第2話 契約者の責任

「ほんっっっとにもぉっ! あんた強引すぎっ!」


 いったいどこをどう移動したのかわからないけど、まるで荷物のように運ばれていたあたしは、どっかの森の中でようやく一息つくことができた。


 そして、一息つくまもなくティアを叱りつけている。


 いやホント、休ませて。

 まじで。


「手伝うとは言ったけど、こっちにもいろいろ準備があるんだから!」

「す、すまん契約者殿。何分、気が急いていたのでな……」

「まったくもう!」


 と怒っていても、もうここまで来ちゃったんだからしょうがない。

 問題は──。


「お店どうしよ。ルティに連絡してなんとか……」

「いやっ!」


 あたしが声に出して対策を練っていると、ルティの名を出した途端にティアが慌てた声を上げた。


「ルティーヤー様に事情を話されるのは困る! できれば内密にしたいのだ!」

「え、なんで?」

「いや、それは……そのぉ~……」


 んん~……? なんだなんだ、ルティに知られると、なんかマズいことでもあるのかしら?


「あのさ、正直に答えてほしいんだけど……あんたが言ってる〝異界断絶の要石〟って何なの? ルティに知られると困るって、どういうこと?」

「そ、それは……」

「はい、目を逸らさない!」


 さりげなく明後日の方向を向くティアの顔を両手でがしっとつかんで目を合わせれば、観念したのかぽつぽつと話し始めた。


 その話を要約すると……ティアが「無くした」と言っている異界断絶の要石とやらは、その昔──それこそあたしと契約を結ぶ前──に、ルティから「とても大事なものだから、決して無くさずに肌身離さず持っていなさい」と言って渡されたものらしい。

 そうは言われても、ティアはそんな大事なものを無くさずに保持し続ける自信がなかった。自分のことがわかってると言うか、変なところで自覚があるのね……。


 そこで彼女は、自分──本体の方──を崇拝してくれている人類種族に、ルティからもらった異界断絶の要石を「霊験あらたかな宝珠であ~る。決して失わぬよう、幾星霜まで崇め奉るのだー。さすれば、我が加護を子々孫々の代まで授けてしんぜよぉう」とか言って、管理を任せちゃったそうな。


 その時点で「あんた何やってんの!?」と突っ込みたくはあるのだが、話はそこで終わらなかった。


 ルティから要石を授かった件の人類種族は、それを主神から授かった秘宝、御神体と定めて宗教活動を始めちゃったそうだ。

 この子のことをよく知るあたしにしてみれば、なんとも呆れるというか頭が痛くなるというか、そんな話なんだけど、その宗教とやらは一大勢力になってしまった。

 そうして規模が大きくなると、どうしたって派閥だ権力だって話が出てくるわけで──。


「気がつけば、教団は各派閥に分かれて争っておってな。我が授けた要石も所在がわからなくなっておったのだ。困ったものよのぉ」

「困ったモノはおまえだーっ!」


 思わず叫んでしまった。

 そりゃ叫ぶしかないでしょ、そんな話を聞かされたら。


「なんで神様なんてやってんの!? そもそも、ルティが肌身離さずって言ってたんじゃないの? 離しちゃってんじゃん!」

「だからそれは、我が持っているより無くさないかなぁと……」


 あー、はいはい。ルティの言葉の「無くさないように」って方を重視したのね? わかるわかる……いや、やっぱわからんわ。

 だったら「肌身離さず」って方も重視してほしかったなぁ!


「はぁ~……でもまぁ、ルティに『内密に』って言う理由もわかったわ。そんな話したら、マジで怒ると思うわよ」

「う、うむ……」


 ルティは怒ると怖いからね……。滅多なことじゃ怒らないけど、その分、怒った時は手がつけられなくなるからね。

 ティアも何か思い当たることでもあるのか、青い顔をしてうんうん頷いている。


「でもそういうことだったらさ、あんたが本体で……その、宗教団体? ってとこに乗り込んで、『争いの元となるならば、要石を返せ』とか言えば出てくるんじゃない?」

「うぅ~む……実を言うとな、要石はそれ自体で相応の力を持っておるのだ」

「……なんですって?」

「我もルティーヤー様からお伺いした話でしか知らんのだが……異界断絶の要石は、その名の通り異世界とこの世界を隔てる結界を形成する要の石らしい。故に、破損すれば異世界から〝忌神〟と呼ばれる化物がこの世界に来られるようになるようだ。そうなれば、この世界はしっちゃかめっちゃかになってしまう」


