side:ミュール

 何が起きているのか、正確なところは私にもわからない。

 けれど私がすべきこと、やらなければならないことくらいなら、ちゃんとわかっている。


「マルティア!」


 騎士団を引き連れ、先陣を切って暴走ゴーレムと剣戟を振るっていた騎士団筆頭のマルティアに声を飛ばし、私は指を鳴らす。

 たちまち暴走ゴーレムの下半身が氷漬けになる。

 私の魔法は、基本的に動作詠唱。かと言って、文言詠唱が使えないわけでもない。


「雷華!」


 足を潰して動けなくなったところへ、文言詠唱による特大の雷魔法を叩きつけた。冒険者時代は、この方法で何匹ものヴォイドを仕留めてきましたけれど、今の相手は暴走ゴーレム。これで終わってくれるかどうかは怪しいところ。

 なので、さらに。


「ゴーレム!」


 現着していた私のゴーレムに指示を飛ばせば、躊躇いなく魔導粒子砲の一撃を放った。

 それが決め手となって、暴走ゴーレムは腹部に大穴を開け、ピクピクと数度痙攣をして動かなくなった。

 その反応が、なんだか私に違和感を抱かせる。

 これって、本当にゴーレムなのかしら……?


「殿下、お見事でございます」


 私を労うマルティアの声でハッとする。そうだった、まだ何も終わっていないんですよね。


「マルティア、現状の報告を」

「はっ。今より一刻ほど前、城の地下墓所に安置されておりましたゴーレムが一斉起動いたしました。陛下は我ら青碧騎士団ならびに近衛騎士隊に鎮圧を指示されましたが、その数と戦力を前に封じ込めに失敗。その際、騎士団のゴーレムは大破いたしております。その状況を重く見た陛下は御自らご出陣あらせられ、王家のゴーレムも投入させたことで今以上の流出を防ぐことに成功いたしました。現在、陛下は近衛騎士隊とともに地下墓所の封鎖を続けられており、我ら青碧騎士団と都市警備隊は都市へ流出した暴走ゴーレムの処理に当たるようにと仰せつかっております」


 やはりまだ地下に暴走ゴーレムがいるということですか……。


「わかりました。都市警備隊隊長のペリドは何処に」

「ここに」


 蒼碧騎士団が事に当たることになった今、都市警備隊は騎士団の下について動くことになります。その際、警備隊隊長は副官という立場なるので、ペリドもマルティアの側に居たようですね。呼びに行く手間が省けて何よりです。


「これより新たな指示を授けます」


 そして私、ミュルリアナ・ヴァーチェ・アルフヘイム・エルヴィンは王家の者であり継承権第一位の王女でもあります。騎士団などの軍組織は〝王家の軍〟とも呼ばれ、全権を握っているのは王家の者なのです。マルティアやペリドの肩書は王家から貸し与えているものなので、現場に王家の者がいるのなら、その者が総司令官となります。


 もっとも、私のような若輩者が軍を動かすことなんて現実的ではありません。現場を知る者にこそ指揮を取らせた方が、何事も上手くいくのは世の常。

 しかし今は、その立場を使った方がいい状況です。


「これより青碧騎士団は私とともに城へ戻り、陛下と合流します」

「恐れながら殿下」


 私の指示を受けて、マルティアが進言を申し出てくる。


「都市にはまだ暴走ゴーレムの脅威が残っております。このままでは──」

「問題ありません。地上に溢れた暴走ゴーレムは、私のヤドリギがすべて倒します」

「すべて、でございますか? しかし殿下、殿下のヤドリギを疑うわけではございませんが、それはいささか無茶がすぎるものでは……」


 マルティアが信じられないとばかりに渋面を作る。確かに、騎士団と警備隊が一丸となって一体ずつ暴走ゴーレムの相手をしていたようだし、そんな敵を相手にイリアスさん一人でどうにかできるとは、とても考えられないんでしょうね。

