エピローグ そして日常は戻りけり

 ギルドマスターの依頼で勇者候補のハーキュリーを救助するため、ダンジョンの地下三十一階層に潜り、そこでグリゴリとかいう化物を倒した後──地上に戻る途中でフェンリルと合流したあたしとハーキュリーは、そこから一日くらいの時間を要して地上の拠点村に戻ってくることができた。


 ハーキュリーは致命傷ではなかったけれど、グリゴリとの戦闘もあってそこそこの重症だったこともあり、拠点村の医療施設に放り込んである。「あとはよろしく!」って感じで、あたしは第三前線都市に戻ってきた。


 ホントだったら真っ先に自分の家に帰ってベッドで横になりたいところだけど、そうも言ってられない。まずは冒険者ギルドへ報告だ。

 ギルドに顔を出すと、ミュールがすぐに気づいてくれてギルドマスターのところに案内された。


「帰ったか、イリアス。それで、ハーキュリーはどうなった?」


 冒険者ギルドにとって、勇者って称号を持つ冒険者はあらゆる場面での旗印になる。ギルドマスターが食い気味に詳細を求めるのもわからなくはない。


「ハーキュリーの救助は成功。ちょっと大怪我を負ったけど、後遺症が残るものじゃないわ。組んでたパーティは一人が片腕を失う重症で、残り二人は死亡。ちょっとイレギュラーがあってさ」

「イレギュラー? なんだ?」

「ギルマスが冒険者時代に義父さんと一緒に狩った化物がいたでしょ。ヴォイド・ドラゴンより厄介な奴。たぶん、あれと同系統の奴だと思うんだけど、そいつに襲われてたのよ」

