第4話 敗れてなお足掻く者
「ミスリルよりも、安くて軽くて固くて柔らかいもの……かい?」
談話室に場所を移し、あたしがスイレンから調達依頼を受けた素材の特徴をハーキュリーにぶつけてみれば、「うーん」と困ったように唸られた。
「それって、答えのあるナゾナゾなのかな?」
「ですよねーっ!」
スイレンの要望は、そもそも真面目に考えてもらえないほどふざけた内容だったらしい。うん、あたしも他人事だったら冗談言ってるとしか思えないもん。
「真面目に言ってしまえば、それは未知の素材ということになるよ。おまけに〝安く〟と言うのなら……例えば、どこかの鉱山でミスリルと同程度の性質を持つ新鉱物が無尽蔵に掘り出せる──くらいの発見でもなければ、実現するのは難しいんじゃないかな?」
「どんなご都合主義的展開なのよ、それは……」
さすがのあたしでも、ハーキュリーの言ってることは現実的じゃないってわかってるわよ。
「ちなみに、魔物の素材でそういうものってなんかある? 受付のロアは『ケルベロスの骨ならいけそう』って言ってたけど」
「ケルベロスとは、ダンジョンに出現するヴォイド・ケルベロスだろう? イリアス嬢、いちおう言っておくけど、ヴォイド・ケルベロスは普通ならAランク冒険者が六人くらいでパーティを組んで倒す魔物だからね? しかも、滅多に姿を現さない希少種だよ」
「え、そうなんだ……」
あたし、冒険者の引退間際に、五回連続で襲われたことあるんだけど。
ヴォイド・ケルベロスは肉も皮も爪も牙も、全身あますことなく有用な素材になるから、割とラッキーって思ってたんだけど……もしかして、脅威度で言えば運が悪かったのかしら……?
今になって判明する驚愕の事実ってヤツね。
「ヴォイド・ケルベロスの骨がダメとなると、他に思い当たる素材ってある?」
「ちょっと僕には思い浮かばないかな」
そうよねぇ……。
ハーキュリーは冒険者。ダンジョンでいろいろ素材を拾ってくることもあるだろうけど、それはあくまで依頼をされたり、冒険者ギルドで換金できるものを持ち替えてくるだけだ。
見た目と名前くらいは知ってるけど、その使われ方や性質なんて気にかけたりしないもんね。
「冒険者ギルドなら各種素材が集まるから、何かいい素材があるかなって思ったけど……そう上手くいかないわね」
「……もし、本当にそんな素材があるのだとすれば」
少し考える素振りを見せてから、おもむろにハーキュリーが口を開いた。
「不要と思われて破棄されている素材の中に、そういう性質を持つものがあるかもしれないね」
「どういうこと?」
「僕らがダンジョンから持ち帰る素材は、商人や職人が求めるから集めてくるのであって、そうじゃない素材は捨てられる。もしかすると、今まで無価値と思われていた素材に何らかの手を加えれば、イリアス嬢の求める素材に化けたりするんじゃないかと……いや、素人意見だけれど」
なるほど……ゴミ素材を加工するって方法か。
「でもそれって、今まで誰も考えつかなかった加工方法を発見しなきゃいけないわけよね?」
これまでの人類史の中、数多くの職人や研究者がいたのに、誰一人として気づかなかった加工方法を発見する──それって、さっき話してた『どこかの鉱山でミスリルと同程度の性質を持つ新鉱物が無尽蔵に掘り出せる』みたいな、ご都合主義展開と同じじゃない?