 けれど、大丈夫。

 私が知ってるイリアスさんなら、王家のゴーレムとて物の数にはならないはず。


「彼女は数多の聖獣と契約を結ぶ調教士です。王家のゴーレムと渡り合える聖獣を一〇〇体以上従える規格外。暴走したゴーレムなど、物の数ではありません」

「なんと……!」


 それで納得してくれたのか、マルティアはそれ以上の意見を口にしなかった。


「そしてペリド、あなたたち警備隊は都民の安全を最優先に。暴走ゴーレムとの戦闘は極力避けて、避難誘導をしてください」

「はっ」

「では、作戦行動を開始します」


 青碧騎士団と警備隊の混成となっていた部隊を手早く元に戻し、ペリドは警備隊を引き連れて都民の避難と救助に動き出す。

 そして私とマルティアは、青碧騎士団を引き連れて王城へと向かって移動を開始した。

 道中、二度ほど暴走ゴーレムに行く手を阻まれましたが、私の魔法とゴーレム、それに騎士団との連携で撃破し、一人も欠けることなく城内へたどり着けました。


「これは……」


 あまりにも……ひどい。

 城外へ出てしまった暴走ゴーレムが通ったのか、通路は床や壁のあちこちに丸太で削ったような焼け跡があります。それだけならまだしも、所々に騎士や非戦闘民であるはずの使用人がピクリとも動かずに倒れていました。

 そして、地下から聞こえてくるのは剣戟や爆発の音。まだ、お父様が地下墓所で暴走ゴーレムと戦っている……!


「急ぎましょう」


 城内奥の扉から、地下へと続く階段を降りていく。聞こえてくる戦闘の音は、よりハッキリと、そして激しさを増してくる。


「お父様!」


 私としても、地下墓所へ足を踏み入れるのは初めてのことでした。

 そもそも地下墓所は、祖先の御霊がより高位の次元へ昇られても健やかに過ごせるように、生前に扱っていた品々を収める場所です。広さはかなりのものがあり、よもや王都の御神木の地下内部にこれほどの広場があるとは夢にも思わなかったほどです。


 そこで、お父様とお父様のゴーレム、それに近衛騎士隊たちは、暴走ゴーレムを相手に戦っていました。


「ミュルリアナ!? 来てはならん!」

「えっ?」


 予想もしなかったお父様の言葉に、思わず私の足が止まってしまいました。引き連れてきた青碧騎士団の面々も同様です。


 そして私が目にしたのは、あまりに異様な光景でした。


 精鋭揃いであるはずの近衛騎士団はお父様を守る二人以外は皆地に倒れ伏し、お父様のゴーレムさえすでに起動不能の陥るほどに破壊されている。


 代わりに立っているのは、暴走ゴー……レ、ム……?


 あれは本当にゴーレムなの? 少なくとも、私の目にはそれがゴーレムだとは思えませんでした。むしろ、ドリュアスのような精霊に近い存在のように見えます。


 女性体なのか艶やかな曲線を持つ四肢、若者のような瑞々しく張りのある肌、エルフの私から見ても美しいと思える容貌、唯一人と違うとわかるのは、髪の毛の代わりに葉のようなものが寄り集まっていることでしょうか。唯一〝作り物〟ぽさが残るのは、関節部分が球体で作られていることでしょうか。


 それでも私は、そんな姿をしたゴーレムなど見たことがありません。

 何より──。


「ほ、ぉう……」


 ──喋った。喋ったのです、ゴーレムが。


「次から次へと……よくも湧いて出てくるものだ」


 はっきりと、明確に、人の言葉とわかる音を、その暴走ゴーレムは口にしたのです。その声は、見た目とは裏腹に少年のような幼さも感じるものでした。


「お父様、アレは……アレはいったい何なのですか!?」

「わからぬ……わからぬが、あの素体には見覚えがある。我が父、先代王が崩御した折、遺品を収める時に足を踏み入れた墓所内で見た初代様のゴーレムだ」


 やはり、暴走ゴーレムの一体ということ?

 でも──。


「しかしお父様、あれがゴーレムだと言うのなら、何故人の言葉を口にしているのです!?」

「心得よ、ミュルリアナ。これは理解を超えた事態だ。奴は──いかん!」


 何を察知したのか、お父様が魔法腸壁を展開させた──その直後、不可視の衝撃が魔法障壁をいとも容易く突き破った。


「きゃっ!」


 衝撃は、思ったよりも威力が弱かった。それもそのはずで、お父様の魔法衝撃が破られる直前に、近衛騎士の二人が大盾を掲げて守ってくれていたからでした。

 けれどその代償はあまりに大きく、私とお父様を守ってくれた近衛騎士の二人は、大盾どころか身につけていた重鎧まで、鋭利なナイフで切り刻まれた紙くずのように切り刻まれていました。


