第8話 魔石とミスリル
「人が魔導具と呼ぶ物は、どのような形態であれ、魔石が核となっております」
と、幼女先生ヨルムンガンドがメガネをクイッと持ち上げて、斯様なことを宣った。というか、そのメガネはどっから取り出したの?
「では、どうして魔石が核になっているのかと言えば、それは魔石が〝純然たる魔力の結晶〟だからなのでございます」
そう言ってヨルがあたしの目の前に小さな手の平を広げれば、そこに突如、小指の爪サイズの真っ黒な石がコロンと現れた。
「おー、それが魔石?」
「左様でございます」
「てか、そんな風に出せるものなの? どうやったのよ」
「魔力の扱いに長けていれば、このように凝縮して具象化させることも可能です──が、人の身で同様のことを行うのは、まずもって不可能かと」
「え、なんで?」
「その疑問にお答えするには、まず〝魔力とは何か?〟に答えねばなりません」
魔力とは何か……か。
なんだか〝なんで光は眩しいの?〟とか〝どうして空気は目に見えないの?〟みたいな、ついつい〝そういうものだから〟って答えたくなっちゃうような問いかけね。
「ズバリ、魔力とは生命力の澱なのでございます」
「生命力の……澱?」
んー……ごめんなさい、ちょっと何言ってんだかわかんないですねぇ。
「ええと……つまりですね」
あたしが思考を放棄したような素面になっていたからなのか、ヨルは補足説明をしてくれるようだ。
「人に限らず、生命というものは栄養となる糧を摂取することで命を繋ぎます。そうして摂取した糧は、体内で栄養素を吸収し、絞りかすを排泄いたします。ここまではよろしいでしょうか?」
「ええ、まあ」
「その〝吸収した栄養素〟というものが、言うなれば生命力の源──命を繋ぐ〝燃料〟なのです。そしてこの燃料、実は体内でさらに濾過されておりまして」
「ほう?」
「濾過され、さらに純度の高い栄養素が〝生命力〟になります。そして、純度の低い残りの燃料が〝魔力〟なのでございます」
「ほほう!」
「……ちゃんと理解されてます?」
やだなぁ、ちゃんと理解してますって。
「つまり魔力って言うのは、ウン──」
「それ以上はいけません」
わかりやすく端的に表そうとしたら、ヨルに妙な圧のある笑顔で遮られた。
「コホン。ともあれ、魔力というものは限りなく生命力に近いものですが、生命力になれなかった燃料ということです。本来であれば、その〝生命力にならなかった燃料〟は一定量以上になると体外に排出されるのですが、生物によっては排出されず、体内に蓄積することもございまして……そうして体内に蓄積され、凝固したものが〝魔石〟と呼ばれるものなのでございますよ」
その〝体内に蓄積する生物〟っていうのは、ダンジョン内に生息している魔物のことね。あいつら、倒すと体内から必ず魔石が出てくるもの。
でも──。
「鉱山から出てくることもあるわよね?」
そんなあたしの疑問に、ヨルは「この世界も、ひとつの生命体とお考えください」と答えた。
「明確な自我があるわけではございませんが、栄養素を取り込み、命を繋いでおります。その仕組みは人間などの生物とはやや違っておりますが……詳しくご説明すると面倒ですし、今は関係のない話なので割愛させていただきます」
この世界も生命体かぁ~……その発想はなかった。
「そして、何故このような精製が人間には無理なのかと言えば、人はまだ、魔力を扱えないからなのでございます」
「魔力が扱えない?」
それはまた、おかしなことをおっしゃる。
「世の中には魔法を使う人もいるわよ?」
「それは魔法でございましょう? 魔力そのものを操っているわけではないのでは?」
「あ、なるほど……」
つまり人は、魔力を燃料としてしか扱えないってわけね。
例えるなら……油、かな? 油に火をつけることはできるけど、油を加工して石けんにしたりはできない──って感じかしらね?
「そして、この〝魔力が扱えない〟ということが、主さまの魔導具作りが如何に無謀な挑戦であるのかにも繋がっておりまして」
「ん? どういうこと?」
「魔石は魔力の結晶でございます。しかし、そこにはなんの魔法効果も付与されておりません」
「え? でも魔石って属性があるわよね? 火とか水とか」
冒険者がダンジョンで魔石を拾ってくるのは、冒険者ギルドで売れるからだ。
じゃあ、なんで冒険者ギルドは魔石を買い取ってくれるのかと言うと、もちろん利用価値があるからである。
例えば火の魔石。これは火を熾すときの燃料になる。もちろん火種は必要だけど、よく燃えるのだ。石炭とか炭より火持ちがいいし、温度も高い。
水の魔石なら、川で汲んだ水や井戸水に入れておくと綺麗にしてくれる。
土の魔石なら肥料ね。畑を耕す時に混ぜ込めば、作物がよく育つんだそうな。
風の魔石は……なんかあったかな? いちおう冒険者ギルドでは買い取ってくれるから、どこかでなんかの役に立ってるんだと思う。
ともかく、〝魔石〟と言ってもいろいろ種類があるわけよ。そういう効果は普通の鉱物にはないわけで、あたしからしたら立派な魔法効果だと思うんだけど?
