第7話 アールヴの樹
「わたくしは、義肢製作においてゴーレム技術の流用をここに提言いたします!」
義肢の素材問題について、解決策があるというヨルの提案は、そんな言葉から始まった。
「では、何故ゴーレム技術が義肢に最適なのか? その利点を、これからご説明いたしましょう。第一に、ゴーレム技術は実に特殊な性質を秘めております。皆様は、ゴーレムと言えば人型の巨躯を持ち、石や鉄などの鉱物でできた姿を思い浮かべるかもしれません。しかしここで、疑問を抱きませんか? 何故、鉱物で出来た身体なのに関節を曲げることができるのか──と。その答えは、使用された材質が魔力同位体という、同じに見えても魔石に近い別物質に変換されているからです。なので、ゴーレムの体が岩石や鉄鋼に見え、同じような強度を誇っていても、人間の皮膚のように伸縮性を持つことになるのです」
「……えーっと」
「主さま、ご質問は後ほど受け付けますので、今はお静かに。続いて第二の利点ですが、ゴーレムというものは本来であれば人の命令に従って動くものです。主さまからお伺いしております義肢は、欠損した部位にただ装着するだけのもの。つまり、見た目だけの飾りと言えます。しかし、ゴーレム技術を流用して義肢を作れば、装着者の意思に応じて動かすことができます。生身の手足とまではいかずとも、日常生活においては十分な役割を果たすことを確信しております。続いて第三の利点としまして──」
「いや、長い! 話が長い!」
このまま続けさせたら、日が暮れるまで延々と説明し続けそうだ。
「えー……主さま、まだまだ話足りないのですけれど?」
「いいから、ちょっと落ち着いて」
おっかしいな……ヨルってこんな性格だったっけ? 師匠のところで揉まれすぎて、なんか変わっちゃった?
「ええっと……いろいろツッコミたいことはあるんだけど、まず一番重要なことを聞いていい?」
「なんでしょう?」
「ゴーレムの製造技術は、エルフの秘術ってことは知ってる?」
そうなのだ。
ゴーレムの製造技術は確かに存在している。あたしも、その話を耳にしたことはある。けど、街中でゴーレムを見たことはない。
何故か?
それは、エルフが一族のみが住まう里の外に持ち出さないからだ。
冒険者時代、あたしの担当管であるミュールに聞いたことがある。「なんでゴーレムはエルフの里にしかいないの?」って。
そしたらミュールは、「ゴーレムは御神木の守衛として使ってるからです」と教えてくれた。御神木とは、どうやらエルフのお墓のことらしい。
聞いた話だけど、エルフは他の種族と違って独特の死生観があるみたい。
彼の種族は、人類の中でも飛び抜けて長い時を生きる長命種。一〇〇〇年単位で生きるのは当たり前で、長生きになると二〇〇〇年、三〇〇〇年も生き続ける。
そんな彼らは、基本的に死を恐れていない。もちろん予期せぬ事故や事件で命を落とすことは望んでないし、親類縁者が亡くなれば嘆き悲しむ。
けれど、自らの死──特に天寿を全うした自然死は、尊ぶべきこととされている。
何故ならば、天寿を全うして死したエルフは、より階位の高い次元に移れると本気で信じているからだ。
んで。
御神木は、そんな天寿を全うしたエルフが高次元の世界に至る〝ハシゴ〟とされている。
そんな大事な御神木を守るのが、エルフの秘術で作られるゴーレムってわけ。
「あたしが聞いたところによると、御神木を守護するゴーレムの技術はおいそれと外の世界に流出させられないってこと。下手に解析されて、御神木を守護するゴーレムを破壊されたら堪らないからだってさ」
「えっ、今ってゴーレム技術はそんなことになってるんですか?」
あらやだびっくり、みたいな顔でヨルが驚いてるけど、その態度にあたしの方がびっくりだよ。
「わたくしが記憶している限りですと、ゴーレム技術は確かにエルフ発祥の技術です。エルフは長命種ですから、刻印詠唱のように技術が消失することなく現代まで伝わってるはずなので大丈夫かと思ったんですが……伝わり方が変わってますね? 一族秘伝の技術になっているとは驚きです」
「……その口振りだと、ゴーレム技術ってそこまで特殊じゃないの?」
「ええ、そうですよ。アールヴの樹という樹木から取れる樹液を、形成した人型に塗るだけなんです。その樹液が面白い特性を持っていまして、魔力を含んでいるのに固有の魔力波形がないんですよ。なので、使用者の魔力波形と同期させることで、その人専用のゴーレムになるんです」
「………………」
「……イリアス殿、我は今、さらっとエルフの秘術を暴露されたと思うのだが?」
「ごめんスイレン、ちょっと黙ってて。あたしも頭痛くなってきた……」
ヤバいわー……これってば、マジでヤバい。
これもミュールからの情報だけど、ゴーレム技術を探ろうとすれば、それだけで全エルフが男女を問わず仕留めに来るって言ってたのよ。
そんな秘匿技術の核心部分まで知った今、あたしとスイレンは間違いなく確殺対象になっちゃうわ……。
……いや……まだ間に合う……?
