第三幕 眠れる古の創造神編

第1話 深夜の訪問者

「あっ、主さまぁ! このヌルヌル、刺激が強すぎますぅ。これ以上はもう、わたくし……わたくし、冷静でいられません……!」

「何言ってるのよ、ヨル。そんなことを言って、さっきまであんなに楽しんでたじゃない。ほら、まだ胸元に残ってるゾ」

「そういう主さまだって、さっきの残りが御髪についてるじゃないですかぁ。あんなに激しくするから……」

「だって、あんなに暴れるんですもの。ふふ、つい本気になっちゃった☆」

「主さまがあんなに激しいなんて……わたくし、知りませんでした。今度はもっと……優しく……してください……」

「何言ってるの。今度なんて言わせないわ。今からすぐに始めるわよ。ふふ……今夜も寝かせないからね?」

「やっ、やだ……少し休ませ……ひゃあぁぁん!」


 と、ヨルムンガンドこと幼女姿のヨルがあられもない悲鳴を上げるのも無視して、あたしは樽にぎっしり詰まったスライムを作業用プールの中にぶちまけた。

 何をやってるのかって、そりゃあなた、医療ギルドのスイレン・ローアからの依頼で義肢に塗布する義肢ゴーレム用の中核素材を作ってるんですよ。


 以前、医療ギルドに所属する知り合いであるスイレンから、義肢の製作について相談を受けた。

 それに対して、あたしたち〝イリアス・フォルトナー雑貨店〟では、エルフの秘術であるゴーレム技術を流用したゴーレム義肢を提案したのである。

 紆余曲折いろいろあって、エルフの知り合いであるミュール・ユグラーヴァ──本名はミュルリアナ……なんだっけ? 忘れちゃったけど、エルフ森林王国の第一王女からゴーレムの中核素材である〝アールヴの樹〟の樹液を譲り受けることに成功し、それを素にスイレンが研究を進めた結果、「これは使える」となったわけだ。


 けど、アールヴの樹の樹液はエルフの秘術にして門外不出の独占素材。あたしに譲ってくれただけでも例外中の例外で、簡単に手に入るものじゃない。

 そんな時、あたしのパートナーであるルティーヤー・クレアベルが「活動停止させたスライムを密封した容器の中に入れて、一ヶ月くらい放置しておくと、あの粘液の体がアールヴの樹の樹液と似たような性質に変わる」と教えてくれた。


 じゃあ、それも試してみよう──ということでスイレンが実験した結果、アールヴの樹の樹液で作った義肢ゴーレムより性能は格段に落ちるものの、確かにゴーレムと同じように動かすことができた。


 ただ、問題がないわけでもない。


 それは強度の問題であったり、実際に動かしたときに感じる感覚のズレであったり、少なくとも物作りを生業にしているあたしには許容できない出来だったのよね。

 けど、実際に腕や手を失い、日常生活に支障をきたす患者さんたちにとってみれば、それでも自分の意思で動かせる手足というのは何物にも代えがたいもので、「それでもいいから使わせてくれ」と殺到したらしい。


 患者からの要望であれば、治癒術士であるスイレンも断れない。


 結果、材料になるスライム──疑似アールヴの樹の樹液──の調達を頼まれたあたしは、スライムを狩っては〆て瓶詰めする作業を、ヨルと一緒に延々と続けているわけだ。


「ううぅぅ……今日もスライム、明日もスライム、明後日もスライム……こんな毎日じゃ生きてるって気がしませんよ!」

「うちの大事な収入源なんだから、従業員なら文句言わずに働きなさい!」

「だってこれ、凄い刺激臭もするじゃないですか! うっぷ……さすがのわたくしでも、そろそろ限界ですぅ……」

「あと五樽分で当面の納品数になるから! そしたら休めるから! 少なくとも明日や明後日はスライムじゃないから! だから、とっととスライムから魔石を抜き取って!」

「ふえぇぇぇん! 主さまの人でなしぃ~っ!」


 泣きわめくヨルに鞭打って、あたしはスライムとの格闘を続けるのであった。

 ……あれ? うちって雑貨屋だったよね?


■□■


「ぶえぇぇ~……終わったあぁぁぁ……」


 結局、スライムの樽漬け五樽分の処理が終わったのは翌朝になってからだった。

 ええ、ええ、徹夜になっちゃいましたとも。

 うぇ~い、眠い……。もうさっさと寝ちゃって……あぁ、ダメだ。スライムの悪臭が残ってる。うぅ~……スイレンに関わると、なんか悪臭までつきまとってくる気がするわ。

 仕方ない、寝る前に軽くお風呂で汚れを……あー、ダメだ。頭でわかっちゃいるけど、布団が放つ圧倒的な魅了の力に逆らえない。

 もういいや。起きたら……ちゃん、と……すやぁ~……。


「けい……しゃ……ど……。……やく……の……」


 ……ん?