「それは属性の偏りであって、魔法ではございません」
「属性の偏り?」
「火を燃やすには油ですが、水を注いでは消えてしまいますでしょう? それと同じように、火の魔法を使うには火の属性に偏らせた魔力が適切──ということです。人にも、火の魔法が得意、水の魔法が苦手とか、その逆の方もいらっしゃるのでは? そういうことです」
なるほどねぇ~……つまり魔石ではなく魔力そのものに、予め属性の偏りってのがあるわけだ。
「もちろん、珍しい例としてどの属性にも偏りのない魔力持ちもいらっしゃいますよ。主さまの身近で言えば、ヴィーリアさんがそうなります。どんな魔法でも満遍なく使える万能魔力、と言ったところでしょうか」
「ああ……」
あいつ、どんな魔法でもぽんぽん使えるしなぁ……そうだったのか。
「そういうことで、主さまにも魔力──魔石というものがご理解いただけたと思いますが……問題はここからです」
コホン、とヨルが一旦そこで言葉を切り、そして──。
「魔道具を作るには、魔石の中に魔法効果を封じねばならないのでございますよ」
──そんなことを言った。
「……うん。確かにその通り」
魔石が魔力の塊──属性に偏りがあったとしても、それは魔法とは違う。ちゃんと〝魔法〟として効果のある力を注ぎ込まなければならない。
ちゃんとわかってるよ。
「では……どうやって魔法効果を魔石に封じればいいのでしょう?」
「……え?」
どうやって……って、それはこう……あれ?
「ど、どうやるの……?」
恐る恐る聞いたあたしの問いかけに、ヨルはニッコリ笑顔を浮かべて、無情にもフルフルと首を横に振った。
「先ほども申しましたように、魔石は魔力の塊でございます。そして人は、魔力そのものに干渉する術をいまだ持たず、燃料としてのみ利用するのが精一杯のご様子。とてもこの中に魔法効果を封じ込めるのは不可能でしょう」
「マジで~っ!?」
ちょっと待ってよ、そんなの聞いてないわよ! それじゃ魔導具を作るのなんて、夢のまた夢、むしろ不可能ってことじゃない!
「な、なんとかならないの!?」
「いちおう、わたくしなら魔石の中に魔法効果を封じ込めた状態で精製できますが……少し、効果が高すぎて世に出回ると大変なことになってしまうかもしれませんよ?」
そ、それは……ちょっと困るわね。
いやでも、背に腹は代えられないっていうか、多少、大変なことになってもここは目をつぶって──。
「それに、主さまはご自分で魔導具をお作りになりたいのでは? 核となる部分をわたくしが担うことになってしまっては、主さまは単に組み上げるだけ。それでは面目が立たないと、わたくしなりに愚行いたしますけれども」
「ぐぬっ……!」
そういう風に言われちゃうと、なんかできなくなっちゃうじゃん!
