第5話 冬井さんってどんな人か気になりませんか?③
誰もいなくなった教室からカバンを手に取り、靴箱に向かうと、校舎前に奈々の姿を発見した。
俺は上履きから靴に履き替えると、奈々のもとに向かい、声をかける。
「何してんだよ、こんな時間に……」
すると、奈々はゆっくりとこちらの方に振り返る。
「ちょっとお兄ちゃんに今朝のことを謝りたくて……」
「それでこんな時間まで待っててくれたのか……。なら、別に教室でもよかっただろ。ここだと少し辛くないか?」
「うん、そう思ったんだけど……外で待っていた方がなんというか、忠犬ハチ公みたいな感じでいいかなって……」
「ははは。ハチ公ね……」
思わず乾いた笑い声が出てしまった。
もはや奈々が何を言いたいのかすらわからない。犬がハチ公みたいに待っててくれたのなら、申し訳ないという気持ちと同時に偉いねってなるけど、人間がハチ公みたいなことをされてもただただ申し訳なさしかないし、人によっては気味悪がられる。
「と、とりあえず今日の朝はごめんなさいでした。お兄ちゃんに恥をかかせるなんて妹として失格です」
奈々は深々と頭を下げた。
「いや、そのことはもういいし、頭を下げられるようなことでもないから!」
俺はなんとかして頭を上げさせようとするが、それを奈々は拒む。
「いいえ、これじゃ足りないくらいです。今まで私はお兄ちゃんに散々なご迷惑をかけてまいりました。つきましては妹をやめさせていただきたいんです」
「……は? 妹をやめる?」
やっと頭を上げた奈々が、真剣な表情で頷いて見せる。
「はい、私にはお兄ちゃんの妹を名乗る資格はもうないと思っています」
「いやいや、そういう資格なんて最初からないと思うが……」
「いいえ、あります! 全日本妹協会の会員である以上そのルールを守らなくてはなりません!」
……ん? 全日本妹協会?
何その意味不明な協会……。本当にあるのか?
「なのでお兄ちゃん。今日で私たちの兄妹という関係は終わりです。長かったようで短かったですが、今までお世話になりました」
奈々は軽く頭を下げる。
「奈々、一ついいか?」
「はい……なんでしょうか?」
「本当の目的はなんだ?」
「本当の目的ですか? 別にないですよ。兄妹という縛りをなくすことによって、これからは堂々とお兄ちゃんのことを襲うことができるとか別に考えてないです」
「……そういうことか」
要するに兄妹じゃなくなれば、一線を超えられるとでも思ったのだろう。
「奈々、知ってるか? 兄妹というのはな、切っても切れない縁なんだよ。例え、奈々が今日から兄妹じゃないと発言しても戸籍上では俺と奈々は兄妹。つまり法律上では血縁関係にあって、結婚は認められないんだよ」
「……え? う、うそ……ですよね?」
奈々が明らかに動揺している。
――マジでそう思ってたのかよ……。
高校生にもなれば、この辺りはもう誰もが知る常識と思っていたんだが。
「うそじゃない。実際にスマホでも調べれば分かることだ。奈々、残念だったな」
「ちょ、ちょっと待ってください! そのことについてはわかりました。で、でもそうなったら兄妹の縁を切るというのはなしになりますよね? ね!」
奈々が涙目になりながら、俺の胸倉を掴んで揺さぶってきた。
「ちょ、ちょっ! 少し落ち着け! 頭にくるから!」
「うそだと言ってくださいっ! じゃないと私やめませんよ!」
「わ、わかったから! 奈々との縁は切らないから!」
やっと胸倉を解放されたところで俺は膝に手をつく。
――うー。ちょっと気持ち悪いなぁ。
というか、もともとは奈々が言い出したことだろ……。
少し落ち着いたところで上体を元に戻す。
「今度から変なことをしようとか考えるなよ?」
「……うん」
奈々は目に溜まった涙を拭うと、俺の制服の裾をきゅっと掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます