第2話 スイレン・ローアと再生魔法

 あたしにとって一番馴染みがあるのは冒険者ギルドだけど、あそこは以前、うちとの取引を持ちかけた際に、「すでに提携している業者がいる」とのことで、けんもほろろにお断りされた苦い経験がある。

 なので今回は冒険者ギルドじゃなくて……どこに行こうかな。やっぱ、知り合いがいると話も通しやすいと思うんだけど、冒険者ギルド以外で知り合いは少ないのよね。

 商業ギルドの場合は師匠がいるけど、他の──それこそ医療ギルドとなると、ほとんど接点がないので知り合いは……あ。


 いるわ、知り合い。

 いやいや忘れてた。

 そうよ、医療ギルドにも知り合いがいるじゃん、あたし。

 うわー、急に思い出した。こんなことがなければ、そうそう思い出さなかったかもしれない。元気にしてるかなぁ。


 うん、よし。


 これも何かの縁、あるいは天啓と思って、医療ギルドに向かってみますか!


■□■


「ええっと……」


 医療ギルドにやってきたはいいけど、ここはかなり大きい。五階建てで奥行きが五〇〇メートルほどもある建物が四つ、四角形を作るように組み合わさっている。確か、中庭もあるんだったかな?

 冒険者ギルドや商業ギルドなど、他のギルドに比べて格段に広い。

 なんでこんなに広いのかと言えば、ここは重症患者を受け入れる入院施設もあるからだ。二階の半分とさらに上の階全部が、そういう入院せざるを得ない重症患者の受け入れ先になっている。


 つまりここは、医療ギルドだけど病院としての機能も兼ね備えているってこと。

 街中の治療施設で手に負えない人たちが皆、ここに集められる。

 その他にも、さまざまな病気や薬毒の研究もここで行われている。だから、必然的に建物も大きくなっちゃうのよね。


 そんなバカでかい建物で、あたしは医療ギルドの知り合いが一人しかいない。

 確か、ギルド内ではそれなりの地位に就いてはいるものの、器用貧乏であっちこっちに駆り出されているはず。なので、どこにいるのかさっぱりわからない。

 ギルド内にいるとは思うんだけど……。


「すみませ~ん」


 どこにいるのかわからなければ、受付の総合案内所で聞けばいいわよね。


「こちらに地癒術士のスイレン・ローア氏が在籍していると思うのですが、今どちらにいらっしゃいますか?」

「スイレン先生ですか? 失礼ですが、面会のお約束はございますでしょうか?」

「いえ。近くに立ち寄ったものでご挨拶だけでもと思いまして。あ、わたくし、イリアス・フォルトナーと申します。先生とは旧知の仲でして」

「イリアス様ですね。確認を取りますので、少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」


 まぁ、いきなり来ちゃったもんね。ちょっと待つのはしょうがない。

 待合室の椅子に腰掛けて、ふと周囲に目を向ける。


 さすが医療ギルドだけあって、怪我人の数が多い。


 何しろここは第三前線都市。ダンジョンに挑む冒険者を中心とした街だ。そのせいなのか、病気で体調を崩す人よりも骨が折れたの傷を負っただのといった怪我人の方が多い。

 まぁ、そういう怪我はポーションや地癒術士の魔法でも治せちゃうんだけど、治療魔法は使い手によって効果にバラつきがあるし、ポーションは効果こそ一律だけど、お金がかかる。


 けど、医療ギルドなら下手な治癒術士より安定した回復魔法で処置してもらえるし、何より治療代が無料という利点もある。

 ダンジョンの中で戦闘中や緊急時ならいざ知らず、医療ギルドやギルドに所属している地癒術士の治療院まで我慢できるなら、そっちを利用した方がお得なのだ。


 ちなみに、医療ギルドの治療費が無料なのは、ポーションの売上の一部が医療ギルドに分配されるからだ。その分配金のおかげで治療費は無料となっている。


(それにしても……)


 周囲を見渡すと、思ったよりも怪我人が多い。頭や腕、足に包帯を巻いてたりする人がかなり目立つ。まぁ、医療ギルドなんだから当然なんだけど。

 そんな怪我人の中でも、片腕や片足、あるいは両方を欠損している人も少なくなかった。


 なんだかなぁ……。


 みんな無理してダンジョンに潜ってるのね。手足を失ったら、もう取り戻せないって言うのに。

 そりゃ、行きたくなくても行かざるを得ない事情を持つ人もいるんでしょうけど、それでも手足を失うような大きな代償を支払ってまでダンジョンに潜る心理が、あたしにはちょっとわからないなぁ……。


「イリアス様、イリアス・フォルトナー様」


 あたしがぼんやりとダンジョンの無情さとそれに挑む冒険者の無謀さを考えていると、受付嬢の呼ぶ声で現実に引き戻された。


「はいはい」

「大変お待たせ致しました。スイレン先生は三号棟の一階にございます再生魔法研究室におります。こちらの入館証を付けてお入りください」


 再生魔法研究室?

 医療ギルドには病気や怪我の治療のため、新しい魔法の開発や研究が行われているのは知ってるけど……再生魔法とはねぇ。


 相変わらず無理っぽいことを研究してるのね。

 けど、あいつは昔からそうだった。それで形にしちゃった魔法や薬もいくつかあって、無理と一方的に決めつけることもできない。


 割と優秀な奴なのよ、ホントに。

 そうこうしてると、受付で教えてもらった再生魔法研究室までたどり着いた。


「お邪魔しまー……って、くっさ! 何これ!?」


 ノックしてドアを開けた瞬間、形容し難い悪臭が襲ってきた。

 鼻を抓んでも目が痛い。目も開けていられずに閉じれば、肌がチリチリする。ダンジョンの汚毒部屋でもここまでひどくないわよ!


「お~、イリアス殿。受付から連絡があった時はまさかと思いましたが、これはご無沙汰ですなぁ」


 そんな部屋の中からあたしにのんきな声で話しかけてきたのは、魔物の革で作られた防護服で全身を覆った人物だった。

 てかおまえ、スイレンで間違いないな!?