えぇ~……どうしよー……。
「店長、そろそろ休憩されては……あら?」
あたしが頭を抱えていると、工房のドアを開いてやってきたのは、一人でお昼の食堂を切り盛りしていたルティだった。
「あなた、ヨルムンガンドかしら? ずいぶんと可愛らしい格好で出てきたわね」
「こっ、これはルティーヤーさま! ごっ、ご無沙汰しております……」
ルティに話しかけられて、ヨルがカチコチに緊張した様子で直角九〇度のお辞儀をしてみせた。もし尻尾がついてたら、驚いた猫みたいにピーンと張ってたかもしれない。
そんなカチコチのヨルにヒラヒラと手を振って、ルティは改めてあたしに目を向けた。
「店長、魔導具を作り出して売り出すとか豪語されてましたよね? まさかヨルムンガンドに作らせるつもりなんですか?」
「違うわよ! ちゃんと自分で作るつもりだったわよ! でもさぁ~……」
あたしはヨルから聞かされた魔石や魔導具の仕組みについて、愚痴混じりに話すことにした。もちろん、ちゃんと自分で全部作るつもりだったことを力説するのも忘れない。ヨルはあくまでも素材の提供協力者なのだ。
ところが、あたしの愚痴を聞いたルティはあからさまに呆れたような表情を浮かべた。
「全然、ダメダメじゃないですか……私、その辺りの問題点はクリア済みなのかと思ってましたよ」
「うっ、うっさいわね!」
あたしだって、まさかこんな問題が出てくるとは思ってなかったわよ。
はぁ~……道理で世の中に魔導具を売り出してるお店がないわけだ。素材が高いとか以前に、作ること自体が人には無理なんじゃない。
せっかくダンジョンにまで出向いてサンプルを取ってきたっていうのに……お店の目玉商品、別なのを考えなくちゃだわ。
「まったく……仕方ないですね」
あたしが落ち込んでいると、それを見ていたルティがやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「少しだけ、私がアイデアを出してあげますよ」
「え?」
「おっ、お待ち下さい、ルティーヤーさま!」
ルティからの意外な申し出に、あたしよりもヨルの反応の方が大きかった。
「いっ、いくらなんでもルティーヤーさま御自ら叡智をお授けになるのは、過剰な恩恵でございます!」
「別に新たな法則を生み出すわけじゃありません。人の手でも魔導具が作れる仕組みを教えるだけです。別に新しいことをするわけでもないわ」
「しかし……」
「いいから、あなたは黙ってなさい」
ルティにぴしゃりと言い渡されて、ヨルはすっかり黙ってしまった。
ええっと……いったい何をどうするつもり?
「早い話、魔石の中に魔法効果を封じる術がないのが問題なんですよね? でしたら、外部に魔法を設置すればいいんですよ」
「は?」
外部に? 魔法を……設置!?
「ごめん……意味がよくわかんないんだけど……?」
「店長は魔法が使えないから、ちょっとわかりづらいですか。いいですか? 魔法というのは分解すると三つの要素から成り立っているのです。魔力、呪文、術者です」
「……あ」
ルティがそこまで話して、ヨルにはピンッと来たのか、声をあげた。
「装具に呪文を刻んでおく……ということでしょうか?」
「そういうこと」
「畏れながらルティーヤーさま、それは……可能なのでございますか? 魔石は純魔力の結晶でございます。そこに呪文を送って魔法を発動させれば、一回の使用で魔力は消費してしまいます。魔石も消えてしまうのでは?」
「そうならないために、ミスリルを使うの」
「あ……ああっ!」
「え、なになに? どういうこと?」
なんだかヨルはルティの話で解決策が閃いたみたいだけど、あたしの方はまださっぱりわかってないんですけど?
「魔法が使えない店長でも知ってるでしょうけど、魔道士は魔法を一発しか撃てないわけじゃないですよね?」
そのくらいのことは知っている。当たり前のことを言うルティに、あたしは「そりゃそうよ」と頷いた。
「でも、それっておかしいと思いませんか? 先ほどヨルムンガンドが言ったように、魔石みたいな純魔力の結晶に魔法効果を直接流し込めば、一回の使用で魔力を消耗し、消えちゃうんです。それなら、体内に残存する魔力を使う魔法だって、一回の使用で魔力が枯渇しなくちゃつじつまが合いません」
「あー……確かに」
「けど、実際にはそうなっていない。何故か? それは、生命には使用する魔力の量を調整する
「制御機能?」
「そうです。例えば、人の魔力総量を一〇〇としましょう。その場合、一回の魔法行使で消費する魔力は一から一〇といった具合です。何故そんな制御機能が備わっているのかと言えば、それ以上は肉体にかかる負荷で自滅しちゃうからなんですね」
「え、そうなの?」
「そうなんです。生命には基本的に防衛本能というものがありまして、身の危険や精神的な負担を本能的に回避するんです。魔法の場合、体内の魔力を一気に消費するような真似をすれば命に関わりますからね。消費する魔力を無意識のうちに、それこそ本能で制御してるんですよ」
なるほどなー……だから魔道士は、自分の魔法で怪我を負ったりしないのか。あんな業火とか竜巻とか出してる魔道士が怪我ひとつしないのには、そういう理由があったからなのね。
「そんな魔法の仕組みについて理解できたところで、ポイントになるのはミスリルです」
おっと、ここでミスリルっすか。あたしが魔導具製作の最初に「他の素材でいいや」と切って捨てた素材ですよ。
でも……なんで?
「店長も知ってるでしょうけど、ミスリルは金属生命体です。生命体ということは……?」
「……あ! もしかして、ミスリルにも魔力の量を調整する制御機能が備わってるってこと!?」
「正解です」
なんということでしょう! ということは、ミスリルを使えば問題解決? 魔石をミスリルにくっつけて、指輪でも作れば魔導具ができちゃう!?
