第二幕 エルフの秘術編

第1話 販路拡大計画

 今日も今日とてイリアス・フォルトナー雑貨店は大賑わいだった。


 開店時間から多くのお客様が列を作り、入れ代わり立ち代わりで途切れることがない。

 訪れたお客様は店を出る時にはみんな笑顔でニコニコしており、口々に「また来るよ!」と言っていた。


「……はぁ」


 その様子に、あたしはため息をつく。

 だって今の話は全部ルティの──あたしのパートナーであるルティーヤー・クレアベル食堂の話なんだもん。


 えぇ、えぇ、そうですよ。


 繁盛してるのは、あたしのお店、イリアス・フォルトナー雑貨店の店舗内で間借り営業しているルティの飲食店の話。


 対して、あたしの雑貨店は、毎日閑古鳥が鳴いておりますとも。

 あたしの雑貨店目的で来店するお客さんなんて滅多にいない。ルティの飲食店に来たお客さんが、冷やかし程度に見回って、気が向いたら一〇〇エン程度の雑貨を一個、二個買っていく程度。

 はっきり言って、雑貨店の売上だけで見れば赤字が続いてる。


 魔導ランタンの売上はどうなのかって?

 もちろん売れてるわよ。もう、毎月の売上金額が前月比一五〇%を記録してるくらい、売れに売れてるの。


 ……師匠の店でね。

 それだけ売れてるなら、品切れで買えなかった客がうちに流れてくるかも──って思うかもしれないけど、そこはさすが師匠よね。品切れにならないように生産力をアップさせて順調に利益を上げている。


 ついでに、冷暖房具や小型食料庫といった、明かり以外の刻印詠唱を使った魔道具も売上は良好らしい。うちでも何点か取り扱ってるけど、価格が庶民向けじゃない。まぁ、頑張れば買えなくはない値段だけど、それなら師匠のお店の方で買っちゃうのよ。


 ネームバリューって、やっぱ重要だわ……。


 おかげで、あたしの店にまで買いに来る客がまったくいない。


「勝手に値下げすることもできないしなぁ~……」


 あたしは何度目になるかわからないため息を付いた。


 値上げできない理由はとても簡単。刻印詠唱が使われてる商品に関しては、師匠のところと提携してるからだ。

 師匠との兼ね合いもあるからね。提携を持ちかけた手前、あたしの一存で勝手に値下げするなんて、不義理な真似はできない。


「いろいろ失敗だったかなぁ。魔導ランタンを普及させるため、師匠の力を借りたまではいいけど、あたしの目指す人生設計にとってはマイナスだったかもしれない……」


 そりゃまぁ、技術使用料で毎月かなりの金額があたしの手元に転がり込んでくるけど、そうじゃないのよ。あたしは、そんな既得権益で左うちわな人生を送りたいんじゃないんだってば。


 あたしが目指しているのは、自分の手で作ったものが売れて、その売上でのんびりゆっくり生活していくこと。


 人によっては贅沢な話かもしれないけどさ、曲がりなりにも職人も自称している立場としては、自分の手で作ったもので日々の糧を手にしたいわけですよ。

 今の状況は、目指していた状況と真逆とさえ言ってもいいでしょう。


「なんか別の商売も考えないとなぁ……」

「なんですか、店長。早くも鞍替えですか?」


 あたしの独り言が聞こえたのか、昼のピーク時間を超えたルティが手にランチプレートを持ってやってきた。あたしのお昼ごはんである。ルティが飲食店を初めてから、ご飯はぜんぶ食堂の賄い飯になっていた。


「別に鞍替えするつもりはないけど……このままじゃダメだな、とは思ってるわよ」

「私の方が儲かってますしね。うふふ」


 ぴくりとも頬を緩めずに笑うルティの態度にイラッと来るけど、事実だから怒るに怒れない。今のあたしは、刻印詠唱の技術料以外の収入ではルティに頼りっきりになっている。

 なんとかこの状況を打破しなければ……そのうちヒモ店長と呼ばれてしまう!


「心配せずとも私が養って差し上げますよ、ヒモ店長」

「早速ヒモ呼ばわり!?」


 まずい……まずいですぞ、イリアス・フォルトナー。このままではあたしの立場が無駄飯食らいの穀潰しになってしまう……!


