第6話 それはただの世間話

 あれから一週間。


 そう、刻印詠唱を用いて既存の素材を強化するあたしの案がヨルにダメ出しされてから、一週間も過ぎている。


 そして今日、ようやくあたしは医療ギルドへやってきた。


 ではその間、いったい何をやっていたのか──と言えば、ヨルが提案した画期的なアイデアを再現していた……というわけじゃない。というか、ヨルの提案そのものを、あたしはまだ聞いていない。

 だってあいつ、自分のアイデアを口にする前にこう言ったのよ。


「それは──まず最初に、わたくしをイリアス・フォルトナー雑貨店の正式な従業員として雇用してからの話です!」


 あたしとしては「はぁ?」ですよ。

 いきなり何を言い出してんだコイツ? ってなもんですよ。


 けれどヨルは真剣だった。

 一切の妥協もお遊びもなく、真摯かつ真剣に、あたしに訴えかけてきたのである。


「わたくし、調べました。かなり真剣に、現状を打破する手段を模索したのです。すると、商業ギルドの規定にこんな文言がありました」


 ヨルが言うには、商業ギルドに加盟する全店に対する規定に『従業員の出向は双方合意の上であっても、最長一〇〇日を目処とする』とあったらしい。


「この規定は従業員への不当な扱いを避けるともに、従業員の人頭税を誤魔化す不正防止を目的としたものです。……ちなみに、わたくしがあの鬼畜ドワーフの商会に拘束されてから、かれこれ九〇日ちょっと──正確には九三日が過ぎておりまして……あとはわかるな?」

「必死ね、あんた!?」


 でもまぁ、ちっこい身体なりして必死に背伸びしながらあたしの両肩を痛いくらいに掴む理由は分からなくもない。

 つまり、自分がうちの雑貨店の正式な従業員になれば、その出向規定とやらを理由に師匠のとこから逃げ出せると考えたんでしょう。


「お願いしますぅっ! どうせこき使われるなら、せめて契約を結ぶ主さまの下に置いてください~っ! 他所でこき使われるのは嫌ですよ!」

「わかった、わかったから!」


 確かに、いくら契約した聖獣だからって、他所に預けっぱなしだったのは、あたしとしても反省すべきことよね。ヨルの好意に甘え、長いこと師匠のところに放り込んでたのは悪かったと思う。反省します。

 なので、あたしとしてもヨルに「正直、すまんかった」と頭を下げて、名目上はうちの雑貨店の正社員としたのである。


 けど、だからといって師匠の所で取り組んでいた仕事を、中途半端な形で放り出すわけにもいかない。

 何しろ、あの師匠である。出向いてみたら「なんでぇ。だったらおめぇ、期限内に儂を満足させる図面を持ってこいや」と言うのは当然のことであり、ヨルが設計を任されていた室内用小型食料庫の図面引きを、あたしも一緒にやっつけることになった。


 いやあ……図面なんて久々に引いたわ。


 そもそも図面なんて、自分以外の人に製作を任せる際、同じものが作れるように使うものでしょ? あたしの場合、店の商品は全部自前だし、他所に頼まないから図面は必要ないのよ。

 そんな理由もあって、図面引きに一週間も掛かってしまった。

 おかげで、件の規定ギリギリまで引っ張られちゃって、今日まで身動き取れなかったのよ。


「嗚呼……自由ってスバラシイ……!」

「そのセリフ、何回目よ……」


 ヨルがずっと浮かれてる。よっぽど師匠のところでこき使われていたらしい。

 その反動なのか、なんかやたらとあたしに引っ付いてくる。甘えてるのかなんなのかわからないけど、そろそろ鬱陶しくなってきたんですけど。


「やあやあ、イリアス殿。お待たせして申し訳ない」

「忙しいとこ悪いわね」


 ベタベタとひっつくヨルに鬱陶しさを感じ始めた頃になって、やっとスイレンが現れた。さすがにあの汚臭部屋を訪れるのは嫌だったので、彼女にギルド受付前まで来てもらったわけだけど……やっぱちょっと臭う?

 うん、黙っとこ。


「それで今日は……おや?」

「お初にお目にかかります」


 スイレンに視線を向けられて、ヨルが貴族令嬢もかくやというカテーシーでお辞儀した。あたしにベタベタ甘えていたのに、素早い身代わりだわ。


「わたくしは始祖龍さまより権能を授かりし七神龍の一角にして、イリアスさまと契約を結びし聖獣、ヨルムンガンドと申します。本日は主様のお力になるべく、参上した次第でございます」

「七神龍!?」

「あー、それ、この子がいつも自称してるだけだから」


 師匠との初対面でも口にしたヨルの自己紹介に驚きを持って反応するスイレンへ対し、あたしもお決まりとも言える補足説明をしておいた。


「いやいやイリアス殿? 本人が七神龍の一柱と申しておるのですぞ!?」

「え? じゃああんた、あたしが『実は某国の第一王女なんですぅ』って言ったら信じてくれる?」

「ないわー」

「でしょ?」


 あたしの言いたいことを理解してくれたみたいだけど、出した例に対して速攻で納得するのはどういうことなの?

 スイレンとは、後でじっくり話し合いの場を設けないといけないかもしれない。


「あの……主さま? わたくし、主さまの顔に泥を塗らないよう、真摯に自己紹介しているんですけど?」

「だよね? うんうん。あたしはわかってるから。ヨルは礼儀正しくていい子だよ」

「………………」


 あれ? なんでジト目で睨んでくるのかな?


