第9話 試作品第一号
あたしの店、イリアス・フォルトナー雑貨店の看板商品にしようと計画している量産型魔導具の完成に向けて、試作品製作が始まった。
ルティからミスリルと魔石を使って魔法効果を継続的に発動させる刻印詠唱の方法を聞いたときは、「これで出来る!」って思ったんだけど……それが思いのほか厄介だった。
例えば、刻印する〝呪文として意味のある形〟には厳密に形が決まっていること。
文字はちゃんと読める形にしなきゃいけないし、図形を用いるなら線の長さ、角度、重なる位置を正確に刻まなくちゃいけない。
それは、ぶっちゃけ人の目で見ても差異がわからないほど細かい。それを指輪やイヤリング、バングルなどに刻めと言うのだ。
うん、それ無理! めちゃくちゃ緻密な作業なんですもの。
他にも問題はあるのよ?
それが、〝文字と図形は兼用できない〟ってこと。
前にルティが言ってたけど、刻印詠唱の〝刻印〟ってのは文字や図形でも通用するような代物なんだけど、文字は文字、図形は図形と分けられてしまう。
なんて言うのかな……系統が違う、って言えばいいのかしら? 図形と文字は同じ〝文様〟と見做されないようなのだ。
なので、図形で書くのが難しいところを文字に、文字で書くと長ったらしくなる箇所を図形に──っていうことができなかった。
おかげさまで、あたしは悪戦苦闘の日々を送っている。ダンジョンからサンプルの魔導具を入手して帰ってきてから、かれこれ一〇日は過ぎてるかしら。
その間、必死こいて試作品を作り続けているけど、今のところ成功した例は一個もない。
「わたくしが思いますに、最初は簡単なものから挑めばよろしいのでは?」
人工魔導具の共同開発に取り組んでもらっているヨルから、そんな提案があった。
「主さまは魔法に疎いご様子。となれば、刻印詠唱で用いられる図形がどのような意味合いのものなのかも、ご存じないのでございましょう? 理解できていないものを正確に刻むというのは、難しいのではないでしょうか」
「う~ん……確かにそうかも」
「主さまの当初のご要望では、身体強化を軸とした魔導具でございました。それに合わせ、わたくしがご教示いたしましたのも身体強化の魔法でございます。しかし、そのせいで通常とは違う面倒な術式が加わっておりまして……」
「問題?」
「本来の魔導具は、魔石に封じ込められた術式と、装具を身につけた装着者の魔力を直接繋ぐだけでいいのです。しかし、人工魔導具の場合、魔石は魔法効果を発動させるための動力源でございます。となると、身体強化の魔法はミスリルという金属生命体が使っていることになります。それを身につけたところで、装着者にはなんの恩恵も得られません」
「ダメじゃん」
「ですから、ミスリルには魔石から魔力を抽出する術式と、発動させる魔法を装着者に付与する術式の両方を刻む必要があるのです。わたくしがお教えした刻印詠唱もそのようになっております」
つまり……人工魔導具は、ダンジョンで見つかる天然の魔導具と違って、必要な術式が一個増えてるってわけだ。その分、刻む図形も多くなって煩雑になっている──と。
「なので、ここはひとつ、発想を転換されてみては如何でしょう?」
「発想を転換って?」
「魔導具だけで完結したものを作る……とか」
「んん?」
それって……どういうものだろ? うぅ~ん、パッと思い浮かばないぞ。
「例えば、一回触ると灯りが点き、もう一回触ると消える──といったものは如何でしょうか」
「う~ん……?」
それって、すっごい地味っていうか……わざわざ魔導具で作る意味あるのかしら?
「地味かもしれませんけれど、触っただけで灯りが点く、というのは日常使いとして便利なのでは?」
「……なるほど」
そういう風に言われると、確かにそうかもしれない。
人間、夜も活動するしね。その際の灯りはランタンだ。油を入れて、芯に火を点けて天井から吊している。
火を点けるのだって、火打ち石とか竈の火種を使ってるんだ。
それらの手間を省けるってのは……うん、確かに便利かもしれない。
「よし、その路線でいってみましょう」
そういうわけで、身体強化系の魔導具はいったん保留にして、魔導具だけで完結する道具製作に取り組むことにした。
作るのはランタン──魔導ランタンと命名しましょう。
一回触ると灯りが点き、もう一回触ると消える感じで……そうね、明るさは室内が日中と変わらないくらい照らされる感じの光量が理想かしら。
大きさは……うーん、日常使いってことを考えると、あまり小さすぎてもダメだから、あたしの握りこぶしくらいの大きさで良いかな?
