第13話 とある王女のご乱心

 それは今から二〇日ほど前のことだった。


 いつものように冒険者ギルドの受付で業務に従事していたミュールのところへ、一通の手紙が届いた。それは、エルフの王家に伝わる魔道具を用いた手紙だ。どれほど距離が離れていようとも、送りたい相手に下へ一瞬で届く魔法の手紙だった。


 そんな手紙が届いたことに、ミュールは仰天した。この魔法の手紙を使う時は肉親──つまり王家の誰かが御神木を昇ってしまったか、あるいは国家に重大な危機が訪れたかのどちらかでしか使われない。


 どちらであれ、一大事だ。

 ミュールにはアインとの〝約束〟という重大事もあったが、すでに一〇年が過ぎている。イリアスもある程度まともになっていることもあって、実家からの連絡に応じない、という選択はなかった。

 ミュールはすぐさまギルドマスターのレイヴの所へ駆け込み、事情を説明してエルフ森林王国へと戻った。


 そこでミュールを待っていたのは、魔法の手紙が使われる二番目の理由──すなわち、国家存亡の危機だった。


 実家に戻ったミュールはミュルリアナへと戻り、おおよそ百年ぶりにもなる父母との再会もそこそこに、今エルフ森林王国で起きている異変のあらましを聞かされたのだった。


■□■


「何処かより現れた炎を纏う鳥の──騎士団では〝フレイムバード〟と呼称してます──が、執拗に王都の御神木を焼き尽くそうと襲いかかってくるのです」


 そんなミュールの一言に、あたしは我知らず眉間にシワを寄せていた。

 それはちょっとおかしい。聖獣の行動には、必ず何か意味があるからだ。


 そもそも聖獣は、そこいらの熊や狐みたいな野生動物とは違うし、牛や豚みたいな畜産動物とも違う。

 ましてや人間のように、破壊のための破壊は絶対にしない。


 聖獣とは、この世界の調和を保つ獣なのだ。


 フェンリルを例にとって見れば、あの子は生物のバランスを取る役割を担っている。人間を含め、なんらかの生物の数が極端に多くなり、そのせいで草木が枯れたり鉱物が枯渇たり、水質が汚染したりすれば、その生物を〝喰って〟減らす。


 それが、聖獣本来の役割。


 他の子だってそうよ?

 ティターニアはフェアリーやピクシーの行動を統制して自然環境を狂わせないようにしているし、ヴァルキュリアは死者を冥府に導くってわかりやすい役割がある。マスタースライムは……あの子はちょっと、よくわからないわね?


 ともかく。


 聖獣がエルフの御神木を襲うというのなら、そこには世界の調和を保つ何かしらの理由があるのは間違いない。

 けど、それが本当に聖獣だったら──の話だけど。


「如何に聖獣とはいえ、襲い来るのならば迎え撃たねばなりません。そのためにはゴーレムの力が必要です。今現在、戦闘用ゴーレムを所持できるのは王家の血筋を継ぐ者と、王家が騎士団へ下賜する一体のみ。私が国の外に出ていたので、ゴーレムは父が持つ一体と、騎士団の一体の、計二体でした。しかし、相手は空を飛ぶ聖獣です。苦戦を強いられていたようです。そこでもう一体──私のゴーレムも必要だということで、私は今ここにいます」


「つまり、そのフレイムバードの脅威を取り除かないと、ミュールは第三前線都市に帰れないってわけか」


 ミュールはその旨を手紙で冒険者ギルドに送っていたようだけど、いろいろバタバタしていて行き違いになってたみたい。

 それならそれで、別にいいんだけどさ……やっぱ気になるのはフレイムバードのことよね。


「この国に来て最初に泊まった宿の受付の人は、そのフレイムバードを、炎を纏う鳥のって言ってたわよ?」


「冒険者でもなんでもない国民が、聖獣と化物の区別が付くと思います?」


 そりゃまぁ……そうか。

 それだったら、実際にフレイムバードの相手をしている騎士団から報告を受けている王家の方が、より正確に確認してるわよね


「これまで御神木が聖獣に襲われた記録ってあるの?」

「ありません。少なくとも、エルフ森林王国という形になってからは──ですけど」

「とすると……聖獣と契約してる調教士の仕業も考えられるわね」


 世界の調和を保つ聖獣と契約を結ぶ調教士は、よっぽど特別な存在──というと、そうじゃない。

 聖獣が調教士と契約してくれるのは、いわば〝すり替え〟なのよ。


 そもそも今の世は、人間にとって不便はあっても、世界の調和で見ればバランスが取れている。

 そうすると、聖獣たちは暇なのだ。やることがない。

 そこで彼らが目をつけたのが、〝神域〟と呼ばれる領域に接続できる技能を持つ人間だった。


 世界に担わされた役割の代わりに、人間と契約を結ぶ。

 己の役割と調教士との契約をすり替えるのだ。

 そうすることによって、聖獣はより自由に動くことができるようになる。

 決して人間が、調教士が偉いのではなく、暇を持て余す聖獣が自由を得るために付き合ってくれているだけということを忘れてはならない。


 まぁ、本来の役割が役割だし、倫理も道徳も人間のそれと違うから、遊び相手の契約者が「ちょっとあいつ殺してよ」とか言うと、「お、そういう遊びか」って感じでサクッと殺っちゃうんだよね。


 なので、もし御神木を燃やそうとしているフレイムバードがどっかの調教士と契約を結んでいるのなら、それは聖獣の意思でも役割でもなく、調教士の悪意と捉えるべきでしょう。


