第14話 襲撃

「……なるほど。ゴーレム技術を使った義肢、ですか」


 しくしく……。


 結局、ミュールの鬼気迫る形相に負けてスイレンのことも含めて義手の計画やらなんやら、全部自白させられてしまった。

 だってしょうがないじゃん! あの時のミュールはマジでヤバかったんだもん! もうね、なんて言ったらいいのかわかんないけど、「死ぬんだなーあたしここで死ぬんだー」って思ったんだからね!


「ゴーレム技術の流用目的が思ったよりも人道的な理由ですし、私個人としても共感できるところです。これまでイリアスさんが行ってきた実績を考慮して、記憶の抹消処理をせず、口外しないと誓いを立てることを条件に不問にしてもいいかな、と思いました。幸いにも、ここには私たちしかいませんしね」


 ふぅ~……助かった。ミュールにしてはかなり大甘な判断だと思うけど、そこはやっぱり、長年培ったあたしとの絆があったからだよね!


 ……だよね?


「それにしても、まさかイリアスさんが〝癒やしの聖母〟の異名を取るスイレン・ローア女史と旧知の仲だったとは驚きです」

「癒やしの聖母?」

「あら、ご友人なのにご存じないんですか? スイレン・ローア女史と言えば治癒魔法の大家です。その卓越した魔法技術に深い知識、さらには新たな魔法をも生み出す魔族ならではの造詣。彼女の叡智で救われた人は数え切れません」


 へぇ~……スイレンの奴、世間じゃそんなことになってたんだ。

 ぷぷぷ。今度会ったらそう呼んでやろ。


「それなら、アールヴの樹の樹液を分けてもらえたりは……?」

「……私個人の気持ちとしては〝義肢に使用するだけ〟という前提で樹液の提供をしても良いと思います。けど……難しいでしょうね」


 むぅ……ガードが硬い。いやまぁ、それは最初からわかっていたことだけど。


「実際問題、ゴーレム技術で義肢が作れると思う?」


 ヨルは「イケる」って言ってたけど、実際にゴーレム技術のなんたるかを知るミュールの判断も聞いておきたい。

 そしたら「可能だと思います」との返事があった。


「むしろ、生身の手足より強靭になるでしょう。下手をすれば、健康なのにわざと手足を斬り落としてゴーレム義肢にする──なんて輩が現れるかもしれません」

「えっ、ゴーレム技術ってそこまで凄いの?」

「凄いですよ。イリアスさんにもわかりやすく凄さを説明すれば……そうですね、自分の意のままに動かせる、感情のない聖獣と思ってください。疲れを知らず、痛みも感じず、与えられた命令を完了するまで実行し続ける聖獣……。ね? 凄いでしょう」


 凄いというか怖いわ!

 ……え、何その怪物。大量生産したら世界を滅ぼせるじゃん。


「ヨルが言うにはその昔、ゴーレム全盛時代ってのがあったって言うよ? その時代に、唯一の必須素材であるアールヴの樹が乱獲されて激減したから、樹を守るために今はエルフの秘術になってるんじゃないかって」

「そんな時代があったんですか? それは……本当だとしたら、今の王家ができる前の話ですね。下手すれば一〇万年以上昔の話ですよ。天変地異か世界大戦かはわかりませんけど、世界人口が激減して一度文明が滅んだ旧文明時代かと」


 じゅうまんねん……。

 ヨルの奴、そんな大昔のことを引き合いに出して「ゴーレム技術ならイケる!」とか言い出したの?

 あの子、なんだかんだ言ってやっぱり聖獣なのね。時間感覚が長命種以上におかしい。


「あー、もしかすると大量生産したゴーレムを戦争の道具に流用したのかもしれませんね。それなら旧文明時代の滅亡にも納得できます」

「コワッ!」


 とんでもないわね、ゴーレム。ミュールの憶測が正しいとすれば、そりゃ当時のエルフが信仰とかにこじつけて秘術にするわ。世の中に放出しちゃいけない。


「けど、正しく使えば手足を失った人たちを助けられるわけで……うぅ~ん、なんて悩ましい」


 卓越した技術は諸刃の剣ね。正しく使えば恩恵を、悪意をもって使えば絶望を人々にもたらすんだから。


「その判断を下すのが、為政者の役割です。もし下賜されるようなことがあれば、悩まずに使えばいいんじゃないですか? それで問題が起きたら、それは下賜した為政者の責任なんですから」

「それって、ミュールのお父さんってことよね?」

「よければ紹介しますよ」


「ありがたいけど、会ってお願いしても無理でしょそれ」

「今のままじゃ無理でしょうね。お父様はイリアスさんのことを知りませんし、ゴーレム技術の恐ろしさも理解されています。正直、信用も実績もない、どこの馬の骨とも知れぬヒューマンの小娘に譲渡するわけがありません」

「容赦ないな……ん?」


 それって逆の言い方をすれば、信用と実績があればあたしにも樹液を譲渡してくれる可能性があるってことじゃない?