「……しっちゃか……」

「それとな、そんな強力な結界を作る要の石であるからして、石そのものにも相応の力が宿っている──とも仰っていたかの? 魔力とも違う……なんと言ったか……そうそう霊子(エーテル)というエネルギーが溜め込まれておるらしくて、魔力を含むあらゆる〝力〟を励起させてしまうそうだ」

「え……と、ごめん。もっとわかりやすく言って?」

「つまり、雨の一滴が大地を攫う大津波になる……というような、そういう〝力〟の増幅装置としても使えるらしい」

「むちゃくちゃヤバい代物じゃない!」


 ちょっとちょっと、冗談じゃないわよ! なんでそんな代物を、よりもよってティアなんかに預けるかなぁ、ルティは!

 それってつまり、覚え立ての新米魔法使いが薪に火をつける程度の火魔法だったとしても、都市一つ──それこそ森に囲まれたエルフ森林王国みたいなとこを、国土まるごと焼け野原にできちゃうって話じゃないの?


 マジかー……う~わ、マジですかー……。


 これって、どう考えても世界の危機ってヤツよね? 今のとこ何も起きてないけど、もし要石を兵器として悪用し出したら、とんでもないことになるわよ?

 なんでそういう案件を、お手軽スナック感覚であたしのとこに持ってくるかなぁ!

 こちとら、ただのしがない商人ですよ? 細々と日用品を売って生計を立てているしがない庶民なんですよ。

 そういうのはさ、ヴィーリアとかハーキュリーみたいに、英雄とか勇者みたいな、ご立派な称号が与えられるような人のとこに持ってってよ!


 ……けど、現実問題として、そんな厄ネタとしか思えない話を持ち込まれたのは、他ならぬこのあたしなのよねぇ。

 そして、そんな世界の危機を招きかねない真似をしてくれやがったのは、あたしと聖獣契約を結んでいるティアマトである。

 これはもう、責任持ってあたしに『なんとかしろ』と言う……目に見えない不思議な力が働いているとしか思えない。


「ほんっとあんたは……厄介な話を持ち込んでくれたわねぇ~……」

「正直、すまんとは思ってるぞ」

「………………」

「いやホントに!」


 あたしがジト目で睨んだからなのか、ティアは慌てて言葉を付け足した。

 まぁ、いいんだけどさ。

 どうやら、件の異界断絶の要石をどっかの種族に渡したのはあたしと契約を結ぶ前だったみたいだけど、今になって問題が噴出したのなら、今のあたしも一緒に責任を取ってあげなくちゃね。

 それに、今まで契約していただけで放ったらかしにしていたのも事実。その点で、あたしにもちょっと、後ろめたい気持ちはある。


 困ってるのなら手伝ってあげる。


 それが健全な契約関係ってもんじゃない?


「いろいろ言いたいことはあるけど、どういう状況なのかはわかったわ。大丈夫、ちゃんと協力するから」

「おおっ、ありがたい! さすがは我が契約者殿!」

「と、その前に──」


 協力するにも、まずは身なりを整えないとね。


「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」


 呪文とともに描かれる魔法陣。この状況で呼び出すのは、あたしの冒険者道具一式を預けているあの子だ。


「マスタースライム!」


 あたしの〝力ある言葉〟とともに、ぶるるんっと巨大なゼリー状の塊が出現する。


「早速でごめんだけど、預けてる冒険者道具一式出してもらえる?」


 お願いすると、マスタースライムは体を揺らしてあたしの旅装束や道具一式を体内から吐き出してくれた。ただ、マスタースライムに何かを預ける際には一割ほど駄賃が必要なので、預けた当時のまんま、というわけでもない。

 まぁ、衣類の場合は何が一割引かれてるのかわかんないなだけどね。耐用年数が減ってるとかかしら?


 何はともかく、マスタースライムのおかげで着の身着のまま連れ出されても、格好だけはなんとかなった。

 ただ、何処とも知れぬ森の中で着替えなきゃならない気分は、「あたし、何やってんだろ……」と感じなくもなかったけれど。


「んで? 異界断絶の要石を預けた人類種族ってどんな種族? エルフやドワーフじゃないわよね?」

「うむ。人魚族だ!」


 ……は?


「人魚、族……?」

「そうである。人魚族で、彼らが信奉している海神教という宗派だ」


 その言葉に、あたしは頭を抱えた。

 人魚族で、海神教って言ったらあんた……。


「海の中の国の、国教じゃない!」

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