第7話 無いなら作ればいいのよ

 エオルに案内されて足を踏み入れたのは、造船所の中だった。


「お~……」


 いやあ、広いわね。外から見ても大きな建物だってことはわかっていたけれど、中に入ってもやっぱ広い。

 造船所の中は左右の壁に沿うように足場が組上げられ、天井には資材を吊り上げる巻上機がいくつも設置されている。それ以外にも、あたしにはどういう使い方をするのかいまいちわからないような器具もいっぱいあった。


 これ、何人くらいで作業するんだろ?


 物作りは基本的に製作使役で行うわけだけど、制作時に一人で使役できる属性精霊って普通は片手で数えられるくらいなの。もちろんその人の実力によるんだけど。

 それを踏まえて考えると、この造船所、同時に作業する人は数十人──下手すりゃ百人規模で作業することが想定されてるっぽい? 船を作るには、やっぱそのくらいの人数が必要になるのね。


 実際、今も製作途中らしき船が一艘、ドッグに置かれてある。ただ、サイズとしてはかなり小ぶりね。


 全長は五メートルあるかないかってくらいだけど、ただ、形としてはあたしが知ってる船と全然形が違う。

 全体的に楕円形……涙滴型って言うのかな? 甲板も窓も何もない、パッと見ただけでは鉄の塊っぽく見える。


 変な形の船ねぇ。船台の上に乗ってるから、船であることは間違いないと思うんだけど。


「さて、姐さん。こいつを見てくだせぇ」


 あたしが変な形の船を見ていると、エオルが片隅にあったテーブルの上に大きな紙を広げてみせてきた。


「……これ、潜水艇の設計図?」

「です」


 あらやだエオルったら。

 そんな大事なものを簡単に見せちゃうだなんて、すっごい太っ腹! って思ったけど、これを見せるってことはつまり……?


「姐さん。もう一隻、潜水艇を作りやしょう」

「エオルってば、おもしろ~い!」


 いやぁ~っはっはっは。これが笑わずにいられますか。いつの間にそんなオモシロジョークを言えるようになったのかしらね? なんつーか、さすが師匠の孫娘だわ。

 設計図があるんだから、現物をおまえが作りゃいいじゃん──とか思っちゃってんでしょ?


 あー、おかしい。笑っちゃうわ。


「アホか!」


 さすがに叫ばずにはいられなかったわ。


「あんたねぇ、簡単に『もう一隻作りましょう』とか言うけど、潜水艇ってそんな簡単にできるもんなの?」

「いやまぁ、構想から実際に完成するまで、四年……いや、五年くらい掛かりやしたけど。でもやっぱ、刻印詠唱。ありゃ画期的でしたね。あれのおかげで一気に開発が進んだようなもんでして」

「四、五年って……」


 あれれ~? もしかして、エオルの目にはあたしってばそんな暇そうに見えちゃってるのかな~?


「あのね、あたしそんな暇じゃないの! そもそも、四、五年かけて作るくらいなら、今ある潜水艇を貸してくれた方が早いでしょ!」

「姐さん、何か勘違いしちゃいませんか?」

「ん?」

「四、五年かかったのは、今、マリナードとの貿易で運用している潜水艇の話でやすよ。この設計図は、現行艇を小型改良した新型なんですよ」

「……ほほう」


 なるほど、新型か……それは実に興味深い。


「いやいや待って。新型ってことは、それも作るのに時間かかるでしょ」

「ふっふっふ……」


 あたしの問いかけに、エオルは不敵に笑ってみせた。


「姐さん……あっしをナメてもらっちゃあ困りやすぜ。新型の船は、八割方、もう完成してまさぁ」


 そう言って、エオルはドッグに船台にある一艘の船を指さした。あの涙滴型の船だ。


「あれが潜水艇だったの?」

「その小型改良版。マリナードと貿易するための荷物運搬用じゃなくて、深海探査ができるような少人数用の小型艇でさぁ」

「深海探査……って、そんなこと考えてたの?」


「ですぜ。この世の神秘は、何もダンジョンだけじゃねぇんです。人魚族ですらたどり着けない海の底は、いまだ誰の手も入ってないフロンティア。ミスリルやアダマンタイトみたいな希少金属だって眠ってるかもしれねぇじゃないっすか」

「……そこに一番乗りできれば資源独占でガッポリ?」

「へっへっへ」


 なんだか意地汚さそうに笑ってるけど、あたしは知っている。エオルってバリバリの職人だけど、どこかちょっと冒険者気質なところもあるのよね。


 すなわち、未知に対する興味が強い。


 誰も行ったところがないところへ、誰も見たことがない景色を、そういう興味を引くものに前のめりになる性質なのだ。

 海の底の資源が欲しいってのも、もちろんウソじゃないでしょう。

 けど、まだ誰も足を踏み入れたことのない場所に行きたいって気持ちもあるんじゃないかな?