「ご無沙汰じゃないわよ! あんた、これ……ちょっ、とにかく換気しなさい、換気! ああ、駄目。それじゃおっつかない。ほら、浄化の魔法! あんた使えるでしょ!?」

「魔法を使うと薬品や素材が少なからず変質してしまうので、研究室で使うのはご法度ですぞ。イリアス殿はド素人ですからご存じないかと思いますが、はっはっは」

「だったらあたしをこんなとこに呼ぶんじゃないわよ」

「勝手に来たのはイリアス殿でございましょう」


「防護服を着るような場所に、外から来た人間を普通に通すのはヤバイって思って頂戴、お願いだから!」

「いやいや、この防護服は臭いを遮るためで室内に有害なものはないですぞ。ご安心くだされ」

「防護服を着ないと防げない臭いって時点で、十分ヤバイわ! 何より、あんた自身もめっちゃ臭いわよ!」

「イリアス殿……乙女に向かって『臭い』はひどいですな?」

「ああもう、いいからほら! 入院患者もいる医療ギルドなんだから、浴室くらいあるでしょ。さっさと入ってきなさい!」


 ホントにもう、こいつの研究以外がおざなりなところ、全然変わってないわね。


■□■


 スイレン・ローアは魔族である。


 世の中の人々が〝魔族〟という字面を見て、どういうものを想像するのかは一概に言えない。けど、スイレンに関しては典型的な魔族と言えるでしょう。


 濃紺の肌色に金色の目、灰色に近い髪色と側頭部から生えている巻角。

 その外見だけを見れば、お伽噺に出てくる悪魔っぽくはある。けれど、別に人類抹殺を叫びだしたり、世界の敵を標榜していたりするわけじゃない。


 それこそ、そんなものは創作されたお伽噺の中にしか存在しない。

 そもそもスイレンたち魔族の〝魔〟とは、邪悪とか悪鬼を指すものではなく、魔法の〝魔〟のことだ。元々はマギア族って呼ばれてたしね。


 ちなみに、〝マギア〟って言うのは、古代語で〝魔法〟のことを指す言葉。

 つまり魔族とは、〝魔法の扱いに長けた種族〟っていう意味なのよ。何しろ現代で使われている魔法の基礎理論は、すべて魔族が確立したと言われているほどなんだから。


 そういう意味でも、スイレンは典型的な魔族だ。


 彼女は治癒術士であるけれど、冒険者じゃない。治癒魔法の腕前は超が付くほどの腕前だけど、所属ギルドも医療ギルド一本にしぼり、治癒魔法の研究に没頭している。

 その卓越した治癒魔法は死者蘇生の域にまで手が届くのではないか? と、周囲の期待は計り知れない。


 逆の言い方をすれば。


 スイレンは治癒魔法という一点にのみ特化したダメ人間だ。本人は〝普通〟を公言しているけど、研究に没頭すれば寝食を忘れ、身だしなみにも気を配らず、下手すりゃ家事スキルはまったくないかもしれない。


 今だって、頭や体を洗うのもあたしがやってるくらいだからね。


「なんであたしは医療ギルドの浴室で裸になって、スイレンの頭洗ってんのかしらね……?」

「いやあ、イリアス殿の介護は最高ですなぁ。あ、角の周りがちょっと痒いです」

「あんた、いっそマスタースライムの中に叩き込んでやろうか?」

「そ、それは勘弁願いたいですな……」


 いやでも、いいアイデアかもしれないわね。汚れと臭いだけを食べてもらえるし。

 ついでに、魔法の技術も身長も、何もかも一割引で出てくることになるかもしれないけどね。


「はい、終わり」

「いやはや、面目ない」


 ざぱーん、とお湯で汚れと泡を洗い流し、あたしたちは揃って湯船に浸かった。

 そういえば、スイレンと初めて出会った時もこんな感じだったわね。


 あたしがまだ冒険者として駆け出しだった頃、仲間になってくれる聖獣を求めてルティと一緒に世界各地を転々としていた時、どっかの森の中で泥まみれのスイレンと出会ったんだっけ。

 あまりにも汚れてたからゾンビやグールかと思って攻撃仕掛けそうになったんだけどギリギリで魔族だって気づき、綺麗な川側で今みたいに洗ってあげたんだったかな。


「それにしてもイリアス殿、同じ街に住んでいて随分とご無沙汰でしたな。かれこれ……五年ほどになりましょうか」

「あー、そんくらいになるのかしら? あんたは……相変わらずっぽいけど」

「そういうイリアス殿は……ふむ、そちらも相変わらずで?」

「どこ見てんのよ」


 あたしの胸に注がれるスイレンの目ン玉に向かってお湯をぶっかけてやれば、鼻や口に入ったのか、予想以上に咳き込んで悶絶しやがった。口は災いの元とはよく言ったものよね。


「げほ……イリアス殿は相変わらず悪逆非道ですな……ゲッホゲホ」

「デリケートな話をぶっこんで来るからでしょ」

「別におっぱいの話はしてないですぞ?」

「てか、やっぱりあたしの胸を見てたのね?」

「……おお! 相変わらず見事な策士っぷり。おみそれしました」

「あんたが迂闊なだけじゃないかしら……」


 ホント、治癒魔法のこと以外はてんで駄目ね。

 でもまぁ、だからこそ昔と変わってないなぁって少し安心した。


「そういえばスイレン、あなた最近は再生魔法とか言うのを研究してるの?」


 あたしの記憶が確かなら、以前は風邪とか腹痛とか、従来の治癒魔法じゃ治せない病気に効く魔法の開発をしていたように思う。


「左様ですぞ。以前の研究は完成の目処がついたので、後続に任せたのですよ。それで手が空いたので、次は再生魔法について研究しようかと」

「てか、再生魔法って何?」


 あたしの記憶が正しければ、魔法は攻撃、治癒、強化、弱体の四系統。召喚魔法は大きく分けると攻撃魔法だ。たまに製作使役クラフトマギアも──名称に〝マギア〟って付いてるから──魔法の一種に思われるけど、あれは魔力を使わない。もし魔法らしきものを使ってるとしたら属性精霊だし、属性精霊との契約はどちらかと言うと調教士の技能に近い。


