第7話 お兄ちゃんの幼なじみに嫉妬してはいけませんか?①
幼なじみ。
国語辞典などでその言葉を調べると、「幼い頃に親しくしていた友だち」と出てくる。
一見、辞典で出てきた通りに思えなくもないが、実際はそれだけじゃない。幼なじみというのは何より友情や絆など互いを完全に信頼しきった存在……すなわち家族に近しい者のことを言う。
いくら酷いケンカをしても、いつの間にか仲直りしていることは珍しくもなく、なんだかんだ言って、いつも一緒。幼なじみというのは切っても切れない腐れ縁みたいなものだ。
実はというと、こんな俺にも幼なじみが存在している。
その子とは俺が引っ越したことをきっかけに別れてしまったけど、元気に過ごしているだろうか? またいつか会えるといいなぁ……。
そう思っていた矢先の出来事であった。
俺の幼なじみがいきなり転入してきたのは……。
朝のHR後の休み時間。
俺たちのクラス前の廊下にはたくさんの人だかりができていた。
主に男子が多く、同学年のみならず上級生までちらほらと見受けられる。
「あの転入生めちゃくちゃ可愛いなぁ……」
「いいなぁ……。俺もこのクラスがよかった……」
「あと二年遅く生まれていれば、もしかしたら同じクラスに……クソッ!」
廊下の方ではさまざまな声が聞こえてくる中で、誰かが言っていた通り、今日このクラスには転入生がやってきた。
長くて綺麗な銀髪に透き通るように白い肌。目は碧眼で顔はめちゃくちゃ整っている。まるで二次元の世界から飛び出してきたような美少女……
「久しぶりだね。はるくん」
そして、今その話題の転入生は俺の席のところにいた。ついでに妹である奈々も。
「お兄ちゃん! この女誰なんですか?!」
「誰って、さっきのHRで自己紹介してただろ?」
「そういう意味じゃありませんっ! 私が聞きたいのはこの女とどういう関係なのかを知りたいんですっ!」
「どういうって、まぁ……幼なじみで昔、結構一緒に遊んでた子なんだけど……奈々も知っていると思うぞ? 何度か一緒に遊んだことがあったと思うし……な?」
俺は明日香に肯定を求める。
「そうだね。ぼくも小さい頃になーちゃんと一緒に遊んだことはあるよ?」
「な、なーちゃん?」
奈々が首を傾げる。
「昔ぼくが呼んでたあだ名さ。もしかしてこれも覚えてないのかい?」
「まったく覚えてないです……」
「まぁ覚えてなくても仕方がないんじゃないか? 遊んだことがあるって言っても数回程度だし、しかも小学校低学年の時だったと思うしな」
人間の記憶力というものはほとんどの場合、忘れてしまうことが多い。覚えているものとしてはとても印象的に残ったもの、短期記憶から長期記憶に移り変わったものくらいだ。
「それより、久しぶりって言っても二ヶ月ぶりだろ?」
俺がこの学校に進学すると同時に引っ越したから、そこまで久しぶりという感じがしない。
「そうだけど……ぼくからしてみれば、二ヶ月は相当長かったんだから……」
「ん? 最後なんて言った?」
廊下の方がうるさ過ぎてあまり聞き取れなかった。
「な、なんでもないよ!」
明日香は頬を赤く染めながらそう言うと、俯いてしまった。
「そうか。ならいいけど……」
二ヶ月ぶりとはいえ、幼なじみである明日香と会話をするのはなんというか……気恥ずかしい部分がある。
上手く説明はできないけど。
「そ、そういえば、よくここに転入することを親御さん認めてくれたな。前の学校の方が偏差値的にも高かっただろ?」
たしか県で一番偏差値が高かったような気がする。
普通の親だったらよっぽどのことがない限り許してくれないと思うし、明日香のご両親は共に会社経営をしている。つまりお嬢様というわけだ。
「ま、まぁちょっといろいろとあってね。説得の末に許してもらえたというか……」
「そうか。でも、また一緒になれて嬉しいよ」
「そ、そうかい? それならぼくとしてもわざわざ転入した甲斐があったよ……」
明日香は長くて綺麗な銀髪を指でくるくると弄ぶ。
