第5話 イリアスの閃き

 なんだかなー。

 ホント、なんだかなーって気分。


 スイレンからの依頼が最初から厳しいとは思っていたけれど、冒険者ギルドでロアやハーキュリーから話を聞いて、「もうこれ無理なんじゃない?」と思ったんだけどさぁ。

 ディーガの話を聞いたらね、なんか諦めるに諦められなくなったというか、なんとかしなきゃマズイなぁって思うようになった。

 自分の状態もわからずに無茶をして、その結果がどうなろうと、あたしは知ったこっちゃない。けど、ハーキュリーみたいに気にする奴もいる。


 ハーキュリーは特殊な例としても、肉親が同じ目に遭っている人なら、ハーキュリーと同じように思い悩むだろう。

 無茶をする本人はともかく、それを気にして思い悩む人のためにも、やっぱり義肢ってのは必要なんだと思う。

 それがどういう性能になるかはともかく、失った手足の代替品になるほど立派な代物になれば再び冒険者にもなれるだろうし、劣化品ならもう二度と冒険者になるのは無理だと諦められるかもしれない。


 大抵の人は、手足を失った時点で以前と同じことはできないと理解するもんだけどさ。でも、ディーガみたいに無理する人なら、義肢を与えて手足を復活させ、それでも無理だと思い知らせるのも一つの手だ。

 それでも納得できないなら……もう救いはないと思うけど。


 でもまぁ、ハーキュリーみたいな奴は、それでも思い悩むんだろうなぁ……。

 それでも、あたしとしてはスイレンからの依頼でもあるし、もうちょっと素材探しを頑張ってみようと思う。

 思う……ん、だけど……。


「師匠に相談するか? いや、でもなぁ……」


 あたしの師匠──製作使役の師匠であるダラカブ・ラッドさんは、根っからの商人であり、生粋の職人でもある。

 そんな人に「ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいものってなんかある?」などと聞いた日には、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。


 ……うん、良くて殺されるな!


 やっぱあれだわ、人に聞くより自分で調べてみよう。てか、ハーキュリーが言ってたように、従来のゴミ素材に手を加える新たな加工方法を探してみるか。

 なんせあたしは、調教士であり、雑貨屋の店長であり、何より自分で物作りをする製作者だもんね。


 人に話を聞いてダメだったなら、次は自分の腕を信じて挑戦するしかない。


「ただいま~」


 そんな決意を胸に店へ帰ってきたが、すでに空は暗く、夜の時間となっていた。

 そんな時間でも、ルティの食堂はまだやっている。むしろ、夕飯時でもあるから今が一番忙しい時間帯かもしれない。


 なので正面から入らず、裏の住居兼作業場から店舗の方に移動した。

 やっぱり大賑わいである。カウンター席しかないとはいえ、空席もなくびっちりお客さんが座って、食事を楽しんでいる。

 そんなお客さんを相手に、ルティは一人で切り盛りしていた。もともと一人で回せるように配置してあるって言ってたけど、実際にその現場を目にすると、なんか言葉にできないくらい凄いって思う。


 それに対してあたしの雑貨店はというと……うん、何も聞かないで。

 なんだかちょっと切ない気持ちになったけど、とりあえずルティの食堂が落ち着くまで、あたしは雑貨店の方に居よう。


 それにしても、こうしてハッキリ目にして思ったけど、ルティの食堂は繁盛してるなぁ。

 それが羨ましいと言えばそうなんだけど、あたしとしては、多くのお客さんが来るような忙しい時間帯があるのに、雑貨店の店番まで頼んじゃっててよかったのかな? って考えてしまう。


 ルティ自身は対して気にした素振りも忙しさも見せずに平然とこなしてくれていたけど……どう考えても、負担が大きいわよね?


 うーん。


 雑貨店の店番に、誰か雇おうかしら?

 店そのものの売上はヒドイもんだけど、あたし自身の蓄えはかなりある。冒険者時代の稼ぎとか、最近ならヴォイド・ドラゴンを倒して得た生き血をヴィーリアに売りつけるとかしてね。

 そこから切り崩せば、一人くらいなら雇えそうだ。


 ……あ、店の売上といえば、魔導ランタンの技術料も振り込まれてるんだっけ。

 うちの店の明かりも、今じゃ全部魔導ランタンの刻印詠唱を流用した室内灯が備え付けられている。

 本来なら富裕層向けの設備なんだけどね。

 ただ、うちは開発者って肩書になってるから、そこに取り付けてないのは外聞が悪いだろうってことで取り付けた。


 ……あれ? 刻印詠唱?

