第8話 エルフの森へ

 書面を交わし、スイレンから正式にゴーレム技術の中核素材であるアールヴの樹の樹液を入手したいと依頼されたからには、あたしも本腰を入れて行動に移さなければならない。


 ヨルは、いちおう雑貨店の従業員という扱いになったんだから、あたしが店にいない間の店番を任せることにした。

 ルティの負担も考えて店番でも雇おうかと考えてた矢先のことだったから丁度いいわ。やっぱ飲食店と雑貨屋両方を一人で回すのは大変だもんね。


 そして、翌日になってあたしがやってきたのは、冒険者ギルドだ。

 困ったら冒険者ギルドへ──の法則じゃないわよ?


 やっぱりほら、ことはエルフの秘術なわけだから、まずはエルフ本人にそれとな~く話を振ってみて、どれだけヤバいのか確認してみないといけないじゃん?

 で、あたしにとって一番身近なエルフは、担当管のミュールだ。まずは彼女の反応を確かめてみようかなぁと思って、やってきたのである。


「……あれ?」


 ざっと受付のカウンターを眺めてみたけれど、ミュールの姿がない。

 休憩中かしら?

 そういえば、一週間くらい前に来たとき、ミュールの同僚──というか、後輩? のロアが「親族に何かあったとかでお休み」みたいなこと言ってたけど……まだ帰ってきてない?


「ちょっといいかしら?」


 ミュールの姿は見えないけれど、前に話を聞いたロアの姿はあったので声をかければ、「あら、イリアスさん」と猫人族特有の耳をピクピクっと揺らして出迎えてくれた。

 思わず撫でたくなるけど、ここは我慢よ、我慢……!


「あのさ、ミュールの姿が見えないんだけど、まだ帰ってきてない?」

「そうなんです。私……というか、ギルドどしても、先輩の休暇がここまで長くなるとは思ってなくて」

「てことは、ミュールの休暇ってもっと短かったとか?」


「あ、いえ、期間としては昨日今日くらいで戻ってくる予定だったんです。でも、連絡もなくって……ちょっと困ってるんですよね。仕方ないから、先輩が担当していた冒険者は他の職員で割り振って対応してます。あ、イリアスさんの担当は私です。最初に声をかけられた人が──ということなので」

「ああ、そうなんだ。よろしく」


 じゃあ、このまま話をしてても大丈夫かな。


「それでミュールのことなんだけど、休んでる理由って……親族のこと、でいいんだよね?」

「そうですね。私はそう聞いておりますけれど」

「じゃあ、ミュールって今、実家に帰ってるってこと?」

「おそらく……イリアスさん、ミュール先輩のことが心配なんですか?」

「え? まぁ、そりゃね」


 もちろんエルフの秘術について探りを入れたいって思惑が先にあるけど、休暇期間を過ぎても帰ってこないって聞いたら、それはそれで心配かな。


「……あの、イリアスさん」


 すると、ロアが少し声のトーンを落として、囁きかけるようにあたしに話しかけてきた。


「もしよければ、ギルドからの……というか、受付職員からの緊急依頼を受けませんか?」

「……ミュールのこと?」


 つられてあたしも声を潜めれば、ロアは小さく頷いた。


「先輩がギルドの受付職員になって一〇年以上らしいんですけど、少なくとも私が働き始めてからは一度も無断欠勤なんてなかったと記憶しています。だから今回、休暇期間を過ぎても先輩が帰ってこないのがちょっと心配で……。ほら、先輩ってまだ二〇〇歳にもなってない年若いエルフじゃないですか。不埒な輩に狙われる可能性も……と」

「もしかして、以前にもそういうことがあった?」


 あたしの疑問に、ロアはコクンと小さく頷いた。

 やっぱ、あいつにもそういう苦労があったのか……。


 何しろエルフは、見目麗しい容姿をしている。それが世間一般の認識だ。

 短命のあたしらよりも長い時間に渡って美貌を維持し続けることもあって、ちょっと頭の中身がアレな連中から、芸術品や美術品のような価値を押し付けられ、本人の意思を無視して囲われることもある。


 早い話、観賞用として男女を問わず狙われ、拉致られるってことなのよ。人権無視もいいとこの、とんでもない話よね。


「それでも先輩は、エルフならではの魔法適正があって、技量だけで言えばAランク冒険者とも渡り合える腕前があります。とは言っても冒険者ではありませんし、荒事に慣れているわけでもありません。不意を突かれれば遅れを取ることもあるでしょう。だから……」


 まぁ、確かに心配する気持ちはわからなくもない。


「話はわかったわ。それで、緊急依頼の具体的な内容は?」

「先輩を冒険者ギルドまで連れ帰ってきてくれませんか?」


 おっと、そう来たか。さすがギルド職員、依頼の仕方が上手いわね。

 それってつまり、これからミュールを迎えに行って、もしトラブルに見舞われているならそれを解決し、冒険者ギルドまでの道中も護衛してくれってことでしょ?