「なんだと!? それなら──」

「ああ、ちゃんと仕留めておいたわよ。だからこれ以上、被害が出ることはないんじゃない?」

「お、おう、そうか……それは助かった。報酬に色を付けとこう」

「まいどあり」


 やれやれ、これで面倒な仕事も一段落ね。


「それじゃ、あたし本業があるからこれで。もう面倒な役割を押し付けるのはやめてよね」

「イリアス、おまえの目から見て、ハーキュリーはどうだ?」


 お役御免かと思って帰ろうとしたら、そんなことを聞かれた。

 わかってるわよ。勇者の称号を与えるに足るかどうかってことでしょ。


「まぁ、いいんじゃない? 本人に受ける気があるならそうすれば?」


 あたしだって、別に義父さん以外が勇者の称号を持つなんて嫌だ~、なんて子供っぽいことを言うつもりはないわよ。別にどこの誰だろうと、勝手に名乗ってりゃいいと思う。


「でも──」


 そう、〝でも〟だ。

 一つだけ、譲れないことはある。


「勇者って称号を与えて使い潰すつもりなら、許さないからね?」

「……肝に銘じておこう」


 ま、このギルマスなら大丈夫でしょうけどさ。

 それでも一言、言っておきたかった。

 これで今度こそ、冒険者としての仕事はおしまい。


■□■


 そんな雑事を済ませて、ようやくあたしは自分の店に帰ってきた。

 けど、そこにルティの姿はなかった。あたしの置き手紙がそのままだったし、どうやら一度も帰ってきてなかったっぽい。

 代わりにやってきたのは、あたしの制作技術の師匠であるダラカブさんのとこに放り込んでいた聖獣のヨルムンガンドだった。


「あ~る~じ~さ~ま~……このわたくしを残して一人気ままにダンジョンでお散歩するとは、紛うことなき鬼畜の所業でございますねぇ」


 ふっふっふ、と含み笑いをするヨルの目は、なんというか仄暗い洞穴のような目をしていた。


「ま、待ってヨル。いやさヨルちゃん。ちょっと目が据わってて怖いんだけど……」

「そりゃそうですよ、もーっ! ホント大変だったんですから、もーっ! なんでわたくしを一人残していなくなっちゃうんですか、もーっ! もーっ!」

「いつからあんたは牛になったのよ……」


 モーモーモーモー鳴く……いや、泣く? なんかどっちの意味でも間違ってないようなヨルの様子は、そりゃもう心身ともに疲労困憊って感じだわ。


「あのドワーフなんなんですかいったい!? 恐ろしい……ええ、そうです。わたくしは生まれて初めて恐怖というものを感じました。あれはダメです、ヤバイです。正気の沙汰とは思えません……。まるでわたくしの脳内からすべての知識を引き出そうと、ネチネチと執拗に容赦なく……逃げても何故か見つかり、椅子に縛り付けて昼夜を問わず……ひぃ~っ! もうヤですぅ! わたくしお家に帰りたいですぅ!」


 ヨルが面白いくらいコロコロと表情を変える百面相になってる。

 いったい何をしたのよ師匠。見た目が幼い少女でも、中身は聖獣なのよ。そんな相手にトラウマを植え付けるって……怖いから、深く考えるのはやめとこ。


「それで、魔導ランタンの件ってどうなったの?」

「ああ、はい。冒険者ギルドに最初納品したのを皮切りに、結構数が出てますよ。やっぱり一度使うとその利便性が理解できるみたいで、高ランクの冒険者が、あの鬼畜ドワーフの店で購入してます。また、中流家庭以上のとこが家庭用に導入し始めてますね。それと、魔導ランタンの技術を応用した街灯設備を配置する公共事業も計画されてまして、各ギルドが動き出してます」


 おお……わずか十日ばかり街を離れている間にそこまで話が進んでいるとは……さすが師匠、商売にも抜け目がない。


「また、魔導ランタンとは別に刻印詠唱を使った新商品の開発も進んでます。形になりそうなのは冷暖房、小型食料庫、浄化装置、魔導車といったところでしょうか」

「えっ、なにそれ!?」


 なんだか興味深いワードが続々出てきてるんですけど!?

 そこんとこをヨルに問いただしてみたら、どうやら師匠が光の刻印詠唱だけでなく、熱や冷気、浄化の刻印詠唱もマスターしたらしくて、その技術を使って室内気温の調整用魔道具やら食料保存用の小型食料庫、汚水や汚物の処理装置、さらには馬を必要としない荷車の開発に着手したらしい。


「温度調整するのは火魔法や氷魔法の応用か……。汚水や汚物の処理装置は浄化魔法よね? でも馬を必要としない荷車って何よ」

「属性を持たない物体干渉の魔法ってご存知ですか? こう、衝撃波を飛ばす感じの魔法なんですけど」

「あー、たまにヴィーリアが使うわね。威力はそんなにないけど、相手の体勢を崩すのに使うやつ」


「わたくしは見たことないですけど、お話を聞く限りではそれで間違いないかと。その衝撃を利用してですね、ピストン? とか言うのを上下運動させるんですよ。そこにこう、細々こまごまとした歯車やら何やら取り付けて、車輪を回転させるんですって」

「なにそれ凄い!」


 マジかー……師匠、やっぱ凄いなぁ。その発想はあたしにもなかったわ。

 いちおう、刻印詠唱を使う技術に関してはあたしも共同開発者という立場にあるけど、魔導ランタン以外の魔道具に関しては何もしてない。ヨルの話を聞く感じだと、どうやら刻印詠唱の技術は、今後、さまざまな分野に発展して技術革新が起きそうだ。


 いちおう、その恩恵を(金銭的な意味も含めて)あたしも受けられそうだけど、これでもあたしだって造り手側の一人。やっぱ師匠に負けない魔道具を作りたいわね。


「そういうわけで、色々開発が進んでますので……主さま」


 あたしが創作意欲を燃やしていると、ヨルが今まで見たこともないほど清々しくて爽やかで、晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。


「あの鬼畜ドワーフが、主さまが戻ってきたらすぐに連れてこいとおっしゃってましたので、これから一緒に行きましょ?」

「え……?」


 それってつまり、新しい商品の開発でテンション爆上がり中の師匠に連れて行こうって話……?