「どうです? 姐さんも、一口乗りやせんか?」


 そんなエオルが、あたしを試すように聞いてくる。


「乗った!」


 間髪入れず、あたしは答えた。

 だってあたしも、エオルと同じタイプですから!

 決して、海底資源の権利欲しさに乗ったわけじゃないんですからね。そこんとこは間違えないよーに!


「で? 新型の潜水艇は八割方はできてるって話だけど、どこで詰まってるの?」

「やっぱ、わかりやすか……」


 あたしの指摘に、エオルは居心地が悪そうに頭をかいた。


「どーせ、自分の手に負えないから、あたしを巻き込もうって腹づもりなんでしょ? でなけりゃ、海底資源が云々なんて言い出さないでしょ」

「姐さんにゃかないませんね。実は、形としちゃもう完成してるんですよ。ただ……」


 なんだか言いにくそうに言葉を濁してるなぁと思ったら、詳しく聞けば、そりゃ確かに言いにくいわねと思えるような初歩的な問題だった。

 船体を小型化したせいで、必要な刻印詠唱を刻むスペースが確保できなかった──ってことらしい。


「なんつー初歩的なミスを……」

「うぅ……面目ねぇっす」


 あたしが呆れるように、エオル自身もちょっと恥ずかしいのか、背を丸めている。


 刻印詠唱は、言うまでもなく、魔法を発動させる呪文を文字で刻むことで永続的に効果を発揮させるもの。当然、高度な魔法なら刻む呪文の文字数も多くなり、その分のスペースも必要となる。

 なので、潜水艇を小型化するにしても、小さくできる限界があるわけだ──が、その点をエオルは見逃していたらしい。


「設計段階で刻印詠唱を刻むスペースは含んでなかったの?」

「してたんですが、あっしの製作使役じゃ計算通りに文字を小さく刻むことができなかったんです……」

「どんだけ小さいのよ」

「一文字、約一ミリってとこですかね」

「なんの修行よ、それは……」


 試しに設計図を確認してみれば、たぶん動力炉だと思うんだけど、そこに細かな文字がびっしりと書き込まれてあった。

 はるか東方には経典を書き写すことが修行っていう宗教があるらしいけど、これはその類いのものなのかしら?


「……もしかして、これをあたしにやってほしいってこと?」

「さすが姐さん、話が早い」

「いや待って待って。あたしにも無理よ、こんなの」


 細かい文字をびっしり書き込むのが──ではなくてね。できるできないで言えば、たぶんできると思うのよ。

 けど、それを一人でやれって言うの? それこそ修行みたいになっちゃうじゃない。イヤよ、絶対。


「うーん……姐さんでも無理ですか」


 無理じゃないけれど! と声を大にして言いたいところではあるけれど、ここで頷いちゃったら後が大変になってしまう。グッと我慢よ、あたし……!