 なんか……聞こえる。


「おき……され、けいや……どの」


 んん~……誰よ、いったい。こっちは徹夜続きで眠いんだから、静かにしててよ。


「いつまで寝ているのだ、契約者殿!」

「っさいわね!? いったい何なの……あら?」


 あまりにしつこい呼びかけに、半ば半ギレになってベッドから飛び起きてみれば、そこには見覚えがありそうでなさそうな、あんま記憶にない女の姿が。


「泥棒!?」

「違いますぞ、契約者殿! 長らく放置されておるが、お主と聖獣として契約しておるティアマトだ」

「ティアマト……え? ティア!?」


 まだ夜も明けてない時間なのか、ほんのりと薄明るい部屋の中でもわかるのは、腰まで届く濃紺の髪にチューブドレスからこぼれ落ちそうな胸が目を惹く妙齢の女性の姿。


 あたしの記憶の中にはない姿だけど、ティアマトという名前はちゃんと覚えている。

 確か、ヨルを含む七人──人じゃないけど──兄弟姉妹の一人だったわね。


 でも、あたしが知ってるのは本体のほうで、人型の分体姿で会ったことはない。


「なんであんた、そんなイケイケでケバケバしい姿なのよ……」

「何を言うか。東の海洋を示す我らしい、豊穣と母性にあふれた姿ではないか。数多の命を生み出す我が権能に相応しかろう?」

「う、うーん……?」


 どうやらあたしと聖獣ティアマトとでは、容姿に対する価値基準が違うらしい。ティアがそう言うのならそういうことなんだろうと、しつこく反論するのはやめておこう。

 ていうか面倒臭いし、何よりまだ眠い。


「で、なんであんたがいるの? あたし、喚んでないんだけど?」

「それはそうであろう。我の方から契約者殿に頼みがあって来たのだ。というか、契約してから今の今まで一度たりとも喚ばれたおらんのだが?」

「いやまぁ、あんたに頼むことって特にないから……」


「用がなくても喚んでくれてもよいだろうに! なんで我でなくヨルムンガンドを重宝しとるんだ!」

「いや、あの子は魔石の関係で喚んでからズルズルと……って、そんな愚痴を言いに来たの? あたしまだ眠いんだからさぁ~……」

「いや違う、そうではない。契約者殿に頼み事があるのだ! ちょっ、だから寝るのは待っとくれ!」

「んも~……なんなのよ」


 甚だ迷惑この上ないけど、契約している聖獣の方から「頼みがある」と言ってやってきたのだ。無碍に突っぱねるわけにもいかず、あたしは眠い目をこすりながら布団に倒した体を再び起こした。


「大変なのだ。とある場所に安置しておいた異界断絶の要石がなくなってしまったのだ」

「いかい……なんですって?」

「異界断絶の要石だ! とても大切なものなんだぞ。それをとある場所に預けておいたのだが、いつの間にか紛失してしまったのだ。契約者殿には、それを探すのを手伝ってほしいのだ」

「あー……つまり、捜し物を手伝えってこと?」

「左様!」

「そんなの自分で探しなさいよ。てか、あたしに頼ったって見つけられるとは限らないでしょ」

「いや、違うのだ。安置しておいた場所は人族の町なのだ。そこへ我だけで赴くのは都合が悪い。故に契約者殿にご同行願いたいのだ」


 なるほど……つまり、あたしというよりも人族の立場がほしい案件ってことか。

 だったらあたしじゃなくてもいいじゃん──と、普段なら思うところだけど、ティアは契約している聖獣である。さらに言えば、契約したまま一度も喚んでない負い目もある。

 わざわざあたしを頼ってこっちまで来てくれたんだし、契約者としてこちらからも歩み寄りをしないと申し訳ないわよね。


「仕方ないわねぇ。手伝ってわげるわ」

「本当か! いやあ、さすがは我が契約者殿!」

「じゃあ、まずはルティに事情を説明──」

「よし! それでは早速行くとしよう!」

「はぇ?」


 いきなりティアに抱き上げられた。なんで見た目がイケイケなお嬢っぽいのに、そういう男前なことしてくるかな!?


「ちょっ、待ち──」

「では、行くぞ!」


 制止する言葉を最後まで聞かず、ティアはあたしを抱きかかえたまま窓から外に飛び出した。なんというか、急ぎすぎじゃない!?


「あんた、何考えてんのよぉぉぉぉぉ~っ!」


 窓枠を蹴って空を飛ぶ……跳ぶ? どっちかわからないけど、落ちたらヤバそうな高さまで無理矢理連れ出されたあたしは、ひとまず叫ぶことしかできなかった。

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