……あ、いや待てよ。
「ねぇ、呪文って長い? あまり長いと、例えば指輪で作った場合、全文を書き込めないんじゃないかしら?」
「呪文と言っても、その形式は三つあるんですよ」
「三つ?」
「文言詠唱、動作詠唱、そして刻印詠唱です。例えば──」
ルティは手の平をかざし、そして一言「光あれ」と唱えた。
すると、その手の平に光球が出現し、室内を明るく照らした。
「今のが文言詠唱です。呪文と言えばこれですね。で、次は動作詠唱」
いったん光球を消したルティは、手を開き、握り、指を何本か動かした。すると、先ほどと同じような光球が出現する。
「動作詠唱は文字通り動きが呪文の代わりになるものです。言葉を喋れない魔物とか聖獣が使う魔法は、だいたいこれですね。そして最後に──」
紙とペンを手に取ったルティが、サラサラサラ~っと文字のような記号のようなものを書いて手に持つと、なんの変哲もない紙が光輝いた。
「今、私が紙に書いたのが刻印詠唱です。ここで言う〝刻印〟とは、〝呪文として意味のある形〟を意味します。だから文字の連なりでもいいですし、記号でもいいんです。その刻印が刻まれたものに魔力を流し込めば、魔法が発動します」
「あっ、あのルティーヤーさま!」
とそこへ、ヨルが口幅ったく声をあげた。
「今の世で、刻印詠唱は忘れ去られた技術になっているようなのですが……復活させてよろしいのですか?」
「え、そうなの? まぁ……一度使えてた技術だもの、問題ないんじゃないかしら?」
「我々が一種族に過剰な肩入れをするのはどうかと……いえ、ルティーヤーさまのご判断であるのなら、問題ありませんけれども」
「じゃあ、いいじゃない」
いいらしい。
ということは……?
「文言詠唱だと長ったらしい呪文でも、刻印詠唱にすれば短くなって……指輪にも十分呪文を刻める?」
「そういうことです」
「おおっ!」
それなら、これで問題解決じゃない!
素材はミスリルでないとダメだから割高になっちゃうけど、製作するのに技術的な問題点はすべてクリアしたってことでいいのよね!?
「これで魔導具が作れるわ! ありがとう、ルティ! さすがね!」
「はぁ、まぁ、この程度のことであれば……お役に立てて何よりです」
「それじゃ早速、魔導具に刻む刻印詠唱を教えて!」
「え、嫌ですよ。面倒臭い」
バッサリ切って返されて、思わずズッコケそうになった。
「ちょっとーっ! そこでいきなり梯子を外さないでよ!」
「そんなことを言われても……だいたい、魔導具製作は店長の仕事でしょう? ご自身でなんとかしてください」
「あたし、魔法のことなんてわからないわよ」
何より、刻印詠唱なんて話も初耳だったくらいだし。何をどう刻印すればどんな魔法が発動するのかも、さっぱりわからない。
「それならヨルムンガンド、あなたが指導してあげなさい」
「ええっ!?」
ルティに名指しで指定されて、ヨルが心底嫌そうで迷惑そうな声をあげた。
「わたくしが……で、ございますか? わたくしはただ、魔石の調達をお願いされただけでございまして……」
「どうせあなた、地の底で惰眠を貪ってるだけでしょう? たまには人の世に関わってみるのもいいものですよ。それとも……私の言うことが聞けないと?」
「誠心誠意、務めさせていただきます!」
なんだろう、今、もの凄く遠慮会釈のない圧力行為を目の当たりにした気がする。
ま、まぁ、あとでちゃんとフォローしておこう。最初は嫌々でも、最終的に「やってよかった!」って思ってもらえれば大丈夫よね!
「それじゃ早速、人工魔導具の製作に取りかかりましょう!」
「ダメです」
って、またルティの横やりが……!
「店長、今日ダンジョンから帰ってきて、その後、ずっと作業してるじゃないですか。もう日も暮れて、私の食堂も店終いしてるんですよ。そろそろ休んでください」
言われてみれば、確かに窓の外は真っ暗になっていた。あれ? 明かりっていつ点けたっけ?
「んじゃあ、今日はこのくらいにしときますか」
「食事の準備もできてますよ。と言っても店の残り物ですが……ヨルムンガンド、あなたも食べていきなさい」
そんなルティの一言に、ヨルはさぞや意外だったのか「えっ、よろしいのですか!?」と何故かテンション駄々上がりになっていた。
けれどあたしは知っている。あんた、隙あらば帰ろうとしてたでしょ。
人工魔導具が完成するまで帰さないからね?
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