 なので、再生魔法というのは……うーん、あたしが記憶してる限りだと、聞いたこともないのよね。


「再生魔法は、我が研究している新しい魔法ですぞ」

「新しい魔法?」


 反復するあたしの言葉に、スイレンは大きく頷いた。


「大分類に分ければ、時空魔法となるのでしょうな」

「いやその……時空魔法ってのも初耳なんですけど?」

「確かに耳慣れぬ魔法系統かと思いますが、イリアス殿は時空魔法を立派に利用しておるではないですか」

「あたしが? いや、そもそもあたし、魔法が使えないんだけど」

「契約している聖獣を喚び出す方法ですよ」

「あれは魔法じゃないわよ?」


 いやまぁ、だったらどうやって喚び出してるんだ? って聞かれても困るけど。

 確かに喚び出す時は、魔法陣が描かれるしそこから聖獣たちは出てくるわ。


 でもね、使ってるあたしとしては、喚び出した時に魔力を消費してるって感覚がまったく無いの。

 魔力を消費しないなら、それは魔法じゃない──って言うのが、〝魔法〟という現象に対する一般的な理解よ。


「調教士が聖獣を帯びだす現象も、魔法の一種だと思うのですがなぁ……あいにくと我は治癒魔法が専門。畑違い故、その辺りの話で突っ込んでくるのは勘弁して欲しいですぞ」


 あたしの指摘はスイレンも承知済みだったようで、首をひねりつつも否定も肯定もしなかった。


「ともかく、イリアス殿は距離を問わずに聖獣たちを喚び出せるであろう? そういう、時間と空間を無視して事象を起こす力を、我は時空魔法と定義しているのですよ」

「再生魔法も、つまり大枠で見ると時間と空間を無視して事象を起こす魔法ってこと?」


 なんとなく理解したことを投げかけてみれば、スイレンは「然り」と頷いた。 


「再生魔法というのは、破損や欠損した部分を元のように再生させる魔法──と、我は定義しております」

「定義? ……ああ」


 そうよね。再生魔法も時空魔法もスイレンにとってはまだ研究中の魔法だ。使える使えないは元より、実際にそんな魔法が発現可能かどうかも含めて研究中ってことなんでしょうね。


「いや、時空魔法も再生魔法も不可能ではないと思っておりますぞ」


 あれ? てっきり理想を前提に「あったらいいな」とか、そういう気持ちで研究してるものだと思ったんだけど……スイレンは確固たる自信があるみたいね?


「イリアス殿の聖獣を喚び出す現象を時空魔法と定義すれば、再生魔法にもすでにその現象を再現しているものがあるのですよ」

「そうなの?」

霊薬エリクサーです」


 霊薬──それは一般的には回復薬の最上位版と思われている。

 あらゆる怪我や病気を癒やし、呪いの類も解除して、対象を万全の状態に戻す奇跡の薬。


「あ、そっか」


 霊薬は、使った対象を万全の状態に戻す。それは、腕や足を失っていても再生させてしまうのだ。

 まさにスイレンの言う再生魔法と同等の効果と言えるでしょう。


「つまりスイレンは、霊薬と同じ効果を発現させる魔法を作り出そうとしているってわけね」

「然り。実際に〝再生〟と呼べるような現象を引き起こす薬があるのです。治癒術士がポーションと同じ効果を魔法で発現できるなら、霊薬の効果とて魔法で発現できても不思議ではない──我はそう考えているのですよ」


 なるほどねぇ……確かにそれが実現できれば、治癒魔法の革命と言えるでしょう。この世から、あらゆる怪我や病気が根絶されると言っても過言じゃない。

 それはまた、随分と壮大なことを成し遂げようとしてるわね。


「でもさぁ、だったらあの研究室の悪臭はなんなの? いろんな薬品や魔物の素材を一緒くたに煮込んだような臭いだったじゃない」

「いやあ、あれは霊薬を作り出そうとした結果なのですよ。本来の素材は入手するのが難しいので、代替品を作ろうと思っておりまして……まぁ、失敗続きではありますが」

「えっ?」


 霊薬を……作り出す?