 なんか今、少し引っかかったわね。


 刻印詠唱……刻印詠唱……文字や図形を呪文代わりに──。


「あっ!」


 閃いたアイデアに、思わず大きな声を出してしまった。大勢のお客さんで賑わっていたルティの食堂が、一瞬静かになるほどだった。

 でも、そんなことを気にかける余裕なんてない。あたしは自分が閃いたアイデアで興奮していた。

 なんで今の今まで気づかなかったんだろうと、そう思ってしまうほどに。

 でも、そのアイデアを実現させるためには協力者が必要だ。誰に協力を仰げばいいのかはわかってる。


 問題は、今のこの状況だ。

 つい一瞬前まで、忙しいルティに雑貨店の店番まで頼むのは申し訳ないなぁと考えてたのに、放り出して出ていく訳にもいかない。


 あー、どうしよう。


 ここに残って店番をしてなくちゃって思う自分と、早く裏の作業場に向かって閃いたアイデアを確かめたい自分がいる。


「店長」


 あたしがソワソワしていると、ルティから声をかけられた。


「いきなり奇声を挙げられると、お客様のご迷惑になります。奥に引っ込んでてください」


 いやだから言い方……! でも実際、今はそうだから強く否定もできない。


 けどね、あたしはわかってる。


 ルティの奴、あたしがソワソワしてるのを見て、たぶんいろいろ察してくれたんだと思う。それで、店の方は大丈夫ですよ~ってことを遠回しに……冷静に考えると、いつもいつも優しさがツンツンしてるわよね!?

 でもまあ、今は喜んでその心遣いを受け入れますとも。


「ごめんね、ルティ。後のことはよろしく!」


 一言感謝の言葉を残して、あたしは店の裏にある工房へと駆け込んだ。

 さて。


「来たれ、我と契約せし者。汝の力は我とともにあらん!」


 アイデアはもう頭の中で固まっている。あとはそのアイデアを実現できる知識を持っている、頼れる相棒を喚び出すのみ。


「ヨルムンガンド!」

「ひゃっ!?」


 現れた瞬間、ヨルムンガンドは以前のような幼女の姿のまま、何故か盛大に仰向けに倒れた。手にはペンを持ってるけど……もしかして、椅子に座って何かの作業をしてる最中だった?


「へ? えっ!? ちょっ、主さま、いきなり喚び出すとは何事ですかぁっ!」


 そして怒られた。契約してる聖獣を喚び出して怒られるなんて、初めてのことですよ。


「ああ、明日の朝までに完成させなきゃいけない図面が……ああ、浄化装置に必要な魔石の選定も……明日までに、明日までに終わらせないと……あの鬼畜ドワーフに……あわわわわ」


 お、おう……?

 ヨルってこんな仕事熱心な子だったっけ? なんだか、めっちゃ追い詰められてるように感じるのは、あたしの気のせいかしら?

 ちょっと明日にでも師匠のとこに行って、ヨルの扱いがどうなってるのか相談した方がいいかもしれない。


「ヨル? ちょっとちょっとヨルムンガンドさ~ん? 大丈夫だから落ち着いて。なんかあったら、あたしから師匠にちゃんと説明するから。だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ」

「ホントですか? 本当ですね!? 嘘だったら、いくら主さまでも許しませんからね!? さすがのわたくしでも冷静さを保てるかわかりませんよ? ここの大陸を五分割しちゃいますからね!」


 さすがは自称七神龍の一柱、言うことがいちいち過激である。


「わかったから、あなたの契約主を信じなさい。それよりヨル、ちょっと教えてほしい刻印詠唱があるの」

「……はぁ~」


 あたしの言葉に、ヨルはこれ見よがしに深い深いため息を吐いた。


「んもーっ、刻印詠唱の図式くらい、わたくしでなくとも知ってますよ!」

「それってルティのこと? いやあ、ルティは飲食店の方で忙しいし……」

「ルティーヤーさまに、そんな些事でご相談するとは何事ですか!」


 また怒られた……てか、ヨルのお怒りポイントがどこなのか、さっぱりわからんですよ。


「そうですね。主さまと契約してる聖獣の中で、刻印詠唱への理解が深いのは……ズメイとかファフニールでしょうか。ウロボロスでもいいですけど、アレは二身一体なので会話するのも大変です」


 ズメイ……ファフニール……ああ、あの子たちか。


「ヨルの兄弟姉妹なら誰でも平気ってこと?」

「です。あ、でもヴリトラとティアマトはダメですね。あいつら脳筋なので。それと、ニーズヘッグは絶対に喚ばないでください。面倒くさいヤツですから」


 そうなの?

 いや、契約を結んでから全然会ってないからさ、詳しい性格とかよくわかってないのよね。

 元気にしてるかしら?


