第7話 お兄ちゃんの幼なじみに嫉妬してはいけませんか?③

 屋上から教室に戻ってくると、明日香は誰かを待っているかのように自分の席で読書をしていた。

 廊下は相変わらずと言っていいのか、学年を問わず男子たちが群がっている。

 ただ、あまりの美しさのせいか誰も話しかけようとはせず、時折「お前話しかけてこいよ」「いや、お前が行けよ」みたいな会話も聞こえてくるくらいだ。

 俺は自分の席について帰りの準備に取り掛かる。


「はるくん随分と遅かったじゃないか。一体どこに言ってたんだい?」


 文庫本に視線を落としながら明日香が問いかけてきた。


「まぁちょっと用事があってな」

「そうか。ぼくは結構待ちくたびれたよ。早く準備を終わらせて一緒に帰ろうじゃないか」

「ああ、そうだな……って、は?」


 思わず、明日香の方に振り向いてしまった。

 明日香はなおも文庫本に視線を落としたまま、何事もなかったかのように口を開く。


「どうしたんだい? 久しぶりに一緒に帰ろうと言ってるだが?」

「いや、それはわかってるけど……別に一緒に帰らなくたっていいんじゃないか? そもそも家どこだよ」

「はるくんの隣だけど?」

「…………は?」


 意味がわからない。俺ん家の隣? 余計にわからない!


「はるくんの隣だけど?」

「二回言わなくてもちゃんと聞き取れてるから! それよりなんで俺の家を知ってるんだよ! 明日香にはまだ教えたこともなかっただろ!?」


 住所すら教えてもいないのになんで……?

 俺の額や背中からは得体の知れない冷や汗でびっしょり。

 明日香はやっと文庫本をパタンッと閉じると、俺の方に視線を向ける。


「そんなの決まってるじゃないか。探偵を雇って住所を特定してもらったのさ」


 何気ない感じで言って、にこっと微笑む明日香。

 ――怖いよ! 普通にホラー並みに怖いからね!?

 で、でも隣には若い女性が住んでいたような気がするんだけど……。

 明日香は俺の考えていることを読み取ったかのように続けて口を開く。


「あ、ちなみにはるくんの隣に住んでいた女性の方には了承の上で部屋を明け渡してもらったよ。いやー、あの部屋はなかなかいいね! とっても過ごしやすいよ」

「な、なんでそこまでする必要があるんだ? 別に俺と同じマンションじゃなくてもよかっただろ?」


 そう言うと、明日香の表情が一瞬にして曇ってしまった。


「一緒じゃなきゃダメなんだよ……」

「……え?」

「ぼくはまたはるくんと一緒に学校へ登校したい……。そのために家が隣じゃきゃダメなんだ。それにいくらお金がかかろうが構わない。君と一緒にいられるのなら、ね……」

「……」


 俺は何も言い返すことができなかった……いいや、正しくは言葉に詰まってしまったと言う方がいいのかもしれない。

 まるで告白みたいなことを言われ、俺はただただ呆然とすることしかできなかった。


「なーんてねっ! ぼくはただあの部屋が気に入っただけだよ。探偵を雇ってはるくんの家を探してもらったことは事実だけど、もし部屋自体が気に入らなければ、他の物件を探していたさ」


 明日香はどこか寂しそうな笑顔を見せると、俺の手を掴んで立ち上がる。


「ほら、早く帰ろうじゃないか。時間がどんどんと過ぎていって遅くなってしまうぞ?」

「お、おい!」


 俺は明日香に手を引かれながら、男子が群がる廊下を突き進んでいった。

 それにしても視線が痛いなぁ……。

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