第10話 イリアスの師匠

 魔導ランタンの試作品が完成してから約一週間、一般売り用の量産型魔導ランタンの製作に勤しんで、なんとか五〇個ほど売り物になる商品が完成した。

 あとは、どうやって売っていくのかって問題ね。


 こうして完成した今、正直なことを言えば、この魔導ランタンって割と画期的な商品だと思うのよ。

 何しろ、魔道士でなくとも魔法の光を生み出せるんですもの。

 今まで夜の闇を払っていたロウソクや松明よりも明るい。室内で使っても、煤で空気が汚れることもない。そして、日常使いであれば五年くらいは使える。


 はっきり言って、夜の生活が激変する可能性を秘めた発明品だと思うの。

 だから、どういう風に世の中に広めていくのかってことも、ちょっと考えた方がいい気がするわけよ。


 そりゃあ、お金を稼ぐだけなら金持ち相手に高値で売りつけることもできるでしょう。

 なんせ、人工魔導具っていう目新しい技術も使われてるからね。新しいもの好きの金持ちなら、入れ食い状態で飛びついてくると思う。

 けど、それをしちゃうと市井に出回るのにむっちゃ時間がかかることになるんじゃないかしら?


 金持ちってのは希少性の高いものを好むからね。どこにでもありふれた商品じゃ、興味を持ってくれない。まぁ、見た目がゴージャスなら話は別かもだけど。

 この魔導ランタンも、希少性を高めるために「秘匿しろ」って言ってくるかもしれない。

 あたしとしてはそんなこと御免こうむる。なので、大量生産して安価でばらまくのが一番だと思うわけですよ。


 けど、あたし一人の手じゃ一週間かけて五〇個作るのが関の山。

 それに対して、ここ第三前線都市で生活している人の数は二〇万人と言われてる。前線都市は全部で七つあるから、そこまで手を回すと一四〇万人だ。

 あたし一人で作ってたんじゃ、日常使いの一般的な商品にするのに何年掛かるんだって話になる。


 さて、困ったぞ──ということで、ここは若輩者らしく、先達の知恵と力を借りることにしてみた。


「主さま、どちらへ向かわれるのでございます?」


 一緒に連れ出したヨルが、不思議そうに首を傾げて聞いてくる。この子には、引き続き刻印詠唱のアドバイザーとしてご同行頂くことにした。

 だって、あたしじゃわからないことが多いからね。


「あたしのね、製作技術の師匠のとこ。魔導ランタンの量産と普及に協力してもらおうかと思って」

「協力、ですか?」

「残念だけど、あたしの店だけで売り出したところで、魔導ランタンの良さを知ってもらうのって無理だと思うのよね。仮に知ってもらって広まったところで、今度は製造が間に合わなくなる。それだったら、もっと名の知れた大きな工房で大々的に売り出したり、製作の協力してもらった方がいいと思うのよ」


「それで……何故、その製作技術の師匠とやらにご相談なさるのでございますか?」

「それはもちろん、師匠は商売でも羽振りが良いからよ」


 そんな会話をしながらやってきたのは、第三前線都市の西側に位置する商業地区。目の前には、三階建ての巨大店舗が堂々とした佇まいでそびえ立っている。床面積だけで言えば、下手すると商業ギルドより広いかもしれない。


「ほわぁ~……立派な建物でございますねぇ」


 世事に疎い生活を送っている聖獣のヨルちゃんも、師匠の店構えに驚嘆の声を上げた。それくらい、師匠はこの町で成功を収めている職人とも言えるでしょう。


「この建物は、師匠とそのお弟子さんたちが手がけた製品を販売しているショップよ。裏に工房があるの」


 そして、あたしが向かうのも工房の方だ。この時間、師匠なら工房で作業やら指導やらをしているはずだからね。

 なので、お店には入らずに横の従業員用通路を通って裏に回る。綺麗で清潔そうな表とは裏腹に、裏は雑多に物が散らばり、薄暗くて足場も悪い。


 そんなバックヤードを勝手知ったる様子でひょいひょい歩き、すれ違う人達にも不審に思われない堂々たる態度で製品開発の作業場へと足を踏み入れた。

 相も変わらず、あっちこっちから金属を加工したり木材を削ったりする音が響いて、うるさいったらありゃしないわね。


「こーんにーちはーっ! ししょー、いますぅ~~~~っ!?」


 周りの作業音に負けずと声を張り上げてみたけど、作業の音は鳴り止まず、誰かがやってくる気配もな──あ、いや。


「なんでぇ、バカでけぇ声張り上げやがって!」


 五分ほど経って、のっしのっしとヒゲもじゃのドワーフなのかホビットなのかよくわからない樽のようなおっさんが、周囲の作業音に負けないくらいの大声を張り上げながらやってきた。