「じゃあ、その辺りに聞いてみる。ごめんね、忙しいとこで喚び出しちゃって」

「いえ……いえっ! いえ、ちょっと待ってください。ええ、待ちましょう。せっかく主さまがわたくしを──そう、この〝わ・た・く・し〟をっ! 選んでくださったのですから、ご期待に応えるべきは義務! 今は確かにやるべきことがございますけれども、主さまの要望を応えてこその契約者と言えるでしょう!」


「……本音は?」

「あの鬼畜ドワーフのところに戻りたくないですぅぅぅぅっ! ぶぇぇぇぇん!」

「ああ、そぉー……」


 あたしの腰にしがみついて滂沱するヨルの姿を見ていると、やっぱりこの子が七神龍の一柱ってことはないわよね。

 どこの世界に、ドワーフのスパルタ製作に怯える七神龍がいるってのよ。


「それで主さま、今度は何をやらかすおつもりですか?」

「やらかすて」


 いや、別に今度は前回みたいに「魔道具を作る」なんて無茶なことは申しませんわよ。


「ちょっとね、昔の知り合いから欠損した手足の代用具になる義肢の素材になりそうなものを探して欲しいって頼めれて。理想としては、ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいものが良いって言われたんだけど」

「……なんですか、その嫌がらせのような発注は?」


 やっぱ、誰が聞いてもそう思うんだなぁ。


「あたしもね、実際にそんな素材なんてあるわけない、って思ってるのよ」

「んー……価格を考えれば、確かにそうですね」

「だから、ないのなら作ればいいって思うの!」

「へー」


 あ、なんなのその冷めた目は? なんか「まぁたコイツは無茶振りしてきやがって、まったく懲りてねぇな?」って考えがビシバシ伝わってくるんですけど?


 いやでも、今のはあたしの言葉も足りなかったわね。

 なので、さらに説明を付け足しておきましょう。


「安心して。未知の素材をゼロから作るって話じゃないから。あたしが考えたのは、量産できる安い素材に刻印詠唱を刻んで、固くしたり軽くしたりできない? って提案なの。どう?」

「あぁ、なるほど」


 今の説明で、ヨルも理解してくれたかしら?


「つまり、従来の素材──鉄とか木材に強化の刻印詠唱を刻んで、強度を上げてしまえばいいと考えたわけですね?」

「そう! そのとおり!」


 さすがヨル、すぐにあたしの考えを理解してくれた。

 ヨルが言うように、あたしが閃いたアイデアは鉄とか木材に、強化や軽量の強化魔法を刻印詠唱で刻むことだ。そうすれば、木材なら固くなるし、鉄なら重さが気にならないほど軽くもできる。

 そして何より、手軽に手に入る素材である。刻印詠唱を刻む手間はあるものの、ミスリルほど高くなることはない。


「主さまにしては、まともな発想かと思います」

「……さらっと毒づくわね、あんた」

「利点については、主さまもご理解されているようなので省きます。なので、わたくしが気づいた問題点を述べさせていただきます」


 問題点? うーん、あたしとしては問題点があるようには思えないけど……まぁ、アイデアを閃いた立場だし、これでイケる! と思ってるから、気づいてないことがあるかもしれない。


「まず、素材を固くするにも軽くするにも、材質本来の性質は変わりません。木材なら燃えますし、鉄材なら錆びます」

「む……」


 それはそうか。単に〝固くする〟〝軽くする〟しか強化してないわけだし。


「それを抑える魔法ってある?」

「あります。けど、その場合は両方の刻印詠唱を刻むことになります。一つにまとめることもできますが、まぁ難易度がちょっと上がりますね」

「むぅ……」


 難易度が上がるのかぁ……魔導ランタンを作る時も散々苦労したけど、あっちとどのくらいの差があるんだろう?

 いやでも、師匠のところで魔導ランタンの量産の折、巻き込まれて散々しごかれたし、製作使役の腕前ももっと上がってるはず。


 できなくはない……かな?


「そして、木材と鉄材の両方に言える問題点なんですが、刻印詠唱を起動させるには、触れている必要があるということです」

「ん? どういうこと?」

「刻印詠唱は『呪文』ですよ。そこに魔力を流し込むことで発動します。魔導ランタンの場合は魔石がその代わりを務めていますが、義肢に魔石をはめ込むわけにはいかないでしょう? もし使うなら、素材はミスリルか、ミスリルを混ぜ込んだ合金になってしまいます。値段が跳ね上がりますよ?」


「値段が上がるなら……魔導ランタンみたいな仕組みはなしでいくしかないわね」

「となると、刻印詠唱を刻んだ素材に人体が触れ続ける必要があります。触れていない部分は、いくら刻印詠唱を刻んでいても本来の素材のままですから。それが意味するところは……おわかりですか?」