 自力で?

 人工的に!?


「そんなことができるの!?」

「レシピは完成させましたぞ」

「嘘でしょ!?」


 あたしは思わず湯船から立ち上がり、叫んでいた。


「ちょっ、イリアス殿! モロ見えですぞ!?」

「いやいやあんた、霊薬のレシピよ? そんなもんがあるなら、再生魔法とか研究してないで霊薬完成させなさいよ! 何やってんの!?」

「お、落ち着くですよ、イリアス殿。いくら女同士でも、全裸で詰め寄るのは如何なものかと!」

「いや、だってさぁ……」


 霊薬だよ? あらゆる症状を根治させる万能薬だよ? それを人工的に作れるっていうのなら、世界をひっくり返すも牛耳るのも自由自在にできるじゃない。

 これが慌てずにいられますか。あたしの裸で良ければ、いくらでも見せてあげるわよ。そんだけ価値があることなのよ!


「ま、まぁ、我とて霊薬の素材を全部揃えてくれると言うのであれば、この身を捧げてもいいと思いますが……はっきり言って、現実的な材料ではありませんぞ?」

「そうなの?」


 スイレンの話によれば、霊薬の材料は全部で四つ。


 一つ目は、始祖龍の生き血。

 おっと、これは初っ端からぶっ込んできたわね。始祖龍なんて、あくまでも伝説じゃん? 神話にしか登場しない存在じゃないのよ。

 まぁ、現実的に考えればダンジョンの外にいるドラゴン……それこそ、エンシェント・ドラゴンの血で代用できないかしら?

 え? それでもギリギリ?

 あ、そっすか……。


 二つ目は、原初の砂粒。

 これはちょっと聞いたことがないけど、スイレン曰く、この世界を創造した始祖龍が最初に誕生させた大地の砂のことらしい。

 なんだそりゃ?


 三つ目は、失楽園の結晶。

 うん? それも聞いたことないぞ?

 けど、スイレンが言うには、時間という流れの中、様々な選択をしてきた人類が選ばれなかった世界の記憶が結晶化したもの──ということらしい。

 なるほどな? はい、わかってません。


 そして最後は、理外の雫。

 この世界には存在しない──それこそ異世界とも呼ぶべき、この世の理から外れたものならなんでもいいらしい。

 最後の最後で、なんでそんな投げやりなの?


「……あんた、思いついたことを適当に言ってない?」


 四つの素材の説明を受けたあたしが、真っ先に口に出た言葉がそんな呆れたセリフでも、決して怒られるものじゃないと思う。


「失敬な! 我は真面目に申しておりますぞ!」


 怒られた。

 てか、マジで言ってたんだ……。


「いや、あんたね? 始祖龍の生き血やら原初の……砂粒? あとなんだっけ? ともかく、どれもこれも現実的な素材どころか、あんたの考えた〝さいきょーのそざい〟じゃないの?」

「違いますぞ! ちゃんとこれには根拠があるのです! 過去、何度かこの世に登場した霊薬に関する資料をつぶさに精査し、確信に至った結論であります! まぁ、各素材の名称に関しては、もしかすると別称があるのかもしれませぬが……」

「えー……ホントにぃ?」


 なんだか嘘くさい……けど、それを言ってるのがスイレンだからなぁ。案外、本当なのかもしれない。

 こいつが研究し、そこから導き出した結果として『そう』だと言うのなら、割と確度の高い情報なのよね。そのくらい、あたしは研究者としてのスイレンの能力は信用してる。


 だってこいつ、たぶんだけど〝復調ディテクション〟を完成させたのよね?


