第5話 冬井さんってどんな人か気になりませんか?①
入学して初めての委員会活動が放課後にて行われていた。
特別棟の一階にて長机が四角のように並べられ、黒板の方には学級委員会の会長と思しきメガネをかけた知的な男子と副会長らしい賢そうな女子が座っている。周りにはいかにもエリートという出立をした男女が席につき、議題に対して、質疑応答が繰り広げられていた。
――ここ、絶対に場違いだよな?
そう思ってしまうのも仕方がない。別に俺は頭がいいというわけではないし、委員長である冬井雪によって選出された。
やりたくて選んだわけでもなければ、指名され、無理やりやらされているのも同然。
頭が痛くなるほど難しい言葉が飛び交い、ようやく終わったところで席を立つ。
相変わらずだが、隣に座っている冬井さんは無表情。話し合いの際も何食わぬ顔をしながらその場をじっと眺め、指名された際は淡々と答える。話を聞いてなさそうで、実はちゃんと聞いているところがちょっと驚きだ。
二時間ほどにも及ぶ話し合いはひとまず幕を閉じる。
「お疲れ様。じゃあ、俺はそろそろ帰るね」
そう言って、その場を離れようとした時、制服の袖を掴まれた。
「あ、あの上石くん……」
俺は呼び止められ、冬井さんの方に視線を向ける。
冬井さんは変わらずも無表情で感情を読むことができない。
「少し話したいことがあるです……。この後時間あるですか?」
「え? あ、うん……」
「では、校舎の屋上で待ってます」
冬井さんは俺の裾から手を離すと、席から立ち上がって、軽く一礼してから多目的室を出て行ってしまった。
――一体なんの話があるって言うんだろうか……。
気になりつつ、俺も数分遅れで多目的室を後にした。
☆
屋上に向かうと、冬井さんの姿は鉄柵の方にあった。
俺はその背中に躊躇いがちになりながらも声をかける。
「ふ、冬井さん?」
鉄柵の向こう側を眺めていたらしい冬井さんが身体をくるっと半転させる。
「来てくれたのですね」
「え、えーっと……呼ばれたからね」
相変わらず表情に変化が見えない。
俺は少し戸惑いつつも、さっそく話の本題を切り出した。
「それで話っていうのは……?」
夕刻どきの少し強い風が吹く。
その瞬間、冬井さんの髪がさらさらとなびき、その美しさについ見入ってしまう。
そうとも知らない冬井さんは乱れた髪を片手で直しつつ、ゆっくりと口を開いた。
「妹さんとはどういう関係ですか?」
「……え?」
質問の趣旨がまったく頭の中に入ってこなかった。
一体どういう意味で聞いているのだろうか……。
声のトーンもいつも通りだし、表情にもほとんど変化が見られないため心内が全然読めない。
「ふ、普通の兄妹……だけど?」
俺はそう答えることしかできなかった。
というか、事実上そうだし、奈々とは兄妹以外の関係なんて存在しない。
冬井さんはどのくらいか俺を澄んだ眼差しでまじまじと見つめた後、再び質問を繰り出す。
「本当にただの兄妹で間違いないんですか?」
「あ、ああ……」
「……そうですか。わかりました」
冬井さんは俺の横を通り過ぎる。
屋上から出ていく間際、俺は冬井さんに声をかけた。
「今の質問ってどういう意味だったんだ?」
すると、冬井さんはその場で足を止める。
「そのままの意味です。上石くんと汐留さんが兄妹にしてはあまりにも仲が良すぎなのでつい質問してしまっただけです。学級の副委員長として妹と関係をもたれてしまっては、私としても立場上困りますので。ですが、上石くんの口から直接聞くことができてよかったです。その反応ですと、本当に兄妹以上の関係はなさそうですね。もし気を悪くさせてしまったのなら謝ります。申し訳ございませんでした」
冬井さんは一方的にそう告げると、早々と屋上から出て行ってしまった。
もっと別の意味が含まれてたんじゃないかとてっきり思ってたんだが、どうやら俺の考えすぎだったらしい。
ポケットからスマホを取り出すと、もうすぐで午後六時。そろそろ帰って夕飯の支度でもしなくちゃな。
☆
翌日。
俺はいつも通り学校に登校したところで奈々に問い詰められていた。
「お兄ちゃん! 昨日の放課後一体何をしてたんですかっ!?」
奈々が俺の机をバンッと叩いたところでクラスメイトたちが「何があったのだろうか?」と一斉に注目し始める。
「別に何もなかったよ。というか、なんで奈々が昨日の放課後の出来事を知ってるんだよ」
「そ、それは……私の友だちから聞いたんです! お兄ちゃんと冬井さんが一緒にいるところを!」
「どこで?」
「どこでって、特別棟の多目的室ですけど……」
「ああ〜……昨日は放課後委員会の会議があったんだよ。その場面を見たんじゃないか?」
「たぶんそうだとは思いますけど……ですが、その後二人とも屋上に行かれたんですよね?」
なんでそんなことまで知ってるんだ?
「ま、まぁ話があるってことで言ったことは認めるけど、別に何かあったというわけではないぞ?」
「本当にそうなんですか? 屋上で露出プレイとかしてないですよねっ!?」
「そんなことするわけないだろ……。そもそも冬井さんとはなんの関係もないんだぞ? ただこのクラスの学級委員長と副委員長という立場的な関係であって、それ以外は何もない。強いていうなら昨日の屋上では、俺と奈々の関係性を聞かれただけだ」
そう答えると、奈々はきょとんとした顔になる。
「私たちの関係ですか? なぜそんなわかり切ったことを聞く必要が……?」
「そうだよな。俺と奈々は誰がどう見ようときょ――」
「カップルに見えますよね! こんなにイチャイチャし合ってるんだから、わざわざ聞くまでもないかと思います」
いや……聞く必要あったわ。
「ちょっと待て。俺と奈々は前から言っているが、兄妹だよな?」
「はいっ! 兄妹でありカップルですっ!」
奈々は目をキラキラとさせながら言う。
「まったく違うぞ? カップルと思っているのはむしろ奈々だけだぞ?」
「えええええええ?!」
奈々の悲鳴にも似た声が教室中に響き渡る。
「お、お兄ちゃん! さすがに冗談がキツすぎるかと思うのですが……」
「俺が冗談で言っているように見えるか? それにこのことは何度も言ってきたかと思うんだけど?」
「あ、あれはすべて冗談かと思ってました……。私の驚いた表情を見て愉しんでいたのかなと……」
「俺はそんなマニアックな性癖なんて持ってねーよ!」
クラス中が少しざわめき出す。
俺は周りの目が気になりつつもコホンと咳払いをする。
「と、とにかくだ。俺と奈々は兄妹であって、それ以上もそれ以外の関係はまったくもってない! これは冗談でも嘘でもなく、本当であって、真実だからな? ……理解したか?」
「……はい」
「じゃあ、もうこの話はおしまいだ。そろそろSHRが始まるから、席に戻った方がいいんじゃないか?」
「そ、そうですね……」
そう言うと、奈々はかなり落ち込んでしまったのか、先ほどの元気はかけらの微塵もなく、とぼとぼと自分の席に戻っていった。
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