「それであたしが疑われたわけか……」

「そうです。よりにもよって、王都の御神木を狙うんですから。イリアスさんは、エルフが言う〝御神木〟がどれほど大事なものか、ご存知ですよね?」

「お墓とゴーレムの中核素材よね?」

「そうで……はっ!?」

「ん?」

「ちょっとイリアスさん、今なんとおっしゃいました? 御神木が……なんですって? ゴーレムの……はぁ?」

「あ」


 そうだった……ゴーレム技術は、エルフに伝わる秘術。決して世に広めてはならない秘中の秘とも言われている。

 もし仮に、そんな秘術の秘密を知った者がいようものなら、全エルフが殺る気満々で襲いかかって来てもおかしくない、逆鱗みたいなものだった。


「いや、その……え、えっへへ。あたし、よくわかんなぁい」

「今さら遅いわ!」


 ひえぇぇぇ~っ! ミュールさん、やっぱりあなた、本当はお姫様なんかじゃないでしょ? 外道犯罪専門の裏組織の頭目とか、そういう肩書が似合いそうな顔してるわよ。


「知られてしまったからには仕方ありません。あなたの記憶を消させていただきます。ただ、私はあまり精神干渉系の魔法は得意ではありませんので、失敗もあり得るでしょう。万分の一くらいの確率で成功するでしょうから、その奇跡を祈ってください」

「待って待って待って!」


 その右手をバチバチさせてるのは何!? 雷的な衝撃で記憶を飛ばすことを精神干渉の魔法とか言わせないからね!


「落ち着いてミュール! なんであたしがエルフの秘術を知ってると思う? 聞きたくなかったけど、教えられたからよ!」

「ほぉう……つまり、エルフの中に秘術を口外する裏切り者がいると言いたいわけですね?」


 低く唸るように言い放つその声は、まるで仁義に唾吐く不埒者を断罪しようとする犯罪組織の頭みたいよ。エルフの王族ってマフィアかなんかなの?


「なるほど、確かにそういう輩も一緒に始末しなければなりません。可及的速やかに白状なさい」

「や、エルフじゃなくて……ヨルなの」

「……誰ですって?」

「あたしと契約してる聖獣のヨルムンガンド。あの子から聞いたの!」

「んなっ!?」


 ヨルのフルネームを聞いた途端、ミュールは愕然とした面持ちで固まった。


「なっ、ななな、なんてものから情報を引き出してるんですか! よりにもよって……! ぐっ、ぬぅぅぅっ……まさか始祖……なく……七神……契約を……あああ、なんてこと……!」


 あたしが聖獣ヨルムンガンドの名前を出したのがよっぽどショックだったのか、ミュールはこの世の終わりみたいな顔で心を病んだかのようにブツブツ呟いている。

 さすがにエルフ総出でも、聖獣を抹殺するなんてことは無理だもんね。そりゃあ頭の痛い話になっちゃったよね。


「や、あのね? あたしが無理やりヨルから聞き出したんじゃないよ? あの子が勝手にペラペラと全部バラしちゃったのよ。不可抗力ってヤツだから、あんま気にしないで……?」


 おそるおそる慰めてみたけれど、ミュールにギロッと睨まれた。

 睨まれたけど、すぐにすべてを諦めたかのように表情を和らげてくれた。


「……はぁ~……わかりました。こうなっては仕方ありません。アイン様のお言葉を低く見て、対処を怠った私の落ち度と認めましょう。けれどくれぐれも、く・れ・ぐ・れ・もっ! ゴーレム技術のことは口外せず、忘れてください。いいですね?」

「ん、んー……」


 あたしとしても、忘れるのはもちろん、関わり合いにさえなりたくないんだけどさ。そういうわけにもいかないんだよね……。


「なんですか、その煮え切らない……ちょっと待ってください。イリアスさん、そもそもあなた、どうしてこの国にいるんです?」

「へ? そ、それはもちろん、休暇が明けても冒険者ギルドに戻ってこないミュールを迎えに来たのよ」

「嘘おっしゃい。あなたがそんな殊勝なことするわけないでしょう」


「う、嘘じゃないわよ! そりゃ自発的に迎えに来たわけじゃないけど、冒険者ギルドの職員たちが心配してて、依頼という形で請け負ったのよ」

「依頼? それならギルドカードを見せてください。嘘じゃないなら、受任状況にチェックが入ってるはずですよね」

「疑り深いなぁ」


 けどまぁ、それで納得してくれればアールヴの樹の樹液を手に入れる目的は誤魔化せるから、それはそれで願ったり叶ったりですよ。

 あたしがギルドカードを取り出すと、さっと奪ってミュールが素早く視線を走らせる。


「確かに依頼を受けてますね」

「でしょ?」

「ちなみに、報酬はいくらですか?」

「え?」

「報酬です。正規の依頼みたいですから、報酬も出ますよね? 第三前線都市からエルフ森林王国までの往復に、私の迎えというなら帰りの同行護衛も含まれているはずです。そう考えると、相場は五〇万くらいですか。イリアスさんのことですから、七〇万から八〇万は要求してますよね? 本当にそこまでお金を出してくれたんですか? あの子たちが?」


「いや、えっとー……」

「イリアスさん?」

「さ……三〇万、です……」

「……ふ」


 あたしのギルドカードをぽいっとテーブルの上に投げ捨てて、いきなりミュールが掴みかかってきた。


「吐け! もういいから全部吐きなさい! あなた、本当に何が目的で私の祖国に近づいたの!? 洗いざらい全部吐けぇっ!」


 ご乱心! 王女様ご乱心でございます!


 警備兵のみなさーん! 近衛兵の方でもいいですぅっ! 誰でもいいから早くこの子をなんとかしてぇっ!

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