第15話 不可解なるもの

「ミュール、御神木のところまではどうやって行くの?」


 三日ぶりに警備隊屯所から出てミュールに確認してみれば、「飛翔魔法です」とのこと。それってあたしは使えないから、ミュールに抱えられることになるじゃん。

 それはちょっと恥ずかしい。


「誰か喚ぶわ」

「えっ!? ちょ──」

「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我と共にあらん!」


 相手は炎を纏う鳥──フレイムバードとか呼んでるヤツだっけ?

 だったらこっちも鳥の聖獣にしてやろうじゃない。


「ガルーダ」


 あたしの〝力ある言葉〟とともに、全長で六~七メートルはあろうかという、全身が真っ赤で四枚羽を持つ鷲顔の巨鳥が「ピュイィィィィィッ!」とけたたましい鳴き声を上げながら現れた。


「久しぶり。ダンジョンの中だとあなたには狭すぎるから喚べなかったけど、今日は思いっきり飛んでいいよ。あたしも背中に乗せてもらうわね?」

「ピュイ」


 ガルーダが「任せとけ」とばかりに頭を擦り付けて、急かすように首を回して自分の背とあたしを交互に見た。

 まったくせっかちね。それとも、久しぶりだから張り切ってるのかしら?

 言われなくても、頑張ってもらうわよ。


「ミュール、場所はどこなの? ……ミュール?」


 なんで頭を抱えて悶てるの?


「なんであなたは、エルフでも一生に一度会えるかどうかという聖獣と、さも当然のように契約を結んでいるんですか!?」

「だって、みんなあたしの所に来てくれるもんだから」

「アイン様、やっぱり私にこの子をこっち側に置き留めるなんて無理ですぅっ!」

「訳解んないこと言ってないで、早く案内してよ」

「ガルーダの速度で飛べる魔道士なんて、どこの世界にいるんですか!」

「なんでキレてんの!?」


 フレイムバードに御神木が襲われてるって聞いて情緒不安定になってんのかしら? こんな言い争いしてる場合じゃないわよね?


「だったらほら、こっち来て」

「え……ひゃっ!」


 グズグズしているミュールを抱っこして、あたしはガルーダの背中によじ登った。

 ミュールが前、あたしが後ろに乗って抱え込むようにしておかないと、初めてガルーダに乗った人は落っこちることもあるのよね。

 ミュールってばまだ成長途中なのか、軽いし小柄なのよ。あたしでも覆いかぶされば姿をすっぽり隠せちゃうほどに。


「イリアスさん! こっ、この状態はちょっと……!」

「下手に喋ると舌噛むわよ。ガルーダ、行って!」

「ピュイィィィッ!」


 ガルーダが四枚の羽根を広げ、空気を打つ。瞬間、あたしたちを背に乗せたその巨体が大空の只中に躍り出た。

 あたしが契約している聖獣の中で一番速いのはフェンリルだけど、ガルーダは最高速度に達する時間が誰よりも短い。ミュールの「ひゃあぁぁぁ~~~~っ!」という悲鳴さえも置き去りにして、王都の全景を一望できる高度まで達した。

 かなりの高度まで上がったはずだけど、それでも王城がある巨大樹はまだまだ上に伸びている。幹の太さを地上から見たときにも思ったけど、やっぱデカいわね。ダンジョンの塔ほどじゃないけど、下手な独立峰より大きいわ。


 それにこの巨大樹……なんか変じゃない?

