第8話 恋のライバルの邪魔をして何がいけないんですか?①

 明日香が転入してから翌日の朝。

 ベッドで眠りこけていると、誰かに体を揺さぶられるような感覚がした。

 ――ん? 誰だ? 親父か?


「……きて。……朝だよ……」


 微かに声が聞こえる。

 俺は重たい瞼を上げ、目を覚ます。


「……」

「おはようはるくん。朝だよ」


 一番最初に目に映り込んできたのは白い天井ではなく、幼なじみである明日香の顔だった。

 ――なんだ明日香か……。ん? 明日香?!


「え?!」


 俺は思わず飛び起きてしまう。

 寝起きということもあり、頭がぼーっとしていた。なんで明日香が俺の家に、しかも部屋にいるんだよ?!


「やっと起きたね。朝食の準備はできているから早く顔を洗いに行ったらどうだい?」


 そう言って、俺の部屋から何事もなかったかのように出て行こうとする明日香。


「ちょ、ちょっと待て!」

「ん? どうしたんだい?」


 明日香がドアの前で足を止めると振り返る。


「どうしたも何もなんで明日香が家の中にいんだよ!?」

「なんでって、今朝はるくんのお父様に引っ越しのご挨拶をしようかと思って、訪ねたんだよ。そしたらはるくんのお父様がなんなら上がって行きなさいっておっしゃったものだからつい、お邪魔させてもらったんだ」


 あのクソ親父め……俺が寝ている間になんちゅうことを!


「大体は理解したが、親父は?」

「お父様ならさきほど出ていかれたよ。早朝から仕事があるからって」


 絶対にウソだ。昨日が残業だった場合、翌日は大体昼ごろからの出社になっているはずだから。

 俺は深いため息をつきつつ、ベッドから立ち上がる。


「まぁ……わかった。なんか朝からごめんな? 朝食まで作ってくれたんだよな?」

「ううん、ぼくは別に構わないさ。人の世話は比較的に好きな方だからね」


 そう言うと、明日香は「それじゃあ、リビングの方で待っとくね」と残して、俺の部屋から出ていった。

 ――あのクソ親父は何を考えてるんだよ……。

 そんなことを思いながら、制服に着替え、顔を洗いに部屋を出て洗面所へと向かった。



 家を出て、学校へと登校する。

 いつもなら何気ない朝の風景が今日は違い、殺伐とした感じになっていた。

 あらゆる方向から鋭い視線が突き刺さる(主に男子)。

 明日香と一緒に登校するだけでこうなってしまうとは……。正直もう帰りたい……。

 奈々と再会した時も多少なりこういうような状況にはなったけど、兄妹ということが周知していくにつれ、だんだんと無くなっていった。

 が、今回ばかしは無理だろう。ただの幼なじみと言ったら言ったで、羨ましがられ、さらに妬まれるし、何もないと言っても結果的には同じだ。

 これが一体いつまで続くやら……。そして、状況が落ち着いた頃、俺は果たして肉体的、精神的に生きているのだろうか。……ちょっと不安だ。


「どうしたんだい? そんなどんよりとした顔をして。もしかして具合でも悪いのかい?」


 俺の異変に気がついたらしい明日香が話しかけてきた。

 中学の頃であれば、ほとんどの人が俺たちの関係が幼なじみ止まりということを知っていたからこれほどまでに周りから睨まれることはなかったけど、改めてこんな状況になってしまうと気持ち的にも到底晴れやしない。


「まぁ……具合が悪いってわけじゃないけどさ……」


 本当のことを言おうかどうか直前まで迷ったが、結局言葉を濁した。

 明日香本人にこの俺が置かれている状況を話したところでどうしようもないだろうし、誰も悪くはない。ただ俺と明日香が一緒に登校しているところを羨ましがった男子たちが睨んでいるだけだ。気にしなければいいだけのこと。

 明日香は心配そうな顔をしつつ、俺の顔をじっと見つめる。


「とりあえず具合が悪いときは遠慮なくぼくに言って欲しい。そしたら学校に到着したと同時に保健室に連れていってあげるからさ」


 明日香は優しくにこっと微笑む。

 クソッ。なんて天使すぎる笑顔なんだ! もしかすると、明日香の微笑みには治癒力があったりするかもしれない。


「それにしてもまたこうして一緒に登校できてぼくはすっごく嬉しいし、幸せだよ。ありがとね、はるくん」


 明日香は視線を前に戻しながらそう言った。


「あ、ああ……」


 そう言われてしまうと、男である俺ですら少々照れてしまう。

 並大抵な男であれば、速攻で堕ちていたかもしれない。

 学校までの道のりはまだ少しある。それまでは鋭い視線を感じつつ、明日香と久しぶりな登校に浸っていようと思う。



 学校が終わった放課後。いつも友だちと一緒に帰っているはずの菜々がカバンを手に、俺のところに近寄ってきた。


「今日は友だちと帰らないのか?」


 俺は奈々に目もくれず、カバンの中に筆記用具や教科書類を詰めながらそう訊ねた。


「はい! お兄ちゃんと一緒に帰ろうと思いまして」

「そうか。でも、俺ちょっと遅くなるぞ?」

「え? どうしてですか?」


 帰りの準備が済んだところで奈々の方に視線を向ける。


「今から明日香を案内しなくちゃいけないんだ。主に部活とかね」

「そうなんですか?」


 菜々がそう言うと、俺の代わりに隣の席にいる明日香が答える。


「ああ、ぼくも一応部活動は嗜んだ方がいいかなと思ってね。どういう部活があるのか今から紹介してもらうのさ」

「ぜひ私もお手伝いしますっ! いいえ、むしろさせてくださいっ!」


 いきなり菜々がものすごい勢いで食いついた。

 鼻息をフーフー言わせながら、目をキラキラと輝かせている。

 ――さては何か企んでいるな?

 何が目的なのかわからないが、とりあえず奈々も協力してくれそうな辺り、非常にありがたい。

 正直女子だけの部活とかはどうしようかなと悩んでいたところだった。男である俺が女子部員に近づいていいものなのかとか……別に俺は変態などではないが、万が一そう見られてしまった時がね? ちょっと困るところがある。


「う、うん。なーちゃんが協力してくれるのならぼくとしても非常に助かるところではあるけど……」


 奈々の食いつきぶりに少し引いてしまっている明日香。


「では、さっそく行きましょっ!」

「え?! あ、ちょ、ちょっと!」


 奈々は明日香の白くて細い腕をがっしりと掴むと、引きずるような形で教室をものすごい勢いで飛び出していった。

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