「え、嫌よそんなの。物作りに没頭してるドワーフのとこに行ったら死ぬでしょ」

「うふふ、うふふふふ」

「えっ、ちょ……まっ、待ってヨル! 嘘でしょ!?」

「うふふふふふふ」


 あ、ヤバイ。この子、目が据わってる……。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 かくしてあたしは、抵抗するにはしたけどろくに逆らえず、師匠のところへ連行されるのだった。


■□■


 それから一ヶ月……えっ、一ヶ月!? ちょっと待って、本当に一ヶ月経ってるの?


 師匠のとこに拉致られて、開発途中の魔道具を基礎設計から任されたもんだから、刻印詠唱の処置も製作使役クラフトマギアの腕も飛躍的にアップしたけれど、ほぼ食事以外の休みはなく、睡眠時間もあってないような環境にいたもんだから時間の経過が曖昧だわ。

 それでも開発の目処が立ったことで、なんとか師匠の工房から脱出できた。


 あたしは自由よーっ!


「あら、店長。お帰りなさい」


 家に帰ると、そこにはルティがいた。食堂も再開していたようで、今は昼の営業が終わって夜に向けて準備をしているみたいだった。

 なんだか久しぶりに顔を見た気がするわ。


「ルティ~っ!」


 だからなのか、ルティの顔を見たらなんか気が緩んじゃった。思わず抱きついてる自分がいる。


「あらあら、なんですか店長。子供じゃあるまいし」

「いやもう、今回はホント疲れた……。ルティがいない間に冒険者ギルドからの要請でダンジョンに潜って、帰ってきたら刻印詠唱の技術で師匠が新商品の開発に乗り出してて巻き込まれ、あたしの心はすり減る一方だよ」

「それなら、私を喚べばよかったじゃないですか」

「それは契約時の約束違いになるわ」


 そう──あたしとルティは契約で結ばれた関係だ。


 それは別に、雇い主と従業員とか、主人と従者みたいに金銭で結ばれたものとは違う。

 調教士と聖獣が結ぶ契約に基づく契約だ。

 つまり、ルティは聖獣である。ヴァルキュリアと同じ人型の聖獣であり、あたしが調教士として最初に契約を結んだ聖獣でもある。


 ただし、その契約内容には様々な条件が盛り込まれている。


 ダンジョンへ一緒に潜るのはいいけど、戦闘面での協力はしない。指示や命令に対して拒否することができる。

 逆に、指示がなくても独自判断で戦闘行為に手を貸したり、喚び出さずとも一緒にいられるうちは一緒にいてくれる。


 早い話、契約は結ぶけど個人対個人の対等な付き合いをすること──というのを条件に、契約を結んだわけだ。

 なので、グリゴリとの戦闘時にルティを喚ばなかったのは、こっちの都合で一方的に喚び出すのは契約違反だと思ったからなのよね。


「あまり無理をしないでくださいね、。本当にダメだと思った時なら、喚んでくださっても構いませんから」

「今度からそうするぅ~……」

「約束ですよ……て、いつまで人の胸に顔を埋めてるんですか?」

「柔こくて気持ちいい……」

「店長?」


 おっと、これ以上はルティの機嫌を損ねてしまう。

 何事もほどほどにね、ほどほどに。


「とりあえずルティ、あたしお腹が空いたからさ、なんかご飯ある?」

「はいはい、わかりました。じゃあ、ちょっと待っててください」


 そうしてルティは食事の準備を始めてくれる。

 あたしは休憩中の食堂にあるカウンターに腰を下ろした。

 やっと、平穏な日常が戻ってきた気がするわ。



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これにて、「イリアス・フォルトナー雑貨店の営業日誌」第一幕は終了です。

以降の展開につきましては、そのうちこちらでも公開するかと思います。


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数多くの作品に埋もれて本作に気づかない他の読者の方々にも、評価が多くなれば届くかもしれません。それに作者のやる気もあがります。


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