 どこかどうとか言えないけど、なんかこう……見ていてソワソワする。背筋がゾクゾクするし、うなじの辺りがチリチリする。


「イリアスさん、あそこ!」


 あたしが巨大樹の大きさと、得体のしれない圧迫感に戸惑っている間に、ミュールは周囲を見渡していたようだ。そして見つけたらしい。

 指差したのは、巨大樹の枝の一振り。枝といっても、その太さは荷馬車の横幅三台分はあるくらい太い場所。

 そんな枝の上から、青白い直線の光が何度も撃ち出されている。

 その光線が狙っているのは、空を自在に動き回る紅蓮の輝きだ。


「あの紅蓮の輝きがフレイムバード? 巨大樹を襲ってるように見えるけど……え、もしかして」

「そうです」


 あたしの疑問を読み取ったのか、先んじてミュールが頷いた。


「あの巨大樹が王都の御神木であり、アールヴの樹なんです」

「あれがそうなの!?」


 まさかこの巨大樹がアールヴの樹とは……樹液がゴーレムを生み出したりするし、植物のくせになんか威圧感あるし、やっぱいろいろおかしい。

 でも、納得できることもある。

確かにこの巨大樹が焼き尽くされることにでもなったら、エルフ森林王国は壊滅するわね。その業火は、たちどころにエルフ森林王国の国土である森を焼き尽くすでしょう。


「あの光線は?」


 紅蓮の光がフレイムバードだとして、御神木の枝から何度も撃ち出されている青い光線の正体が気になった。まさか樹が撃ち出してるとか言わないよね?


「ゴーレムの攻撃です。現在、王国には聖獣と渡り合えるだけの戦闘力を持つゴーレムは、私の分を含めても三体しかいないんです」


 ゴーレムの攻撃か。アールヴの樹が攻撃してるんじゃなくて、ちょっと安心しつつも残念に思うあたしがいる。

 どうせなら、自己防衛で攻撃手段も持ってるような、そんな規格外の樹でもよかったのに。


「でもゴーレムは三体全部動いてるわよ? そのうちの一体はミュールのゴーレムなのよね?」

「御神木を守護する命令は、王家のゴーレムの至上命令です。外敵に襲われれば、所持者の指示を待たずに動き出すんですよ」


 そういうことなら、ミュールをゴーレムの側まで連れて行く必要はないのかな?


「このまま戦闘行動に移るけどいいわね?」

「任せます。守ってくださいね」

「王女様に怪我を追わせたら極刑になりそうだもんね。ガルーダ!」


 あたしが一言その名を呼べば、それはガルーダへの攻撃指示だとすぐに伝わる。上空から見守っていたフレイムバードとゴーレム三体の戦場へ、わずか一瞬で割り込んだ。


 やあやあ、はじめまして。


 改めてハッキリと見たフレイムバードの姿は、全身が炎に包まれ、それが黄金色に輝いているように見えた。魚の鱗を縦に繋ぎ合わせたような尾を持ち、頭部には矢羽のような鶏冠が三本あるように見える。細い足は鶴か雉のようだ。


 そしてこの子は……確信した。誰とも契約してない聖獣だ。


 それならまだ交渉の余地が──と、あたしが穏便な方法を模索しているのとは裏腹に、ガルーダはすでにやる気満々だった。攻撃態勢に入ってる。


「ちょ──」


 止める間もない。風を斬り裂く羽ばたきは突風を生み、フレイムバードへ襲いかかった。


「あちゃー……」


 その攻撃を、フレイムバードがさらに上空へ飛んで避けた。

 突然の乱入者に混乱しただろうに、よく回避したわね。不意打ちを完全回避できたのは、あたしたちを最初から敵って思ってたからね?

 そんな判断ができたのは野生の勘か、それとも目につく相手はすべて敵だと思っているからなのか。


 なるほど、まずは相手を冷静にさせなきゃ交渉もできないってことか。いきなり攻撃を仕掛けて敵対するなんて! って思ったけど、ここはどうやらガルーダの判断が正しいみたい。


 チリッと空気がわずかに熱を帯びるのを感じた。

 爆ぜる──と、あたしは危険を感じたが、実際に爆発が起きた頃にはガルーダが高度を下げて回避していた。

 ぐんっ、と体が押しつぶされそうな圧を感じた。降下から一転、ガルーダがフレイムバードに向かって急上昇。接近戦を仕掛けるつもりだ。


 迎え撃つフレイムバードは、羽根を大きく羽ばたかせた。

 すると、炎が火矢のように注いで来る。全身を覆う炎は飾りじゃないってことね。


 甘く見ないでもらいたい。


 あたしとミュールを背に乗せているからといって、ガルーダの敏捷性は少しも損なわれたりしないんだから。何しろこの子は、元々背に何かを乗せて飛ぶことを得意とする騎乗鳥なのよ。

 降り注ぐ火矢を俊敏に交わしたガルーダは、すれ違いざまに鷲爪を広げ、フレイムバードの体を切り裂いた。


「ケェェェェェェェッ!」


 フレイムバードが雄叫びを上げた。切り裂かれた体から吹き出すのは、やはり炎だ。それは、体表を覆う炎とは違う。体内を巡る血液のような炎だった。

 そのまま落下していくフレイムバード。けっこう傷が深そうに見えたぞ。これ以上の戦闘継続は無理だと思いたい。


 あの子の敗因は、思い込みってとこかしら?

