第16話 実母の再婚相手②
近くのファミレスに到着し、俺たち三人は適当な場所に腰を下ろした。
俺の目の前にはハンサムな中年男性がいて、その隣に実母がいる。
今日は一体何しに来たのだろうか。俺を拐うつもりではないと実母は言っていたが、そうなってくると、話し合いという場を設けて、説得でもするつもりなのだろうか。もしそうだったとしても俺の気持ちは決して変わらない。一度捨てられた親のところなんかまっぴらごめんだし、しかも引き取ろうと思った理由が自分の会社の跡取りがいないからである。どんだけ都合のいい話なんだって普通思わなかったのだろうか? とにもかくにも俺は、どれだけお金を積まれようが実母のところで生活するなんてありえない話だ。
ひとまずドリンクバーを頼み、冷たいメロンソーダで喉を潤す。
ハンサムな中年男性は無言のままアイスコーヒーを一口飲み、実母に関しては緑茶が入ったグラスの水面下を見つめたまま。どう話そうか考えているといった表情だろうか。
やがてグラスの中に入っていたメロンソーダが空になったところで実母がようやく口を開く。
「今日はね、その私の旦那に会ってもらいたいなと思って、誘ったの。今隣にいるのが私の旦那で……」
「初めまして春樹くん。カノンの代表取締役兼社長をしている狩野英之だ。今日は短い時間になるがよろしく頼むよ」
「は、はぁ……こちらこそよろしくお願いします」
渋い声が余計に威圧的に感じてしまう。
狩野さんは動じることもなく、俺をまじまじと見つめながら、話を続ける。
「実を言うと、今日はただ単に君に会うためだけに来たんじゃないんだ」
「え?」
「一週間後にこの街で一番大きい花火大会が開催されることは知っているかね?」
「あ、はい。それとなくは……」
「私はその花火大会の打ち合わせで来たのだよ。一応スポンサーでもあるからね」
そう言って、狩野さんはアイスコーヒーを口に含む。
「つまりそのついでということですか?」
「そういうことになるね。それで君を悪い気にさせてしまったのなら申し訳ないが、私も立て続けに予定が詰まっていてね。あと十分くらいしたらまた別の打ち合わせに顔を出さないといけない」
「そう、ですか……」
さすが上場企業というだけあって、忙しいんだな。
身構えてた分だけあって、少し拍子抜けしてしまった。
「春樹くんの話は妻からいろいろと聞いているよ。正直、私自身君にどういう顔をして会えばいいのかわからなかった。君のお母さんを奪った張本人でもあるからね」
「……」
「春樹くんが私たちのもとで生活したくないという気持ちもわかる。いくら欲しいものを買い与えようと言っても君の気持ちはきっと変わることはないだろう。だけど、今ではなくて将来的なことを考えてほしいと私は思っている。春樹くんも将来は必ずどこかの企業に就職するだろう。高卒だろうが大卒だろうが、みんな就職するのは必然的だ。そこで一度考えてみて欲しいんだ。自分にとってどちらが一番利己的かを」
狩野さんは残りのアイスコーヒーを飲み干すと、一万円札だけをテーブルに置いて、席を立った。
「答えはいつでもいい。それとこれを渡しておくから、何かあったら電話するがいい」
狩野さんはテーブルの上に携帯番号が書かれた名刺を置くと、ファミレスから出て行ってしまった。
「今日は付き合ってくれてありがとうね。私の旦那はいつもあんな感じだけど、誰に対しても優しいからきっと上手くいくわよ。それじゃあ、私もこれでお暇させてもらうわね。また近いうちに会いましょ」
実母も狩野さんの後をついていくように席を立つと、ファミレスから出て行った。
一人残された俺は、頭の中で先ほどの狩野さんが言った言葉を思い出していた。
“自分にとってどちらが一番利己的か……”
そう考えると、やはり実母のもとで生活した方がいいに決まっている。
自分の気持ちを選ぶか、それとも自分の将来を選ぶか……。
一見簡単そうに見えて、難しい選択。
「もう一杯飲んでから出よ」
それにしてもドリンクバーを三つした頼んでいないのに一万円って……。普通千円でも足りるんだけどなぁ……。余ったお金もらっちゃってもいいのかしらん?
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