「ふむ……」


 ガシャリと音を立てて、糸の切れた操り人形のように倒れ伏す近衛騎士たちのその先に、初代王のゴーレムの姿をした理外の化物は興味深そうに自身の両手を見つめていた。


「ようやく馴染んだかと思えば、この程度か。所詮は拾い物、十全の力を望むのは欲が過ぎるね。それでも、一割以下の力も出せないというのは心許ないな。ハハハ」


 小さく笑い、異形のゴーレムは私たちの方へ目を向ける。


「さて……諸君らはあれだろう? エルフという種族だ。長らく世の礎とされ続けた身なれど、見ること聞くことは許されていたのでね。今の世情というものはよく理解しているつもりだよ。そこで諸君らにお願いがある」


 これは……この感覚は……知っている。


 私は覚えている。


 あれはダンジョンで……アイン様とパーティを組んでいた時に、ダンジョンの中で遭遇した漆黒の怪物に匹敵する禍々しい気配だ。

 何故、そんな怪物がここに……!?


「せっかく、こうして自由に動ける手足というものを得たのだ、少し僕と遊んではくれないか? 何しろ僕は……ずぅっと退屈していたのでね」


 怪物がニィっと嗤った瞬間、私は反射的に叫んだ。


「全員、逃げろぉっ!」


 恥も外聞もかなぐり捨てて叫ぶ私の声。


「つれないな。遊んでくれと言ったじゃないか」


 しかし、私の声に真っ先に反応したのは怪物だけだった。

 ヴゥンと響く羽虫の羽ばたくような音──の、直後。大気を震わすほどの振動と共に馬上槍の穂先にも匹敵する錐のような木の枝が、矢のような速度で撃ち出された。


「ッ!!」


 驚倒すると同時に、私のゴーレムも動いていた。ここが地下墓所──王都の御神木であるアールヴの樹の中であることも構わずに、魔導粒子砲で木の枝を掃射する。

 けれど、それでもすべてを撃ち落とすことなんて出来るはずもない。


「ぬおおおおおっ!」


 お父様の防御障壁と青碧騎士団の皆が大盾を構え、私たちを守るべく防御陣形を取る。

 なのに、私の耳に響くのは凶悪な粉砕音。

 思わず身をすくめてしまった時間は、体感で言えばそれほど長くはありませんでした。けれど、起きた被害はわずか一瞬のこととは思えないほどヒドイ有様になっていたのです。


 怪物が豪雨の如き勢いで放った木の枝は強固な杭となり、騎士たちの大盾を貫いて鎧を剥がし、腕を、足を、あるいは一撃で頭部を砕き、幾人かは息絶えていました。

 蒼碧騎士団の中枢とも言えるおよそ一〇〇名の部隊が、たった一撃で掃討されてしまったのです。

 私のゴーレムとて例外ではありません。エルフ森林王国が誇る最強の兵器も、為す術もなく、まるで木偶人形のように破壊されてしまいました。


 そして、お父様も。


「に、げろ……ミュルリアナ……」

「お、お父様……!」


 お父様も騎士たちに守られていたはずです。怪物が放つ杭は、騎士たちが確かに身を持って守ってくれたのです。

 なのに……ああ、これは不運としか言いようがありません。杭で貫かれた騎士たちの甲冑が、剣が、盾が、砕けて散った破片がお父様の腹部を貫いていました。


「これはこれは……ハハ、なんとも運のないことだね」

「おのれっ!」


 激情にかられるままに動作詠唱で組み上げたのは、全身を氷の棺に閉じ込める凍結魔法。

 生身の生物ならこれで息の根を止められる場合もありますが、相手は人外の怪物。一撃必殺が通じると考えるほど、私は彼我の力量差がわからない日和見ではありません。


 全力全開の一撃を、反撃の暇さえ与えずに叩き込む。


 それが、前衛職に比べて力も体力も、防御力すら低い魔導士にできる最善の戦法です。