「あー……なんか話がループしてきたわね」
これはやっぱり、無理な案件だったかなぁ。
期待させちゃったスイレンには悪いけど、「やっぱ無理でした」って正直に言った方がいいかもしれない。
「力になれずに申し訳ない」
「こっちこそ、益体もない話に付き合わせて悪かったわ。時間も取らせちゃったし」
軽くヘコんだ気持ちを悟られないようにそう言えば、ハーキュリーは「あらかた用事は終わらせて来たところなので」と言う。
聞けば、なんでも今日は、塩漬けになりかけている依頼がないかチェックしに来たのだそうな。けど、これといったものはなかったので、「さて、どうしよう」と思った矢先にあたしを見つけた──とのこと。
「相変わらず、人助けが趣味なのね」
何しろこの男、さすがは勇者の称号を与えられるほどのお人好しなだけあって、他の冒険者が受けないような面倒で厄介な依頼を率先して受ける──という、奇特な趣味の持ち主なのだ。
「趣味というわけじゃないんだが……」
「お人好しなのは間違いないわよね」
なんせ、あたしの話し相手になってくれる程だもん。
「でもまぁ、今日は急を要する依頼もないようだから、これで僕は失礼するよ」
「そう? あー、相談相手にもなってくれたし、一食くらいおごるわよ?」
「………………」
あたしがそう言えば、ハーキュリーは何故か驚いた顔になった。
「なに?」
「いや……まさか食事に誘われるとは思わなくて。ちょっと面食らってしまった」
「あんたね……」
あたしだって、なんかしてもらったら、お礼の一つくらいするわよ。
「でも今日はこの後、ちょっと医療ギルドへ見舞いに行こうと思うから、時間が取れそうもない」
「医療ギルド……に、お見舞い?」
前に言ったけど、今の世の中はポーションや治癒魔法が発達したお陰で、よっぽどの怪我や病気でもなければ入院というのはありえない。
そんな世の中で『お見舞い』なんてことをするとなれば、その相手はすぐに治せないような大怪我、あるいは大病を負った人ってことになる。
「知り合いに大怪我か不治の病にでも掛かった人がいるの……?」
「ディーガだよ。覚えているかい?」
「あー……暗闇の階層で片腕を失った──って、え? あの人のお見舞い?」
ディーガとは、あたしがハーキュリーの救助を請け負った時、彼が臨時でパーティを組んでいた男の人だ。そんな彼は片腕を失う大怪我を負ったが、それも三ヶ月前のこと。しかもその時は、あたしが持ってたドラゴンの生き血で傷を塞いでいる。まぁ、欠損した部位を元に戻すことはできなかったけれど。
「あれから三ヶ月くらい経ってるわよね? 傷は治療に使ったドラゴンの生き血で治ったはずなんだけど……なんでそんな彼が医療ギルドに?」
「………………」
あたしの率直な疑問に、ハーキュリーは渋面を作った。よっぽど言いにくい……あるいは困った事態なのかな?
「……未練、なのだろうな」
ハーキュリーはそう言った。
「ディーガは三十代後半の歳になるが、これまでずっと冒険者稼業で生きてきた男だ。逆を言えば、他の生き方を知らない。だからだろう、今さら他の職に就くこともできなくてね……無理をしたようだ」
「バカじゃないの?」
思わず、そんなセリフが口から出てしまった。
……うん。ちょっと感情的になってたかもしれない。イラッとして、つい反射的にそんな言葉が出てきてしまった。
けど、あたしにも言い訳をさせてほしい。
こちとら養父をダンジョンで亡くしているんだ。
それに比べてディーガは、片腕を失う大怪我を負ったとはいえ、命だけは助かっている。
なのに、冒険者以外の──ダンジョン以外の場所で生きていく術を知らないとか言って、冒険者にしがみつくのは甘えてるとしか思えない。
「そこまでになると、もうどうしようもないわね。自業自得としか言いようがないわ。ほっときなさいよ、そんなもん」
「……それが正しいのかもしれない」
少なくとも、他の──おそらく一般的な冒険者のすべては、一時的に組んだ臨時パーティのメンバーなんて仕事が終わればそこまでだ。赤の他人とまでは言わないけれど、町中で見かければ挨拶をする知人くらいの間柄だ。
「だが──」
どうやら、ハーキュリーの考えは違うらしい。
「関わりを持ち、そしてあなたに彼の命の救いを求めた立場としては、最後まで責任を持つのが正しい救助だと、僕は思っている」
「救助って……命を助けただけで十分でしょうよ」
「命を助けただけで、人は救われないよ。この世界は、生きているだけで満足できるような楽園じゃない。生活の安寧を得られてこそ、人は救われるんじゃないのかな?」
「その面倒を、あんたが見るって? はぁ~……」
まったく、ため息しか出ない。
でも……そうだ。ああ、そうだった。
ハーキュリーはこういう奴だった。
自らの勇猛さを示し、人々に勇気を与えるから〝勇者〟である──とは言うけれど、それとは別に、勇者にはどうしようもない欠点がある。
他人を見捨てることができない。
弱者を守らずにはいられない。
困窮している人がいれば手を差し伸べなければならない。
それが勇者という称号を与えられる冒険者に共通する……なんだろ、性格というか、性質? なのよね。
少なくとも、あたしを育ててくれた養父さんはそうだった。
底抜けにお人好しでおせっかい。
それでいて、なまじ腕も立つもんだから何でもできる。
できてしまう。
けど、それは人間の手には余る傲慢さなのかもしれない。
救わねば、守らねばと思う気持ちは大切だけど、度を越せば破綻する。
そして破綻すれば、しっぺ返しで身を滅ぼす。
だからこそ、勇者の〝救済〟という暴走を止める安全装置みたいな仲間が必要なんだけど……ハーキュリーは単独冒険者だからなぁ。
「あんたねぇ……あれもこれもって抱え込むと、そのうち取り返しのつかないことになるわよ? 見切りをつけることも覚えなさい」
「ははは、肝に銘じておくよ」
……やっぱダメだ、こいつ……。
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