まだあたしは、ゴーレム技術の核心部分である〝アーヴルの樹〟がどんな樹木なのか知らない。ここを知らなければ、まだなんとか誤魔化せるんじゃないかしら?
うん、誤魔化せる!
よし、セーフ!
「あ、ちなみにアーヴルの樹というのは、エルフが言う御神木のことです」
「あんた、わざとやってない!?」
ヨルの奴、ここぞとばかりで全部バラしやがった!
え、嘘でしょ? 今ので全部? 今の話で、あたしもエルフの秘術と言われてるゴーレム技術を使えるの?
木材や鉄材で人型を作って、そこのエルフの御神木であるアールヴの樹の樹液を塗れば、それでゴーレムの完成?
手順だけで言えば、むちゃくちゃ簡単じゃない。子供にだって作れるわよ。
「いや待って。あたしたちはゴーレムを作りたいんじゃなくて、義肢を作りたいの。ゴーレムって人型でしょ? 義肢は欠損した手足の代替品。手だけとか足だけでゴーレムって作れるの?」
「作れますよ」
わーお、作れちゃうんだぁ~……。
「ぶっちゃけ、技術と言ってもアールヴの樹の樹液を塗るだけですから。むしろ、世の中が人の姿に最適化されているからゴーレムも人型なのであって、形はなんでもいいんです。馬や牛、犬や猫の形でもアールヴの樹の樹液を塗ればゴーレムになります」
何よそれ、むちゃくちゃ便利じゃない。
「もっとも、それほどまでに手軽なものだったからこそ、わたくしが存じておりますゴーレム全盛時代では、唯一の必須材料である樹液の抽出元であるアールヴの樹が乱獲されて数が激減していました。おそらくですが、エルフがゴーレムを秘術にしたのは、アールヴの樹を守るためだったんじゃないでしょうか?」
なるほど……それは有り得そう。
そうやって守るついでに〝御神木〟という格を与えて大事した結果、独自の信仰が生まれちゃったって感じかしら?
けど、それがわかったからってなんになるのよ。
エルフの秘術であるゴーレム技術で、義肢を作れるようになる?
無理でしょ。
まず、エルフを説得しなきゃいけない。
しかもそこには、紆余曲折があったとしても現在では立派な信仰になっている精神的な問題が絡んでいる。
無理無理。絶対に無理。
ゴーレム技術のことはスパッと忘れて、別の素材を探したり作り出したりした方が、よっぽど建設的よ。
「……一つ伺ってもよろしいか?」
あたしの気持ちが完全に諦め気分に傾いたそのとき、スイレンが声をあげた。
「ゴーレム技術は、使用者の魔力波形と同期させることで専用のゴーレムになるとのことだが、万が一の暴走というのはないのであろうか?」
「うーん……わたくしが記憶している限りでは、意図的な暴走以外はなかったかと思います」
「それはまた、随分と優秀な技術ですな」
「それ故に、一時期は日々の生活に欠かせない相棒としてゴーレムは普及していたんですけれど……時代も変わったものですねぇ」
言ってることがお婆ちゃんみたいよ、ヨル。せめて幼女の姿で昔を懐かしむようなことを言うのはやめようね?