そんなあたしの考えを伝えると、ヨルも「よろしいのではないでしょうか」と首を縦に振ってくれた。
「そうなりますと、形状が重要になりそうです」
「形状?」
「この場合、発光するのは魔石でございます。極端な話、ゴマ粒ほどの魔石でも……そうですね、使用頻度にもよりますが、五年は夜の室内を煌々と照らすことができるかと」
「ゴマ粒……」
それだけで五年も保つのかぁ……商品として、それはアリなのかしら?
定期的に売れないと困るんだけど……まぁ、いっか。今は人工魔導具を完成させるのが優先だしね。
「ゴマ粒サイズの魔石だと、取り付ける土台のミスリスはちっちゃくてもよさそうね。大きすぎても不格好だし材料費も高くなっちゃうし……」
「ですが、小さすぎては刻印詠唱を刻むのが困難になってしまいます。使用するミスリルの量も、ある程度多くなければなりません」
「あー……それもあるわね」
試しに、ヨルに光を灯す刻印詠唱の図式を教えてもらったけど、少なくとも手の平サイズの広さは必要かなって思える形だった。
「文字にするとどうなの? ルティが光の魔法を使った時は『光あれ』みたいな短い言葉で使えてたけど?」
「文言詠唱は口に出す言葉は最後の一押し、言わば発動の引き金のようなものでございます。その前に、心で呪文を詠唱し、術式を組み上げているのでございます」
なるほどな?
いや、あたしは魔道士じゃないから、その辺りの仕組みはわからんけれども、まぁ、頭の中で唱えた呪文も有効ってことなんでしょう。
実際、ヨルに正しい光球の呪文とやらを教えてもらったら、これまたそこそこ長い呪文だった。
これをミスリルに刻むとなれば、やはり手の平くらいの面積は必要かもしれない。
となると……やはり、デザインが一番重要になってくるかな。平べったいミスリルの板に刻印詠唱を刻んでゴマ粒サイズの魔石をくっつけただけだと、ちょっと困るわよね。
「んー……提案なのですが、従来のランタンと同じ形は如何でしょう?」
そう言って、ヨルはうちの工房でも使っている夜間の明かり用のランタンを指さした。
そのデザインは四角錐で四面を磨りガラスで囲み、細い針金のような持ち手が付いているような……まぁ、どこにでもあるランタンよ。
「この芯の部分に魔石を設置し、基本の骨組みをミスリルにするのです。そうすれば刻印詠唱を刻む場所も確保できますし、蓋の部分は通常の金属でも構いません。持ち手部分を握ることで、明かりが点いたり消えたりする仕組みにします」
「えっ? 刻印詠唱って、魔石を中心に置いたりとかしなくていいの?」
「問題ありませんよ。極端なことを言えば、一枚のミスリル板の端っこに魔石を設置し、逆の端っこに刻印詠唱を刻んでも魔法は発動いたします。途中で切れたりすると駄目ですが……」
へぇ~、そうなんだ。
そういうことなら……うん、ヨルの案でいけそうね。
そうなると、必要な材料はガラス板にミスリル、それと魔石。それでなんとか作れそう。
「んじゃ、早速作ってみましょう」
まずは……冷却時間が必要になるガラス板から作りましょう。
むっちゃ高熱が必要になるから、室内の作業場じゃ無理。なので、裏手の野外作業場で作らなきゃならない。
そりゃあね、うちの雑貨店は一通りなんでも自作できるように、素材と適切な作業場は完備してるの。今回の件でなくたって、例えば普通の金属製品が欲しいっていう人がいたら、金属製品を加工するのに耐火や防火処理を施した作業場は必要じゃない?
それがここ、店の裏手にある野外作業場ってわけ。
えーっと、材料はあったかしら?
石灰石に重曹……珪砂もあった。加工に必要な溶錬炉と溶かしたガラス液を流し込む型もおっけー。
「では!」
早速、製作使役を実行するわよ。
「
唱えると、準備しておいた石灰石に重曹、それと珪砂がふわりと舞い上がり、空中で混ざり合う。
「
混ぜ合わさったガラス素材を溶錬炉の中に移動させて、あとは使役した精霊たちにお任せ……じゃないのよ、これが。
精霊たちはあくまでも力を貸してくれているだけで、全自動で完成まで持っていってくれるわけじゃない。どういう風に加工するのか、どういう形にするのか、それは使役している作り手のイメージが重要になってくる。
まぁ、今回は温度をガンガンに上げてドロドロに溶かし、型に流し込むだけだからイメージもへったくれもないんだけどね。
ただ、風霊と炎霊を同時に使役してるから、ちょっと面倒な部分もある。風霊と炎霊は相性が悪くないので、それなりに経験を積んだ制作者なら誰でもできると思うけど、そもそも精霊を複数同時使役ってのは難易度高いのよ、これが。
それはともかく。
溶錬炉の中に風霊と炎霊の二体を同居させて熱量をガンガン上げて、素材をドロドロに溶かし、それを型に流し込むとこまで進んだ。
あとは薄くなるように上から圧を開けて冷却させれば完成。一気に冷やすと割れちゃうから、自然冷却させるためにしばらく放置しなきゃだけど。
「ふぅ……」
……これ、人の手だけでやるとしたらもの凄い重労働よね。ほんと、世の中の道具作りで精霊の協力がなかったら、人間の生活って詰んでるわ。
精霊さまさまね。
「次は骨組みか」
ランタンの骨組み製作は室内での作業になる。
というわけで、再び室内の作業場へと移動。
まずは台座部分。こっちはミスリルで作ることになる。
「
作業台の上にはミスリル板に各種鍛冶道具。使うのがミスリルみたいな金属だから、鍛冶の道具で加工してくことなる。
「
金属を加工するのに炎霊の力を借りないのかって?
