第17話 花火大会③

 待ち合わせ場所である高架下付近に向かうと、さっそく奈々らしき人物がスマホを見ながら何やらそわそわしているのを発見した。その隣にはなぜか母さんがいる。

 奈々は俺の存在に気がつくと、すぐさまに駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん遅過ぎますっ! 一体今まで何してたんですかっ!?」

「な、何って別に明日香と一緒に食べ歩きとかしてただけなんだが……」

「た、食べ歩き、ですか……」


 奈々がどこかショックを受けたような顔をして、明日香の前に移動する。


「三宮さん! 抜け駆けはずるいですよ! 海でもそう約束したじゃないですかっ!」

「ぬ、抜け駆け?! ぼ、ぼくは決してそういうつもりじゃ……」

「何顔を赤くして言ってるんですかっ! 説得力皆無にも程がありますっ!」

「こ、これはただ単に暑さで顔が火照っているだけだ! そういうのではないっ!」

「さっきから抜け駆けとか顔が赤いとかなんの話をしてんだよ……」

「それは春樹くんのことに決まってるじゃない」


 いつの間にか奈々の横に移動してきた母さんが俺の方をバシンッと叩く。


「痛いんですけど……」

「あら、ごめんなさいね。つい力が入り過ぎちゃった」


 母さんは笑って誤魔化そうとしているが、なんか様子がおかしい。なんとなくではあるが、威圧感というか……気のせいか?


「お母さんはもうついて来なくてもいいのに……あ、それよりもお兄ちゃん! 私の浴衣姿どうですか?」


 奈々がくるりとその場で一回転してみせる。

 ひまわりの柄が所々にあしらわれたピンクの浴衣。髪型はいつも通りだと思うけど……うーん。女子って浴衣を着ると、ちょっと色気が増すなぁ。


「まぁ似合ってるんじゃないか……」

「あ、ありがとうございます……」


 奈々は気恥ずかしそうな態度を見せると、しばらくの間俯いてしまった。


「春樹くんついでに私の浴衣姿の感想もお願いしていいかしら?」

「なんで母さんのまで……普通にいいと思いますよ……」


 大人の色気というものなのだろうか? 

 浴衣の柄自体は年相応というか、非常に落ち着いてはいるけど、奈々や明日香と違った色気を放っている。

 俺一人に美少女二人プラス母さん。

 蚊が寄ってくるよりも男の方がかなり寄ってきそうな気がする。そして、ハーレム状態になっている俺には無数の視線が突き刺さり……ああ、今考えただけでも全身がむず痒くなってしまう。

 そんなことを思っている時だった。


「おっ、春樹か。ここで何――」


 なぜかスーツ姿の親父と偶然にも遭遇してしまった。

 見た感じ仕事の途中だろうか?

 親父は俺の前にいる母さんを視認するや否や、急激に顔色を青白くさせる。


「あら? これはこれは。お久しぶりですね、常隆さん」


 母さんは親父の存在に気がつくと、俺らですら恐怖を感じてしまうほどの凍てついた笑みを見せる。

 一方で常隆さん(親父)は、大きく震え上がっていた。


「ひ、ひしゃしぶりだな。げ、元気しょうでにゃによりだ……」


 もはや親父の呂律が回っていない! 母さん恐るべし……。

 離婚して以来の再会がこれだ。一体親父は何をしでかしたというのだろうか。

 そんな元夫婦間のやりとりを見ていると、ふと後ろから声をかけられる。


「あれ、もしかして上石くんですか?」

「え?」


 誰だと思い、後ろへ振り返ると、そこにいたのは委員長である冬井さんの姿だった。

 冬井さんは、少し地味目な浴衣を着用しているが、それ以外はいつも通りである。表情も変わることなく無表情に近く、感情が読めない。

 ぱっと見、一人のようだが……連れがどこかにいるのだろうか?