「それよりもほら、義肢の素材について何か考えがあるんでしょ?」

「おや、もう義肢の素材について目処が立ったのですかな?」


 ヨルのことでうんうん唸っていたスイレンだったけど、事が義肢の話になった途端、こっちの話題に食いついてきた。


「そのことについて、適切な素材を調達するにあたってご提案がございます。少々込み入った話になりますので、場所を変えたいのですが」

「む、確かにそうですな。いやはや、気が回らず申し訳ない。では、こちらへ」


 そうしてあたしとヨルは、スイレンの後に続いて移動することになった。


■□■


「再生魔法……ですか」


 スイレンが向かったのは、件の汚臭部屋──もとい、再生魔法研究室の隣にある控室だった。義肢の素材について相談を受けた部屋と言えばわかるかしら。

 そんな部屋の前で、ヨルはドアに掲げられた看板を見て、感心したような、驚いたような声を漏らしている。

 ちなみにドアに掲げられているのは、『再生魔法研究控室』だ。


「おや、ヨルムンガンド殿。我の研究に興味がお有りかな?」

「ええ、まぁ……あ、わたくしのことは、気軽に『ヨルちゃん』とお呼びください」

「……イリアス殿、こちらの聖獣殿はあまり威厳というものを感じませぬぞ?」

「だってヨルだからね」


 他に言い様がない。

 だからあたしは、困惑するスイレンに肩をすくめることしかできないのだ。


「もしもし? お二人とも? ここにわたくしの本体を呼んでもいいんですよ?」


 目の前にいる幼女ヨルムンガンドは、本体が作り出した分体だ。

 本体は、あたしが記憶してる限りだとそこいらの山より大きく、とてもじゃないけど喚び出すことができない大きさである。


 なので、契約したその時に「あたしが喚び出した時は、できれば人の世に即した大きさで」とお願いしたら、こんな幼女姿で出てきた。

 ちなみに、なんで幼女の姿なのかと言えば、本人の趣味や〝人間だったらこんな感じ〟ということではなく、「この格好なら多少の失敗をしても許されるから」という、極めて打算的な考えで決めたらしい。


「それにしても……再生魔法でございますか。実に興味深いことに着目いたしましたね」

「おお、ヨルちゃん殿も再生魔法に興味がございますか」

「ヨルちゃん殿……え、ええ、まぁ。しかし、再生と一言で申しましても、壊れた武器や防具、使用済みの道具なども再生できるような魔法ということですか?」


「それはどちらかというと、より上位の時空間魔法の領分ですな。我が目指しておりますのは生物が持つ自己修復機能をさらに一歩前へ進めたようなもので、武具や道具のような無機物のものを元に戻す魔法とは違うのです」

「あら、その辺りの違いを理解されているとは……スイレンさまは卓越した慧眼を持つ治癒術士なのですね」


「いやいや。浅学非才の身であれば、いまだ我の治癒魔法は未熟。志半ばで斃れた者を蘇らせるに至らずとも、ならばこそ生ある者は日々健勝であれと願い、もがき続けているだけですぞ」

「なるほど……。ああ、そういえばわたくしの身内に、スイレンさまの仰る再生魔法と似たような能力について研究している者がおりまして」


「えっ!?」

「その者曰く『神秘の力に頼るなら魔力は少ない方がいいかもね』とかなんとか……わたくしは門外漢なので意味はわかりませんけれど」

「魔力は少ない方がいい……? むむ、しかし世の理から逸れる現象には魔力を触媒にしなければ……」


 あー、なんかスイレンが考え込んじゃったぞ。こうなると、こいつってば周りが見えなくなるんだよねぇ。


「スイレン。ちょっとスイレンってば! 通路で唸ってないで、室内に入りましょうよ」

「……お、おお。そうですな。失礼」


 思考時間が短かったようで、すぐ戻ってきてくれて助かった。

 ガチャガチャと鍵を開けてあたしたちを室内に通してくれると、「何か飲み物を持って来るので、お待ちくだされ」と言い残し、別室へと移動した。


「ところで……さっきの話、どういうつもり?」


 控室前でスイレンと再生魔法について話し合ってたヨルに、なんか気になってその真意を尋ねてみた。


「あー……あれはそのぉ~……ただの世間話です」

「世間話……ねぇ。もしかしてあんた、スイレンの目指す再生魔法が使えたりする?」


 物は試しに聞いてみたら、ヨルはただ、ニコッと笑った。どっちやねん。


「じゃあ、あんたが言ってた再生魔法を研究してる身内って誰よ」

「それを教えたら、主さまはそいつを喚び出しそうなので教えません」

「あぁ、あたしが契約してる聖獣の中にいるんだ」


 手当り次第に喚び出して、聞いてみようかしら?


「ダメですよ、主さま。スイレンさまは独自で道を切り拓ける者です。おのずと真理にたどり着くでしょう。それこそが、人の世の正しい成長となるのですから」

「ズルするなってこと?」

「はい。主さまも、スイレンさまをご友人と思っておられるなら、いずれ真理にたどり着くと信じればよろしいのです」

「ヨルこそズルい言い方するわねぇ」


 まぁ、言いたいことはわかるけどさ。

 それに、たぶんスイレンも自分の力で解き明かしたいでしょう。

 だったら、まぁ……邪魔もズルもしないで、求められた協力くらいは、ちゃんと応えてあげないとね。


「いやはや失礼、助手の姿が見当たらなくて手間取りましたぞ」


 そうこうしてると、スイレンがお盆に湯呑を載せて戻ってきた。

 なんだかフラフラして危なっかしい。


 その様子を見ていると、いつか真理にたどり着くと言ったヨルの言葉が、ちょっぴり信じられなくなっちゃうな。

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