そりゃ、こっちはミスリルを叩いたり切ったりするので、力を借りる精霊は地霊で十分。もちろん火は使うけど、炎霊に協力を仰ぐほどの高温は必要ないもの。
それに、ガラスの場合は複数の鉱物を溶かし合わせて別の鉱物にしてるから、炎霊でなくちゃダメってのもあるのよ。
はてさて。
そんな感じでミスリルで作った台座と、普通の鉄板で作った蓋も完成しましたよっと。
あとはこの台座に刻印詠唱を刻んで……魔石を火種部分に設置……これでよし。
形としてはしっかりできた気がする。問題は、刻印詠唱が正しく刻まれているかどうかだけど……どうかしら?
「主さま、ガラスをランタンの骨組みに合わせて切り分けておきました」
あたしが骨組みの方に集中している間に、ヨルが気を利かせてガラスの処理をしておいてくれた。
「お、ありがとー。じゃ、最後の仕上げといきましょう」
ここまで来ると、あとは作っておいた各種パーツを組み合わせれば……。
「かんせ~い」
ここで拍手なり喝采なりが欲しいとこだけど、ヨルは「はてさて、ちゃんと出来ましたかねぇ?」と言わんばかりの態度で見守っている。
確かに、見た目はちゃんと形になったけど、明かりが灯らなくちゃ意味がない。明かりが灯らなければ、完成とは言えないわよねぇ。
「それじゃ起動実験といきますか」
そうして、あたしは魔導ランタンの持ち手を握ってみる。
すると──。
「おおっ?」
つ、点いた! 魔導ランタンの持ち手を握った瞬間、パアァァァッ! と、目映いくらいの明かりがランタンに灯った──ってか、これ、ちょっと……!
「まっ、まぶっ、眩しっ!?」
ヤバイ! 待って、これちょっと眩しすぎる! 目が潰れるうううううっ!
「主さま、一度ランタンから手を放してもう一度握ってくださいませ」
言われるまでもなく、あたしはランタンから手を放して、もう一度持ち手を握った。
すると、眩しかった明かりがすぐに消える。刻んだ刻印詠唱が、きちんと機能してるようでホント良かった。
「ハァハァ……てか何今の!? めちゃくちゃ眩しかったんだけど!」
「おそらくですが、ミスリルの純度が高すぎたのかもしれません」
ヨルの話では、ミスリルが純度一〇〇パーセントだったので全力全開で効果を発揮したのかもしれない──ということらしい。
「ということは、ミスリルの純度を下げれば明るさも変わる?」
「あくまでも可能性の話でございますが……」
「試してみましょう」
予想であれこれ議論してたって仕方が無い。考えられる可能性があって、その可能性を試せる材料も揃ってるならやってみるのが一番早い。
そういうわけで、ミスリルの純度を九〇パーセントから五〇パーセントまで下げた合金を使って魔導ランタンを作ってみた。
製作使役で一度作ったものは、どういうわけか二度目からは割とすんなり作れるようになる。これは使役している精霊が覚えたからだ──という説が有力だけど、そもそも製作使役する精霊に学習能力があるのかどうかってとこがそもそもの疑問にあって、詳しいことはよくわかってない。
兎にも角にも、サンプルとして純度を九〇パーセントから五〇パーセントまで下げたミスリルの合金を使った魔導ランタンも無事に完成した。ちゃんと明かりも灯りますよ。
そんなサンプルで試してみると、どうやらヨルの推測は正しかったみたい。純度が低下するに合わせて、魔導ランタンの明るさも変わっていった。
「五〇パーセントで十分な明るさを確保できるわね」
「それでは、これで完成ですか?」
「そうね、これでいけそう」
「おめでとうございます」
ここでようやく、ヨルから賞賛の言葉と拍手があがった。
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