「しかし……だとすればイリアス殿」
あ、なんかヤな予感……。
「これは最高の技術ですぞ。是非ともゴーレム技術を用いて義肢を作り上げましょうぞ!」
「スイレン、お前もか……っ!」
嘘でしょスイレン、あんたが寝返ってどうすん──あ、もしかしてこいつ、エルフの秘術を知ったらどうなるか、もしかして知らない? だからそんな、簡単に手のひら返しができたの?
「あのね、スイレン。エルフの秘術は、知っただけでもヤバいの。マジで禁忌なんだからね? この世の全エルフから命を狙われる情報なのよ? そこんとこわかってる?」
「エルフの……秘術……?」
「ヘタクソか!」
そんなあんた、「え、私は何も知らないですよ?」みたいな態度で首を傾げてみせたって、ちっとも誤魔化せてないからね? イタズラした猫の方が、よっぽどマシに惚けるわ。
「その様子だと、あんたもエルフの秘術を知ったらどうなるか知ってるんでしょ? ちょっと、マジで冗談にならないんだからね? そんな禁忌に手を出さないで、もっと真っ当な道を歩みましょうよ!」
「……よろしいですか、イリアス殿。人々の進歩は、如何に常識の枷を破るかにあるのですぞ。時に危険な道に足を踏み入れてこそ、革新的な発展が得られるのです」
「そういうセリフは常識の枷に縛られてから言いなさいよ!」
「それをイリアス殿が仰るので……?」
「んー? どういう意味かなぁ?」
「まぁまぁ、細かいことは横に置いておくとして」
驚くべき強引な話題転換である。その無理やりな感じは、開かない木製扉を斧で叩き割るみたいに乱暴だった。
「よろしいですか、イリアス殿」
スイレンが、あたしを抱えるように肩に手を回してきた。顔が近い。
「義肢とは本来、どれほど以前の姿形に似せようと、あくまでも無機物。動かぬのです。しかしゴーレムとなれば動くのです。動かせるのですぞ。失う以前と同じようにとはいかなくとも、単なる添え物同然の義肢と自らの意思で動かせる義肢であれば、どちらの方がより一層患者の心を慰められましょうか」
くっ、その言い方はズルい……!
「それに、イリアス殿は商売人でございましょう。そして我は、ゴーレム技術を──具体的には、その中核素材であるアールヴの樹の樹液を購入したいと申し出た顧客ですぞ。顧客からの無茶な注文に応えてこそ、一端の商売人ではありませんかな?」
「~~~~っ!」
ズルい……なんてズルい言い方をするのよ、この友人は!
「こういう時だけ口がよく回りよってからに……」
そんな言い方をされちゃったら、こっちだって嫌だの無理だの言えなくなっちゃうじゃない。
「わかった……わかったわよ。とりあえず、アールヴの樹の樹液が手に入らないか当たってみる」
「おおっ! それでこそ我が友!」
「ただし!」
喜んでるとこ申し訳ないけどね、これが商売って言うのならこっちにもちゃんと保険をかけておくわよ。
「あんたも十分承知してると思うけど、ことはエルフの禁忌に触れる秘術に関することだから、必ず調達するとは約束できない。なので、納期期限は設けないからね」
「うむ、承知した」
「ただ、定期的に進捗の報告はするから。何もなければ一ヶ月ごとに報告書を提出するわね。進展があれば随時その時に行うから」
「相分かった」
「そして最後に、調査や交渉に掛かった費用は調達の成否に関わらず、その都度、請求するってことでいい?」
「ふむ……請求に関しては、報告書とともに提出してもらえると有り難いですな。こっちも医療ギルドか予算が下りやすくなる故」
「わかったわ、そうする。なら、今の話を書面にまとめましょう。ヨル、準備して」
「はい、主さま」
こうして、あたしは無茶振りとしか言えない仕事を請け負うことになった。
なんとかなるのかなぁ、これ……。
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