第4話 お兄ちゃんの家にお泊まりしてはいけませんか?①
自宅があるマンションにたどり着いた。
俺が住んでいるところは地上四階建てでエレベーターが付いている。
マンションとしては結構小さい部類には入るが、親父と二人暮らしにはちょうどいい広さで室内は三LDK。もちろんこのマンションは購入ではなく、賃貸である。
俺と奈々はエレベーターに乗ると、さっそく三階へと上がる。
そして一番奥にある部屋前に到着したところで俺はポケットから鍵を取り出した。
「念の為に言っておくけど、家にあるものはあまり触らないでくれよ? 親父の仕事道具とか書類とか中にはあるからさ」
俺は奈々にそう忠告しつつ、玄関ドアを開ける。
すると、家の中の灯りが着いていた。奥からは何やら音が聞こえてくる。おそらく何かのテレビ番組だとは思うけど……消し忘れたか?
とりあえず奈々を中に招き入れると、ちょうどリビングの方に誰かが入ってくるのが見えた。
「お、やっと帰ってきたか! まったく遅いぞ。腹減ったからさっそく――って、ええ?!」
そこに現れたのは上下ジャージ姿の親父だった。
親父は奈々の存在に気がつくと、大仰な驚き方をして、腰を抜かす。
「は、はは春樹?! その子ってもしかして……」
「ああ、そのもしかしてだよ。てか、前にも言っただろ? 入学式の時に偶然再会したって」
「そ、そうだったが……い、いきなり連れてくることないだろ!」
「そう言われるとそうなんだけど……お母さんが、ね……」
俺は奈々の方に一旦視線を向ける。
奈々は親父のことを見つめたまま、呆然としていた。
それもそのはず。親父に今日会うとは思ってもいなかっただろうし、一緒に暮らしている俺ですら帰ってくることを知らなかった。
どのくらいかして、俺の視線に気がついた奈々は我に帰ったかのように親父に一礼する。
「お、お久しぶりです。パパ……」
奈々の表情にはわかりやすく不安の色が濃く出ていた。
久しぶりに会う親父に困惑しているのか……。俺もお母さんに会った時、こんな顔してたんだろうな……。
「あ、ああ……」
一方で親父もどういう反応をすればいいのかわからないといった様子だ。
親父と奈々の間で気まずい空気が流れ始める。
「あ、あいつは元気か……?」
あいつとはお母さんのことだろう。
「はい……とても元気にしてます」
「それは何よりだ……」
お母さんとは違い、親父はどこか弱々しくそう答えた。
――やはりこの二人の間には何かあるな……。
そう親父とお母さんのことを勘ぐりつつ、ひとまずの再会劇は終わった。
☆
夕食を適当に済ませた後。
親父は耐えられなくなったのか、用事があると言って、家を出て行ってしまった。
先ほどの夕食時といい、親父と奈々はあれ以来ほとんど喋っていない。
二人の様子をちらほらと見ると、互いに少し気になるのか、ちらちらと見てたところはあったから、決して仲が悪いというわけではないけど、約八年も離れていたからなぁ……。
どう話していいのか、何を話せばいいのかわからないんだろう。本当はもっといろいろと話したいことはいっぱいあるだろうに。
親父が家から出て行った後すぐに俺はお風呂へと入った。
髪と体を洗って、湯船にゆったりとくつろぐ。
今日は何かと疲労感が溜まっていて、ちょうどいい湯加減がきもちいい。
少しうとうとしてきたため、そろそろ上がろうかなと思いたった瞬間、洗面所の引き戸が開く音がした。
――奈々か? 歯磨きでもしにきたのか?
そう思ったのだが、何やら様子がおかしい。布が擦れるような音がして、次第に浴室の扉が開かれてしまう。
「お兄ちゃん♡ お待たせしました♡」
「な、ななな何してんだよ?!」
本日二度目の奈々の裸体……ただし、今回は下も丸見え。
俺は瞬時に両手顔を隠した。
――見てはいけない。絶対に見てはいけないんだ!
「なんで顔を隠しちゃうんですか!」
奈々の不満そうな声が聞こえてきた。
「そ、そそそそりゃあ隠すだろ! いきなり入ってきてどういうつもりなんだ!?」
「どういうって……ふふ。私に言わせるプレイなんですね?」
「何がプレイなんだよ……。というか、そういうことか?! 奈々がさっきお風呂を断った理由」
「ご名答です! さすがお兄ちゃん。こうでもしないとお兄ちゃんは裸になってくれないですよね?」
「アホか! と、とにかく俺は上がらせてもらうからな!」
手で顔を隠しているせいで前が見えないが、なんとか風呂から上がったところで洗面所へ避難しようとする。
が……むにゅん。
背中に柔らかいものが二つ当たったと同時に腕を回されて、抱きつかれてしまう。
「ダメですよお兄ちゃん♡ これからが本番なんですから♡」
「何が本番なんだよ! 入浴に本番もあるか! いいから離せ!」
「いーやーでーすっ♡ 事を済ませない限りは離しません!」
なら、力づくで……と、思ったが、意外と力が強い! どれだけもがいても奈々からなかなか逃れることができない。
――ヤバい……このままじゃあ襲われるッ!
奈々はたしかに可愛いし、こんな美少女に言い寄られれば誰もが、襲ってしまうだろう。
だが、これまでは兄妹という事実だけでなんとか理性を保つことができた。
今回もなんとか理性を保ちつつではあるが、果たしてこれがいつまで耐えられるだろうか……。
限界を超えてしまう前で何か弱点……。
俺は一旦顔から手を離すと辺りをきょろきょろと見回す。
奈々は昔から虫が嫌いだったはずだ。でも、家の中に虫なんて……いた?!
ちょうど洗濯機との間にゴキブリのおもちゃが挟まっている。
そういえば、つい最近親父からドッキリみたいなことを仕掛けられたっけな? 洗濯中に頭上からゴキブリが大量に落ちてくるっていうくだらないドッキリ。まぁおかげさまで俺は驚いた拍子に足を滑らして、腰を強打してしまうという軽傷を負ったわけだが、拾い忘れたゴキブリがまさかあるとは……。こればかりには親父に感謝しないといけない。
俺はなんとか足を伸ばしてゴキブリを器用に近くまで移動させる。
「な、奈々! ご、ゴキブリ!」
「え?!」
少し力が緩んだところを見計らって俺は洗面所へと逃げ込む。
そして、ゴキブリを指す。
「〜っ?!」
バタンッ!
声にもならない悲鳴と共に思いっきり浴室の扉が閉められた。
俺はそれに対し、安堵のため息をつきつつ、素早く部屋着に着替える。
「お、お兄ちゃん……」
浴室の扉越しから弱々しい奈々の声が聞こえてきた。
「もう大丈夫だ。退治したから」
「あ、ありがと……」
――泣いているのか?
涙声とともに鼻をすする音も聞こえてきたけど……まぁいいか。俺は悪くない。ゴキブリを一匹残らず回収していなかった親父が悪い。
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