「そうなると、コイツは鉄の塊のままなんですよねぇ」

「発想を変えたら?」

「というと?」

「船のサイズをもうちょい大きくするとか」

「そうなると、また一から作り直しですぜ。数ヶ月かかっちまいますが、姐さんはそれでいいんで?」


 むぅ……それは困るなぁ。


「じゃあ、文字を変えるとか……?」

「ほ?」


 あたしの思いつきに、エオルが「どういうこと?」とばかりに表情を変えた。


「刻印詠唱は、別に人類共通文字じゃなくてもいいの。ドワーフ文字でもエルフ文字でも、魔族文字でもいいのよ」

「ああ、確かに。これもドワーフ文字で作ってますからね。となると……どの種族の文字がいいんでしょうね?」

「え? うーん……」


 設計図に書かれている刻印詠唱はドワーフ文字だ。ドワーフ文字はあたしみたいなヒューマン族に近い文字だ。

 他にあたしが知ってる文字でいえば、エルフ文字は人類共通文字と比べて表現が回りくどい。つまり、同じことを指していても文字数が多くなっちゃう。

 魔族文字は、表現こそシンプルだけど一文字が細々してて間違えやすい。


 他には……あっ、そうだ。


「……人魚族の文字ってどうかしら?」


 ふと思いついたのは、ジョルナの背中に彫られた刺青。あれは読めたりしなかったけど、文字らしきものの形は細く流れる線のようなものだった。

 今の人魚族の文字は違っているかもしれないけれど、大きく外れているってことはないと思うのよね。


「人魚族の文字ですかい? ああ、なるほど……」


 そんなあたしの提案に、エオルが考え込む。


「人魚族の文字っていやぁ、なんかこう……ひょろひょろとした線みたいな感じでしたね」

「使えそう?」

「あっしも人魚族の文字には明るくないんでなんとも。ただ、あっしが見た、商売に関わる文字がよっぽど特殊でないのなら、行けそうな気がしやすね。ただ──」


「なんか問題でも?」

「人魚族の文字なんて、あっしは知らねぇですよ」

「ああ、そんなことか」


 ふふん。そういう理由なら、なんの問題もないわね。


「大丈夫、任せて。ちょっと人魚文字の専門家呼んでくるわ!」


■□■


「というわけで、連れてきたわよ!」

「えっ? えっ? えっ?」


 あたしが胸を張って堂々とエオルに紹介したけれど、当の本人であるジョルナはワケが分からないとばかりにうろたえていた。


「えっと、あのその、こっこここっ、ここどこですか!? なんでわたし、鉄まみれの怪しい場所に連れ込まれちゃってるんですか!?」

「まぁまぁまぁまぁ。悪いようにはしないから。ははは」

「それ悪いことする人のセリフですよぉ~……」


 そんな、目の前に凶悪な魔獣でも現れたような顔をしないでほしいわ。取って食ったりしないわよ。


「姐さん……見たところそのご婦人、人魚族のようですが……いくらなんでも攫ってくるのはどうかと思いやすぜ?」

「なんで誘拐してきたことになってんの」


 なんて失礼な! あたしがそんな非道なことをするように見えるというの!? 品行方正をモットーに生きてるっていうのに!


「はっはっは。契約者殿、親しい者には本性がバレとるんだなぁ」

「っかましいわ!」


 一人にさせといてもアレなんで、一緒に連れてきたティアがふざけたことを言ってくれる。

 まったくどいつもこいつも……みんながあたしのことをどう思ってるのか、よぉ~っくわかりましたとも!


「馬鹿なこと言ってないで、そんなことより、ジョルナをここに連れてきたのは協力してもらいたいことがるからなの」


 連れて来る前に説明しろって話かもだけど、そこはそれ。潜水艇製造の責任者はエオルだから、彼女も一緒に説明してくれた方が間違いもないでしょうってことよ。

 そういうわけで、かくかくしかじかとジョルナに説明すれば、「なるほど」と納得はしてくれたっぽい。


「そういうことでしたら……ええ、私にできることでしたらご協力いたします」

「ホント? ありがとう、助かるわ」

「何も無給でってこたぁありませんのでご安心を。『労働には然るべき報酬を』ってのが、うちのモットーなんで」


 エオルがそんな言葉をジョルナに投げかけた。さすが、各前線都市で幅をきかせるヤルン・グレイプ商会、羽振りがいいわぁ。


 ちなみに、あたしには? ……なんて、ケチなことは言いませんとも。ええ。


「役割分担としては、現状ドワーフ文字で書かれている設計図の刻印詠唱をエオルが共通文字に書き直して、それをジョルナが人魚族の文字にして、あたしが実際の作業を行うって感じかしらね?」

「文字直しは商会の人間も使いやしょう。数が多けりゃそれだけ捗るってもんでさぁ」

「契約者殿、我は何をすればいいのだ?」


 そこへティアが尋ねてくるが、そんなもん決まってる。


「お茶汲み」

「なんでなのだ!? 我はこれでもお役に立つぞ!」

「人類種族の文字がわかんないって言ったの、あんたでしょうが! 逆に聞くけど、今回の作業で何ができるのよ」

「んー……」


 遠くを見るな、遠くを。


「じゃ、頑張って進めましょう。目標は三日後の完成よ!」

「無理でしょ!?」


 エオルが悲鳴を上げるけど、端から無理って決めつけるのは良くないわ。やってみなけりゃわからないじゃない?


「ま、あくまで目標っていうか、目安っていうか、そういうもんだから。そういう気持ちで頑張りましょうって話よ」

「……姐さん、時たま活を入れてるのか無茶振りしてるのか分かんねぇ時がありやすからね、ま、一週間くらいと見積もって頑張りましょうや」

「は?」

「姐さん……目が怖いっすよ……」

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