「ここは一つ、やっぱり新しい商品を開発して一発逆転を狙うしか……!」

「なんでそんなにギャンブル思考なんですか」


 あたしの決意を断ち切るように、ルティにコツンと頭を叩かれた。


「だってさぁ……」

「そもそも店長、新商品を開発するにしたってアイデアがあるんですか?」


 あたしの反論を端から聞く気がないとばかりに、ルティがかなり核心を突く言葉を被せてきた。


「また前みたいに『魔道具を作ろう!』とか、自力じゃ無理なことを考えてるなら諦めてくださいね」

「魔道具はちゃんと出来たじゃない」

「私が刻印詠唱のアイデアを出して、ヨルムンガンドの助力を得ての完成を〝自力〟と言いますか?」

「おぅふ……」


 それを言われると、返す言葉もない。

 魔導ランタンの核となる刻印詠唱というアイデアは、ルティに教えられたものである。そして、それを形にしたのは調教士であるあたしが契約している聖獣、ヨルムンガンドの功績だ。


 それに比べてあたしがしたことは、言われたとおりに材料を揃え、教えられるがままに刻印詠唱を刻み、組み立てただけ。

 担った役割の落差が凄い……。


 ちなみに。


 ヨルムンガンドことヨルが今どこで何をしてるのかと言うと、あたしの製作技術の師匠であるダラカブ・ラッドさんのお店で頑張っている。

 ここしばらく連絡がないけれど、果たしてあの子は無事に過ごしているのかしら……?


「思うにですね、店長は言ってることとやってることがチグハグなんですよ」

「何が?」


「店長の目標は、安定した収入を得て波乱万丈のない穏やかな生活でしょう? なのに前回の魔導ランタンは、今の時代だと革新的な道具でした。実際、ダラカブ氏のお店では注目の人気商品ですし、今では都市の街灯にまで使おうと、巨額の金銭が動いています。店長は、そういう世の流れに〝技術開発者〟として組み込まれ、利益を受けていますね?」


「まぁ……不本意ながら、そういうことになってるわね」

「これ、どう考えても一生遊んで暮らせる一攫千金ルートですよ」

「だぁかぁら──!」


 反論しようとしたあたしに、ルティは手のひらを鼻先に突きつけて遮ってきた。


「私が言いたいのは、安定した収入を得て波乱万丈のない穏やかな生活を送りたいのなら、新しいことに手を出すのではなく、今ある商品で勝負をしたらどうですか? という、商売人なら当たり前の提案です」

「今ある商品って言ったってさぁ」


 あたしの雑貨店で販売してるのは、洗剤や石鹸、フォークやスプーンといった食器、その他で言うとポーションや消毒液などの衛生治療用品、他には短剣やバックラーなどの護衛用品に包丁などの調理器具。徒歩圏内にあるお店で取り扱ってない珍しい商品といえば魔導ランタンだけど、これは師匠のお店で売っている。

 どれもこれも、うちでなければ買えない──って品じゃない。


「これらの商品でどう勝負しろと?」


 あたしの感覚だと、町の道具屋で買えるナイフで魔王に挑めと言われてる感じなんですけどねぇ。


「それを言うなら、武器屋も一軒あればいい──ということになってしまいますよ」

「あーあーあーあー、正論なんて聞きたくなーい」


 あたしが耳を塞いで現実逃避してみれば、ルティは「やれやれ」と言わんばかりに深い溜め息をついた。


「そもそも、買ってくれる人が少ないのであれば、販路を確保したらどうです? うちの商品はこんなに凄いんですよ、とか、うちで買えばこういう利点があります! などなど、そういう交渉やら話術も商売人には必要でしょう?」

「……ふむ」


 ルティの言う交渉やら話術はともかく……販路か。

 確かに、店でじっとしててもお客さんは来てくれない。

 だったら、こっちからお仕掛けて売るのも悪くない。そもそも、開店当時に冒険者ギルドへ営業に行ってるしね。


 あの時は、あたしの冒険者としての担当管ミュールとの雑談から、魔道具を作ろうってアイデアが出て……あ、そういえば魔導ランタンの売り込みも、冒険者ギルドで緊急依頼を押し付けられたせいで、他のギルドに行けてないわね。


「……ちょっと販路の開拓でも検討してみますか」


 とりあえず、後でどこかのギルドに行ってみよっかな。

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