「ちょっといいですか?」
「ん? どうした奈々?」
それまで黙っていた奈々が小さく手を上げた。
「その銀髪といい、青い瞳といい……気になってたんですけど、もしかしてハーフなんですか?」
そう聞かれた明日香は弄んでいた銀髪をさっと下ろす。
「そうだよ。ぼくの父がスウェーデン人で母が日本人。一応向こうの言語も喋れることもできるけど、心は生粋の日本人さ。なにせぼくは生まれてからこの方までずっと日本育ちだからね」
「そうだったんですね……ぐぬ、ぐぬぬ……銀髪に青い瞳なんて、なんと羨ましい……」
奈々が悔しそうに歯噛みをする。
「そうかい? ぼくからしてみれば、なーちゃんのような黒髪の方が憧れるんだけどな。着物とか着ると、やっぱり銀髪は浮いてしまうからね」
「そういうものなんですか? 逆にそれはそれでありのような気も……」
「いやいや、着物は黒髪の日本人が着るに限るよ。その方が美しさも倍増するからね」
「なら、黒に染めればいいじゃないですか」
「うーん……そうしたいんだけどね。染めたらすぐに色が抜けちゃうし、それに黒髪に青い瞳ってなんかおかしいと思わないかい?」
そう言われ、少しばかり想像してみる。
うーん……。
言われてみればおかしいような気がする。
銀髪で碧眼という完璧なプロポーションでもやはり苦労することはあるんだな。
今なお廊下にはギャラリーが多く、出ることすらままならない。
この状態がいつまで続いてしまうのだろうか……。
そう思った時、休み時間が終了するチャイムが鳴り響いた。
☆
一限目の授業時間。
明日香の席は、なぜか俺の隣になっており、教科書がまだないということもあって、机をくっつけていた。
俺の隣といえば、メガネで三つ編みのおさげをしていた地味っ子だったような気がするが、その子は先ほど明日香が座っていた席についている。
「おい、なんで明日香が俺の隣になってるんだよ」
俺は小声で明日香に訊ねた。
「さっき担任の先生に直談判したんだよ。やっぱり転入初日ともなると、見知らぬ相手と一つの教科書を見るなんて気が重いだろ? だからいっそのこと席ごと変えてくれないかってね」
「それで席変えてもらえるってありかよ……」
「あ、一応言っておくけど、はるくんが席変えてくださいって直談判しても断られるからね? これはぼくの力あってこそできることだから」
「一体うちの担任に何をしたんだよ……」
俺は思わずため息が漏れてしまった。
明日香は昔から先生たちを手名付けるのが妙に上手い。もはや賄賂とかでも渡してんじゃないだろうかと疑ってしまいたくもなるが、真相は闇の中である。
「そういや、入学試験の結果聞いたぞ。全教科満点だったらしいな」
これも美少女が転入してきたと同じく噂になって流れてきたことだ。
「まぁね。ぼくは昔から成績だけが取り柄だったから」
「成績だけじゃないと思うけどな……」
この完璧すぎる容姿に頭脳もいいとかもう才色兼備の権化である。
「そうかい?」
「あ、ああ、み、見た目も結構いいと思うしな……」
そう言うと、明日香の白い頬が赤く染まった。
「か、からかうのはよしたまえ。冗談で言われてることくらいはわかっている……」
「か、からかってないし、冗談でもない。実際にさっきだって廊下見ただろ? 明日香をひと目見ようとあれだけの男子が押し寄せたんだ」
「あ、あれは……なーちゃんじゃないのかい?」
「入学して一ヶ月半だぞ? 今だにあれだけの数が見にくると思うか?」
そう言うと、明日香は一瞬
「……と、とにかくこの話はおしまいだ。授業に集中するぞ」
明日香の顔はさらに赤くなっていて、時折こもった熱を放出しようと制服の胸元を摘んでぱたぱたと仰ぐ。その度に胸ちらを連発させるからもう……最高だけど最悪だ。ある意味で授業に集中できねぇ! おまけにいい匂いするしな。
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