明日香の気持ち

 俺が気を失っている頃。


「お、お兄ちゃん?!」


 奈々が焦ったような表情をして、近くまで移動してきた。

 明日香は一旦俺の口元に手のひらをかざす。


「大丈夫だよ。はるくんはただ気を失っているだけさ」

「そ、そうですか……」


 奈々は体の力が一気に抜けたかのようにへたり込む。


「それにしても私……そこまで強くビンタした覚えはないんですけど……」

「でも現にはるくんが気絶していることを考えると男子高校生を余裕で倒せるくらいの力があったということなんじゃないかい?」

「ちょ、ちょっと三宮さん! 私女の子なんですよ!? 女の子に向かってその言い方は少しよくないと思いますっ!」


 奈々は憤慨すると、明日香は「そうだよね」と軽い感じで謝ってきた。


「とりあえず目覚めるまでこのままにしておこうか。無理に起こすのも何だか引けるだろ?」

「それもそうですね……」


 それ以降奈々と明日香の会話は途切れてしまう。

 奈々自身聞いておきたいことが実はある。けど、それを聞いていいものなのかどうか考えあぐねていた。

 その気持ちが無意識的に現れているのか、先ほどからちらちらと明日香の方に視線が向かい、それに対して明日香も薄々と気が付いている。

 やがて痺れを切らしたのか、明日香から口を開く。


「さっきから僕の方ばかりを何度か見てるけど、何かあるのかい?」


 奈々は肩を一瞬飛び跳ねさせる。


「え、えーっと……そう、ですね……」

「聞きづらいことなのかどうかぼくにはわからないけど、ひとまず遠慮なく質問してくれてもいい。答えられないことに関しては、答えないから」


 明日香がそう言うと、奈々は「では……」と前置きをする。


「三宮さんはお兄ちゃんのことをどう思っているんですか?」

「どうって……」


 明日香は奈々の方に視線を向ける。

 奈々はとても真剣な表情をしていた。


「……ただの幼なじみであり、親友でもある、かな」

「幼なじみで親友ですか……」

「そう。ぼくは少なくともそう思っているかな」


 明日香ははっきりと奈々にそう言った。

 が、奈々はどこか納得していない表情をしている。


「本当にそう思っているんですか?」

「……え?」

「私が見る限りでは三宮さんはお兄ちゃんのことを好きですよね?」


 その瞬間明日香の心がドキッとした。

 ものすごく苦しくて、まるで何かに締め付けられているような……春樹の顔を見ればなぜか愛おしく思ってしまう。

 ――ぼくが恋をしている? そんなわけ……。


「やっぱり図星ですよね?」

「ち、違う! ぼくははるくんのことをそんな風には……」


 だが、完全に否定することはできなかった。否定しようとしても途中で言葉が詰まってしまい、上手く言うことができない。

 ――ぼくがはるくんのことを……。

 そう思えば、思うほど心の苦しみが和らいでいくような気がする。


「まぁ私は別に三宮さんの気持ちに対して何かとやかく言うことはしません。誰かを好きになることは自由だと思いますし、それが例え、彼女持ちや先生だったとしても好きになることは仕方がないと思います。ですが、三宮さんがお兄ちゃんのことを好きだと言うのならば、私も負けてはいられませんっ!」


 明日香は奈々の言葉を聞いて、ぽかーんとしていた。

 自分が春樹のことを好きかどうかはさておいて、ライバルが現れたら感情的になるかと思っていたからだ。普通がどうなのかはわからないが、彼女はライバルが現れても、正々堂々と戦おうとしている。


「あっ。私のど乾いちゃったんで何か買ってきますね。三宮さんは何か飲み物はいりますか?」

「あ、えーっと……お茶で」

「わかりました。では、すぐ戻ってきますので一応お兄ちゃんのことをよろしくお願いしますね。それと……抜け駆けは許しませんからね?」

「え、あ……はい」


 そう言うと、奈々は財布を手にその場から離れてしまった。

 明日香は今なお眠っている春樹の顔をじっと見つめる。


「ぼくははるくんのことを……」


“一体どう思っているのだろうか?”

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