 この丸っこいおっちゃんが、あたしの製作技術の師匠であるダラカブ・ラッドさん。種族はドワーフで、年齢は確か一三〇を超えてたはず。あたしみたいなヒューマンよりも長命種なので、換算すると五〇代か六〇代くらかな?


 まぁ、ヒューマンの六〇代なんて〝お爺ちゃん〟って言ってもおかしくない年齢なのかもだけど、師匠は今も現役バリバリの職人で商業ギルドの役員もやっているくらい元気だ。


「なんでぇ、どこの誰かと思えばイリアスじゃねえか! なんでぇ、にっちもさっちもいかなくなって、出戻って来やがったか!」


 ……ちなみに、師匠は「なんでぇ」が口癖なので、あまり気にしないでもらいたい。

 それと、かなりガサツで思ったことをすぐ口にしちゃうタイプなので、言うことにいちいち引っかかってたら話が進まくなってしまう。


 めっちゃ面倒くさい。


 それでも、頼りになる時は頼りになるんだから厄介だ。


「ちょっと師匠に相談があるの。商売の話なんだけどね、ちょっといろいろ手伝ってもらえないかなぁって」

「なんでぇ、おめぇがそんなこと言い出すたぁ珍しいな。……ふむ、いいだろう。場所を移して聞こうじゃねぇの!」


 確かにここじゃ、ちょっとうるさすぎて話をするには適してない。

 というわけで、あたしとヨルは師匠の専用作業場へと移動することになった。


■□■


「……ほう、魔導ランタンってか?」


 あたしが今回、師匠のところにやってきた理由を説明すれば、師匠はギラリと視線を鋭くさせた。

 第三前線都市で一番大きな商店を営んでるとか、商業ギルドの役員の一人とかって肩書きがある人だけど、その根っこの部分はあくまでも職人なのよね。

 当然、自分が知らない目新しい商品──技術が出てくると、目の色が変わる。


「どれ、見せてみろ」


 言われるままに、あたしは商品として完成させた魔導ランタンを取り出した。師匠には、口であれこれ説明するよりも現物を直接見せて、何を言い出すのか待った方が早い。


 何しろこの人は、商売人であり職人でもある。

 そもそも職人は、自分の技術向上や趣味趣向を存分に満たせる制作物に傾倒しやすい。けど、「好きなことをやってるんだから」という理由で、お金のことを二の次にする人もいる。

 ただ……自分の好きなものを好きなように作って、それで生活していけるほど世の中ってのは甘くないのよね。


 自分が作りたいものをどうやって世間に認めさせ、日々の糧を得られるようにするのか。


 その辺りの考えや戦略を持ち合わせてないと、職人として生きていくのは難しい──というのが、あたしの持論である。

 その点、師匠はそのバランス感覚が絶妙なのだ。なかなか両立させにくい〝お金になるか否か〟と〝興味を惹かれるか否か〟のバランスを、的確に捉えている。


 そんな師匠の目から見て、魔導ランタンはどう評価されるのか?

 今さらながらに緊張してきた……!


「はぁん……なるほどなぁ」


 どうやら、師匠の評価が定まったらしい。


「なんでぇ、イリアス。おめぇ、これで商売するってか? こんなん売れるか、バカヤロウ!」

「えぇ~っ!」


 いきなりのダメ出し!?