 それに私は、自身が持つ最大火力の魔法を文言詠唱と動作詠唱のどちらでも放つことができます。持てうる力を短期間に全力で叩き込むのはお手の物。


「裂華、爆縮!」


 それは、いわゆる爆裂魔法。ただし、本来外に広がる衝撃波を逆転させた私のオリジナル。

 破壊の衝撃が、余すことなく対象へと襲いかかる必殺の一撃。怪物を飲み込む氷棺ごと一点に圧縮、集中していく。

 命中すればあらゆる対象を確殺するだけの魔法ではありますが、その特性上、動き回る敵に狙いが付け難いのが難点です。


 だからこそ、凍結魔法で動きを封じてからの行使でした。動きを封じたことで、確実に命中出来たことは間違いありません。

 ……それなのに──。


「今のはちょっと驚いたよ」


 あっけらかんと、怪物はそう言った。


 無傷。


 この怪物は、私の必殺とも言える魔法攻撃を「ちょっと驚いた」程度の感想で完封してみせたのです。


「おまえは……いったい、なんなのですか……!」

「僕は世界の礎になったモノであり、世の理を示すモノさ」

「何を……」


「キミは考えたことがあるかい? どうして光は眩く、闇は暗いのか。何が正しく、何が過ちであるのか。あらゆる事象には、どうして対になる存在があるのか。それはこの世の始まりに、僕が対の存在として礎になったからに他ならない」


 なんだ……何を言っているの、この怪物は。


「おまえは……ダンジョンに潜むモノではないの!?」

「ダンジョン? ああ、あの楔のことか。そうだよ。あそこが世界の始まった場所であり、そしていずれ、今の世界が終わるところになる。僕はずぅっとあそこで世界を見て、耳を傾けていた。けれど、幸いにもこうして自由になる手足を得た。どうやら世の理から外れたモノになら、楔を打ち込まれた僕でも干渉できるようだ。ありがとう、すべてキミらの種族が成してくれたことだ。とても感謝しているよ」


 こ、いつ……っ!


「だから、もう少し遊んであげようじゃないか。それで? 次は何をして見せてくれるんだい?」


 こいつは……この怪物は、ダメだ。今ここで斃さなければならない。

 でも……ああ、でも今の私に、何ができると言うの?

 最大の攻撃が防がれた今、もはや私の攻撃ではこの怪物に抵抗し得る手札は何も残っていません。もはや、為す術など何もないのです。

 この怪物は、今ここで斃す必要がある。

 けれど私には、その手段がない。


 何もできない。


 私はやはり……肝心な時に何もできないね。

 アイン様がダンジョンで消息を絶った、あの日のように。


「おや……ここまででなのかい?」


 私の様子に何を感じ取ったのか、怪物が落胆した声を落とす。


「やれやれ……よもやここまで不完全とはね。僕を礎にして、どうして彼女はこんな不完全な生物を蔓延らせているんだろう。まったく理解できないよ。ああ、つまらない。実につまらない。こんな不完全な生物が蔓延る世界なら、やはり一から作り直そう。それがいいに決まっている」


 怪物が何を言ってるのか、私にはさっぱりわかりません。

 けれど、その言葉に私の心はひどく泡立ったのです。


「何が……不完全なものですか……!」


 何が私をそこまで駆り立てているのか、自分でもわかりません。

 わからないけれど、急に降って湧いたような理不尽極まりない怪物に、この世界がくだらないなどと好き勝手に言われるのが、どうやら我慢できなかったようです。


「おまえが言っていることは、彼方を見て足元を見ていないようなもの。広大な砂漠を見て、そこにオアシスがあることに気づかずに絶望しているに過ぎない。おまえが世界の何を見て、人の何を知って『不完全』などと宣うのかは知りませんが、それでも私は、決して変えてはいけない完全なものを知っている」