 そう思っていると冬井さんは俺の思っていることを読み取ったかのように口を開き始める。


「誰かと来たというわけではありません」

「え? じゃあ、一人なの?」

「そうなりますね」


 相変わらずの顔が無。

 ここは同じ学校のクラスメイトだし、せっかくだから誘ってみるか。


「あら、春樹じゃない」


 またしても声をかけられた。

 もう誰だよ……今日の俺有名人すぎないかと思った瞬間だった。


「な、なんで……?」


 そこにいたのは俺の実母と狩野さんだった。

 そういや狩野さんが代表取締役兼社長をしているカノンはこの花火大会のスポンサーでもある。この場にいて当然と言われればそうだ。

 俺の反応に気を取られたのか、それまで言い争いとまではいかない口論をしていた母さんと親父がこちらの方に視線を向ける。


「あ、これはちょっと失礼しちゃったかしら?」


 母さんと実母の視線がぶつかり合う。


「これはこれは実の息子を捨てた方がなんの御用で?」

「実の息子を捨てた方?!」


 奈々が驚愕めいた表情をする。


「別に用というわけではなくて、ただ通りすがりに見知った顔をお見かけしたものですから」


 あ、あれ? この二人初対面だよね?!

 時刻はもうすでに午後八時を過ぎ、夜空には無数の花火がけたたましい音と共に咲き乱れている。

 それなのに母さんと実母の間に生まれた火花はどの花火よりも閃光が強く、見ていられない。


「そういえば春樹くん。その隣にいる子“冬井さん”って呼んでなかった?」

「え? あ、うん。同じ学校のクラスメイトで委員長をしている冬井雪さんだけど……」


 俺が紹介すると、冬井さんは母さんたちにぺこりと一礼した。


「え……冬井雪?!」


 親父がなぜか大仰に反応する。顔色はもう青白いというよりも死人のように白い。


「あ、あなたが冬井さんって、本当なの?」


 実母までが食いついた。

 ――え? 何? 冬井さんに何があるの?

 もう現場はわけがわからない。花火に集中できないほどにはっちゃかめっちゃか。こうして考えてみると、俺の家系って本当に複雑だよな。他人事みたいに言っちゃってるけど。

 母さんが常隆さん(親父)を睨みつけ、実母が俺に向かってゆっくりと口を開く。


「この子は……春樹の妹になるの」

「「……………………は?」」


 俺と奈々の声が同時に重なった。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私とお兄ちゃんが本当の兄妹ではないこともありますけど、冬井さんが妹ってど、どどどどういうことなんですか!?」

「どういうことってそのままの意味よ。あの人は私との間に春樹が生まれる以前に他の女性とも関係を持っていたの。それで生まれたのがこの冬井さん。まぁ要するに隠し子的な感じかしらね」

「「……」」


 俺と奈々は言葉が出て来なかった。

 奈々に関してはどう思っているのかわからないが、俺自身としてはまず最初に言えることは親父がクズすぎる! 普通妻以外の女性と子作りをするか? あり得ないだろ。しかも家系がさらに複雑化してしまったし、正直自分でもどうなっているのかすらわからない。

 多少なり混乱している中でも冬井さんはいたって冷静というか、反応すらみせていない。

 一方で親父の方はぶっ倒れて泡を吹き始めていた。


「兄さん……」


 小さな声が聞こえてきた。

 俺は声が聞こえてきた隣を見る。


「兄さん……やっと言えました。ずっと、ずっとあなたの存在を知ってからというものこうして接する日を夢見てきました」


 冬井さんが俺の肩に額を押し付ける。握られた俺の腕には自然と力が入っており、それだけで感情的になっているということがわかる。


「お、お兄、お兄ちゃん……」


 俺と冬井さんの様子を見ていた奈々はショックを受けたのか、目に涙を溜めながら膝から崩れ落ちてしまう。

 せっかくの花火大会がとんだ泥沼展開へとなってしまうとは……世の中何が起こるかわからないものである。


【あとがき】

正直書いている私ですらわけがわからなくなってきました…(苦笑)

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