第5話 冬井さんってどんな人か気になりませんか?②

 昼休み。

 奈々は珍しく友だちと一緒に食べるということだったので、久しぶりに豊と食べることになった。

 二つの机を向かい合わせにして対面になるような形で座る。


「そういえば、朝の茶番劇は凄かったなぁ〜」


 豊が弁当をつつきながらそう話す。

 別に茶番劇ではないにしろ、他の人たちから見れば、そうなってしまうのだろう。


「相変わらず春樹が可哀想に見えてくるな」

「それってどういう意味だよ」

「そのまんまの意味。あんなに可愛い汐留さんが妹となると、男としては悔しいと思わないか? もし兄妹という絶対的な縛りがなければ、彼女にできたし、あんなことやこんなこともできたというのによ」


 豊の考え方としてはやはりそっち方面らしい。

 でも、豊が考えていることもわからなくはない。あんな美少女に言い寄られては、男として我慢できない部分ももちろんあるし、なんで兄妹なんだよと運命を恨んでことも多少なりある。

 だが、妹である以上は奈々を妹として扱わなければならない。決して卑猥な目で見ては兄としての尊厳が失われてしまう。


「まぁ考え方は人それぞれだからな。豊がそう思うのであれば、そう思えばいいさ」

「お? なんかいつもより反応が違くないか?」

「そうか? 俺はいつも通りだと思うけどな」


 そう言いつつ、俺も弁当の中身をつつく。

 今日の出汁巻き卵は結構綺麗にできていて美味い。


「ところで一つ気になることがあるんだけどいいか?」

「ん? まだなんかあるのか?」

「いや、さっきから委員長がこっちを見てるんだけど……。特に春樹のことを……」

「何を言ってんだよ。そんなわけないだろ」


 と、言いつつ半信半疑で冬井さんの方に視線を向ける。


「っ?!」


 俺は瞬時に視線を元に戻した。

 ガッツリ俺のことを見ている……。しかも今視線合ったよな?

 もう一度恐る恐る視線を向けると、やはり合ってしまった。

 俺と冬井さんの視線がぶつかり合う。

 しかし、冬井さんは動じることもなく、俺のことを見つめたまま弁当の中身をパクパクと食べている。


「春樹……。悪いことは言わねぇーが、何かやらかしたんじゃないか?」

「いや、そんなはずは……たぶんないはず、だけど……」


 絶対とは言い切れなかった。その確証がないからだ。

 豊はどこか訝しげな目をしつつ、俺に忠告をする。


「何かあってからじゃ遅いからな? 俺もバンド部の活動とかで昼休み、放課後とあまり時間が取れねぇーけど、相談できることがあるんだったら遠慮なくしろよ? 俺たち友だちなんだからさ」

「豊……」


 お前って、結構いいやつだったんだな! なんか感動してきちゃったよ。


「あ、ただし、相談料として自販機の飲み物一本な!」

「……」


 やっぱりさっきのは撤回。俺の感動を返せッ!


「まぁ俺が言えることといえば、早いとこ謝っとけくらいだ。何が理由でそうなったかは知らねぇーが、一応謝ればなんとかなるだろ」

「そんな適当な……」


 

 すべての授業を終えた放課後。

 俺は特別棟の一階にある多目的室にて、委員会の会議に参加していた。

 昨日も会議ではあったが、規定時間内になかなか方針が決まらなかったということもあり、こうして二回目を開いているのだが……相変わらず何言っているのかわからねぇ。あっちこっちから横文字が飛び交い、俺の頭の中はちんぷんかんぷんになっていた。

 委員会の会議ということはもちろん冬井さんも参加しており、意見を求められたらスラスラと答える。

 やっぱりここは俺のいるべき場所じゃないことを悟りながらもなんとか方向性は決まり、本日の委員会は幕を閉じた。

 参加者が全員多目的室から出ていった後、冬井さんも帰ろうとしたところで声をかける。


「あ、あの、冬井さん!」


 すると冬井さんは扉の前で立ち止まり、こちらに振り返る。


「……なんですか?」


 無表情のせいなのか、少し威圧を感じてしまう。


「ちょっと話があるんだけど……時間ってあります?」

「多少であれば大丈夫ですが……」

「そ、そうなんだ。じゃあ、さっそく本題に入るんだけどいい?」

「……どうぞ」

「今日の昼休み、俺のことを見てたよね?」


 冬井さんの手が若干ぴくっと反応したように見えた。

 先ほどとは違い、すぐに答えることはなく、どのくらいか俺を確かめるような目で見つめている。

 やがて何を思ってなのか、小さなため息をつく。


「たしかに見てました。けど、それがどうかしたんですか?」

「どうかというよりもなんで見てたのかなっと気になって……」

「別に深い意味はないです」

「そ、そうかそれならいいんだけど……」

「ただ高宮くんと仲がいいんだなぁと思っただけです。もしかしてホモ……サピエンスですか?」

「……今絶対わざと間違えたよね? ホモ・サピエンスって人間のことだからね? それと一応言っておくけど、豊とはそういうような関係じゃないから」


 冬井さんはきょとんと首を傾げる。もう素で間違ったのかどうかすら分からなくなってきた。たぶんだけど、ホモと言いたかったんだろう。


「まぁどちらでもいいです。私はそろそろ用事があるので失礼します」

「え、まだ話は――」


 バタンッ。

 冬井さんはそそくさと多目的室から出ると、容赦なくすぐに扉を閉めてしまった。

 結局、なんで俺のことを見ていたのかは謎ではあったけど、見る感じだと怒っているようにはどうしても見えない。

 そうなってくると、別の理由……?

 いや、気にしたところでどうでもいいことに違いない。そもそも冬井さんのことなんてほとんど知らないも同然だしな。

 ギリギリ知り合いという関係の相手を気にしても時間と労力のムダだ。


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