 それは……ああ、そうだ。

 私は、私自身がどれほど不完全でくだらないとなじられようと、そんなことは気にしない。

 けれど、私を見て世界のすべてを知った気になるのは我慢がならない。今まで私が出会い、今の私を作り上げてくれた人々まで汚すような真似は許さない。

 それを許してしまえば、今の私を築き上げてくれたアイン様のことまで貶めることになってしまう。


「世界は不完全で、人々はくだらないのかもしれない。けれど、その中にも必ず、間違いなく、完全なものは存在する。私はそれを知っているのです」


 世界は目に見えることだけで完結しているわけじゃありません。

 私を〝私〟として形作ってくれた誰かがいて、何かがあって、それが私の世界を作ってくれている。

 お父様にしても、騎士たちにしても、この世界に住まうすべての人々が、今の自分を形成するすべてを与えてくれたのは、この世界だ。


 私は、それが決して不完全でくだらないものとは思わない。

 今の私になれる切っ掛けを与えてくれたこの世界は、時に苦難をもたらし、時に悲しみと絶望を押し付けてきても、それを乗り越える力も与えてくれる。

 その出会いちからが、私には確かにあった。


「おまえがどれほど世界を見限り嘆こうとも、この私にでさえ見つけられたものを見つけられないおまえになど、何かを成すことなどできやしません」

「ハハ、随分と吠えるじゃないか。そういうおまえ自身が、今現在で何もできていないことを理解しているかい?」

「それでも!」


 何もできていないからと言って、それが退く理由にはならない。

 何もできていないからと言って、ここで退くわけにはいかない。


「この世界を不完全でくだらないと言うおまえのことは、決して認められない」

「だからなんだと言うんだい?」


 私の言葉を冷笑し、怪物は唐突に木の枝の杭を撃ち込んできた。

 まるで爆風に襲われたかのような衝撃を受けて舞った私の体は、ろくな受け身も取れずに地面へしたたかに叩きつけられてしまった。


「おまえが何を認めて何を認めずとも関係なんてないのだよ。おまえ自身の言葉に、存在に、なんの価値もないことがわかっているのかな? 言葉を届けたいのなら、せめてそれだけの価値を示してもらわないとね」


 それは……否定のしようもありません。

 今の私に、この怪物に異を唱えるだけの力はないのです。

 どれほど不条理で、不愉快で、拒絶したいことであっても、抗う術がないのなら蹂躙されて屈服されるのが世の常。


 だから……ああ、だからこそ!


「どうしようもない愚か者ですね、おまえは」

「ほう? まだ吠えるかい?」


「何が『世界を一からやり直す』ですか。そう喚くおまえが今ここでやっていることは、力で弱者を押さえつけ、屈服させるその術は、これまで人類が幾度となく繰り返してきた愚行に他ならない。今もどこかで繰り広げられている、人類の根源悪とも言うべき蛮行そのもの。世界を作り直すだなんだと大言壮語を吐こうとも、おまえの性根が人間の持つ悪性に縛られている以上、何も変わらないし変えられない。それに気づいていない時点で、おまえはやはりただの怪物だ。化物以外の何者でもない。身の程を知れ!」


「身の程を知るのは、キミの方だろう? 口だけはよく回るようだけど、もう飽きたよ。なぁに、安心したまえ。どうせすぐにでも世界は滅びる。キミはほんのちょっぴり先に死ぬだけさ」


 ズズズ、と御神木の根が、蛇の鎌首のように迫り上がる。


「さようなら」


 大木のような木の根が迫る。

 逃げる場所はどこにもなく、逃げようにも体が動かない私は、反射的に目を閉じることしかできませんでした。


 そして──。


「顔を上げなよ、ミュール」


 その声に、私は弾かれたように顔を上げていました。


「義父さんは言ってなかった? どんな時でも、俯いたら終わるって」


 ああ……来てくれた。

 来てくれたんですね、ここに。

 この場所に。


「思いを叫び、命を燃やし、魂を輝かせろ。それが、脆弱な人間が苦難を乗り越え、勝利を掴む力になる。それこそが、数多の英雄が凶悪な怪物を屠ってきた最強の力を呼び起こす。それを人々は〝奇跡〟と呼ぶってね。聞いた時は『何言ってんだ?』って思ってたけど、今はそういうもんかもしれないって思うよ」

「わた、私は……!」

「大丈夫だから、言ってごらん?」


 何が大丈夫と言うのでしょう。

 父は倒れ、多くの騎士たちが命を落とし、手も足も出ない怪物を前にして、そう思える根拠など何一つありません。

 なのに……私は、力が湧いてくるのを感じます。

 これほど安心できる言葉を、私は他に知りません。


「ミュールは何を望む? 何を願う? あたしに、何をしてほしい?」


 私が望むこと。

 私が願うこと。

 そのために、何をしてもらえばいいのか──そんなことは、決まっています。


「あの怪物を倒します。力を貸してください!」

「それでこそ、ミュールだ」


 私の言葉に、イリアスさんは笑顔を浮かべて頷いてくれた。

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