「なんでぇ、この造形は! おめぇ、そこいらにあるような雑なもの作っておもしれぇのか!? しかも、なんだこの歪みは! 繋ぎも甘ぇしガラスにも不純物が混じりすぎじゃねぇか! 儂の弟子を名乗りたきゃ、もっかいうちで修行し直せ、バカヤロウめ!」

「すっ、すいませんっ!」


 師匠に怒鳴られて、思わず反射的に頭を下げてしまった。うう、なんか弟子になったばかりの頃を思い出すわ……。


「……だが、このアイデアは悪くねぇ。この模様はあれか? 確か……そうそう、刻印詠唱っつーヤツだな」


 お? てっきり叩き出されるかと思ったけど、魔導ランタンの仕組みについては気に入ってもらえた様子──って、師匠、刻印詠唱のことを知ってるの!? 確か、今では忘れられた技術とかなんとか、ルティやヨルが言ってた気がするんだけど?


「師匠、刻印詠唱のこと知ってたんですか?」

「いや、知らねぇよ。知らねぇけどよ、儂がガキだった頃に、死にかけだった曾祖父さんが『図形で魔法効果を生み出す模様がある』とか言ってたのを思い出しただけよ。現物は見たこともねぇし、曾祖父さんも話に聞いたことがあるっつーだけのもんだな」


 師匠の曾祖父さん……その人でさえ「聞いたことある」レベルの話って、何百年前の話なのよ。


「それをおめぇが復活させたってか? いや、おめぇにそんな智慧も知識もねぇわな。……んん?」


 師匠が、初めて気づいたとばかりにヨルの姿を目に留めた。


「なんでぇ、そこのガキはイリアスの子供じゃねぇな。人間でもねぇようだな?」


 一目見て、師匠はヨルが人間じゃないと見抜いた。てか、あたしの子供って……そりゃヨルの見た目は幼女だけどさ、あたしの子供と言うには無理があるんじゃない?


「よく、お気づきに……」


 ヨルがやや目を丸くして師匠の言葉に驚いている。

 確かに、ヨルの見た目は完全に人の姿だ。ここに来るまではもちろん、あたしの店の方で用があって表に出てきた時も、ルティの食堂に食べに来ていたお客さんに見破られたことはなかった。


「そりゃおめぇ、こちとら職人だぞ。本物と偽物の区別くらい付かなけりゃ、やってけねぇだろ」

「お見逸れいたしました」


 ヨルが見た目の幼さとは裏腹に、ぎこちさなも稚拙さもない、真っ当な貴族令嬢もかくやという見事なカテーシーで頭を下げた。


「わたくしは始祖龍さまより権能を授かりし七神龍の一角にして、イリアスさまと契約を結びし聖獣、ヨルムンガンドと申します」


 そんなヨルの礼儀正しい態度に、師匠も目を丸くしている。

 まぁ、こういう見た目年齢と実際の行動のギャップを見ちゃうと「おおっ!?」て思うわよね。


「しっ、七神龍だとぉっ!?」


 あ、そっち?


「おい、イリアス! おめぇ、七神龍なんてものと契約を結んだのか!? なんでぇ、調教士っつーのは知ってたが、こりゃとんでもねぇな!」


 心底驚き、感心してる師匠だけど、それは勘違いってもんですよ。


「やだなぁ、師匠。そんなの、ヨルが自分でそう言ってるだけですって」

「はぁ!? いや、だって、おめぇ……」

「七神龍なんて、創世神話で語られるような存在ですよ。存在そのものが怪しいじゃないですか。そもそも師匠、七神龍の名前って知ってます?」

「おう、知っとるぞ!」

「えっ!?」


 うっそ、ホントに? あたし、全然知らないんだけど……ドワーフには伝わってるのかしら?


「といっても七神龍の中の一柱だけだがな。儂らドワーフの守護龍として崇められとる。その名は確か……おい、ヨルムンガンドっつったか? おめぇが七神龍なら知っとるはずだな。言ってみろ」

「えっ? えー……」


 師匠に話を振られて、ヨルは困ったように視線を彷徨わせた。


「なんでぇ、知らねぇのかよ」

「いえ、その……七神龍は人々の信仰を必要としておりませんので……信仰していただいても、自身が崇拝されていると気づかないのでは? ですので、ドワーフ族が七神龍のどれを信仰しているのかまでは、ちょっと……わたくしでないことだけは間違いなさそうですが」