「信頼と実績って、どのくらいあればいい?」


 あたしがそう言えば、ミュールは背筋がゾクリとするほど冷ややかで深みのある笑みを浮かべた。


「王家の者はゴーレム技術の凄まじさと危うさを理解してます。もし、仮に、万が一、技術や中核素材を多種族へ提供しようとするなら、それこそ救国の英雄くらいの功績を打ち立てた者でしょうね」

「あー……そういうこと……」


 ミュールの言いたいことが読めたわ。


「あたしに、フレイムバードをどうにかしてほしいってわけね?」

「お願いできますか?」

「うーん……」


 正直に言うと、気乗りしない。

 もちろんアーヴルの樹の樹液は手に入れたいし、ミュールにはなんだかんだとお世話になっている。困ってるなら協力したい。

 けど調教士としては、聖獣が成すべきことを邪魔しちゃいけないと思う。

 だからあたしは調教士と契約してない聖獣の役割を含めて、今の正直な気持ちを話した。


「えっ? そうなんですか!?」


 そしたらミュールは、そんな話は初めて聞いたとばかりに驚いている。


「え、知らなかった?」

「そんな話は初耳ですよ!」


 ほう、エルフのミュールでも知らなかったことなのか。まぁ、調教士でもなければ聖獣に出会うことなんて滅多にないし、知らなくても仕方ないかな。


「それならイリアスさん、聖獣に襲われている我が国は滅ぶしかないと言うんですか!?」

「聖獣は別にエルフ森林王国を滅ぼしたいわけじゃないと思うよ。狙われてるのは御神木でしょ?」


 あれ? でも……だとしたら、ちょっと大げさだよね。


「そういえば、なんで御神木が狙われてるだけで国家存亡の危機になってんの?」


 御神木がエルフにとって大事なものってことはわかってる。ゴーレム技術の中核素材なだけでなく、信仰の対象にもなっているからね。

 けど、いくら大事と言っても一本の木でしょ? それが燃やされちゃったって国が滅ぶことになるとは、とても思えないんだけど。


「ああ、イリアスさんはご存じないんですね。そもそも王家の御神木は──」


 その時、ゴンゴンゴン! と、王女がいる部屋の扉のノックにしては、あまりに乱暴な音が響いた。


「何事です?」

「失礼致します!」


 扉を開けて現れたのは、軽鎧で身を包んだ兵士だった。ペリド隊長じゃない。初めて見るエルフの兵士だ。


「フレイムバード出現の報あり! 王女殿下におかれましては、至急ゴーレム出兵への随行をお願いいたします!」

「わかりました。ペリドをここへ」

「はっ!」


 兵士は一礼して去って行く。


「イリアスさん、私は城へ戻らなくてはならなくなりました。あなたは──」

「行くよ? ゴーレムのことはともかく、ギルドからの依頼でミュールを連れ帰らなくちゃいけないんだし」


 それに、王都を騒がせているフレイムバードが出たらしいしね。聖獣だって言うのなら、やっぱり自分の目で確かめておきたい。


「助かります。それではイリアスさんは……そうですね、今後誰かに身分を問われたら〝ミュルリアナのヤドリギ〟と答えてください。そうすれば、それ以上深く追求してくる者はいなくなるでしょうし、私と一緒なら王城の何処へでも行くことができるようになりますから」

「ヤドリギ? それってどういう──」

「殿下。警備隊隊長ペリド、ここに」


 意味を聞こうとしたら、そこへ隊長さんが現れて最後まで聞けなかった。


「ペリド、現時点をもってあなたの謹慎を解きます。報告は届いてますね?」

「はっ。王都各地へ兵の配備は完了しております」

「わかりました。このイリアス・フォルトナーは我がヤドリギ。このまま連れて行きます」

「ッ!?」


 ミュールがあたしのことを〝ヤドリギ〟って言った途端、隊長さんから信じられないようなものを見るような目を向けられたんだけど……え、どういうこと?


「イリアスさん、行きますよ」

「え? あ、はい」


 いろいろ釈然としないけど、今はフレイムバードの対処が優先よね。

 仕方がない。

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