「……あー」


 ヨルの言いたいことがわかった。

 腕にしろ足にしろ、生物の体には関節がある。腕なら指、手首、肘、肩と、いくつかのパーツに分かれているのは、自分の体を見れば一目瞭然だ。

 そして義肢は、失った部位の先を再現するもの。手首から先を失ったのなら、手のひらに五指のパーツ、肘から先なら前腕も含まれるわね。


 そうなると、直に人体に触れているのは──肘から先なら──前腕の部位だけになってしまう。手首や指は別パーツとして組み合わせるからだ。

 もちろん、そこまで精巧に再現しなくていいのかもしれない。でも、それでも何個かのパーツに分ける必要はあると思う。


 そして、分けられたパーツは、人体に触れていない。


 いくら刻印詠唱を刻んでいても、呪文の効果は発揮されないってことよね?


「組み合わせた素材なら大丈夫とか……?」


 無理っぽいなぁと思いつつ聞いてみれば、案の定ヨルは首を横に振った。


「もしそれが可能なら、魔導ランタンの製作ももっと楽に行えていたでしょうね」


 つまり、無理ってことだ!


「じゃあ、あたしのアイデアはボツ?」

「うーん……発想自体は素晴らしいと思います。それに、主さまが受けた依頼は、ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいもの──ですよね? 義肢の素材としては難ありですが、顧客の要望が〝完成された義肢〟でなく〝素材〟と言うのであれば、十分満たしているのでは?」


 確かに、スイレンの要望は〝ミスリルよりも安くて軽くて固くて柔らかいも〟だけど、使用目的は義肢に使うことだ。

 けど、刻印詠唱を刻んだ強化素材は義肢に使えない。


「言われた条件を満たしていても、顧客の使用目的にそぐわないならダメでしょ」

「ですよね」


 わかってて聞くなんて、ヨルも人が悪い。人じゃないけど。


「刻印詠唱でイケると思ったんだけどなぁ~……」

「発想は凄く良かったと思います。刻印詠唱という習得したばかりの技術の、新たな可能性を示すアイデアだと、わたくしは思います」

「そう?」

「そうですよ。今回は技術と目的との不一致のため残念な結果となりましたが、例えば直接手に持つ武器や防具ならばどうでしょう? ただの鉄材がミスリルと同等の代物になりますよ」


 あ、そっか。

 魔導ランタンの仕組みを見ればわかるけど、刻印詠唱と魔石の位置は、離れていても途中で途切れていなければ発動する。


 なら、柄にタングの一部が出るように加工したり、あるいは一枚板で作った盾などであれば、武具の強度は一気に跳ね上がる。ちなみにタングって言うのは、柄を取り付ける金属部分ことよ。わかるかしら?


 でもまぁ、確かにこれは、刻印詠唱の新しい使い方かもしれない。

 いや、むしろ正しい使い方かしら?


「でもまぁ、褒めてくれてありがと」


 ただ、結果としては使い物にならないアイデアだったのが残念でならない。

 刻印詠唱が無理となれば、正直言って、既存の素材の中でスイレンの要望に合う素材はないのよね。あったとしても、それはミスリルより高額の素材だ。

 これはもう、お手上げかなぁ。


「ふっふっふ」


 あたしが諦めムードに浸っていると、ヨルが何故か不敵な笑みを浮かべている。


「主さま、諦めるのはまだ早いですよ。不詳、このヨルムンガンド。主さまの悩みを解決するアイデアがございます」

「えっ、ホントに!?」


 思いもよらないヨルの言葉に、あたしは正直驚いた。

 まさか、この子の方からアイデアを出してくれるなんて!


「もしかして、刻印詠唱みたいに今では使われていない古代技術みたいなものが、まだあるの?」

「いえいえ、そんな目新しいものではございません。今でもしっかり使われている技術の流用ですよ。なので、わたくしの判断でお伝えしてもルティーヤーさまに怒られることはないかと」


 そういえばこの子、あたしの指示よりもルティの顔色を伺うことが多いのよね。

 契約を結んでるのはあたしなんだけど……まぁ、いっか。


「今でも使われてる技術って?」


 技術ってことは、あたしでも使える──ってことよね?

 うー……思い浮かばない。なんか悔しい。


「……いちおう聞くけど、口からでまかせってことはないわよね?」

「失敬な! ちゃんと顧客の要望に応えるアイデアですよ」


 むぅ、ここまで言うなら本当なんでしょう。

 でも……うーん、わからん。降参だ。


「なんなの、その技術って?」

「それは──」


 ヨルから飛び出した言葉に、あたしは開いた口が塞がらなかった。

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