 普通だったら断ってるところね。これほど面倒な仕事はないもん。

 けど今は、条件次第かな。


「現時点でミュールの状況で確定してる情報ってある?」

「確定となると、先輩が休暇を取ってどこへ行っていたか……とかなら」

「どこ?」

「エルフ森林王国の王都エルヴィンです。そこに実家があるとか」

「エルフの森か」


 エルフは精霊信仰アニミズムを尊ぶ文化なので、自分たちの生活様式に合わせて周囲の環境を破壊することを悪としている。

 逆に、周囲の環境に合わせて日々を営むことを善しとし、それが何千年、何万年と続いていくうちに、彼らの領土は広大な森林になっていた。


 それがエルフ森林王国──通称〝エルフの森〟と呼ばれる国だ。


 まぁ、今のあたしから言わせてもらえば、〝ゴーレム技術発祥の国〟と言ったほうがいいかな。

 つまり、ギルドからの緊急依頼と今のあたしの目的は、奇しくも一部分において合致している。ミュールの件がなくたって、いずれはエルフの森に出向くことになっていたからね。


 となれば、ギルドからの依頼を断るのももったいないな……。


「ちなみに、報酬は?」

「えぇっと……それがちょっと、仕事内容に対してかなり安く……」


 なんだか言いにくそうにしてるので、「いいから言ってみ?」と促してみる。


「……三〇万です」

「おぉう……」


 それは安い。良くてトントン、下手すりゃ赤字になる報酬金額だ。

 だって、ねぇ? ミュールの状況次第だけど危険な目に合う可能性はあるし、エルフの森から第三前線都市までの護衛もしなきゃならない。拘束される日数だって、一日や二日ってことはないでしょう。その上、経費は自分持ち。


 あたしとしては、最低でも五〇万以上を請求したい。それで首を横に振られたら、今回はご縁がなかったと断る仕事よ。


「なんでそんなに安いのよ」

「すみません。報酬は受付業務の職員からの寄付で集めたものなので……」

「つまり、ギルドからの正式な依頼じゃない?」

「そうです」


 となると、正式な緊急依頼とは言えないわね。


「ギルマスはなんて言ってるの?」


 緊急依頼となると、冒険者ギルドの最高責任者であるギルドマスターの許可がいる。ロアの口振りだと、その許可は取れてなさそうだ。


「えー……『そんな心配する必要あるか?』と……あっ、その! ギルドマスターがのんびり構えている理由もわかるんです!」


 ギルマスの気楽な態度にあたしが眉間にシワを寄せたからか、ロアは慌てて庇うようにフォローし始めた。


「だって、先輩は昨日までは正式な休暇だったんです。エルフ森林王国なら、帰ってくるのに余計な時間が掛かってもおかしくありません。帰還日数にズレが生じるのもよくあることなので。でも……現場の立場から言わせてもらうと、先輩がいないのは結構厳しいんですよ」

「そうなの?」

「ミュール先輩は受付業務のエースで、取り纏め役でもありますから」


 へぇ~……あの子ってばそんなに偉かったんだ。

 まぁ、一〇年も居れば、おのずと立場も上になるか。


「なのでイリアスさん、こんな報酬額で申し訳ないのですが……お願いします。先輩をできるだけ早く、ここまで連れ帰ってきてくれませんか?」

「……仕方ないわね。これは貸しにしておくわよ」


 あたし自身もエルフの森に行く予定があったから依頼は受けるけど、報酬が安いのは別の話。こういう金額で似たような依頼がまかり通るようなことになるのは、冒険者にとってもギルドにとっても良くない。


「ありがとうございます!」


 けど、嬉しそうに猫耳をピコピコさせるロアを見ていると、まぁいっか、って思っちゃう。

 あたしも甘いなぁ、いろいろと。


■□■


「というわけで、エルフの森に行ってくるわ」


 あたしが店に戻って報告すると、ルティは「そうですか」と淡白に答え、ヨルは雑貨店のカウンターでなんかの雑誌を読みながらお菓子を頬張りつつ、こちらを一瞥することもなく「お気をつけて~」と、まったく心のこもってない返事をするだけだった。


「い、行ってきます……」


 自分の店なのに、なんだかますます居場所がなくなってる気がするわ……。

 気分は〝休日のお父さん〟って感じで、家での居場所が迷子だわ。


「くっそー……あいつらめ」


 いいもん、いいもん。あたし一人でエルフの森に行ってくるから! あんたらはあくせく働いてればいいんだわ!

 まぁ、あたしも仕事なんだけどさ。


「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん! フェンリル!」


 長距離移動と言ったらこの子、フェンリルさんしかいませんよ。


『……また移動の足として我を喚び賜うたか、主よ』

「それだけじゃないんだよぉ~」


 なんだか不満そうなフェンリルに、あたしはぼふんと飛びついた。

 これだよこれ、このモフモフだよぉ。傷ついた心を癒やすのは、このモフモフが一番なんだよ。

 はぁ~……癒やされる。


『我は愛玩動物ではないのだがな……』

「ルティもヨルも素っ気ないんだよ。少しは癒やさせてよぉ~」

『……まぁ、良かろう。して、何処へ向かうのだ?』


 フェンリルのモフモフを十分に堪能したあたしは、その背中に飛び乗った。


「エルフ森林王国──通称エルフの森よ」

『承知』


 地を蹴って、フェンリルが駆け出す。

 これなら今日中にたどり着けるかしら?

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