 よもや全身が炎で包まれている体を、ガルーダの足で傷つけられるとは思っていなかったんでしょう。


 ガルーダの初手が突風だったから、油断したわね。

 知らなかったんだろうけど、ガルーダもフレイムバードと同じ、炎と熱を操る聖獣なのよ。毒蛇が自分の毒で死なないように、ガルーダはどんな炎でも焼かれることはない。


「ガルーダ、捕獲──」


 決着が付いたと思ってそう言おうとしたけど、甘かった。

 地上へ落下してくフレイムバードは、途中で体勢を立て直した。

 まだ全然余力を残している。今度はこっちが裏をかかれた!

 くっそー、今の攻防で終わらせたかった。手負いの聖獣はますます危険になる。どんな暴れ方をするか──と思ったけど。


「ん……?」


 フレイムバードは手傷を負わせたガルーダに怒りを燃やすことなく、撤退を選んだようだ。こちらには向かわず、それどころか王都の御神木にも背を向けて遠ざかっていく。


 撤退する? んん……どういうこと?


 あのフレイムバードは王都の御神木を燃やしたいんじゃないの? 誰とも契約してない聖獣がそういう行動に出るってことは、世界の調和を保つためでしょ?

 それなのに撤退?


「もしかして、あの子……」


 青い光線が、そんなフレイムバードへ向かって放たれた。ゴーレムの方は逃がすつもりがないらしい。


「待って、ミュール! あの子は倒しちゃダメ!」


 あたしは慌てて抱え込んでるミュールに訴えた。


「えっ? どうしてですか、イリアスさん」

「余計に面倒なことになるからよ。他のゴーレムの追撃も止めさせて。やめろ! 攻撃するな!」


 叫んだあたしの声が届いたのか、それともミュールのお陰なのか、ゴーレムたちの追撃もすぐに止んだ。

 さて……いちおうの危機は去ったかな。

 実際にフレイムバードをこの目で見て、思うことがいろいろある。そのことをミュールと相談しておきたい。


「どうしました? 早く騎士たちのところへ降りましょう」

「ミュール、さっき話した聖獣が持つ役割のこと、しばらく公の場で話さないようにした方がいいと思うよ」

「え? ……えっ!? それって──」

「あのフレイムバード、誰とも契約を結んでなかった」


 それが何を意味するのか、ミュールにもわかっていると思う。世界の調和を保つため、フレイムバードはエルフ森林王国の御神木を燃やそうとしている──ということに。


「それじゃやっぱり、王国は……」

「その辺りのことを含めて、王様と相談した方がいいね。逆に公にしたら混乱が起きるでしょ。だから話さないほうがいいって言ったのよ」

「……わかりました」


 頷くミュールの声は、ひどく沈んでいた。

 ガルーダの背に乗って、あたしに覆いかぶされているから縮こまっていることもあるんだけど、なんだか冒険者ギルドの受付で見ていた毅然とした物腰は見る影もないわね。


 それは仕方がないことだと思うんだけど……それにしてもエルフってズルいわ。

 生きてきた年月だけでもあたしの何十倍もあって、老獪なヒューマン相手でも互角に言い合えるだけの強かさもあるのに、時折見せる仕草は見た目のこともあってついつい庇護欲やら母性本能やらを刺激してくる。


「大丈夫よ、ミュール。どんな苦難や困難が立ちふさがろうと、あたしはそれを乗り越える方法を知ってるから」

「すみません、イリアスさん……今は軽口や気休めに応じる気分にはなれません」

「別に軽口や気休めじゃないわよ。真面目な話。なんせ義父さん直伝だからね」

「アイン様の……」


 あたしの腕の中で縮こまっているミュールが、きゅっと服を握ってきたのがわかった。


「アイン様が仰ることなら、信じられますね」


 ……やっぱこのエルフ、可愛くないわね。

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