 そりゃ自分の名前を言っても反応してくれなかったもんね。

 そんなヨルの言い訳──もとい説明に、師匠はマズイ料理でも食べたときのような渋面を浮かべた。


「なんでぇ、イリアスの言う通りかよ。一瞬、本物の七神龍かと思ったが……儂の目も曇ったもんだなぁ」

「いえ、ですから──」

「わかったわかった。そういうことにしといてやるよ」


 ヨルはなおも言い訳しようとしてるっぽいけど、師匠はすっかり興味を失ったようで、まったく相手にしなくなってしまった。


「まぁ、でも、師匠。ヨルが本当に七神龍の一角を担っているのかどうかは別としても、この子が刻印詠唱の知識を持ってるのは間違いないです」

「おう、それだな。イリアス、おめぇはつまり、この魔導ランタンっつーのをどうしてぇ訳だ? 儂のとこに持ち込んだってのは、生産の相談か?」

「それもあるんだけど、あたしとしては、この魔導ランタンをみんなに使ってもらいたいのよ」

「ほう?」


 あたしは、自分の考えをひとまず師匠に説明した。

 魔導ランタンを広く世に広めたい。そのためには特権階級に独占させるわけにはいかない。そして何より、刻印詠唱の技術をどういう風に扱うのがいいのか悩んでいる。

 師匠だったら、その辺りについて、あたしよりも良い考えを出してくれるんじゃないかなぁって期待してるんだけど……果たして。


「なんでぇ、イリアス。おめぇ、小難しいこと言ってるが、要はこの魔導ランタンを世に普及するのが第一の目的ってことだろ? だったらおめぇ、商売する相手は個人じゃねぇぞ」

「え?」

「ギルドだよ、ギルド。冒険者ギルドや商業ギルドだけじゃねぇ。この都市を統制してる各種ギルドに売り込むんだよ」

「えっ!?」


 ここ第三前線都市は……いや、ダンジョンを含む、その周囲にある七つの前線都市すべてが、どこの国にも属していない中立地帯となっている。

 しかし、だからと言って何のルールもない無法地帯というわけでもない。いわゆる〝まとめ役〟というものも存在する。

 それが冒険者ギルドや商業ギルドのような、各分野のギルドだ。


 例えば、都市の治安を守るのは冒険者ギルド。

 経済を管理してるのは商業ギルド。

 病気や怪我になっら医療ギルド。


 他にも、公共の施設を建設したり管理してる建築ギルドや、馬車などの運行を管理している馭者ギルドなど、都市のインフラ下部基盤を支えるギルドなら山のようにある。

 そんな各種ギルドの長の相互監視で、この都市は比較的健全に運営されているってワケなのよ。


「個人に売っても広まるのに時間がかかる。おめぇが心配してるみたいに、アホな金持ちが独占しようとするかもしれねぇ。だったらその前に、この魔導ランタンを〝当たり前の道具〟にしちまえばいい」

「それが……各種ギルドに売り込むこと?」


 あたしの疑問に、師匠は「おうよ」と頷いた。


「素材を見ると、こいつぁミスリルの合金を使ってやがるな? てことは、材料費だけで一〇万くらいはかかる。安く見積もっても、一個五〇万以上か? そうそう手が出せる値段じゃねぇ。駆け出しの冒険者とかなら尚更よ」


 うーん……確かに駆け出し冒険者に、一個五〇万もする魔導ランタンはなかなか手を出しにくいわね。


「だが、冒険者ギルドに卸して〝備品〟ってことにしたらどうだ? 駆け出しの冒険者に貸し出したり、夜間警備のときの明かりにもなる。通常のランタンにかかってた燃料費も浮くわけだ。それで導入しねぇって突っぱねるのは、阿呆ってもんよ」

「おお、なるほど!」


 その辺りに考えが及ぶのは、さすが商業ギルドの役員をやってるだけのことはあるわね。金勘定の嗅覚が半端ない。


「他のギルドでも、魔導ランタンの有効活用はあるはずだ。それで、おめぇは売り込みをしてこい」

「わかった……って、師匠はどうするの」

「儂か? 儂はちぃとばっかし魔導ランタンの可能性を広げてみるつもりよ。なんでぇ、こいつぁもっと大きな可能性を秘めてやがるぞ!」


 なんだか師匠の目が爛々と輝いてる。まるでオモチャを見つけた猫みたいだ。

 こりゃ飽きるまでとことん遊び尽くす──もとい、研究し尽くすつもりだわ。

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