第7話 お兄ちゃんの幼なじみに嫉妬してはいけませんか?②

 昼休みに入った。

 正直、午前の授業はほとんど頭の中に残っていない。

 授業中、隣を見るや美少女へと育ってしまった幼なじみがいるし、しかも何気にいい匂いを漂わせてくるし、こんな状況で集中なんて……ははは。

 そんなこんなでただいま自分の席にて昼食である弁当を食べているのだが……


「これって全部手作りなのかい?」


 机をくっつけて隣で弁当を食べている明日香が覗き込んでくる。

 ちなみに奈々も今日はなぜか俺の席にて対面側でサンドウィッチをはむはむしながら不満そうな目で明日香をじーっと見つめていた。最近は友だちと一緒に食べることが多くなっていたのにどうしてなんだろうか?


「ま、まぁな……」


 それにしても顔が近過ぎてヤバい!

 よくよく見ると、本当に透き通るような白い肌してんだな。もはや宝石レベルじゃねーの?


「あっ! そうだ! いい機会だし、ぼくの弁当と交換してみないかい? 一応ぼくも毎朝自分で作ってるんだ」


 明日香がパンッと手を叩いてそう提案してきた。


「なっ?! そ、それはダメですっ! 大体、三宮さんのは完全に食べかけじゃないですかっ!」


 俺の代わりと言ってはなんだが、奈々がその提案に対し、反論する。

 たしかにご飯を少しかじったくらいではあるが、食べかけであることには変わりない。

 だが、明日香はなんとも思っていないような澄まし顔で言う。


「別にいいじゃないか。ぼくとはるくんは幼なじみなわけだし」

「そ、それがダメなんですっ! そんなことしたらか、かかか関節キスになるじゃないですかっ!」


 奈々は顔を真っ赤にする。


「? ぼくは気にしないけどなぁ……関節キスなんて。そんなこと言ったら日常生活においての間接キスは当たり前に行われているんじゃないかい? 例えば、飲食店で提供されている飲み物のグラスや箸、スプーン、フォークなどは不特定多数の人が使ったものであって、ぼくたちは普通にそれを使っているじゃないか。なーちゃんは違うかい?」

「そ、それは……そうですけど! だけど、一回洗っているものじゃないですか!」

「洗ったものだからと言って、間接キスにはならないと?」

「そうですっ! そもそも間接キスというのは何かの食べ物やモノを介して、相手のだ、唾液を口内に含んでしまうことを言うんですっ!」


 奈々の顔から湯気が出ているように見えるのは気のせいだろうか?

 一方で明日香はなおも平然としている。


「そう言うのであれば、洗っても関節キスにはならないとは言い難いんじゃないか? 洗ったとしてももしかしたら微量ではあるが、相手の唾液に含まれている細胞とか付着している可能性だってあるわけだし……」

「そ、そんなことはあり得ませんっ! 絶対に交換すると言うのであれば、ご飯の部分だけ私が食べますっ!」


 そう言うと、奈々は明日香の弁当を奪い取ると、自分の箸を使って、ご飯をバクバクと食べ始めた。


「お、おい……。あまり無理するなよ? てか、最初から明日香が食べた部分だけを取り除けばいいだけの話じゃないのか?」


 そう言った途端、奈々の箸がピタッと止まった。


「ぼくもそのつもりだったんだけど、なーちゃんがやけに間接キスがどうとかいい出してきたからね……。つい熱くなってしまったよ」


 明日香はクスリと面白おかしく微笑みながら、俺の弁当を食べている。


「それよりはるくんの弁当すごく美味しいよ! こんなもの作れるなんてさすがだね!」

「そ、そうか?」


 美少女に自分の手料理を褒められるとなんだかめちゃくちゃ嬉しいなぁ。


「お、お兄ちゃん……」


 奈々が明日香の弁当を差し出してきた。ついでになぜか自分の弁当も。


「ちょ、ちょっともうお腹いっぱいなんで食べてください……ゲフ」

「あ、ああ……それはいいけど、大丈夫か?」


 奈々はもともとから小食である。それなのにご飯をあれだけ爆食いすれば、お腹もキツくなってくるだろう。


「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきます……ゲフ」


 奈々は青ざめた顔をしつつ、口元とお腹を押さえながら教室を出て行った。

 ――本当に大丈夫か?



 放課後がやってきたところで俺は屋上にいた。

 肌を優しくかすめるような微風が吹き、頭上からじりじりとした暑さを感じながら、俺は一人の男の前へと立つ。


「それで話ってなんだよこんな暑い時に……」


 今日は各地で夏日を観測している。まだ六月に入る手前とはいえ、もうそろそろ夏を感じざるにはいられない。

 そんな中で一人の男……豊が俺のことをキッと睨み付ける。


「なんで春樹のところだけ美少女が寄り付くんだよ……」

「は?」

「俺はモテるためにバンド部に入って、毎日やりたくもねぇバンドをやっていると言うのによぉ! 何もしていない春樹がモテモテだなんて……あんまりじゃねぇーか!」

「知らねぇーよ!」


 てか、バンド部そんなに嫌だったのかよ……。

 豊は涙目になりながら膝から崩れ落ちる。


「な? 一生のお願いだ! モテる秘訣を教えてくれよ! 俺たち友だちだろ!?」


 そう言いつつ、豊は俺の腰元に腕を回し、抱きついてくる。


「は、離れろ! とりあえず一旦離れろ! 暑いから!」


 俺は豊を引き剥がそうとするも、がっちりホールドされていてなかなか離れてくれない。


「そんなこと言わないでさぁ……教えてくれよぉ〜」

「そう言われても困るんだよ! 別に何もしてないんだから!」

「嘘だ! 絶対に嘘だ! 何もしてないやつがモテるはずがないッ!」

「いや、そもそも俺モテモテでもなんでもないぞ?」

「は?」


 豊が目を丸くして、顔を上げた。


「なんか……何言ってんだ? みたいな顔してるけど、本当に俺はモテてもない。奈々に関しては兄妹でノーカンだし、明日香はただの幼なじみなだけだし」

「じゃ、じゃあ、委員長の冬井さんとはどうなんだよ? 仲良さそうにしてただろ?」

「仲は……まぁそれなりと言った感じだけど、ただの学級委員長と副委員長という関係だけであって、それ以外の交流はまったくない」

「ほ、本当にか……?」

「ああ、神に誓ってでも言える。あいつらが俺のことを好きなわけがない!」

「そ、そうか……」


 やっと離れたかと思いきや、豊はすっとその場で立ち上がる。

 表情には若干笑みが溢れていた。


「なんでそんなに嬉しそうな表情をしてんだよ……」

「あ? してるわけないだろ!」


 と言って、背中をばしばし叩いてくるが、絶対に俺の不幸を喜んでいやがるっ!


「それよりバンド部が嫌だとか言ってなかったか? 嫌だったらやめればいいじゃん」

「やめられるんだったらとっくにやめてるわ! 先輩たちが意外にも怖くてなかなかやめられないんだよ!」

「それはご愁傷様だな……」


 ブラック企業ならぬプラック部活てか。

 そう考えると、あの時入らなくて本当に良かったとつくづく思ってしまった。


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