったけど、あのクソ親父のせいで何もかもが最悪だ。そもそも一学期の終業式が終わったあたりで実母が登場してくるんだぜ? おかしいだろ。なんなんだよ。俺の高校生活を破壊する気か。

 ちなみに言い忘れていたが、明日香はこの後家庭内で用事があるということで先に帰ってしまった。

「なんだその反応は? まるでいいことがあまりなかったみたいな感じじゃねーか」

「豊って意外と観察力あるんだな。まったくのその通りだよ。で、豊はなんかいいことがあったのか?」

「まぁな。中学の時の友だちと女子を交えて、海で遊んだことだな。それと同じ部屋で泊まったりもしたな」

 豊は目をキラキラさせながら思い返している。よっぽど楽しかったんだろうな。

「そりゃあよかったな。青春だな。アオハルだな」

「なんだよそのつまらなそうな態度は! せっかく俺の思い出を話してやっているというのによ!」

 別に俺が話してくれと頼んだつもりはないし、豊から勝手に話し込んできた。

「まぁ春樹はあの美少女三人組に囲まれてさぞ幸せなんでしょうね。俺より絶対に青春しているし、アオハルだし……リア充死ねッ!」

 豊が眉間に皺を寄せながら腰を浮かす。

「いや、俺は別にリア充でもないんだけど……」

「はいはい、リア充は大体そういうのが決まってるんだぞ。豊辞典にもそう載ってあるし」

「豊辞典ってなんだよ……」

 俺は呆れのあまりため息をつく。

 事情も何も知らない周りから見れば、俺は美少女に囲まれたリア充に見えてしまうのだろう。人の心情というものは外見で判断しやすい。そう考えると、仕方がないことではあるけれど……俺自身としては釈然としない。

 帰りの支度を完全に済ませた俺は席を立つ。

「もう帰るのか?」

「ああ、やることないしな。じゃあ、また明日な」

 俺は豊にそう言い残すとカバンを片手に教室を後にした。

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