〝復調〟は身体に与える悪い影響──毒とか麻痺とかを回復させる魔法なんだけど、それが世に広まり始めたのって、ここ二、三年の話なの。

 その時は、そりゃ大騒ぎだったわよ。だってキュアポーションがいらなくなるんだもの。

 それでいて、スレインが再生魔法の研究に取り組み始めたのは、風邪や腹痛といった体調に悪い影響を与える症状の回復魔法の開発に目処が立ったからって言ってたわよね?


 つまり……そういうことでしょ。スイレンがその魔法を作ったってことよね。

 だったら、そんな魔法を完成させたスイレンが言う霊薬の素材も、あながち間違ってないんじゃないかなぁって思う。


 ……それでもやっぱり、嘘っぽいけどさ。


「まぁ、イリアス殿が疑うのもわかりますぞ。我とて、そんな素材が簡単に入手できるとは思っておりませんからな。もしかするとダンジョンの何処かにあるやもしれませんが……それを期待するわけにもいきますまい。なので、既存の素材をかけ合わせ、各素材を擬似的に作り出そうとしているのです」


 その結果が、あの研究室の悪臭騒ぎってわけね……なんとはた迷惑な。


「イリアス殿は冒険者でありましたな? それも、〝トレジャーハンター〟の称号を与えられるほどの。もしダンジョンで霊薬の素材を見つける幸運に恵まれましたら、是非とも我のところへお持ちくだされ。言い値で買い取らせていただきますぞ」


 あらまぁ、それはなんとも太っ腹な。

 でも──。


「残念だけど、あたしは冒険者を引退したのよ」

「おや、そうなのですか? では、今は何を?」

「今は雑貨店を営んでる」

「えっ? イリアス殿がお店を!? お、おぉ……それは驚天動地ですな……」


「ちょっと、それってどういう意味?」

「いやぁ、あまりにも似合わな……いだだだだっ!」

「なんか言った?」

「えっ、笑顔で人のおっぱいを握り潰そうとせんでくだされ!」


 おっぱいを握り潰されるようなこと言うからでしょうが、まったく。


「し、しかし、イリアス殿が冒険者から商売人に転職したと言うのなら、本日は何用で我のところへ? てっきり、我の治癒魔法が必要な事態かと思っておったのですが……」

「あー、いや。自分の店を持った今、あちこちのギルドを回って営業してるのよ。で、医療ギルドの知り合いはあんたしかいなかったから、顔を出してみたの」


「おお、そういうことでしたか。我の医療ギルド内の立ち位置は、治療専門ではなく怪我や病気に関して、より有効な効果を模索する研究者の立場。必要な備品の仕入れに関しては、我の独自裁量でなんとでもなりますぞ」

「おっ」


 これは……もしかして、期待できる?

 スイレンは、性格はともかく医療ギルド内だとそれなりに高い地位にいるっぽいし、上手く商品取引の契約が結べれば大きな商談になるんじゃない?


「しかしですなぁ……再生魔法の研究は、まだ始めたばかり。求める素材は霊薬のものなのですが、それは如何にイリアス殿でも簡単ではありますまい。将来的には何かしらの素材や道具を定期的に購入させていただくことになりましょうが、今のところは──」

「そっかぁ……」


 そもそも魔法の研究をしてるしね。

 今はどうやら再生魔法の研究のため、同じ効果を示す霊薬を手に入れて分析したいっぽいけど、本来の魔法研究ってのは、元からある魔法をより効果的に効率よく使う方法を模索するもの。

 その工程で、街の雑貨店から買えるような商品に用はないって言うのも……まぁ、わかる。


「……あ、いや、ありますな」

「え、なんか欲しいものあるの?」

「イリアス殿が商人と言うのであれば、少々相談したいことがありますぞ」

「おぉ……」


 半ば諦めかけていただけに、スイレンのその言葉はちょっと嬉しい。裸でサービスした甲斐があるってもんだわ。


「現物を見てもらった方が早そうですな。研究室に来てくだされ」


 そう言って、スイレンがザバーっと湯船から立ち上がった。

 えぇ~……あの悪臭漂う部屋に戻るの?

 まぁ、商売の話があるのは嬉しいけどさ……悪臭に見合うだけの話であることは、期待するわよ?

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